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1:二度目の生
1:二度目の生(1-6)
しおりを挟む腕に何か打たれた。
そう気付いた瞬間、腹部に焼けるような痛みを覚えた。
痛覚などとっくに麻痺していたはずなのに、異形に抉られた箇所がズキズキと熱く疼いて思わず叫びだしそうになる。地面に身体を押し付けて身悶えている内にその熱は全身に広がって、風邪で高熱が出た時の症状にも似た、体内を直接掻き回されるような不快感に寒気がした。目を開けているはずなのに視界がちかちかと白んで、目の前にいる男の輪郭が薄れていく。
「なに、を」
やっとの思いで口に出した言葉に答えは返って来なかった。不明瞭な視界の中、傍にしゃがんでいた男が立ち上がったことを派手に跳ね掛かった泥水の感触で悟る。未知の痛みに貫かれた身体は、それ以上呼び止める言葉も発せないまま、ただ遠ざかっていく男の足音を聞くことしか出来なかった。
何を打たれたのか、何故死に体の人間に今更そんなことをしたのか。理由のわからない症状は急速に悪化していって、ぐるぐると身体の内を這い回る熱に生理的な涙と汗が止まらない。
痛くて、苦しい。
けれども、そんなことはもうどうだっていいのだ。今は永遠に続くように感じられる責め苦も、実際はすぐに終わるであろうことが頭で分かっている。自分一人だけが感じている痛みなら、それは世界にとって存在しないのと変わりなかった。それでいい。何の問題もない。
――俺は此処で終わるのだから。
そうして再び目を閉じた瞬間、瞼の裏で強い光が弾けた。
バチリ、と、身体の内で何かが切り替わった気がした。
何かに例えるならば、部屋に帰って電気のスイッチを付ける時のような感覚だった。意識の中のどろりとした暗闇が一瞬で立ち消えて、代わりに煌々とした明かりが灯る。
身体を支配していたはずの息苦しさは突然軽くなり、燃えるようだった熱が急速に醒めていく。目を開けると視界すらやけに明瞭だった。空模様は先程までと何も変わっていない。月の無い暗い夜であるはずなのに、近くの水溜りに転がる空き缶や廃材、数十メートルは先であろう廃墟の姿、更にその奥に広がる景色まで全てを鮮明に見渡せる。暗闇に目が慣れたで片付けるにはあまりにも今更で、極端すぎる変化だった。
そして何よりもおかしいのは、
「は……?」
傷が、綺麗に無くなっている。
異形の鋭い爪で抉られ、ずきずきと痛みを訴えていたはずの脇腹の傷が跡形もなく消えていた。一瞬呆然としたがすぐに我に返り、手足の様子を確かめようと袖や襟を捲ったが、そこにも擦り傷一つない。元より怪我など存在しなかったかのように、健康的に日に焼けた肌があるだけだ。
夏生は一瞬、全てが夢だったのではないかと疑った。
境界の近くで死体を見つけた所から全部自分の妄想で、本当は怪我などしていないのではないか、元より異形と出遭ってなどいないのではないかと。
けれども目に映る景色は見慣れた自宅ではないし、何も起こっていなかったと思うには今の自分の恰好は滑稽すぎた。シャツには幾つかの大穴が開いているし、白かったはずの布地は泥水と血痕で見る影もなく汚れている。手洗いしても取れそうにない赤茶の染みが、全ては現実に起きたことなのだと告げている。
傷があったこと自体が妄想でないのなら、考えられることは一つしかない。
「治、った……?」
この短時間で? 少し冷静になった脳が「非現実的すぎる」と理解を拒んでくるけれど、現実に起こってしまったのだから否定のしようがない。実際に、元通りになっているのだから、――あと少しで死ぬところだった身体が。
そして、傷が勝手に塞がったと仮定するならば、その原因として思い当たるのは先程の男に打たれた注射しかない。一瞬で怪我を治す薬なんて見たことも聞いたこともないが、それが存在すること自体は先程自分の身体で証明されてしまった。あの男は何者だったのか、そして何故自分などにそれを使ったのか?
