よあけ

紙仲てとら

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本編

第97話

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 アコが戦闘モードに入ったその頃、アキラはユウとファストフード店にいた。ビルの外に飛び出したユウを、長い追いかけっこの末にようやく捕まえて、ちょうど近くにあったそこに半ば強引に連れ込んだのだ。
 店内は昼時とあって混雑しており、それを見た途端ユウは抵抗をやめ、ポケットに捻じ込んでいたマスクをして顔を隠した。怒りが消えたわけではなくとも、下手に騒げば多くの人に迷惑が掛かると考えるだけの理性はまだ残っているようだった。
 ふたりとも腹など減ってはいなかったが、昼時ともありなんとなくの流れでハンバーガーのセットを注文した。
 客席のある2階へ上がると角のボックス席がちょうど空き、そこに座る。
「ハンバーガー、2年ぶりくらいだな」
「俺、昨日食べたばっかなんだけど」
 テーブルに頬杖をつき、ユウは壁に描かれている絵に視線を当てたままそっけなく言う。彼のドリンクにもストローをさしてやりながら、アキラは苦く笑った。
「宿舎で暮らしてたときはみんなでよく行ったよね」
「そんなどうでもいい話するためにここに来たんじゃないだろ」
 ユウが苛立っているのを前に、アキラは口をつぐむ。
「あの男が言ってたことを詳しく聞きたいからしつこく追いかけて来たんだろうけど、話す気ないから」
「いいんだ。もう聞き出すつもりはないよ」
「嘘つけ……」息だけで笑って飲み物を手にすると、ストローを口に咥える。「じゃあなんで追い回したんだよ」
「心配だったから」
「なに言ってんだか……」
 あきれたと言わんばかりにかぶりを振った。
 アキラはハンバーガーの包みを手に取ったが、結局トレイに戻す。そして溜息まじりに言った。
「――やっぱ、リーダーになんかならなきゃよかった」
 突然の言葉に、顔を窓の外に向けたまま視線だけをアキラに据える。
「ウル・ラドを守らないとって思えば思うほど空回るばっかりで……なにもうまくいかない。ヤヒロがリーダーだったら、って最近よく考えるんだよ。あいつは俺とは真逆だし、俺がリーダーでいるよりも、チームをいい方向に導いてくれるかもしれないなって」
 アキラにしてはめずらしく、途切れ途切れにゆっくりと――言葉を選びながら言った。ユウの視線を感じながら俯き、冷めてクタクタになった塩辛いポテトを齧って続ける。
「ウツギさんと食卓を囲んだあの日……俺はおまえに対するヤヒロの態度に驚いた。なんていうか、あいつはもっと性急で――相手の顔色を見て言葉を選ぶような男じゃないと思ってたから」
「ヤヒロの方もすっげー驚いたんじゃない?まさかアキラがあんなにしつこく追及するとは思わなかった、って」
「そうだね」
 彼はユウの皮肉に対して気分を害した様子もなく、溜息と共にそうつぶやく。
「あの日のことを振り返るとね……ヤヒロの方が正しかったって思うんだよ。俺はおまえから真実と過去を洗いざらい話すことを要求したけど、あいつはこれから先どうするつもりかを聞きたがったでしょ」
 ――リーダーは嫌われ役になる覚悟がいる。アイドルとして活動する前は常に事なかれ主義の傍観者であり、他人に深入りすることを避けてきたが、ウル・ラドを率いるとなったらそのスタンスではいられない。
 覚悟を決めてから、それまでとは別人のように振る舞った。問題解決の糸口を見つけられるとあれば、相手の心の奥底に土足で踏み込み、血の滲む傷に指を突っ込むことも厭わなかった。それで憎まれたとしても、結果的にウル・ラドの危機を救えるならば正しい行いであり、その行いによって守られているチームはいつも自分の手のひらの上にあると、ずっとそう思い込んでいた。
「ヤヒロは心を閉ざして黙ってる相手から、無理に聞き出そうなんてことはしなかった。陰からそっと支えて、相手が自ら話してくれるまで待てるんだ。もし話してくれなくたって、きっと何も思わないだろうね」
 今までやってきたことはすべて、問題に巻き込まれたメンバーのためでもなくチーム全体のためでもなく、リーダーたる者かくあるべしという思想に囚われていただけだったのだと――あの日、わかってしまった。彼はそのことを恥じるあまり、ユウの目を見られなかった。
「今日も、思わず後を追ってきちゃったけど……おまえの背中を追いかけてるうちに、またあの日と同じ失敗しようとしてるなって気付いてさ」
 細い声の独白を、ユウは黙って聞いている。先ほどまで表情にただよっていた鋭さは消え、その視線はまっすぐアキラに注がれていた。瞳に映したアキラは、緊張しているように見えた。
「過去に何があったかなんて教えてもらえなくてもいい。追及する気もない。泣きそうな顔してひとりで飛び出したおまえを放っておけないって……今あるのはそういう、友達に対する気持ちだけだよ」
 そこまで話して、彼は強張った体の力を抜くように長く息を吐き、唇を結んだ。ユウはしばらくのあいだ、テーブルを見つめるばかりのアキラを凝視していた。
「なあ」
 アキラは身じろぎもせず黙りこくっている。
「返事くらいしろ……お節介」
 ようやく顔を上げたアキラを、ユウは睨むように見た。
「俺、追いかけてきてほしいとか一緒にいてほしいとか、そういうの考えてないし求めてないんだけど?」
「だよね」
 溜息まじりに短く言って、アキラは肩を竦める。
「俺みたいなやつ見限ればいいじゃん。ここのところグループに迷惑かけることしかしてないし」
「ユウ」それ以上言わせないとばかりに鋭く言葉を遮る。「見限ったりしないよ」
 アキラは真剣な顔で、念を押すように続けた。
「絶対にそんなことしない。損得の関係で一緒にいるわけじゃないんだから」
「もういいってそういうの。足を引っ張るだけの役立たずなんかいらねーと思ってんだろ」
「思ってない」
「テキトーなことばっか言いやがって。フツーはみんな、自分にとって損になる存在とはかかわりたくねーと思うし関係切るっしょ」
「まったく、めんどくさいやつ……」アキラはテーブルに頬杖をつき、まっすぐに彼を見つめる。「もし俺が作詞作曲できなくなったら、役立たずだからって切り捨てるの?」
 問われた彼は開きかけた口をつぐんでアキラを見つめていたが、やがて首を横に振った。
「さっき“みんな”って言ってたけどここにふたりも例外がいるじゃん」アキラは微笑んで、「見限らない理由はおまえも俺と同じでしょ?もし他のメンバーが損得で考えてたとしたって、ひとりぼっちにはならない。おまえのそばには必ず俺がいる」
 相手の反応を待たず、アキラはテーブルに視線を落とした。そうしておもむろにハンバーガーに手を伸ばすと、がさつな手つきで包みを開き大口でかぶりつく。言葉をなくしたままそれを眺めていたユウもやがて、彼に倣って包みを開き、すっかり湿気でへたっているそれを前歯の先で小さく齧った。バンズはパサパサ、パティも冷めているせいか舌触りが悪く、ポテトはやはり塩辛かった。長く伸びた前髪のあいだからのぞくユウの瞳は、水面のきらめきを湛えている。
「おいしいね」
 つぶやいたアキラがそっと目を細めたのを見て、彼は咀嚼しながらかすかに頷いた。
 彼らは黙々と食べ続けた。それぞれの脳裏には――メンバー全員でこうしてハンバーガーを食べながら、時間も忘れておしゃべりに花を咲かせていたころの思い出が甦っていた。
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