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8・帰城(スルス視点)
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「あら」
いつのまにか、私の手に聖女の証が戻っている。
聖女が死ぬと、新しい聖女に現れるアザが。
ということは。
…。
まぁ、いっか。
私はここでの生活を楽しむのに忙しい。
ここは大陸最大の貿易都市。
商品を売り買いに来ている国内外の商人でごった返している。
知らない言語が聞こえる市場を歩けば、食べたことのない食べ物が売られていて、初めて聞く音楽が流れる広場に行けば、珍しい動物が芸を披露している。
面白いものはたくさんある。
目いっぱい楽しまなきゃ。
だって、聖女の証が戻ったという事は、神官の特殊魔法・聖女探索で感知されてしまう。
聖女しか探せない代わりに、どんなに離れた場所にいる聖女でも見つけられる厄介な魔法だ。
ここにいられる時間はきっとそう長くない。
数日後。
「スルス様!」
市場をブラブラしていると、聞き慣れた声に呼ばれた。
「リュソーさん」
あぁ、ついに見つかっちゃったか。
さすがリュソーさん。
祖国から遠く離れたこの土地にいることも、この人ごみの中どこにいるのかも、全てお見通しだったようだ。
「どうしたんです?こんな所で」
「ロゼ殿が亡くなりました」
「まぁ!」
知ってるけど。
「よって、現在我が国は聖女不在の状況です。どうかお戻りを」
まあ、そうなるわよね。
「でも…ラック王子は何とおっしゃっているの?」
「ロゼ殿が亡くなって気落ちしているようですが…ぜひ戻ってきてほしいと。勿論、国王陛下も同じお気持ちです」
「そうですか」
迎えに来たのがラック王子ならともかく、リュソーさんは、ずっと私の味方でいてくれた。
焦らしたり、意地悪する相手ではないわ。
「では帰ります」
荷物をまとめ、用意されていた馬車に乗ると、馬車の中にはラック王子が座っていた。
しばらく会わなかった間にかなりやつれている。
顔の輪郭はこけて、目は充血し、クマまでできている。
何より、顔にいくつかアザができている。
おそらく国王陛下に殴られたのだろう。
馬車が動き出す。
しばらくして、ラック王子が口を開いた。
「スルス…」
「なんでしょう?」
「お前は…知っていたのか?」
「何をでしょう?」
キョトンとして見せる。
「生贄が…必要になる事をだよ…。神が生贄を求めたから…ロゼは…」
「まあ!亡くなったと先ほど知らされましたが、ロゼさんは生贄になったのですか!?」
「あぁ…」
「生贄が求められる事なんて知りませんでした」
「本当か…?」
「えぇ」
勿論知ってたけど、おくびにも出さない。
王族にも神官にも『知らなかった』で貫き通す。
それが嘘か本当か、誰が確かめられようか。
「でも…ロゼさんが生贄になったなんて…それは聖女としてなんとも名誉なことでございますね!」
私は神に祈る時のように胸の前で両手の指を組み、満面の笑顔で言ってやった。
神の生贄なんて数百年に1度の大仕事じゃないの。
私はやりたくないけど。
厳密には、やりたくなくても聖女としてやるつもりだったのだけど。
聖女の座を譲るように言ってきたのはあなた達の方じゃない。
怯えるような、探るような目で私を見つめていたラック王子は、青ざめた顔で俯いて黙ってしまった。
何を考えているのだろう。
私がいない間、城で何があったのだろう。
この経験で少しでも思慮のある王族になってくれたら嬉しいんだけど。
軽はずみな行動や誓いをしてはならないと覚えてくれたかしら?
