よあけ

紙仲てとら

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本編

第75話

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「新曲のコンセプトは“夢と現実”。今回のジャケットにもみなさんのポートレート写真は使わないということなので……どのようなアートワークにするか、まずは意見をお願いします」
 セージがやわらかなまなざしをメンバーの方に流す。
「めずらしく爽やかなサウンドだし、全体的に明るい感じだけどさ……歌詞を翻訳してよく読むとけっこう怖いこと書いてあるんだよね」
 頬杖を付いたセナが言って、アキラを見る。
「夢と現実をテーマにして書いたんだもん。そうなるよ」
「楽しい夢から目覚めたら恐ろしい現実が待ってるみたいな?やだあ……」
「自分たちがこれから売り出す曲にドン引きしてんなよ」
 ヤヒロはあきれたような顔になる。セナが唇を尖らせてそっぽを向くのを目の端に捉えつつ、タビトは低く言った。
「フロントジャケットは明るく爽やかにして、開くと不気味な感じにするのは?」
「不気味か……。たとえばどういうの?」
 アキラが手元の資料から目をあげて問う。
「歌詞に出てくる“モンスター”……あれって夢と現実の境目がわからなくなって狂っちゃった女性のことだよね。“彼女が笑うときその頭上には2羽のカラスが飛んでいる”っていう部分、その前後の歌詞をよく読むとわかるけど、彼女が楽しいと感じてるときってなにか悪さをしてるときなんでしょ?そのシーンを想像させるイラストとか写真を入れるのはどう?」
「んー……。公式から歌詞の内容についてアンサーを出すのは避けたいな。ファンには自由な解釈で楽しんでほしいからさ」
「2羽のカラスって北欧神話に出てくるフギンとムニン?神話ネタ、こするねえ……」
「バカにするわりに詳しいじゃん、セナ」
「不気味を表現するならサイケな感じにしようぜ。エグい悪夢を連想させる奇抜なやつ」
 ヤヒロが遠くから口を挟む。
「みんな難しいこと平気で言うよな……」
 無気力な声でつぶやいたのはユウだ。
 これまでリリースしたアルバムやシングルのアートワークはすべてユウが担当している。まず今日のようにデザイン会社とメンバーで相談し、方向性を決めたのちに彼が全体的な構図やイメージを創りあげてきた。
 平時であればもっと余裕を持って話し合いを進めるのだが――諸々のトラブルの影響を受け、今回は時間的にかなり厳しい状態だ。焦りもあってか、いつもよりも活発な意見が飛び交う。
 それを思案顔で聞いているセージの横で、スタッフのアシタバがメンバーの意見を記録している。彼女は一同の言葉が途切れたその合間に、ノートパソコンの画面から目を離すことなく機械的に言った。
「ブックレットの総ページ数は8ページ、オビつき。パッケージの装丁を、今回もジュエルケースではなく紙ジャケットかデジパックにするなら……表面から裏面にかけて一枚絵にすることもできますよ」
「一枚絵……そっか。前回、ユウがスイスで撮影したパノラマ写真をジャケットに使うか?ってなったけど結局やらなかったんだっけ」
 ヤヒロの言葉を引き取って、ユウが続ける。
「これまでリリースしたCDのアートワーク、画像で出せます?」
「もちろん」
 打ち合わせは滞りなく進み、予定していた時間通りにベルカナ・レコードのオフィスをあとにした。
「おつかれ。どうだった?」
 車の窓を開けて煙草を吸っていたホズミが、駐車場に入ってきた彼らに問う。
「順調。ユウといっしょにさっそく制作作業に入ってくれるって」
 アキラが答える。
「そうか。――ユウは?」
「バスで帰るって言って、バス停まで歩いていったよ」
「なんだ……実家まで送っていくって言ったのに」
「あいつの母親、ホズミ兄さんのファンだからよ。母親の猫なで声を聞きたくなかったんだろ」
 返ってきたヤヒロの言葉に苦笑すると、携帯灰皿に煙草の先端を押し付けつつ言った。
「事務所に用があるやつはいるか?なければ今日はこれで終わりだ」
 メンバーを見回しているホズミの前に一歩進み出たタビトが、硬い表情で口を開く。
「何度も催促して悪いんだけど……ライブグッスのデザイナーの件とかキャラクターの件について進展あった?社長、ホズミさんの言ってたデザイナーの人と会ったの?」
「それが、まだ実現してない。ナウラオルカのこともあったし――それに、すこし問題が発生してな」
「問題?」
「あとで社長から話がある。とにかく――呑気に食事会を開くような状況じゃなくなった」
「そっか……」タビトは考え込み、それからよく輝く瞳を向けて、「あのさ、ちょっとこれ見てもらえる?」
 タビトは小脇に抱えていたファイルを差し出す。ポートフォリオのプロフィールページを見た瞬間、ホズミは酷く驚いた様子で絶句し、タビトとファイルを交互に見た。
「なあに、それ」
 覗き込んできたのはセナだ。タビトの肩に両手を置いて、後ろから顔を覗かせている。セナの重みにバランスを崩しながら彼は、ホズミを強い眼差しで見上げた。
「デザイナーさんの件は俺に任せてもらえない?」
「タビト……」
 その次に続く言葉を遮って、タビトは真剣な顔で捲し立てた。
