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本編
第52話
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「ユウのことでなにか進展があったの?」
アキラもまだ聞かされていないようで、ホズミに詳細を促す。
「ああ……」声のトーンが落ち、溜息が続く。「ユウとミツキの関係が社長の耳に入った。はっきり言って、まずい状態だ」
重苦しい沈黙が辺りを支配する。
「ユウは仕事中にもミツキとやりとりしてたのか?」
その言葉に全員が息を呑んだ。ホズミはメンバーを見つめ、
「正直に答えてくれ。たのむ」
しばらく逡巡したのち、観念したように口を開いたのはタビトだ。
「うん……そういうこともあったよ」
「そうか」
紅茶のカップを包むように持ったまま、ホズミが短くつぶやく。彼の横顔を見つめていたアキラが、静かに問うた。
「どういう経路で社長の耳に入ったの?マスコミ?」
「警察からの報告だ。ユウの通話履歴を調べたら、そこにミツキの名前があったらしい。ふたりは電話とかメッセンジャーアプリで頻繁に連絡を取り合っていて、非常階段での事故の日のやり取りも残ってた」
「どんな?」
「詳しくは教えてもらえなかったが……あの日に一緒にいたことの裏付けになったそうだ。ミツキは重要参考人として取り調べを受けた」
それを聞いたセナは身を乗り出し、怒りの滲んだ口調で言う。
「やっぱり……ユウの怪我はミツキの仕業だったんじゃん。いくらおじいちゃんが権力を持ってるっていっても、こうなったらさすがに罪に問われるよね?」
「――いや……彼女の仕業かどうかは不明なままで、被疑者の扱いにもならなかったと聞いた。一緒にいたことは認めたがケンカの内容とか落下を目撃したかどうかについては黙秘していたようだし……なにしろユウが口を割らなかったからな。結局、ユウがひとりで足を滑らせたと結論付けて捜査は打ち切り、お咎めなしだ。隣接している部屋の住人からの証言だけじゃなくて、当日ふたりが非常階段の扉付近で口論していたっていう外部からの目撃証言も出ていたようだが、これじゃ証拠不十分なんだとさ」
失笑するホズミに、セナは噛みつくように叫んだ。
「ミツキが救急車を呼んだんでしょ?ユウが落ちたとき現場にいたのに、黙秘で許されるわけ?」
「いや……脳震盪から目覚めてから、ユウが自分で呼んだらしい。救急車が到着したとき、その場にミツキはいなかった」
全員、言葉もなかった。脱力してソファの背もたれに身を預けたセナが、腕で目元を覆い天井を仰ぐ。
ユウはめまいを起こして階段から落ちたと説明している。拒食症や鬱病を患っていたことが原因でめまいを起こしやすかったのはわかるが、なぜ非常階段にいたのかは謎のままだ。
ミツキと電話で口論していたあの日、ユウは酷く気分を害していた様子だった。あそこまでの怒りに至ったのはなぜなのか。あのケンカが今回の事件の引き金になったのではないか――タビトが考え込む中、アキラが言葉を発する。
「ホズミさん。俺ひとつ気になることがあって……警察沙汰になった割に、なんかマスコミが静かすぎない?いつも俺たちに張り付いてる『週刊十珠』の連中も全然寄ってこないし」
その言葉を受け、セナが首を傾げた。
「確かにそうだよね。活動休止に関しての記事だって、過労で倒れたってことしか書かれてなかったもん……」
「ユウが活動休止を発表したときも警察がマンションを出入りしていたのに、メディアはそれを一切報道していない。うちはマスコミの集中砲火に備えてただけで火消しはしていないから……恐らく、孫が事件にかかわっていると知ったストルムグループ会長が、面倒なことになる前に手を打ったんだろう」
言いながら、ホズミは苦虫を嚙み潰したような表情になる。彼らのやり取りを黙って聞いていたタビトがぽつりと言った。
「やっぱ、カネ積んだのかな」
「いや……今回は、記事の差し替えを提案したのかもしれない。世界的に有名な映画監督が共演者を招いて乱交パーティーしてただとか、国会議員が視察と称して経費使って自分の弟の妻と不倫旅行してただとか……最近のメディア界隈は空から矢でも降ってきたような騒ぎじゃないか。この状況は明らかに不自然だろ」