際限なく湧き出てくる疑問に溜息を吐きそうになったその時、背後からかたりと硬い物を踏みしめるような音がした。
すぐさま地面に身を伏せて音の方向を確かめる。
それは、音の大きさから予想していたよりは少し遠い位置にいた。
先程出遭った個体と同程度の大きさ――直立すれば、ビルの二階を少し超えるだろうと思えるぐらい――の赤黒い身体を左右に揺らし、四足歩行で廃墟の脇を通過しようとしている。
半分飛び出たような眼球も硬そうな皮膚も見覚えのあるものだが、実際に先程自分が出会った異形と同じ個体なのかは判別できない。確かめる手段もないけれど、逃がした男や街に既に被害が出ている可能性を考えると、願わくば同じものであったらいいと思う。
視界に獲物が居ないためか、異形の足取りはさほど速くないが、進んでいく方向には迷いが無い。真っ直ぐに『新東京』へ、境界の内側へと向かっている。
そして、また誰かの命を奪うのだろう。頭部を丸ごと引き千切られたあの死体のような、名前も知らない誰かの生命を――
「……」
――「『もう一度』、死なないように」と男は言った。
あれはそのまま、「生き残れ」という意味だったのだろうか。そうだとしたら悪いことをした。あんなものをわざわざ使う甲斐など無かったのに。
たとえ同じ場面を何度やり直そうと、自分が選択する行動は同じだという確証があった。死にたくないと叫ぶ人間が居れば其処に飛び込んでしまうだろうし、そのことに後悔すらしない。誰に下らないと蔑まれても、自分でもどうしようもないと自覚していても、この衝動を止めることが出来ない。
だから二度目もきっと、同じように死ぬ。
夏生は体勢を立て直し、手近にあった石を握りしめると、それを異形の居る方向に向かってそっと放り投げた。緩いカーブを描いて飛んだ石は瓦礫の小山に当たってからんと音を立てると、そのまま瓦礫の上をころころと転がって、雨水で泥濘んだ地面に落ちる。
「ァ――、――?」
思いの外小さな声で鳴いた巨体は、くるりと首を後ろに回して背後を振り返った。音の在り処を確かめるように頭を傾げるその動きはまるで犬か何かのようだ。グロテスクな外見を抜きにして見ればだが。
半分飛び出した目玉と目が合って、そこから距離を詰められるまでは一瞬だった。
「ァ――ァアアアア――!」
反射的に横に飛び退く。数秒前までに夏生が居た地面は巨大な腕を勢い良く叩き付けられたことで抉られ、深く凹んでいた。
「……っ!」
なるべく長く、時間稼ぎをしなければならない。可能ならば討伐隊が来るまでの間だ。彼らがこれを境界外で適切に処理することが出来れば、内側の人間にこれ以上被害が及ぶことは無くなる。
飛び掛かってくる巨体を今度は地面に転がって避ける。その勢いのまま追撃が来る前に起き上がると、夏生は暗闇にポツンと建つ廃墟の方向へと駆けた。背後から迫ってくる殺気を肌に感じながら、振り返ることはせずに全速力で走る。男を庇った時としていることはまるで同じだが、『二度目』である所為で少しは身体が慣れたのかもしれない、地を蹴る足は以前よりずっと軽く感じた。
建物の陰を利用して、半分身を隠すようにして逃げ惑う。夜目が利かない異形はそうされると上手く獲物の位置が特定出来ないらしく、苛立たしげに後ろ足で地面を蹴る音が聞こえた。
実際の奴らにそんな感情があるのかはわからないが――いかにも鬱憤が溜まっているかのような、低い唸り声が暗闇に響く。
しかしその声は数秒後には止み、足音すら聞こえない沈黙が訪れた。
「……?」
奴らが簡単に獲物を諦めるはずはない。ならば何故――
夏生がそう疑問に思った瞬間、ガタンと頭上から物音がした。
「上……ッ!?」
異形は音もなく跳躍し、廃墟のトタン屋根の上へと飛び乗っていた。
ぎょろりとした大きい目玉が此方を見下ろす。鋭い視線に射竦められ一瞬呆然として、回避行動に出るのが一歩遅れた。
――駄目だ、避けきれない!
