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本編
第91話
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「アンバー・ルシア」は、オフィスウイルドから車でおよそ15分ほど行った場所にある。
地上10階、地下1階のオフィスビルは築40年だが、昨年大規模なリニューアル工事をしたばかりで、築年数を感じさせない。
広々としたエントランスフロアの奥にはフェイクグリーンのパーテーションで区切られた待合スペースがあり、数組のビジネスマンが談笑している。ムナカタはそれを遠巻きに眺めてつぶやいた。
「いないな」
「何人来るんだっけ」
ヤヒロが問うと、彼はスマホを取り出す。
「キリヨシさんは18人紹介してくれたが……今日来るのは代表者2人だ。かしこまらずに普段着でいいと伝えてあるし、すぐにわかると思うんだが」
「あ!あの子たちじゃない?」
セナが指差す先を見ると、待合スペース横の柱の陰に男女が立っているのが見えた。ひとりはスーツ姿でコートを手に持ち、ひとりはバケットハットにダウンジャケットというラフな格好をしている。タビトらが反応を窺いながら近づくと、気付いたひとりが恭しく頭を下げた。
「ムナカタ社長でいらっしゃいますか?」
黒いスーツに身を包んだ女が明るい声でにこやかに訊ねる。ムナカタが頷きながら返事したのを見ると、恭しく頭を垂れた。
「初めまして、ユミグサと申します。本日はよろしくお願いいたします!」
名刺を交換し合い挨拶を済ませると、ムナカタは横に視線をずらす。
礼儀正しい振る舞いの彼女の斜め後ろに、若い男がすまし顔で立っている。どうやら外国にルーツがあるらしく――深みのある栗色の肌を持ち、カールしたまつげに飾られた瞳は榛色だ。ブレイズヘアの毛先がバケットハットの下からのぞいている。
英語で話しかけるべきかとムナカタは一瞬迷った。それを見透かしたかのように鼻先で笑うと、彼は先に唇を開く。
「サンです。よろしくお願いします」
流暢な日本語で言い、手を差し出す。
「――ムナカタです。ご足労いただき感謝します」
「驚きましたか?」
手を固く握ったまま彼は唐突にそう訊ねた。
「日本生まれ日本育ちです」
あまりに愉快そうに笑うので、ムナカタも引きつった笑みを返す。ひとしきり笑ったあと、サンと名乗る青年は言った。
「笑っちゃってすみません。僕が日本語を話すとみんなびっくりした顔をするんで、おもしろくて」
「ちょっ……!ふざけないで!」
ユミグサが険しい顔で咎め、ムナカタに向き直る。
「申し訳ありません!いつもこんな調子で……」
ぺこぺこと頭を下げる彼女をちらりと見遣って、彼はまだにやにや笑っている。
「キリヨシさんから姉と弟のような関係の2人がいると聞いていたんですが、あなたたちのことみたいですね」
「昔からよくペアを組まされるんです。彼がヘアメイクで、私がスタイリストなので……――あ、そうだ。ええと……」
彼女は肩から下げた大きなビジネスバッグの外ポケットを探る。
「キリヨシさんからです」
書簡を受け取り、ムナカタは目を細めた。なんでもデジタル化している世の中で、いまだ手書きで手紙をしたためているのはこの男とスミタニくらいのものじゃないだろうか。
彼はスーツの内ポケットに手紙をしまうと、カードキーを取り出しセキュリティゲートを通過する。他の者たちは受付で2次元バーコードつきの来訪カードを発行してもらい入館した。
エレベーターで3階まで上がる。このフロア全体がアンバー・ルシアのオフィスだ。すでに必要なものの搬入と設置は済んでいるらしく、ダンボールのひとつも転がっていない。
