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秋吉

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 額から汗が流れ落ちる。
翔平は追いつかれないようにただ走り続ける。
「待てぇー!」食堂のおっさんが俺を捕まえようと追いかけてくる。
 こうなったのは十分前に遡ると俺が食い逃げしたからである。俺はカレーを頼み、食べ終わった後、金を払わずに大急ぎで店を出た。そして今この状態である。
 食べてすぐなので走ると吐き気がする。当たり前だか四十過ぎたおっさんには二十代の俺に追いつけるわけがない。おっさんをまいて一息したのもつかの間、前に食い逃げした店のおばさんと目が合った。
しまった、走るのに夢中になりすぎて周りをよく見ていなかった。
 おばさんとの距離は僅か十メートル
顔もはっきりと確認されたはずだ。
 しかし幸運にもおばさんの周りには誰もおらず騒がれることはなかった。
「あんたうちの店のカツ丼食い逃げしたでしょう!」個人的に話しかけてきた。おばさんの顔の表情や声からは憤りを感じられた。俺はどうしていいかわからずに「ごちそうさまでした」と適当に言ってしまった。
 自分の迂闊な言葉に多少の笑いを感じたが、表に出して笑うのを我慢した。
「ふざけてるの!」とおばさんが言い終わった直後に返事もしないまま走って逃げた。

 十分も経たないうちにアパートに着いた。ぼろアパートの二階の一番左が俺の部屋だ。俺は家に帰った途端、酷い眠気に襲われた。歯も磨かないままそのまま布団に寝転がり熟睡した。
目を覚ますと、もう十時だった。俺は平日なのにゴロゴロばかりしてつくづくダメな人間だと思った。俺の金稼ぎといえば中学生や高校生の気弱そうなやつからカツアゲして金をふんだくることだった。今このアパートに住んでいられるのは母が病気で死に保険金が入ってきたからだ。相続税で結構税金を取られたが三百万近くの金になった。父は俺が三歳の時に離婚したらしかった。保険金を受け取った後は、親族との関わりを切った。仕事のない俺は、この金を大事に使おうとできるだけ節約しようとした。俺は食い逃げした事によって警察に目をつけられた事がないので、食い逃げをやめなかった。それにしてもお金が尽きるまでに仕事を見つけなければと焦る俺だった。中卒の俺は知識があまりなかった。どうすれば会社に入れるかなどもわからないし、スーツも持っていなかった。のちに俺にはスーツを着る仕事をできないとわかった。
 俺が出来る仕事といえば土木関係の仕事しかなかった。貧弱な体をしている俺には向いていない仕事だがやるしかなかった。俺は仕事に就くまでの間、筋トレをすることにした。毎日腕立てと腹筋を三十回ずつ朝昼晩と行った。今までと変わらない時間の使い方をしていき、時間があっという間に過ぎたのだった。

 二ヶ月程が経ち、俺の体は前よりも筋肉質になっていた。最初の方は、きつかった筋トレも一週間ほど経つと楽々できるようになっていた。
 そして俺は土木関係の仕事に入ることができ、慣れないことをやらされ、失敗しよく怒られてばかりいた。
 仕事をしているうちに、体力もつけないといけないなと思った。俺はずっと仕事をする事に集中していた。毎日疲れて帰ってくるおかげで、早く寝る事が出来た。そんな毎日を繰り返す中で、二人の新人が入ってきた。一人は強面の小指のないおっさんで、もう一人はムチムチの体をした三十くらいの女だった。顔は悪くないと思った。
「佐々木秋吉と言います。よろしくお願いします」と言った。先輩たちは、なぜ小指が無いのだろうと思っていただろうが拍手をしていたので、俺も合わせて拍手をする事にした。そしてもう一人の女が自己紹介を始めた。
