よあけ

紙仲てとら

文字の大きさ
93 / 378
本編

第91話

しおりを挟む
 「アンバー・ルシア」は、オフィスウイルドから車でおよそ15分ほど行った場所にある。
 地上10階、地下1階のオフィスビルは築40年だが、昨年大規模なリニューアル工事をしたばかりで、築年数を感じさせない。
 広々としたエントランスフロアの奥にはフェイクグリーンのパーテーションで区切られた待合スペースがあり、数組のビジネスマンが談笑している。ムナカタはそれを遠巻きに眺めてつぶやいた。
「いないな」
「何人来るんだっけ」
 ヤヒロが問うと、彼はスマホを取り出す。
「キリヨシさんは18人紹介してくれたが……今日来るのは代表者2人だ。かしこまらずに普段着でいいと伝えてあるし、すぐにわかると思うんだが」
「あ!あの子たちじゃない?」
 セナが指差す先を見ると、待合スペース横の柱の陰に男女が立っているのが見えた。ひとりはスーツ姿でコートを手に持ち、ひとりはバケットハットにダウンジャケットというラフな格好をしている。タビトらが反応を窺いながら近づくと、気付いたひとりが恭しく頭を下げた。
「ムナカタ社長でいらっしゃいますか?」
 黒いスーツに身を包んだ女が明るい声でにこやかに訊ねる。ムナカタが頷きながら返事したのを見ると、恭しく頭を垂れた。
「初めまして、ユミグサと申します。本日はよろしくお願いいたします!」
 名刺を交換し合い挨拶を済ませると、ムナカタは横に視線をずらす。
 礼儀正しい振る舞いの彼女の斜め後ろに、若い男がすまし顔で立っている。どうやら外国にルーツがあるらしく――深みのある栗色の肌を持ち、カールしたまつげに飾られた瞳は榛色だ。ブレイズヘアの毛先がバケットハットの下からのぞいている。
 英語で話しかけるべきかとムナカタは一瞬迷った。それを見透かしたかのように鼻先で笑うと、彼は先に唇を開く。
「サンです。よろしくお願いします」
 流暢な日本語で言い、手を差し出す。
「――ムナカタです。ご足労いただき感謝します」
「驚きましたか?」
 手を固く握ったまま彼は唐突にそう訊ねた。
「日本生まれ日本育ちです」
 あまりに愉快そうに笑うので、ムナカタも引きつった笑みを返す。ひとしきり笑ったあと、サンと名乗る青年は言った。
「笑っちゃってすみません。僕が日本語を話すとみんなびっくりした顔をするんで、おもしろくて」
「ちょっ……!ふざけないで!」
 ユミグサが険しい顔で咎め、ムナカタに向き直る。
「申し訳ありません!いつもこんな調子で……」
 ぺこぺこと頭を下げる彼女をちらりと見遣って、彼はまだにやにや笑っている。
「キリヨシさんから姉と弟のような関係の2人がいると聞いていたんですが、あなたたちのことみたいですね」
「昔からよくペアを組まされるんです。彼がヘアメイクで、私がスタイリストなので……――あ、そうだ。ええと……」
 彼女は肩から下げた大きなビジネスバッグの外ポケットを探る。
「キリヨシさんからです」
 書簡を受け取り、ムナカタは目を細めた。なんでもデジタル化している世の中で、いまだ手書きで手紙をしたためているのはこの男とスミタニくらいのものじゃないだろうか。
 彼はスーツの内ポケットに手紙をしまうと、カードキーを取り出しセキュリティゲートを通過する。他の者たちは受付で2次元バーコードつきの来訪カードを発行してもらい入館した。
 エレベーターで3階まで上がる。このフロア全体がアンバー・ルシアのオフィスだ。すでに必要なものの搬入と設置は済んでいるらしく、ダンボールのひとつも転がっていない。
 解放感のあるワンフロア。艶消し仕上げのダークブラウンの床は美しく磨かれ、白い壁の一面だけにアイボリーのアクセントクロスが貼られている。
 事務的な机や椅子はなく、ひとり掛けソファとテーブルが等間隔に設置されているためカフェのような雰囲気だ。奥にある細格子のパーテーションの向こうにはブルーグレーのソファが、大きな正方形のローテーブルを挟んで対面で置かれている。
「おっしゃれぇ~……」
 あんぐりと口を開けているセナの隣で、タビトもまた目を丸くしている。
「気に入ってもらえたかな?」
 ムナカタは、サンとユミグサに振り返る。
「すてきなオフィス……」
 ユミグサは感極まった様子でつぶやき、瞳を輝かせている。サンの方はといえば、特別な反応はない。
「それで、何人のスタッフがウル・ラドにつく予定なんですか?」
 彼は至って冷静な声で訊ねる。
「代表取締役社長に就任してほしいと依頼した人物からは、まだ正式な返事がもらえていませんが――」
 その言葉に、メンバー5人は揃ってムナカタの方に驚きの顔を向けた。どうやら彼はまだあきらめていないらしい。
「彼女はおそらく、スタイリストとヘアメイクで1名ずつ……そのアシスタントに各1名か2名つけようと考えているのではないかな」
「返事待ちって……ずいぶんのんびりやってるんですね。もしいい返事をもらえなかったらどうするおつもりで?」
「取締役社長は私が兼任します」
「ふうん……」
 気の抜けた返事をするサンの横で、ユミグサは表情を曇らせる。
「アシスタントがいるとはいえ5人に対して1人ですか……キリヨシさんから聞きましたけど、確かウル・ラドさんの前のスタイリストさんは衣装まで作ってたんですよね?それと同じことをしようとすると、1人ではハードすぎる気が……」
 危惧する声に対しサンが唇を開きかけたそのとき、誰かのスマホがけたたましく鳴った。やけに陽気な電子音の出所は――ムナカタのポケットだ。
「失礼」
 彼は短く言って液晶画面をちらと確認する。そのとたんに顔色を変え、ユミグサに断りを入れたあとすばやく耳に当てた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

憧れのお姉さんは淫らな家庭教師

馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。 女性向け百合(レズビアン)R18小説。男性は出てきません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...