その予感通り、宙を切って躍り掛かる巨体の持つ鉤爪が夏生の上半身を襲った。
左肩から右の胸に掛けて走る鋭い痛みに思わず悲鳴が漏れる。視界が赤く染まって、世界から一瞬音が消えた。衝撃で身体ごと吹っ飛んで地面に転がって立ち上がれない。心臓は外れたのだろうが、シャツを濡らす出血の量は相当なものだった。
「……ぅ……あ……っ」
傷口を右手で強く抑えて、酷く浅い呼吸をする。生理的な涙で視界が歪んで、熱を持った傷口が煮えるように痛んだ。
死ぬのだと思った。今度こそ、本当に――右手で触れていた傷口の感触が、再び消えていくことに気付くまでは。
「……嘘、だろ……――っ、ははっ……」
思わず力の無い笑い声が口から漏れた。こんなのは反則だ。何度でも傷が治る身体なんて、そんな都合のいいものがこの世に存在するはずがない。
けれども実際に『ある』のだ。
完全に仕留めたと満足したのか、異形は此方に背を向け、『新東京』の方へと再び歩き出している。その後ろ姿を見つめながら、夏生は現実感の欠けた頭でこれからどうするべきかをぼんやりと考えていた。
今までは逃げることしか、時間稼ぎをすることしか出来ないと思っていた。けれどこの身体がそんな風に、馬鹿馬鹿しいほど頑丈な代物になっているのならば。もしかしたら可能なのではないだろうか。
――自分の手で、彼奴を倒すことも。
その考えに至った直後、夏生は大きな音を立てないように周囲を見渡した。異形が屋根に乗って押し潰したせいで、元より崩れ落ちそうだった廃墟は既に半分程倒壊している。建物を形作っていた木材やトタンと一緒に、粉々に割れて吹き飛んだ窓ガラスの破片が地面に散乱していた。
夏生はその中から一番大きく長細く見える破片を探し、それを拾い上げた。強く握ると指先が切れてタラタラと血が流れるが、その傷口も数秒で塞がる。再び力を入れればまた切れることは分かっていたが、大して気にすることでもない。
遠ざかって行く異形の後ろ姿をしっかりと見据えると、その背中目掛けて全力で地面を駆ける。
今はっきりと分かった。足取りがどこまでも軽く感じるのは、視界が澄んで見えるのはきっと慣れのせいなんかではない。あのどこまでも都合の良い注射は、傷を治してくれるだけでなく、こうした身体機能までもを大きく上昇させている。
全速力で走った勢いのまま、地面を強く蹴って高く跳ぶ。きっと届くという根拠のない確信があった。
「……!」
足音と気配に気付いた異形が振り向くより早く、その首筋に飛び掛かった。そのまま後頭部に跨ってしがみつく。
そして右手に握ったガラスの先端を、異形の飛び出した眼球に思い切り突き立てた。
「――ガッ……ァアア――!」
一度深く刺さった破片をもう一度引き抜き、繰り返し何度も刺す。
片目を奪われた異形は低い唸り声を上げ、巨大な身体を上下に揺らした。痛みを逃がそうとしているのか、単に頭部にしがみついた敵を振り落とそうとしているだけかもしれない。激しい揺れに耐えきれず、夏生は思わず刺した箇所から溢れだした粘液で濡れた瞼の淵を捲り上げるようにして握った。ブチュリ、と、掌の中で柔らかいものが潰れる音がする。
素手で触れた体の中はぬめっていて、生暖かかった。
――ああ、これにも体温があるのか。そんな場違いな考えに気を取られた隙に、頭を掻くように勢い任せに振り下ろされた鋭い爪が眼前まで迫っていた。
「ぐ……あっ……!」
咄嗟に頭を横に倒して避ける。顔面に爪を突き立てられることだけは回避したものの、掠めたそれは左肩の皮膚を浅く抉り取って行った。一瞬派手に飛び散った血液と走る激しい痛みに手を放しそうになるのを寸での所で堪えて、傷口へと目を遣った。出血は既に止まりかけていて、血が集まってくるような感覚がある。やはり傷を負った側から再生しているのは間違いないようだった。
今の一撃では仕留められなかったことを悟ったのか、再び巨大な腕が空中を薙ごうとしているのが分かる。
「――アァア――!」
――逃がした男の顔を、母と姉の顔を思い出す。あの謎めいた男の声を思い出す。そして最後に、頭の無い死体の姿と、――もうとうに失われてしまった、誰かの顔を思い出した。もう誰も、俺の目の前であんな風に傷ついては欲しくない。そんなものは見たくない。
そうだ、誰の死体も、これ以上は目にしたくないと思うなら――
「――ッ!」
迷うな、躊躇うな。今ここで殺す!