「石川さゆりです。よろしくお願いします。」とさっきの人と同じことを言った。先輩も含め、なぜ女がここで働くのかを珍しそうに見ていたが、さゆりさんは気にしている様子は無かった。取り敢えず拍手だけはしておいた。二人ともに疑問があるが、気にしてても仕方ないので、気にするのをやめた。しかしやっぱり気になるなと思っていたら、ここの中で一番先輩の笹野さんが、「今日仕事終わったら飲みに行くか!」と元気よく言った。俺の時はそんな事は言わなかった。やっぱりさゆりさんが入ったからだろうなと他の人達も思っただろう。そうは言っても俺も含め全員が今日はいきいきしながら仕事をしていた。

仕事が終わり、予定通り飲み会をする事になった。俺はさゆりさんの隣に座る事になったのだが、少し緊張していて自分から話しかけようかと頭の中で躊躇していた。周りの先輩達はビールを飲みながらワイワイしていたが、俺は酒に弱いので酒を飲まなかった。やはり先輩達はおっさんなので、酔っ払うとさゆりさんに下ネタをよく言っていた。さゆりさんは笑っていたが、心の中では変態じじいどもがっ、とでも思っていただろう。先輩達の話が下ネタからそれたので、俺はさゆりさんに話しかけてみる事にした。
「あのすみません」
「はい。何ですか?」
「どうしてこの仕事に就いたんですか?」とみんなが不思議に思っている事を質問した。先輩達は他の話に夢中だったが、俺が質問した事によって話に入ってきた。
「そう言えばなんでなんだ?」
 さゆりさんは少し困った表情をしていたが、教えてくれた。
「私は子持ちのシングルマザーなので、自分を鍛えようとしているんです」
先輩がこれを聞いて、みんなが思っていると思う事を口にした。
「子供いるんなら、なおさらこんな仕事しないほうがいいだろ」
「子供何歳なんだ?」
「十歳の息子と九歳の娘です」
「そうなんだ。子供の面倒はちゃんと見ろよ」ともっともな事を言った。
「はい」とさゆりさんは返事をした。
ここで話が終わると思ったが、先輩が話を続けた。
「そう言えば翔平、お前はまだ結婚してなかったよな?」
酔っ払っている先輩はろくでもない事を言い出すのは予想がついた。
「まぁ、はい、してないですね。」
「さゆりと結婚しちまえよ!」
この一言で、先輩達はいっきに盛り上がった。
「そうだそうだ!、結婚しちまえよ!」
ヒューヒューと甲高い音が店内に鳴り響く。
「よっ、伊藤さゆり!」と俺の苗字とさゆりさんの名前をくっ付けて、あたかも俺とさゆりさんが結婚するかのような事を言った。この最悪な流れを止めなくては、と何か言う事を考えたが何も思いつかない。先輩達はずっと俺たちを煽り続ける。俺が言う事を思いつき、先輩達でもガツンと言ってやろうと思った瞬間の事だった。
「バンッ!」さゆりさんが机を思いっきり叩いた。店内にかなりでかい音が響き、周りの客はこちらをチラチラ見ていた。それで先輩達は黙り込んだ。
「私が離婚した理由も知らないで、言わせておけば人の気持ちも考えられないような事ばっかり言って!私もう帰ります」
と言いそのままさゆりさんが店から出て行ってしまった。十秒程の沈黙が続き、そのあと先輩が、
「追いかけてやって、慰めてきてくれ」と言った。先輩の屑っぷりに驚いたが、俺にも責任があると思い全力でさゆりさんを追いかけた。自分から三十メートルほどの距離にいたので、すぐ追いつくことができた。
「さゆりさんっ!」と息の上がったまま叫んだ。さゆりさんは俺に気がついてくれた。俺はさゆりさんの横まで行き話しかけた。
「さっきは本当にごめんなさい」
「いや、貴方が悪い訳ではないので」俺はこの言葉を聞き、「先輩達も含め、ごめんなさい」と言えば良かった、と後悔した。
「先輩達はお酒が入ってて、完全に酔っ払っていただけなんです。悪気があって言った訳じゃないんですよ。」
「そんな事分かってますけど、あの先輩達のせいで、昔、旦那とあった嫌な事を思い出してしまって」