解放感のあるワンフロア。艶消し仕上げのダークブラウンの床は美しく磨かれ、白い壁の一面だけにアイボリーのアクセントクロスが貼られている。
事務的な机や椅子はなく、ひとり掛けソファとテーブルが等間隔に設置されているためカフェのような雰囲気だ。奥にある細格子のパーテーションの向こうにはブルーグレーのソファが、大きな正方形のローテーブルを挟んで対面で置かれている。
「おっしゃれぇ~……」
あんぐりと口を開けているセナの隣で、タビトもまた目を丸くしている。
「気に入ってもらえたかな?」
ムナカタは、サンとユミグサに振り返る。
「すてきなオフィス……」
ユミグサは感極まった様子でつぶやき、瞳を輝かせている。サンの方はといえば、特別な反応はない。
「それで、何人のスタッフがウル・ラドにつく予定なんですか?」
彼は至って冷静な声で訊ねる。
「代表取締役社長に就任してほしいと依頼した人物からは、まだ正式な返事がもらえていませんが――」
その言葉に、メンバー5人は揃ってムナカタの方に驚きの顔を向けた。どうやら彼はまだあきらめていないらしい。
「彼女はおそらく、スタイリストとヘアメイクで1名ずつ……そのアシスタントに各1名か2名つけようと考えているのではないかな」
「返事待ちって……ずいぶんのんびりやってるんですね。もしいい返事をもらえなかったらどうするおつもりで?」
「取締役社長は私が兼任します」
「ふうん……」
気の抜けた返事をするサンの横で、ユミグサは表情を曇らせる。
「アシスタントがいるとはいえ5人に対して1人ですか……キリヨシさんから聞きましたけど、確かウル・ラドさんの前のスタイリストさんは衣装まで作ってたんですよね?それと同じことをしようとすると、1人ではハードすぎる気が……」
危惧する声に対しサンが唇を開きかけたそのとき、誰かのスマホがけたたましく鳴った。やけに陽気な電子音の出所は――ムナカタのポケットだ。
「失礼」
彼は短く言って液晶画面をちらと確認する。そのとたんに顔色を変え、ユミグサに断りを入れたあとすばやく耳に当てた。
地上10階、地下1階のオフィスビルは築40年だが、昨年大規模なリニューアル工事をしたばかりで、築年数を感じさせない。
広々としたエントランスフロアの奥にはフェイクグリーンのパーテーションで区切られた待合スペースがあり、数組のビジネスマンが談笑している。ムナカタはそれを遠巻きに眺めてつぶやいた。
「いないな」
「何人来るんだっけ」
ヤヒロが問うと、彼はスマホを取り出す。
「キリヨシさんは18人紹介してくれたが……今日来るのは代表者2人だ。かしこまらずに普段着でいいと伝えてあるし、すぐにわかると思うんだが」
「あ!あの子たちじゃない?」
セナが指差す先を見ると、待合スペース横の柱の陰に男女が立っているのが見えた。ひとりはスーツ姿でコートを手に持ち、ひとりはバケットハットにダウンジャケットというラフな格好をしている。タビトらが反応を窺いながら近づくと、気付いたひとりが恭しく頭を下げた。
「ムナカタ社長でいらっしゃいますか?」
黒いスーツに身を包んだ女が明るい声でにこやかに訊ねる。ムナカタが頷きながら返事したのを見ると、恭しく頭を垂れた。
「初めまして、ユミグサと申します。本日はよろしくお願いいたします!」
名刺を交換し合い挨拶を済ませると、ムナカタは横に視線をずらす。
礼儀正しい振る舞いの彼女の斜め後ろに、若い男がすまし顔で立っている。どうやら外国にルーツがあるらしく――深みのある栗色の肌を持ち、カールしたまつげに飾られた瞳は榛色だ。ブレイズヘアの毛先がバケットハットの下からのぞいている。
英語で話しかけるべきかとムナカタは一瞬迷った。それを見透かしたかのように鼻先で笑うと、彼は先に唇を開く。
「サンです。よろしくお願いします」
流暢な日本語で言い、手を差し出す。