振り下ろされた腕を避けると同時に、残ったもう片方の目をガラス片で突き刺した。グチャグチャと生暖かい感触が伝わるが、もう構わずに何度でも鋭い破片を振り下ろす。其方の眼球もいよいよ傷ついてドロドロと液体を零すようになると、夏生はガラス片から手を離し、そのまま眼窩に刺し入れた。
代わりに両の眼球に片方ずつの腕を突き入れ、異形の神経を掻き回すように激しく動かす。痛みに呻く巨体は再び夏生を振り落とそうと激しく暴れたが、両足で首筋を締めるようにがっちりと組みつけば落下することは免れた。
「ァアッ、!……ァア、ァアアアアア!」
腕の付け根まで挿し込んで、ひたすら中に詰まったものを捻り、掻き回し、壊す。鉤爪の攻撃で背中がズタズタに裂けても、ただひたすらにそれだけを繰り返し、そうして夏生の掌がある一点を握り潰した時、――巨体はその動作を完全に停止した。
動きを止めた異形は勢い良く倒れ込み、離れないようにと組み付いていた夏生も道連れに地面へ転がる。
「――っ!……あ……?」
再び攻撃されることを危惧してすぐさま立ち上がろうとした夏生の目は、地に倒れ伏したままの異形の身体に釘付けになった。
赤黒く硬かったはずの身体が、末端の部分からどろりとした液体に変わり始めていた。先程まで激しい死闘を繰り広げていた巨大な生き物が、まるで熱を帯びた氷のように溶けていく。
――生きていた時の凶暴で苛烈な様には、全く似つかわしくない。静謐で緩やかな終わりだった。ゆっくりと赤黒い色の液体に変質した死体は、激しく降り続けている雨水や泥と一緒に地面へと還って行った。
異形に関する噂話はよく聞いていたが、死体が溶けるなんてことは。
「……初耳、だな」
それも当然のことだろう。本来は討伐軍の兵士でもなければ、奴らを直接殺す機会なんて与えられようもないのだから。ふっと息を吐いた瞬間、背中にぞくりと悪寒が走った。
そうだ、此処は境界の外。だから別に――何体居たっておかしくはない。
覚悟を決めて振り返ると、嫌な予感は見事に的中していた。
「もう、一体……」
先程の個体と変わりない――いや、記憶違いでなければあれよりも更に巨大で赤黒い生物が、暗闇の中で此方を見つめている。
身構えようと両手足に力を入れた瞬間、突然視界が白くぼやけた。手足の末端から急激に血の気が引いていくようで、大して暑くもないのに全身から冷や汗がどっと噴き出す。身体を支えていた力がふっと抜けてその場にへたり込む。
シャツの赤黒い染み、左肩から派手に飛び散った血液の記憶が脳裏を過る。
最初からずっとそうだった。傷口が塞がっても、それまでに失った血は戻っていない――!