もし、全く成長しないようなら…。
私の結婚相手はラック王子じゃなくても、他の王族でも、私は構わないのよ。
なんなら、王族じゃなくてもいい。
私を大切にしてくれるなら神官でも騎士でも、いっそ平民でも。
そもそも、聖女は王族と結婚しなければならない、なんて決まりは無い。
私は周りに頼まれたから、王子と婚約していただけ。
青い顔の王子と、笑顔の聖女を乗せ、馬車は城への帰路を進む。
終わり
いつのまにか、私の手に聖女の証が戻っている。
聖女が死ぬと、新しい聖女に現れるアザが。
ということは。
…。
まぁ、いっか。
私はここでの生活を楽しむのに忙しい。
ここは大陸最大の貿易都市。
商品を売り買いに来ている国内外の商人でごった返している。
知らない言語が聞こえる市場を歩けば、食べたことのない食べ物が売られていて、初めて聞く音楽が流れる広場に行けば、珍しい動物が芸を披露している。
面白いものはたくさんある。
目いっぱい楽しまなきゃ。
だって、聖女の証が戻ったという事は、神官の特殊魔法・聖女探索で感知されてしまう。
聖女しか探せない代わりに、どんなに離れた場所にいる聖女でも見つけられる厄介な魔法だ。
ここにいられる時間はきっとそう長くない。
数日後。
「スルス様!」
市場をブラブラしていると、聞き慣れた声に呼ばれた。
「リュソーさん」
あぁ、ついに見つかっちゃったか。
さすがリュソーさん。
祖国から遠く離れたこの土地にいることも、この人ごみの中どこにいるのかも、全てお見通しだったようだ。
「どうしたんです?こんな所で」
「ロゼ殿が亡くなりました」
「まぁ!」
知ってるけど。
「よって、現在我が国は聖女不在の状況です。どうかお戻りを」
まあ、そうなるわよね。
「でも…ラック王子は何とおっしゃっているの?」
「ロゼ殿が亡くなって気落ちしているようですが…ぜひ戻ってきてほしいと。勿論、国王陛下も同じお気持ちです」
「そうですか」
迎えに来たのがラック王子ならともかく、リュソーさんは、ずっと私の味方でいてくれた。
焦らしたり、意地悪する相手ではないわ。
「では帰ります」
荷物をまとめ、用意されていた馬車に乗ると、馬車の中にはラック王子が座っていた。
しばらく会わなかった間にかなりやつれている。
顔の輪郭はこけて、目は充血し、クマまでできている。
何より、顔にいくつかアザができている。
おそらく国王陛下に殴られたのだろう。
馬車が動き出す。
しばらくして、ラック王子が口を開いた。
「スルス…」
「なんでしょう?」
「お前は…知っていたのか?」
「何をでしょう?」
キョトンとして見せる。
「生贄が…必要になる事をだよ…。神が生贄を求めたから…ロゼは…」
「まあ!亡くなったと先ほど知らされましたが、ロゼさんは生贄になったのですか!?」
「あぁ…」
「生贄が求められる事なんて知りませんでした」
「本当か…?」
「えぇ」
勿論知ってたけど、おくびにも出さない。
王族にも神官にも『知らなかった』で貫き通す。
それが嘘か本当か、誰が確かめられようか。
「でも…ロゼさんが生贄になったなんて…それは聖女としてなんとも名誉なことでございますね!」
私は神に祈る時のように胸の前で両手の指を組み、満面の笑顔で言ってやった。
神の生贄なんて数百年に1度の大仕事じゃないの。
私はやりたくないけど。
厳密には、やりたくなくても聖女としてやるつもりだったのだけど。
聖女の座を譲るように言ってきたのはあなた達の方じゃない。
怯えるような、探るような目で私を見つめていたラック王子は、青ざめた顔で俯いて黙ってしまった。
何を考えているのだろう。
私がいない間、城で何があったのだろう。
この経験で少しでも思慮のある王族になってくれたら嬉しいんだけど。
軽はずみな行動や誓いをしてはならないと覚えてくれたかしら?
もし、全く成長しないようなら…。
私の結婚相手はラック王子じゃなくても、他の王族でも、私は構わないのよ。
なんなら、王族じゃなくてもいい。
私を大切にしてくれるなら神官でも騎士でも、いっそ平民でも。
そもそも、聖女は王族と結婚しなければならない、なんて決まりは無い。
私は周りに頼まれたから、王子と婚約していただけ。
青い顔の王子と、笑顔の聖女を乗せ、馬車は城への帰路を進む。
終わり
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