セナは神妙な顔で頷き、
「確かに……今週も人気お笑い芸人のスキャンダルが出たし、週刊誌もニュースもその話題で持ち切りだもんね……」
「恋人へのDVと売春斡旋――まさか今になって過去を暴かれることになろうとは彼も考えていなかっただろうな」
これまでメディアで大々的に取り上げられることはなかったが、その芸人の素性は何年も前から業界内で話題にはなっていた。しかしそれも噂レベルで、彼が悪さをしている証拠などひとつも出てきていなかったのだ。
最近はその噂もすっかり下火になっていたが、ここにきていきなり事態が急転し、恫喝する音声が出てくるだけでなく暴力行為の現場を見たという証言者まで現れ、警察の捜査が入る流れになっている。
「自分たちにとって都合の悪いスキャンダルを揉み消すために同業者や関係者、ときには仲間をも売る――よく使われる手段だ。ユウとミツキの事件を追っているメディア各所に別のスキャンダル情報を提供して、自分たちの件は報道しないよう口止めした可能性は大いにある」
あのストルムグループを率いる一族のひとりが傷害事件に関係しているとなれば、一大ニュースだ。もし彼らが手を打たなければ、ユウのことも当然メディアの話題に上がり、女性関係について様々な憶測をされたに違いない。
記事の差し替えを要求したのか、金銭的なやりとりが行われたのかはわからないが、今回の件が意図的に揉み消されたということは確かだろう。そのおかげで厄介なことは避けられたがしかし、ストルムグループに大きな借りを作ってしまった。
「身内のスキャンダルをこうも簡単に揉み消すなんて、さすが天下のストルムグループ。すごいなあ……」
アキラの口角に皮肉混じりの笑みが滲む。その顔をなんとも複雑な感情のまま見つめ、ホズミは再び唇を開く。
「――社長は事態を重く受け止めている。この大事な時期にユウが秘密裡に交際していたということもあるが、相手がよりによってストルムグループ会長の孫娘。そのうえ彼女が絡んだ事件を引き起こしたんだからな。心中穏やかじゃないだろう」
その言葉を聞いたヤヒロは、ケーキにフォークを差し込みつつ軽い口調で言う。
「こんな騒ぎに巻き込まれるのは二度とごめんだ。ユウがミツキと別れねえっていうならメンバーから外そうぜ」
「ちょっとヤヒロ!」
セナが声を荒らげる。
「なに聞かれてもだんまり決め込みやがってよ……あいつ、自分のことしか考えてねえじゃん」大きなアーモンド形の瞳でじとりと睨み上げて、「もしその辺の女とこの手の事件を起こしてたら今ごろ大炎上してるとこだ。MAJESTICの追っかけやってたんだから、熱愛報道がファンを減らすことくらい知ってんだろ?ウル・ラドの足を引っ張るやつに用はねえよ」
「でも……」
「なんだよ」
「――ずっと一緒にやってきた仲間じゃん……なんでそんなこと、簡単に……」
語尾が震え、セナは俯く。彼のカールした髪に指を差し入れて撫で梳きながら、アキラはヤヒロを見た。
「とにかく社長と話して、ちゃんと謝ろう。ふたりの交際を知ってからも黙ってた俺たちにだって責任はあるんだから」
「謝るもクソもねえだろ。社長に正直に話してたところで弱小事務所になにができたってんだ?」
嘲笑したヤヒロが前のめりになり、正面に座っているアキラを下から覗き込む。
「社長が知っていようと知らなかろうとこの結果は避けられなかった。これからもミツキは野放しだ……ふたりの繋がりがある限りまた同じような騒ぎが起こるに決まってんよ。そんでまたどうにもできないまま、事の成り行きを見守るしかねえんだ」彼はセナの方に視線を流し、更に続けた。「ユウがウル・ラドじゃなくてミツキの方を取るなら脱退してもらう。絶対にな」
アキラはヤヒロの挑発的な物言いに乗せられることなく、静かな声で返す。
「そんな乱暴な言い方しないの。怒るといつもそうなんだから……」彼は言いながら、セナの髪をそっと掻き上げる。促されるように頭をあげたセナに微笑みを向けた。「本心じゃないよ。わかるでしょ?大丈夫」
ヤヒロが憮然とした表情で立ち上がる。背もたれに掛けていたジャケットを取り、スマホを操作しながら言った。
「アホくさ。もう帰るわ」
ホズミも彼のあとを追って立ち上がる。
「送る」