「その話嫌かもしれませんが、聞かせてもらえませんか?」さゆりさんは、迷った挙句の果てに、
「わかりました。教えてあげます」と呟いた。
俺は、心ない事を言ってしまった。と焦ったが、怒って無視する事もなく、答えてくれたので安心した。
「すみません。ありがとうございます」

俺は、さゆりさんを連れ、行きつけの居酒屋へ行った。俺としては、静かなところよりも、多少賑わっていた方が話しやすいかなと思い、居酒屋を選択した。俺とさゆりさんは取り敢えず飲み物を頼んだ。 飲み物が来たところで、俺は本題に入った。
「さっきの話の続きをしていいですか?」
「はい」
「昔、旦那さんと、なにがあって離婚したんですか?」俺はこの質問は、ストレート過ぎたかも、と思いつつ、飲み物を啜る。
「私と元夫は、三歳差でした。元夫とは、合コンで知り合いました。第一印象は、とても清潔感が漂っていて、かっこいいなと思いました。私と元夫とは、共通の趣味があり、そのおかげで、意気投合しました。その共通の趣味というのが、アイスホッケーでした。アイスホッケー好きの人なんてなかなかいなくて、私は嬉しくなりました。それは、元旦那も同じだと思います。それから、連絡先を交換し、週に二、三度会う仲になっていました。アイスホッケーの試合の観戦に行ったり、デパートにいったり、いわゆるデートってやつですかね。私はこの人となら、結婚してもいいと思いました。デートを繰り返すごとに、お互い好きになり、真剣に交際する事になりました。彼の方から、同居の提案があり、私は彼のことが大好きなので、勿論同居を許可しました。同居し始めて二ヶ月後に、プロポーズをされました。私と元旦那は、愛を誓い合い、一生幸せな人生が送れるんだと、私はとても幸せに感じました。しかし、一人目の子供を妊娠してから時間が経つと少しずつ元旦那は本性を現してきました。例えば、妊娠中にも関わらず、私の前で煙草を吸ったこと。大変だから、買い物に行くの手伝ってって言っても、手伝ってくれなかったこと。それで私が怒ったら調子に乗んなよ!たかが妊娠で、甘えてくんなと言われました。私は酷いショックを受けました。でも、その時は、元旦那も疲れてストレスが溜まっていたのだろうと、思うようにしていました。そして、長男が生まれました。我が子を見ていた元旦那の顔は、幸せそのものでした。私は、その笑顔が大好きで、今まであった時の苦労も忘れることができました。
しかしそれは、僅かな時間だけでした。長男が生まれて三ヶ月程経つと、元旦那はすぐにどこかに遊びに行くようになりました。それでも私は、元旦那を信じていました。なので、もう一人作ろうと言われた時は許可をしました。妊娠してからというもの、元旦那は私に何の心配もせず、それどころか、家にいる時間は前より少なくなりました。私は心細かったのですが、耐え続けました。二人目も無事に生まれてきてくれて、元旦那も喜んでくれると思っていたら、私にただ一言、お疲れ様。とだけしか言ってくれませんでした。私が期待していたのは、もっと喜んでくれて、これからは心を入れ替えてくれる事でした。しかし、元旦那は悪くなり続ける一方でした。私が気に入らない事をすると、暴力まで振るい始めました。私はもう限界になり、夫に離婚届を出そうとしましたが、子供のためにも、もう少し我慢してみようと思いました。家には常にいないし、何処にいるかも教えてくれない。そんな最悪な状態が続きました。あるある日、元旦那が私に離婚届を出してきました。好きな奴ができたから、離婚してくれとの事でした。私の精神はもう、崩壊寸前でした。子供達といっしょに死のうとも思いました。でも、子供達を見ているとそんな事はできないと思いました。私は、悩み相談を無料で聞いてくれるところに電話しました。電話に出た相手は、三十代くらいの男性だったと思います。その人は、とても聞くのがうまく、私を励ましてくれました。私は辛くなるたびに、悩み相談に電話して、その男性に変わってもらって、聞いてもらいました。そうしているうちに、自分の気が楽になり、立ち直る事ができました。そして今の仕事に入り、さっきのようなことがあり、翔平さんに聞いてもらってるんです」