「――ムナカタです。ご足労いただき感謝します」
「驚きましたか?」
手を固く握ったまま彼は唐突にそう訊ねた。
「日本生まれ日本育ちです」
あまりに愉快そうに笑うので、ムナカタも引きつった笑みを返す。ひとしきり笑ったあと、サンと名乗る青年は言った。
「笑っちゃってすみません。僕が日本語を話すとみんなびっくりした顔をするんで、おもしろくて」
「ちょっ……!ふざけないで!」
ユミグサが険しい顔で咎め、ムナカタに向き直る。
「申し訳ありません!いつもこんな調子で……」
ぺこぺこと頭を下げる彼女をちらりと見遣って、彼はまだにやにや笑っている。
「キリヨシさんから姉と弟のような関係の2人がいると聞いていたんですが、あなたたちのことみたいですね」
「昔からよくペアを組まされるんです。彼がヘアメイクで、私がスタイリストなので……――あ、そうだ。ええと……」
彼女は肩から下げた大きなビジネスバッグの外ポケットを探る。
「キリヨシさんからです」
書簡を受け取り、ムナカタは目を細めた。なんでもデジタル化している世の中で、いまだ手書きで手紙をしたためているのはこの男とスミタニくらいのものじゃないだろうか。
彼はスーツの内ポケットに手紙をしまうと、カードキーを取り出しセキュリティゲートを通過する。他の者たちは受付で2次元バーコードつきの来訪カードを発行してもらい入館した。
エレベーターで3階まで上がる。このフロア全体がアンバー・ルシアのオフィスだ。すでに必要なものの搬入と設置は済んでいるらしく、ダンボールのひとつも転がっていない。
解放感のあるワンフロア。艶消し仕上げのダークブラウンの床は美しく磨かれ、白い壁の一面だけにアイボリーのアクセントクロスが貼られている。
事務的な机や椅子はなく、ひとり掛けソファとテーブルが等間隔に設置されているためカフェのような雰囲気だ。奥にある細格子のパーテーションの向こうにはブルーグレーのソファが、大きな正方形のローテーブルを挟んで対面で置かれている。
「おっしゃれぇ~……」
あんぐりと口を開けているセナの隣で、タビトもまた目を丸くしている。
「気に入ってもらえたかな?」
ムナカタは、サンとユミグサに振り返る。
「すてきなオフィス……」
ユミグサは感極まった様子でつぶやき、瞳を輝かせている。サンの方はといえば、特別な反応はない。
「それで、何人のスタッフがウル・ラドにつく予定なんですか?」
彼は至って冷静な声で訊ねる。
「代表取締役社長に就任してほしいと依頼した人物からは、まだ正式な返事がもらえていませんが――」
その言葉に、メンバー5人は揃ってムナカタの方に驚きの顔を向けた。どうやら彼はまだあきらめていないらしい。
「彼女はおそらく、スタイリストとヘアメイクで1名ずつ……そのアシスタントに各1名か2名つけようと考えているのではないかな」
「返事待ちって……ずいぶんのんびりやってるんですね。もしいい返事をもらえなかったらどうするおつもりで?」
「取締役社長は私が兼任します」
「ふうん……」
気の抜けた返事をするサンの横で、ユミグサは表情を曇らせる。
「アシスタントがいるとはいえ5人に対して1人ですか……キリヨシさんから聞きましたけど、確かウル・ラドさんの前のスタイリストさんは衣装まで作ってたんですよね?それと同じことをしようとすると、1人ではハードすぎる気が……」
危惧する声に対しサンが唇を開きかけたそのとき、誰かのスマホがけたたましく鳴った。やけに陽気な電子音の出所は――ムナカタのポケットだ。
「失礼」
彼は短く言って液晶画面をちらと確認する。そのとたんに顔色を変え、ユミグサに断りを入れたあとすばやく耳に当てた。
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