「いい。ウツギに迎えに来てもらう」
スマホを耳にあて、彼はリビングを出ていってしまう。どうやら相手と電話が繋がったらしい。素っ気ないやりとりの声に混じって玄関扉のオートロックが閉まる音が、静まり返った部屋に響いた。
「ウツギって誰?」
タビトが誰にともなく問うと、ホズミが答える。
「ヤヒロが個人契約してるハウスキーパーだよ」
「へえ……仲いいね。迎えにきてくれるなんて」
「仲がいい云々じゃなくて、送迎も含んだ契約を交わしてるんだ。たまに現場に遅れてくるだろ、ああいうときはだいたい送ってもらってるんじゃないか?朝食から夕食まで作ってもらって一緒に食べてるっていうし、いっそ住み込みで契約した方がウツギさんも楽そうだけどな」
家事代行サービスよりももっと幅広い業務を受け持つのがハウスキーパーだと、以前アキラから聞いたことをタビトは思い出す。
もしも明かりの灯る部屋にチカルが待っていれくれたら。食卓を囲んで他愛のない話をし、彼女のおやすみの声と共に一日を終われたら。彼はそこまで考え、慌てて打ち消す。動揺したまま、うるさく鳴っている心臓を服の上から押さえた。
「ウツギさんも真面目で安心感があるけど、タビトのところのスタッフさんも礼儀正しくていい感じだね。どっちもホズミさんがサフェードに掛け合ってくれたの?」
「ああ。いつも優秀なスタッフを揃えてくれているから助かるよ」
「セナは違う会社の家事代行サービスなんだっけ。どんな人?」
アキラは明るくセナに声をかける。それに対し彼は強張った顔を向けただけだ。
「セナ」タビトは柔らかい声で呼びかける。「アキラがさっき言ってたけど、あんなこと本気で言うわけないよ。ヤヒロもユウの才能を認めてるし、それに――」
「ヤヒロが本気かどうかを不安に思ってるわけじゃない」タビトの言葉を遮ると、怒りと悲しみの混じった眼差しを向ける。「ユウがもし自分から『辞める』って言ったら?」
鬼気迫る表情に気圧され、タビトは息を呑む。
「ヤヒロと社長に責められて、もう辞めるってなるかもしれないじゃん。僕は、それが怖いんだよ」
ユウはアイドルになりたくてなったわけではない。ティーンモデルとして活動していた彼がこの道を選んだのはセナに誘われたからであった。
元来人付き合いが苦手だという彼がここまで活動を続けてこられたのは、メンバーのサポートやフォローがあってこそだ。もともとアイドルとして存在することの意識が希薄な彼が、メンバーからの厳しい批判を受けてもなお活動を続けようと思うだろうか――セナはそこを危惧している。
「あんまりユウを責めないであげてほしい……ユウは小さいころから大人たちにいいように使われて、苦しめられてきたんだよ。やっと居場所を見つけたって言ってたのに、ここでも非難されて追い詰められるなんて……かわいそうだよ」
「俺たちのいるところが自分の居場所だって思ってくれてたなら、この状況はなおさら悲しいね」
穏やかな声音には憂いが混じっている。表情を更に硬くし唇をわななかせるセナを抱き寄せて、彼は続けた。
「相手がミツキだったからこんな大騒ぎになってるけど、彼女じゃなかったとしても大問題だよ。ファンに手を出すなんて、そんな最低なことをしちゃいけなかった」
「……ユウはいつも誰かに必要とされたがってた……僕たちじゃ満たせない部分を、ミツキで埋めようとしただけ。……ユウの傷はとっても深いんだ。だから――」
「傷つけられた過去があったとしても、他人を顧みず勝手な振る舞いをしていいっていう免罪符にはならないよ」
その言葉に、セナはひどく傷ついた顔をした。
「俺たちはチームだ。一人ひとりの選択がウル・ラドの命運を分ける。これからもウル・ラドのメンバーでいたいってユウが考えてくれてるなら……今回のことでメンバーそれぞれが抱いた感情をしっかり受け止めてほしい。自分の選択がチームにどれだけの影響を与えるか、ちゃんと知ってもらいたいんだ」
アキラの言葉が冷たい水のように胸に沁み込んで苦しくなり、セナはもうなにも言えなくなっていた。彼はただ拳をかたく握りしめ、奥歯を噛み締めている。
すっかり黙り込んでしまったセナを連れて、アキラとホズミは帰っていった。