「そうだったんですか・・・・・・」俺はその元旦那が、許せなかった。自分の事じゃないのに、殺してやりたいと思った。何故さゆりさんが、そんな目に合わないといけないのか。許さない。俺はそいつを探し出して、捕まえてやろうと思った。そして、それなりの責任を取ってもらおうと。
「さゆりさん、話をしていただきありがとうございました。」
「いえいえ、話すと気が楽になりました。明日、先輩達に謝ろうと思います」俺は、謝る必要ないよ。と、言おうと思ったが我慢した。
「今日はもう遅いですし、また今度聞きたいことがあるので、またいいですか?」
「はい、もちろん!是非お願いします。」
「じゃあ、お開きにしますか。お金は僕が払いますから、帰ってていいですよ」
「そんな、申し訳ないです」
「今回は、僕のわがままで、さゆりさんを付き合わせてしまったので、奢らせてください」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
今回はちゃんと払う事にした。
「家まで送りましょうか?」
「これ以上は、迷惑かけられませんので、大丈夫です」
「なら、気をつけて帰ってくださいね」
「はい、今日はありがとうございました」
俺は、さゆりさんと別れてから、歩いて家に帰った。居酒屋から家まで二十分程なので、今日会った事を整理しながら歩き、帰った。
 家に帰りついた俺は、歯を磨いた後すぐに風呂に入りその後は、布団の中で目を瞑りさゆりさんの元旦那の事について考えた。どうしてそんな屑男の事を、さゆりさんは見抜けなかったのだろうか。好きな人ができたから、離婚しろと言われてさゆりさんは離婚したが、元旦那はその好きな人とも上手くいってはいないだろうと思う。だが、俺はいつかさゆりさんの元旦那を捕まえて、それなりの責任を取ってもらおうと思っている。そのために俺は、また会う約束をして、情報を聞こうとしてるのだから。

 次の日、仕事現場に向かうと、さゆりさんは先輩達に頭をペコペコ下げていた。先輩達もこちらの方が悪かったので、と言わんばかりに頭をペコペコ下げていた。その光景は、奇妙で少し面白かった。さゆりさんと先輩達が離れたところで、俺はさゆりさんの所に行くことにした。
「おはようございます。昨日は、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
さゆりさんと挨拶を交わし、世間話をしていたところ、笹野さんが話しに入ってきた。
「佐々木しらねぇか?」
「はい、知らないです。最近見ないとは思いましたけど、どうかしたんですか?」
「俺には分からん。連絡しても、繋がらなくてな。どこで何やってんだろうな」
「そうですね、もし分かったら知らせますね」
「おう、頼んだ」
話し終わった後、すぐに仕事に取りかかった。俺はコンクリートがメインの仕事で、最初の方は苦労したが、今は苦労なくすることができている。さゆりさんの仕事は、俺も含め先輩達に道具を渡したり、お茶を持ってきたりと、雑用のような扱いになっているが、仕方ないとは思った。
 仕事が終わり、俺は疲れていたのでさゆりさんとあまり話さず、すぐに家に帰った。コンビニで買ってきた弁当を食べ、風呂に入った。風呂の中でさゆりさんのことを思い出してしまい、ムラムラした俺は、久しぶりにエネルギーを放出するのであった。エネルギーの塊や体を洗い流し、風呂を上がり、歯を磨いた後、布団についた俺は眠りに落ちた。

 鼻や口から血が垂れ落ちている。
秋吉は暴力団仲間と一緒にチンピラを殴り続けた。椅子に押さえつけられて、身動きも取れていいない。チンピラは泣きながら、こちらに謝罪している。
