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本編
第183話
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休憩スペースのテーブルの上でスマホが鳴動している。
「ねー、誰かのスマホ鳴ってるよ」
ジーマの呼びかけに、全員が振り向く。その中から立ち上がり、近づいてきたのはレノだ。
「すまん」
言いつつスマホを手に取り画面を確認したが出ようとしない。
「誰?」
「登録してない番号。昨日からかかってくるんだよ。もしかしたら会社の誰かかもしれないからマネージャーにあとで確認しようと思ってたんだけど忙しくてさ」
しつこく鳴動しているスマホを覗き込んだジーマは、番号を見た途端目を丸くする。
「ミツキからじゃん」
「そうなのか?よくわかったな!」
「下四桁が1581でいちごパイ。あとここ、810でハート。かわいい私にぴったりとか言ってうざかったから覚えてる」
ジーマは自分のスマホにミツキの番号を表示させた。
「やっぱりそうだ」
つぶやいたジーマが画面をかざして見せる。それを確認すると、レノは嫌々ながら通話ボタンをタップする。
「はい」
「昨日もかけたんだけどぉ!無視すんな!」
いきなりの甲高い怒声に驚いて、思わず耳からスマホを離す。
「誰からなのかわからなかったんだよ!悪かったな」
「わかんなくても出て!手間かけさせないで」
どこまでも自分本位な女だ。
「――で、何の用だ?」
「ヒミツの話があるの。だからぁ、今すぐパパの会社まで来てよ」
「いや……無理。練習中だしさ」
「30分以内に来て。じゃーねぇ」
こちらが抗議する前に通話は一方的に切られてしまった。あきれ顔でスマホを耳から離したレノを、ジーマが横目で見遣る。
「ミツキ、なんだって?」
「さあ……」首を傾げ、「今すぐラボに来いって」
ミツキの父が代表取締役社長を務める「ストルムデザインラボ」はストルムグループホールディングスの子会社のひとつであり、ミュトスを始めとしたストルムミュージック所属のタレントの広告や商品デザインなどを担当している。
「行くの?」
ジーマの問いかけに、レノは壁のデジタル時計を見た。
「休憩時間が終わったら自主練しててくれ。1時間で戻るから」
「いいじゃん、無視すれば」
汗で濡れた髪を掻き上げ、ペットボトルを呷る。
「あの子が俺に電話してくるなんてよっぽどの事情があるんだろ……なんか気になるからさ」
「気まぐれな女だよ?たいしたことないと思うけどなあ」
大きな瞳を細め、いたずらっぽく見上げてくる。そんな彼の髪を乱暴に掻き混ぜ、シューズを履き替えたレノは練習室を出た。
ストルムデザインラボは、ストルムミュージックからタクシーでおよそ10分の場所にある。ジャケットのデザインやグッズ関連で頻繁に世話になっているが、こうしてひとりで会社を訪れるのは初めてだ。
ミツキから指示されているらしく、すぐに奥に通された。がらんとしたミーティングルームの椅子に腰掛けてしばらく待っていると、扉を開く乱暴な音と共に背の高い華奢な女が入ってくる。
「好奇心に負けた?」
ミツキはにんまりと笑った。しかし彼は取り合わず、つまらなそうな表情でテーブルに頬杖をつく。
「いいから早く用件を話してくれよ」
急かす声を無視し、ミツキはもったいぶるようにゆっくりと椅子に座る。そして自分の爪をいじりつつ言った。
「その前にさぁ、こないだの話くわしく聞かせて」
「話?」
「タビトの女ってだぁれ?ミツキ以外に誰かいるの?」
レノは明らかにげんなりした顔をして、
「嘘だよ。そんなの知るわけないじゃないか」
「いまさらシラ切るんじゃねーよ」
「君の口の悪さにムッとして意地悪なことを言った。すまない」
「はァ?」
ミツキの怒りがみるみるうちに膨れあがっていくのを感じ、彼は深く溜息をついた。
「本当にすまなかった。この通り反省してる」
「教えろって言ってんだよ」
「タビト君の彼女は君だけだろ……あたりまえじゃないか。あんなこと言って悪かったよ」
レノは愛想笑いを浮かべてみせる。もちろんタビトと恋人同士であったことなどないが、ミツキの機嫌を取るにはこれがいちばんいい。
彼の思惑通り、ミツキの冷たい無表情にすこし色味がさす。
「悪かったで済むと思ってんの?死ね!」
「確かに今回は俺が悪かった。でもそうやってすぐに死ねって言うのは良くないぞ」
「あほ!ばか!死ねっ!」
「幼稚園児か……」片手で顔を覆い、溜息まじりに言う。「悪かったって!もしなにか情報があれば一番最初に教えるから許せ」
「ほんとぉ?」
「ああ。もちろん」
「こんど嘘ついたら殺してやるから」
「好きにしろよ」