タビトは沈痛な面持ちで、ほとんど手が付けられていないケーキや紅茶を片づける。彼はウル・ラドの未来を取り留めもなく考えながら、ひとりの夜を過ごした。
アキラもまだ聞かされていないようで、ホズミに詳細を促す。
「ああ……」声のトーンが落ち、溜息が続く。「ユウとミツキの関係が社長の耳に入った。はっきり言って、まずい状態だ」
重苦しい沈黙が辺りを支配する。
「ユウは仕事中にもミツキとやりとりしてたのか?」
その言葉に全員が息を呑んだ。ホズミはメンバーを見つめ、
「正直に答えてくれ。たのむ」
しばらく逡巡したのち、観念したように口を開いたのはタビトだ。
「うん……そういうこともあったよ」
「そうか」
紅茶のカップを包むように持ったまま、ホズミが短くつぶやく。彼の横顔を見つめていたアキラが、静かに問うた。
「どういう経路で社長の耳に入ったの?マスコミ?」
「警察からの報告だ。ユウの通話履歴を調べたら、そこにミツキの名前があったらしい。ふたりは電話とかメッセンジャーアプリで頻繁に連絡を取り合っていて、非常階段での事故の日のやり取りも残ってた」
「どんな?」
「詳しくは教えてもらえなかったが……あの日に一緒にいたことの裏付けになったそうだ。ミツキは重要参考人として取り調べを受けた」
それを聞いたセナは身を乗り出し、怒りの滲んだ口調で言う。
「やっぱり……ユウの怪我はミツキの仕業だったんじゃん。いくらおじいちゃんが権力を持ってるっていっても、こうなったらさすがに罪に問われるよね?」
「――いや……彼女の仕業かどうかは不明なままで、被疑者の扱いにもならなかったと聞いた。一緒にいたことは認めたがケンカの内容とか落下を目撃したかどうかについては黙秘していたようだし……なにしろユウが口を割らなかったからな。結局、ユウがひとりで足を滑らせたと結論付けて捜査は打ち切り、お咎めなしだ。隣接している部屋の住人からの証言だけじゃなくて、当日ふたりが非常階段の扉付近で口論していたっていう外部からの目撃証言も出ていたようだが、これじゃ証拠不十分なんだとさ」
失笑するホズミに、セナは噛みつくように叫んだ。
「ミツキが救急車を呼んだんでしょ?ユウが落ちたとき現場にいたのに、黙秘で許されるわけ?」
「いや……脳震盪から目覚めてから、ユウが自分で呼んだらしい。救急車が到着したとき、その場にミツキはいなかった」
全員、言葉もなかった。脱力してソファの背もたれに身を預けたセナが、腕で目元を覆い天井を仰ぐ。
ユウはめまいを起こして階段から落ちたと説明している。拒食症や鬱病を患っていたことが原因でめまいを起こしやすかったのはわかるが、なぜ非常階段にいたのかは謎のままだ。
ミツキと電話で口論していたあの日、ユウは酷く気分を害していた様子だった。あそこまでの怒りに至ったのはなぜなのか。あのケンカが今回の事件の引き金になったのではないか――タビトが考え込む中、アキラが言葉を発する。
「ホズミさん。俺ひとつ気になることがあって……警察沙汰になった割に、なんかマスコミが静かすぎない?いつも俺たちに張り付いてる『週刊十珠』の連中も全然寄ってこないし」
その言葉を受け、セナが首を傾げた。
「確かにそうだよね。活動休止に関しての記事だって、過労で倒れたってことしか書かれてなかったもん……」
「ユウが活動休止を発表したときも警察がマンションを出入りしていたのに、メディアはそれを一切報道していない。うちはマスコミの集中砲火に備えてただけで火消しはしていないから……恐らく、孫が事件にかかわっていると知ったストルムグループ会長が、面倒なことになる前に手を打ったんだろう」
言いながら、ホズミは苦虫を嚙み潰したような表情になる。彼らのやり取りを黙って聞いていたタビトがぽつりと言った。
「やっぱ、カネ積んだのかな」
「いや……今回は、記事の差し替えを提案したのかもしれない。世界的に有名な映画監督が共演者を招いて乱交パーティーしてただとか、国会議員が視察と称して経費使って自分の弟の妻と不倫旅行してただとか……最近のメディア界隈は空から矢でも降ってきたような騒ぎじゃないか。この状況は明らかに不自然だろ」
セナは神妙な顔で頷き、
「確かに……今週も人気お笑い芸人のスキャンダルが出たし、週刊誌もニュースもその話題で持ち切りだもんね……」