地面を踏みしめる足音と共に、冷えた殺気が急速に近付いてくるのが分かる。もう異形の姿を見ていたくもなくて、夏生はいよいよ重くなってきた瞼を閉じた。
此処で死ぬことは怖くない。本当ならもう少し前に来ていたはずの終わりが、あの注射の力で少し先延ばしになっていただけだ。不安なのは、目の前にいる個体が先程の異形と同様、またしても新東京の域内に侵入してしまうのではないかということだった。討伐隊が一分でも早く到着してくれることを祈るしかない。
結局、時間稼ぎしかできなかった。それだけが唯一、心残りだ。
「ァアア――!……ァ?」
けれど、覚悟していた衝撃はいつまでたってもやってこなかった。
代わりに聞こえたのは、ドサリと重い物が倒れるような音。
「あれ、そんな所に居たんだ」
そして、この場にはまるで似つかわしくない明るく平坦な声だった。
夏生がゆっくりと目を開けると、数メートル先、土砂降りの中に人が一人立っているのが見えた。
「君をずっと探していたんだよ。見つけられて良かった」
立っている、という言葉は適切ではないかもしれない。
その男は、地面に倒れ伏した異形の身体の上に乗って此方を見下ろしていた。黒い靴の下敷きにされた巨体の頭部はズタズタに切り裂かれていたが、まだ完全に息絶えているわけではないようで、赤黒い皮膚がビクビクと小刻みに痙攣している。
先程会った長身の男とは明らかに別人だった。
性別は遠目には断言できないが、恐らくは男。年頃は多分、自分より少し下だ。色素の薄い金髪を靡かせた顔立ちは端正で、大きな青い瞳は朝方の薄闇の中でも異様なほど爛々と輝いている。しかし男の容姿がどんなものであろうと、グロテスクな肉塊を踏みつけたままで平然と喋り出した様は正直気味が悪かった。
「おまえ、は」
「再生自体はしてるのか、血が足りてないだけかな」
男はその問いには答えず、道具を点検するかのような目付きで夏生の身体を見つめる。
――意図的に無視されているというよりは、最初から話が聞こえていないかのような態度だ。フードの付いた身軽そうな服装も、ざっくばらんな態度も、とても討伐隊の一員だとは思えない。第一、何でこの男は一人で此処に来て――彼奴を倒せたんだ?
夏生はもう一度男の素性を問おうと口を開きかけたが、それはにっこりと微笑んだ男の唇から飛び出してきた質問によって遮られた。
「君、血液型は?」
「何……?」
「血液型だよ、何型か聞いておこうと思って。先に知っていれば輸血する時に便利だろう」
「……しらない」
調べたこともない。息も絶え絶えの状態でそう答えると、男はさして落胆した様子もなく「そうなんだ」と相槌を打った。
「……!」
その瞬間、夏生は男の足元で倒れ伏していた異形の身体が小さく上下したことに気付いた。――もう一度起き上がろうと動いている!
「危ない」と、そう声に出して警告しようとした瞬間、その体は男がいつの間にか握り締めていた刃に頭蓋を貫かれ、再び地面に沈んでいた。
男に踏みつけられていた個体は、それで完全に息絶えたのだろう。その身体は先程の異形と同じように緩やかに溶けて、どろどろとした液体に変わっていく。
足場にしていた頭部の形が完全に崩れる前に、男はひらりと軽く跳んで危なげなく着地した。
「君には、私と一緒に来てもらいたいんだ」
降り立った男はその場で片膝を付くと、芝居がかった仕草で夏生に黒手袋を嵌めた手を差し出した。
「……来て、って」
「込み入った説明は後にしよう。けれど、一言で言えば――」
掴まずにいた手を柔らかく強引に握られて、勝手に引き上げられる。
間近で人形のように整った顔が笑うのが見えた。
「世界を救いに」
――俺が訊きたかったのは、目的じゃなくて行先だ。
そう反論しようとした夏生の言葉は、立ち上がると同時に遠くなった意識と共に消えて行った。
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