 時を遡ると、今泣きながら血だらけのチンピラが、俺達の事務所に毎日嫌がらせをしていたからだ。これは上からの命令らしいが、もちろん秋吉を含む暴力団達は許すはずがない。チンピラが殴られすぎて気を失ったところで、外に放り出した。秋吉は暴力団の中で下っ端よりちょっと上くらいだが、喧嘩に自信があった。高校の時に、名前だけ書けば合格ぐらいの不良高校に入学して、一ヶ月程経った頃、クラスの連中三人組と喧嘩をした。理由は、俺が三人組のリーダーとも言える奴の肩にぶつかった時に「邪魔なんだよ。クズが」と言ったからだ。帰り道、そのカスグループの中のリーダーとも言える奴が、二人を連れて俺をボコボコにしようと連れてきたらしい。売られた喧嘩は買う主義なので、勿論喧嘩をした。俺はまず最初に突進してきたやつの腹に蹴りを一発食らわし倒れさせ、最後にそいつの顔をおもいっきり蹴飛ばした。おでこと鼻にクリーンヒットしたらしく、地面に垂れた血はどこから出た血なのか分からなかった。これにビビった二人は、同時に襲いかかってきたが、焦ることはなかった。俺はもう一人のパンチを食らったが鼻血が出る程度だった。これにきれた俺は、まずリーダー的なやつの顔をおもいっきり殴り、顔を押さえているところで、とどめの蹴りをお見舞いしてやり、そいつはもう戦意喪失していた。最後に俺を殴ったやつを転がして、上に乗りおもいっきり殴りまくった。そいつの顔は、血や涙でぐちゃくちゃになっていたが、髪を引っ張りながらそいつを立ち上がらせ、とどめの膝蹴りを顔面に食らわせてやった。
 これ以外にも喧嘩の話は幾つかあるが、この喧嘩が一番印象的だった。
チンピラをボコボコにした後は、いつものように仕事に取りかかった。暴力団というイメージは、悪い事ばかりしているという社会的イメージが強いと思うが、実際はそうでもない場合もある。俺は架空請求などの組織的な犯罪をしているがその傍らで、擦りを狙ったりしている。今日は仲間と二人で工事現場に行き、わざと車を止め擦りを狙ったが上手くいかなかった。工事の人達は迷惑なので、警察に解決してもらおうと警察を呼ぼうとしたかもしれないが、後で嫌な事をされる事を恐れ、通報はしないだろうと思い込んでいた。しかし、警察の車がバックミラーに映り込んだ。しまった、気づかなかった。仲間と顔を見合わせる。前には車では進めないし左右は壁だ。後ろには警察がすぐそこにいる。最悪だ。警察が後ろから走ってくる。俺達は車を捨てて、前に全力で走った。細い路地を抜け、警察をまく事が出来たが車を捨ててきてしまった。
「秋吉さん、車置いてきてしまいましたね」
「ああ、このままだと俺達の小指無くなるな・・・・・・」
「やっぱりそうですよね。あの車事務所のやつですからね・・・・・・」
俺はため息をついた。
「取り返しに行きますか?」
「どうやってだよ!いい案でもあんのか!」
「無いです・・・・・・」
「このまま逃げるか?」
「絶対捕まりますよね。もし、運良く捕まらなかったとしても親族などに責任取らせるかもしれませんね」
「それもそうだな。小指無くなるの覚悟で謝りに行くか」
「はい、そうしましょうか。小指君今までありがとう」
「お前よくそんなふざけたような事言えるな」
「別にふざけて無いですよ」
「そうか」
 俺達二人は歩いて事務所に帰ることになった。事務所に着くまで何も話さなかったが、やっぱり小指が無くなるかもしれないのは怖いと思った。
 そうこう考えているうちに、事務所に着いてしまった。俺は覚悟を決め、重い事務所の扉を開いた。
「ただいま帰りました。」
「おうおう、秋吉擦れたんか?あのボロ車は擦り専用みたいになってるけど、俺の金で買ったものやからな。ありがたいと思って使えよ」
「それがですね・・・・・・」
「なんや?」
「あの・・・・・・」
「なんや?」