「恋人へのDVと売春斡旋――まさか今になって過去を暴かれることになろうとは彼も考えていなかっただろうな」
これまでメディアで大々的に取り上げられることはなかったが、その芸人の素性は何年も前から業界内で話題にはなっていた。しかしそれも噂レベルで、彼が悪さをしている証拠などひとつも出てきていなかったのだ。
最近はその噂もすっかり下火になっていたが、ここにきていきなり事態が急転し、恫喝する音声が出てくるだけでなく暴力行為の現場を見たという証言者まで現れ、警察の捜査が入る流れになっている。
「自分たちにとって都合の悪いスキャンダルを揉み消すために同業者や関係者、ときには仲間をも売る――よく使われる手段だ。ユウとミツキの事件を追っているメディア各所に別のスキャンダル情報を提供して、自分たちの件は報道しないよう口止めした可能性は大いにある」
あのストルムグループを率いる一族のひとりが傷害事件に関係しているとなれば、一大ニュースだ。もし彼らが手を打たなければ、ユウのことも当然メディアの話題に上がり、女性関係について様々な憶測をされたに違いない。
記事の差し替えを要求したのか、金銭的なやりとりが行われたのかはわからないが、今回の件が意図的に揉み消されたということは確かだろう。そのおかげで厄介なことは避けられたがしかし、ストルムグループに大きな借りを作ってしまった。
「身内のスキャンダルをこうも簡単に揉み消すなんて、さすが天下のストルムグループ。すごいなあ……」
アキラの口角に皮肉混じりの笑みが滲む。その顔をなんとも複雑な感情のまま見つめ、ホズミは再び唇を開く。
「――社長は事態を重く受け止めている。この大事な時期にユウが秘密裡に交際していたということもあるが、相手がよりによってストルムグループ会長の孫娘。そのうえ彼女が絡んだ事件を引き起こしたんだからな。心中穏やかじゃないだろう」
その言葉を聞いたヤヒロは、ケーキにフォークを差し込みつつ軽い口調で言う。
「こんな騒ぎに巻き込まれるのは二度とごめんだ。ユウがミツキと別れねえっていうならメンバーから外そうぜ」
「ちょっとヤヒロ!」
セナが声を荒らげる。
「なに聞かれてもだんまり決め込みやがってよ……あいつ、自分のことしか考えてねえじゃん」大きなアーモンド形の瞳でじとりと睨み上げて、「もしその辺の女とこの手の事件を起こしてたら今ごろ大炎上してるとこだ。MAJESTICの追っかけやってたんだから、熱愛報道がファンを減らすことくらい知ってんだろ?ウル・ラドの足を引っ張るやつに用はねえよ」
「でも……」
「なんだよ」
「――ずっと一緒にやってきた仲間じゃん……なんでそんなこと、簡単に……」
語尾が震え、セナは俯く。彼のカールした髪に指を差し入れて撫で梳きながら、アキラはヤヒロを見た。
「とにかく社長と話して、ちゃんと謝ろう。ふたりの交際を知ってからも黙ってた俺たちにだって責任はあるんだから」
「謝るもクソもねえだろ。社長に正直に話してたところで弱小事務所になにができたってんだ?」
嘲笑したヤヒロが前のめりになり、正面に座っているアキラを下から覗き込む。
「社長が知っていようと知らなかろうとこの結果は避けられなかった。これからもミツキは野放しだ……ふたりの繋がりがある限りまた同じような騒ぎが起こるに決まってんよ。そんでまたどうにもできないまま、事の成り行きを見守るしかねえんだ」彼はセナの方に視線を流し、更に続けた。「ユウがウル・ラドじゃなくてミツキの方を取るなら脱退してもらう。絶対にな」
アキラはヤヒロの挑発的な物言いに乗せられることなく、静かな声で返す。
「そんな乱暴な言い方しないの。怒るといつもそうなんだから……」彼は言いながら、セナの髪をそっと掻き上げる。促されるように頭をあげたセナに微笑みを向けた。「本心じゃないよ。わかるでしょ?大丈夫」
ヤヒロが憮然とした表情で立ち上がる。背もたれに掛けていたジャケットを取り、スマホを操作しながら言った。
「アホくさ。もう帰るわ」
ホズミも彼のあとを追って立ち上がる。
「送る」
「いい。ウツギに迎えに来てもらう」
スマホを耳にあて、彼はリビングを出ていってしまう。どうやら相手と電話が繋がったらしい。素っ気ないやりとりの声に混じって玄関扉のオートロックが閉まる音が、静まり返った部屋に響いた。