「セージさんに頼んでこのデザイナーさんを紹介してもらうよ。メンバーのみんなが気に入って、向こうも引き受けてくれそうならお願いしたい。勝手に話を進めたら社長に怒られるかもしれないけど、この人なら前回のグッズより絶対いいものを作ってくれると思うんだ。売上が伸びるなら社長もきっと納得してくれるでしょ?だから……」
「この子だよ」
 顔を拭ったホズミは名前を指差し、信じられないといった様子――半分笑っているような顔で言った。
「え?」
「俺が社長に会わせようとしてたデザイナー。この子なんだ」
 今度はタビトが目を丸くする番だ。
「イサギ……」ホズミはポートフォリオを見つめながら目を細めて微笑み、「そうか、タビトもこの子の仕事に惚れたか」
 ホズミはタビトに目を向けると、
「那南城さんのこと、デザイナーのこと……最近気を揉ませてばかりだな。すまない」
 謝罪の言葉を口にした彼はファイルを閉じると、唇を一文字に結んでかぶりを振る彼に手渡す。
「数多のデザイナーのなかでおまえがイサギを見つけたってことは運命かもしれない。……とりあえず俺だけでも彼と会って話をしておくよ」
「自分でデザイナー探してきたのかよ?やるじゃん」
 肩に腕を回したヤヒロが、にんまりと笑ってタビトをねぎらう。
「――まさかあのタビトがねえ……」
 セナはなにやら感慨深そうにつぶやいた。アキラは何も言わなかったが、その口角には薄く笑みが刻まれている。
 それから4人はミニバンに乗り込み、それぞれのマンションに送り届けてもらったが――アキラが下車するとき、タビトは彼に続いて車を降りた。
「なに?」
 気付いたアキラが振り向いて笑う。
「タビト?どうした」
 運転席からホズミの声が飛んでくる。しかしタビトは振り向かず、アキラをまっすぐに見つめ早口で言った。
「話があるんだけど。ちょっとだけ時間、いい?」
「どうしたの急に……」
「お願い」
 アキラは宝石のようにきらめく淡褐色の瞳を細める。
「いいよ。コーヒー淹れたげる」
 タビトは開いている助手席の窓から、ここで降りることを伝える。車が低いエンジン音を立てて走り去るのを見送って、アキラに目を遣った。彼は鍵を取り出してタビトにかざすと、エントランスに向かって歩き出す。
 磨き上げられた象牙色の大理石の床――モノトーンで統一された光り輝く玄関に、彼は思わず感嘆の声をもらす。
 宿舎での共同生活を終えて離れて暮らすようになってから、セナやユウの家に遊びに行ったことはあるが(ヤヒロには断られた)、アキラの部屋に上がるのは初めてだ。
「適当に座ってて」
 鞄をローテーブルの横に投げ、彼はキッチンに入る。食器同士がぶつかる賑やかな音を聞きながら白い革張りのソファに座った。
「ねえ、アコちゃんからなにか連絡あった?」
「――ない」
 キッチンからの声に短くそう返す。
 こちらからアコに電話をしたりメッセージを送ったりもしたが、なんの音沙汰もなかった。タビトは人知れず溜息をつく。
「どうするつもりなんだろうね」
「たぶんまだ答えが出せないんだと思う……ランさんのこともあるし」
「違うよ。うちの社長」
 カップにインスタントコーヒーの粉を入れながら、気だるそうな声で続ける。
「ナウラオルカの幹部もムナカタ社長も……みんな、アコちゃんのこと軽く見すぎ。特に社長……あんな言い方して、アコちゃんがこっちに頭下げてくるなんて本気で思ってんのかな」
 アキラの言う通り――アコの意志を無視したナオラオルカの失態にしても、ああいった形で一方的に契約の打ち切りを宣告するというムナカタの仕打ちにしても……ひどい話だ。
 彼女と共に仕事をする日は、もう二度とないのかもしれない。言葉にならないさみしさに囚われて、タビトは冷たい指をきつく握り込み苦悶に顔を染めた。
 カップを両手に持ってリビングにやってきたアキラは、タビトの近くにスツールを引き寄せてきて座った。コーヒーを受け取った彼は無理矢理に微笑んで礼を言う。
「タビトの舌はお子さまだから甘くしないと飲めないんだっけ?俺はブラック派だから砂糖もミルクも置いてないの。ごめんね」
 にやにや笑っているアキラに対し、どこか得意げな顔で言い返す。
「俺がいつもアイスコーヒーをブラックで飲んでるの知らないんだ?」
「嘘つけ」
「ヤヒロに聞いてみなよ。このあいだ俺が買ってきたやつ奪って飲んでたし」
 その名を口にした瞬間、タビトの表情がわずかに翳る。
 ――勢いでここまで来てしまったが、どう話を切り出したらいいものか……彼は思いあぐねている。場合によっては口論になり関係に亀裂が入るかもしれない。これ以上のグループの危機は避けたいと思う気持ちが急に込み上げて、彼の喉を塞ぐ。
 黙り込んでしまったのを見てもアキラは急かすでもなく、のんびりとカップを傾けている。
「冷めちゃうよ。飲みな?」
 彼の声に、いつのまにか俯いていた顔をあげた。目が合うと、コーヒーが入ったカップを指で示してくる。
 視線をさ迷わせたタビトは握りしめた手の中に不快な汗が滲むのを感じながら、意を決したように唇を開いた。
「――アキラ。俺が今日ここに来たのは、」
「ヤヒロのことだよね?」
 先に切り出され、タビトは面食らう。
「写真集の撮影の日、ヤヒロと険悪な感じになったじゃん?あのときの件で、なにか言いたいことがあるんでしょ」
 アキラはそう続けて、彼に視線を遣った。
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