適当にあしらうような言い方で返したが、気分を損ねた様子もない。ミツキはもう怒りの矛を収めたと見える。
この単純さ。父親にそっくりだ、とレノは密かに思った。顔は母親譲りだが、性格は父親をコピーしたかのようである。
「あ、そぉだ。じぃじが昨日の歌番組観たって言ってたよぉ。感想聞きたい?」
いきなり会長の話題を出され面食らっているレノを面白そうに見つめて、
「とぉーってもよかったって褒めてた。でもウル・ラドの方が印象に残るステージだったって悔しがってたなぁ。SNSでもウル・ラドの方がいろんな意味で話題になっちゃってて、完全に空気だったもんねぇ……」
レノは背筋を震わせ、光を失くした瞳でテーブルを睨む。
「ところでさぁ、セナがいなかった理由しってる?」
「……知らん。詮索するつもりもない」
「なぁんだ。知らないのぉ?」
昨日の欠席に関して、オフィスウイルドからの声明はまだ出ていない。公式からの発表がないことで、様々な憶測を呼んでいるらしいことはメンバー経由で聞いているが――
「セナ君がいなかった理由を聞くためだけに呼んだのか?」
「そうだよって言ったら怒るぅ?」
明らかに苛立っているレノを見てくすくす笑い、
「ヒミツの話があるって言ったじゃん」
チェックスカートから伸びるすらっとした脚を組んで、ミツキは挑発的なまなざしを向けてくる。彼は妙な胸騒ぎを覚え、先を急かした。
「もったいぶらずに話してくれ」
沈黙を挟み、ようやく彼女は唇を開いた。
「なんかさぁ……最近のタビト、ちょっとヘンじゃなぁい?」
「別にそうは思わないけど。気のせいだろ」
「気のせいなんかじゃないってばぁ!だってぇ、すっごぉくミツキに冷たいんだもん……。アイドルだからみんなの前でミツキだけを特別扱いできないしぃ、彼女バレするのを警戒してるんだろーけどぉ……ごはんも一緒に行ってくれないんだよぉ?断られたときのことを思い出すとかなしくてぇ……」
ヒミツの話とはタビトに対する愚痴だったのかと思わず拍子抜けして――レノはあきれ顔になる。1時間で戻ると伝えてあるが、もっと早く帰れそうだ。彼はぼんやりと話を聞きながらそう思った。
「ミツキね、いままでね、タビトのためにいっぱいいーっぱい我慢したしがんばったの。タビトだって、そういうけなげなミツキのことわかってくれてるだろーしぃ、突き放すのはつらいだろうなぁっておもう……。こんな状況、お互いのためにならないよね?だからミツキはぁ、ふたりがしあわせになれる方法を考えたの」
「はあ……。それで?」
「タビトがアイドルを辞めればいいんだよぉ」
「ねー、誰かのスマホ鳴ってるよ」
ジーマの呼びかけに、全員が振り向く。その中から立ち上がり、近づいてきたのはレノだ。
「すまん」
言いつつスマホを手に取り画面を確認したが出ようとしない。
「誰?」
「登録してない番号。昨日からかかってくるんだよ。もしかしたら会社の誰かかもしれないからマネージャーにあとで確認しようと思ってたんだけど忙しくてさ」
しつこく鳴動しているスマホを覗き込んだジーマは、番号を見た途端目を丸くする。
「ミツキからじゃん」
「そうなのか?よくわかったな!」
「下四桁が1581でいちごパイ。あとここ、810でハート。かわいい私にぴったりとか言ってうざかったから覚えてる」
ジーマは自分のスマホにミツキの番号を表示させた。
「やっぱりそうだ」
つぶやいたジーマが画面をかざして見せる。それを確認すると、レノは嫌々ながら通話ボタンをタップする。
「はい」
「昨日もかけたんだけどぉ!無視すんな!」
いきなりの甲高い怒声に驚いて、思わず耳からスマホを離す。
「誰からなのかわからなかったんだよ!悪かったな」
「わかんなくても出て!手間かけさせないで」
どこまでも自分本位な女だ。
「――で、何の用だ?」
「ヒミツの話があるの。だからぁ、今すぐパパの会社まで来てよ」
「いや……無理。練習中だしさ」
「30分以内に来て。じゃーねぇ」
こちらが抗議する前に通話は一方的に切られてしまった。あきれ顔でスマホを耳から離したレノを、ジーマが横目で見遣る。
「ミツキ、なんだって?」
「さあ……」首を傾げ、「今すぐラボに来いって」
ミツキの父が代表取締役社長を務める「ストルムデザインラボ」はストルムグループホールディングスの子会社のひとつであり、ミュトスを始めとしたストルムミュージック所属のタレントの広告や商品デザインなどを担当している。
「行くの?」
ジーマの問いかけに、レノは壁のデジタル時計を見た。
「休憩時間が終わったら自主練しててくれ。1時間で戻るから」
「いいじゃん、無視すれば」
汗で濡れた髪を掻き上げ、ペットボトルを呷る。
「あの子が俺に電話してくるなんてよっぽどの事情があるんだろ……なんか気になるからさ」
「気まぐれな女だよ?たいしたことないと思うけどなあ」