「ウツギって誰?」
タビトが誰にともなく問うと、ホズミが答える。
「ヤヒロが個人契約してるハウスキーパーだよ」
「へえ……仲いいね。迎えにきてくれるなんて」
「仲がいい云々じゃなくて、送迎も含んだ契約を交わしてるんだ。たまに現場に遅れてくるだろ、ああいうときはだいたい送ってもらってるんじゃないか?朝食から夕食まで作ってもらって一緒に食べてるっていうし、いっそ住み込みで契約した方がウツギさんも楽そうだけどな」
家事代行サービスよりももっと幅広い業務を受け持つのがハウスキーパーだと、以前アキラから聞いたことをタビトは思い出す。
もしも明かりの灯る部屋にチカルが待っていれくれたら。食卓を囲んで他愛のない話をし、彼女のおやすみの声と共に一日を終われたら。彼はそこまで考え、慌てて打ち消す。動揺したまま、うるさく鳴っている心臓を服の上から押さえた。
「ウツギさんも真面目で安心感があるけど、タビトのところのスタッフさんも礼儀正しくていい感じだね。どっちもホズミさんがサフェードに掛け合ってくれたの?」
「ああ。いつも優秀なスタッフを揃えてくれているから助かるよ」
「セナは違う会社の家事代行サービスなんだっけ。どんな人?」
アキラは明るくセナに声をかける。それに対し彼は強張った顔を向けただけだ。
「セナ」タビトは柔らかい声で呼びかける。「アキラがさっき言ってたけど、あんなこと本気で言うわけないよ。ヤヒロもユウの才能を認めてるし、それに――」
「ヤヒロが本気かどうかを不安に思ってるわけじゃない」タビトの言葉を遮ると、怒りと悲しみの混じった眼差しを向ける。「ユウがもし自分から『辞める』って言ったら?」
鬼気迫る表情に気圧され、タビトは息を呑む。
「ヤヒロと社長に責められて、もう辞めるってなるかもしれないじゃん。僕は、それが怖いんだよ」
ユウはアイドルになりたくてなったわけではない。ティーンモデルとして活動していた彼がこの道を選んだのはセナに誘われたからであった。
元来人付き合いが苦手だという彼がここまで活動を続けてこられたのは、メンバーのサポートやフォローがあってこそだ。もともとアイドルとして存在することの意識が希薄な彼が、メンバーからの厳しい批判を受けてもなお活動を続けようと思うだろうか――セナはそこを危惧している。
「あんまりユウを責めないであげてほしい……ユウは小さいころから大人たちにいいように使われて、苦しめられてきたんだよ。やっと居場所を見つけたって言ってたのに、ここでも非難されて追い詰められるなんて……かわいそうだよ」
「俺たちのいるところが自分の居場所だって思ってくれてたなら、この状況はなおさら悲しいね」
穏やかな声音には憂いが混じっている。表情を更に硬くし唇をわななかせるセナを抱き寄せて、彼は続けた。
「相手がミツキだったからこんな大騒ぎになってるけど、彼女じゃなかったとしても大問題だよ。ファンに手を出すなんて、そんな最低なことをしちゃいけなかった」
「……ユウはいつも誰かに必要とされたがってた……僕たちじゃ満たせない部分を、ミツキで埋めようとしただけ。……ユウの傷はとっても深いんだ。だから――」
「傷つけられた過去があったとしても、他人を顧みず勝手な振る舞いをしていいっていう免罪符にはならないよ」
その言葉に、セナはひどく傷ついた顔をした。
「俺たちはチームだ。一人ひとりの選択がウル・ラドの命運を分ける。これからもウル・ラドのメンバーでいたいってユウが考えてくれてるなら……今回のことでメンバーそれぞれが抱いた感情をしっかり受け止めてほしい。自分の選択がチームにどれだけの影響を与えるか、ちゃんと知ってもらいたいんだ」
アキラの言葉が冷たい水のように胸に沁み込んで苦しくなり、セナはもうなにも言えなくなっていた。彼はただ拳をかたく握りしめ、奥歯を噛み締めている。
すっかり黙り込んでしまったセナを連れて、アキラとホズミは帰っていった。
タビトは沈痛な面持ちで、ほとんど手が付けられていないケーキや紅茶を片づける。彼はウル・ラドの未来を取り留めもなく考えながら、ひとりの夜を過ごした。
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