「警察に取られてしまいました」
「は?」
「擦り狙いに工事現場に入ったんですけど、警察に通報されないと思っていたところ、通報されていて気づかずに後ろ見たらすぐ近くに警察がいて、車捨てて走って逃げてきたんです」
「は?なんだとふざけてんのか!なんで車置いてきたんだ!」
「車降りて走るしか逃げ道が無くて」
「人引いてもええから車乗って逃げればよかっただろうが!」
そんな事が出来た状況では無かったが、「そうですね。ほんとすみませんでした」と言っておいた。
「どう責任取ってくれるんぞ」
「それは・・・・・・」
俺より下っ端言った。
「小指取るしかないですか?」
「お前らが出来るのそんくらいしかないもんの」
二人揃って返事をした。
「まあ、安心せい。死んだ時には小指も一緒に壺の中に入れてやるから」
 多分リーダーはあの世に逝った時に小指が無かったら可哀想だろうと思っているのかもしれないが、そんな優しさがあるんならそもそも小指なんて取るのをやめてほしいと思った。現代の暴力団は、何の利益もない小指を切るという事はあまりしないのだか、今のリーダーは昔の筋が通っているようだった。そして切断の準備が整った。
 台の上に手を置き、刃物を使って自らの手で小指を切る。かなり痛いだろう、俺より下っ端のやつは泣きそうだった。
 俺が覚悟を決めて口の中にタオルを入れ小指を切断した。血がドポドポ流れ落ちている。俺は急いでタオルを巻いて止血した。それを見て怖くなったのか、俺より下っ端はビクビク震えていた。リーダーに急かされて、決心を決めたようだった。声を出しながら、いっきに切断していた。
「あぁぁぁぁぁ。痛えよ。痛えよ・・・・・・」
 そいつからも大量の血がドポドポと垂れ落ちていた。
「よし、これで無しにしてやるよ。感謝しろよ」
俺はキレそうになったが感情を抑えた。
「ありがとうございます・・・・・・」
俺より下っ端のやつは、小指を無くしたショックからか、放心状態になっていた。

 その次の日からは俺より下っ端は事務所に来なくなった。昨日のショックだろうか。俺はそんなことを考えながら、事務所から外を眺めていた。そうしていると、世界はなんとでもなるんじゃないかと思った。人間がここまで街を発達させられるのだから、何でもできちゃわないとおかしいと思った。小指のない手を見ると、やけに悲しくなった。あんな事で小指を切らされるなんてという怒りも出てきた。俺も明日からは暴力団の仕事を辞めようかと思った。俺より下っ端のやつは、別に辞めた訳ではないと思うが、リーダに聞いてみた。
「斎藤さん、あいつどうしたんですか?」
「ああ、あいつか」
あいつと言っただけでわかってくれる物わかりの良さは非常に感心している。
「何も連絡無いけど」
「そうですか、あいつこれからも来なかったらどうしますか?」
「見つけたら半殺しだが、見つかんなかったらほっとくしかないな」
「そうですか」
俺は決心した。遠くに逃げてこの仕事を辞めようと。俺はもうこの仕事は疲れた。もともとこんな仕事したくなかったが、金の無い俺はやるしかなかった。この仕事を辞めたら何をしようか。取り敢えず、彼女の由花の家に泊まらせてくれるように頼んでみよう。俺はリーダーその場から立ち去り、事務所の一階へと続く踊り場に出で、由花に電話した。
「もしもし、俺や」
「龍ちゃんどうしたん?」
「いきなりやけど、明日からこの仕事辞めようと思ってんねん」
「え、いきなりやな。何かやったん?」
「ああ、少しミスしてな小指切られたんだ。それでもうやりきれなくてな。」
「まあ、仕事見つかるまで止めてあげる」
「悪いな。ここから電車で三時間くらいかかるから、今日のよる支度して明日の朝出るわ。」
「わかった。聞いつけてな。」



 

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