大きな瞳を細め、いたずらっぽく見上げてくる。そんな彼の髪を乱暴に掻き混ぜ、シューズを履き替えたレノは練習室を出た。
ストルムデザインラボは、ストルムミュージックからタクシーでおよそ10分の場所にある。ジャケットのデザインやグッズ関連で頻繁に世話になっているが、こうしてひとりで会社を訪れるのは初めてだ。
ミツキから指示されているらしく、すぐに奥に通された。がらんとしたミーティングルームの椅子に腰掛けてしばらく待っていると、扉を開く乱暴な音と共に背の高い華奢な女が入ってくる。
「好奇心に負けた?」
ミツキはにんまりと笑った。しかし彼は取り合わず、つまらなそうな表情でテーブルに頬杖をつく。
「いいから早く用件を話してくれよ」
急かす声を無視し、ミツキはもったいぶるようにゆっくりと椅子に座る。そして自分の爪をいじりつつ言った。
「その前にさぁ、こないだの話くわしく聞かせて」
「話?」
「タビトの女ってだぁれ?ミツキ以外に誰かいるの?」
レノは明らかにげんなりした顔をして、
「嘘だよ。そんなの知るわけないじゃないか」
「いまさらシラ切るんじゃねーよ」
「君の口の悪さにムッとして意地悪なことを言った。すまない」
「はァ?」
ミツキの怒りがみるみるうちに膨れあがっていくのを感じ、彼は深く溜息をついた。
「本当にすまなかった。この通り反省してる」
「教えろって言ってんだよ」
「タビト君の彼女は君だけだろ……あたりまえじゃないか。あんなこと言って悪かったよ」
レノは愛想笑いを浮かべてみせる。もちろんタビトと恋人同士であったことなどないが、ミツキの機嫌を取るにはこれがいちばんいい。
彼の思惑通り、ミツキの冷たい無表情にすこし色味がさす。
「悪かったで済むと思ってんの?死ね!」
「確かに今回は俺が悪かった。でもそうやってすぐに死ねって言うのは良くないぞ」
「あほ!ばか!死ねっ!」
「幼稚園児か……」片手で顔を覆い、溜息まじりに言う。「悪かったって!もしなにか情報があれば一番最初に教えるから許せ」
「ほんとぉ?」
「ああ。もちろん」
「こんど嘘ついたら殺してやるから」
「好きにしろよ」
適当にあしらうような言い方で返したが、気分を損ねた様子もない。ミツキはもう怒りの矛を収めたと見える。
この単純さ。父親にそっくりだ、とレノは密かに思った。顔は母親譲りだが、性格は父親をコピーしたかのようである。
「あ、そぉだ。じぃじが昨日の歌番組観たって言ってたよぉ。感想聞きたい?」
いきなり会長の話題を出され面食らっているレノを面白そうに見つめて、
「とぉーってもよかったって褒めてた。でもウル・ラドの方が印象に残るステージだったって悔しがってたなぁ。SNSでもウル・ラドの方がいろんな意味で話題になっちゃってて、完全に空気だったもんねぇ……」
レノは背筋を震わせ、光を失くした瞳でテーブルを睨む。
「ところでさぁ、セナがいなかった理由しってる?」
「……知らん。詮索するつもりもない」
「なぁんだ。知らないのぉ?」
昨日の欠席に関して、オフィスウイルドからの声明はまだ出ていない。公式からの発表がないことで、様々な憶測を呼んでいるらしいことはメンバー経由で聞いているが――
「セナ君がいなかった理由を聞くためだけに呼んだのか?」
「そうだよって言ったら怒るぅ?」
明らかに苛立っているレノを見てくすくす笑い、
「ヒミツの話があるって言ったじゃん」
チェックスカートから伸びるすらっとした脚を組んで、ミツキは挑発的なまなざしを向けてくる。彼は妙な胸騒ぎを覚え、先を急かした。
「もったいぶらずに話してくれ」
沈黙を挟み、ようやく彼女は唇を開いた。
「なんかさぁ……最近のタビト、ちょっとヘンじゃなぁい?」
「別にそうは思わないけど。気のせいだろ」
「気のせいなんかじゃないってばぁ!だってぇ、すっごぉくミツキに冷たいんだもん……。アイドルだからみんなの前でミツキだけを特別扱いできないしぃ、彼女バレするのを警戒してるんだろーけどぉ……ごはんも一緒に行ってくれないんだよぉ?断られたときのことを思い出すとかなしくてぇ……」
ヒミツの話とはタビトに対する愚痴だったのかと思わず拍子抜けして――レノはあきれ顔になる。1時間で戻ると伝えてあるが、もっと早く帰れそうだ。彼はぼんやりと話を聞きながらそう思った。
「ミツキね、いままでね、タビトのためにいっぱいいーっぱい我慢したしがんばったの。タビトだって、そういうけなげなミツキのことわかってくれてるだろーしぃ、突き放すのはつらいだろうなぁっておもう……。こんな状況、お互いのためにならないよね?だからミツキはぁ、ふたりがしあわせになれる方法を考えたの」
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