神色の魔法使い

門永直樹

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表と裏 8

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──ピチョン

水滴の滴る音。


「な、なんだ?!ここは……?」


気が付くとロイドは一人、闇の中に立っていた。
先程まで見えていた街の中の景色は一切見えなくなっていた。



──コォォォォォォォォ───



──コォォォォォォォォ───



「な、なんだこの音は……!?おい!どこに消えやがった!何も見えねぇぞ!」


ロイドの周囲、深い闇の中に何者かの吐く息の音だけが響いた。ロイドはぞくぞくと背中に悪寒が走る。


「──ない───ない──。」


「だっ、誰だぁっ!どこに居やがる!おいっ!出てこい!!」


闇に吸い込まれるように女の声が聞こえてくる。



「──ない───ない──。」



女の声が次第に近付いてくる。


「で、出てきやがれって言って──」


ロイドが怒鳴り声をあげようとした時、その声は確かに耳元で聞こえた。




「──あたしの───耳が───ない───」




「なっ!なにっ………?!」




──ガジリッ




「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


ロイドの右耳は突然何者かによって噛みちぎられ、血が吹き出した。


「ひぃぃぃぃっ!!痛ぇぇぇっ!!耳がぁぁ!!」


おびただしく溢れ出る血を両手で必死に抑えてロイドは地面に倒れ込んだ。



「───ない───ない───」
 


「───ない───」
 


「───ない───ない───」



暗闇の中から次々と無数の声が近付いてくる。


「ひぃぃっ!!や……、やめろ!!やめろぉぉぉぉっ!!!」



「──おれの──目玉が──ない──」



「──あたしの──」



「──わたしの──心臓が───」







──やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!──


 


***





「や………め………ろ………」


そこには細い路地に茫然ぼうぜんと立ち尽くしたままのロイドがいた。
ぶつぶつと独り言をつぶやくと、その指先はブルブルと震えて視線は宙を泳いだ。
ドサリと両膝を着いたかと思うと、そのまま後ろに倒れ込んだ。

ロイドの前に立っていたはずのクレイグはウジュウジュと液状化すると黒いスライムとなって形を変え、少し大きめな黒い猫に変化した。


「お前が命を奪った者に、しっかり懺悔ざんげするんだな」


建物の陰から現れたクレイグの膝元に、スライムだった黒猫がスリスリとまとわりついて喉を鳴らしている。


「ふふ。ご苦労さん」


黒猫の額を指でこちょこちょと撫でると気持ち良さそうに目を細めている。
ブラックスライムがクレイグに褒めて欲しい時、必ずと言っていい程、黒猫の姿に変化する。
クレイグもそこは心得ているので、優しく撫でてやるのだった。

倒れたままのロイドの背中に魔法陣が明滅する。
灰色の魔法陣はその輝きを強めていくと、いくつもの光が夜空にゆっくりとアーチを描いて昇っていく。

それはまるで、星空に新たな星が地上から次々と追加されていくように、夜の大空へと吸い込まれていった。

クレイグはその光を目で追いながら、今は亡き者達の安息をその星空に祈った。











森の奥を抜けた海沿いの岩壁に、盗賊が根城ねじろにしている洞窟の入り口があった。

洞窟の入り口には見張りが二人。
一人はその巨体を丸めて自分の爪をていねいに手入れをしている男、もう一人はタバコのような物をくゆらしてウトウトとしている痩せた男がいた。


「なぁ!見てくれよ俺の爪をよぉ……。げひひ。すげー切れるぞこれ!ピカピカに磨いたんだぞ。げひひひ。」


巨体の男が自慢気に爪先をもう一人の男にみせびらかして言った。


「ほぉ……そりゃ良かったな。じゃあよ、『商品』でホントに切れるかちょっと試してみたらどうだ……?」

「いいねいいねぇ……あいつらで試してみるか、ぐひひ。キレイだなぁ。こうやって爪をよぉ、月に照らすと───あれぇぇぇ?!指がぁぁぁぁっ!」


巨体の男が月に向かって自慢の爪を透かして見ようとした瞬間、母指以外の指が地面に転がった。


「俺の指がぁぁぁっっ!!」

「たしかによく切れてるな」


男の指から一気に血が吹き出した。巨体の男は自分の吹き出した血に卒倒してしまった。


「なななんだ──なんだてめぇはぁぁ?!」


月の灯りを背中にして、倒れた巨体の男に片足をかけて立っていたのはクレイグ。足元には黒猫が一匹。

痩せた男は慌てて剣を抜こうとした。
男が最後に見たのは咥えていたタバコが地面に落ちた事と、黒猫の尻尾がスライム状にヒュンと揺れた。

その瞬間、痩せた男の意識はぷっつりと途絶えた。











「ぎゃははっ!俺の勝ちだな」

「ちっ、くそ野郎。止めだ止めだ、酒が不味くならぁ」


洞窟を削って作ったような広い部屋で、30人程のバイスの手下の盗賊達がカードに興じたり、酒を酌み交わしたりして、賑やかに騒いでいた。
外の見張りの悲鳴に一人の盗賊が気付く。


「おい、今なんか聞こえなかったか?」

「あぁ?見張りの声か?気のせいじゃねぇのか?」


外へ繋がるドアに近い所に座っていた盗賊が、テーブルに立て掛けていた自分の剣をおもむろに取ると腰を上げた。


「いや、叫びみてぇな声が──」


ふいに外からの風が、木のドアが開くと同時に流れ込んだ。
開いたドアの向こうに立っていたのはクレイグ。盗賊達が一斉にクレイグに注目する。


「お揃いで随分と楽しそうだな」


突然現れたクレイグをバカにするかのようにして、剣を持った盗賊が一人近付いた。


「はっ!なんだテメェは?おいみんな!おっさんの迷子が入ってきたぞ!」


ぎゃははと盗賊達が大声で笑う。その声に掻き消されるようにクレイグの前に立った男は小さなうめき声を上げながら、白目を剝いて床に転がった。笑い声が静まる。


「近付くな、息が臭いんだよ。【レッドストレングス】」

「「てめぇっ!!」」


テーブルに座っていた盗賊達は武器を持って一斉に立ち上がる。
剣や斧を持った者はクレイグに向かい駆け出すと、ボーガンを持った者は逆に素早く距離をとるように一歩下がる。

クレイグの胸に赤い魔法陣が一瞬輝いた。


【赤】の強化魔法。

脳や筋肉への神経の伝達速度を極端に早めると同時に、身体を魔力で硬化する赤い膜が覆う。


手前の盗賊三人が同時に斬りかかる。
クレイグは一息吐くと、右から来た盗賊の腹部に横蹴りを入れ、そのまま回転して目の前の盗賊に後ろ回し蹴り、左の盗賊のみぞおちに強烈な突きを入れた。


「ぐげぇっ」


まさに一瞬にして3人の盗賊が床に沈んだ。
その様に続いた盗賊達が一瞬怯んだが、場数を踏んだ盗賊達がこれで退くことはなかった。


「い、一気にやっちまぇぇっ!!」


続いた6人の盗賊もそれぞれの武器で襲いかかる。
クレイグは先頭の盗賊の槍を紙一重でかわすとそのまま踏み込んで顎に掌打を入れ、左に回転しながら隣の盗賊の腹部に蹴りを入れる。足の形が内蔵に残ったまま次の盗賊二人を裏拳と肘で打ち抜き、そのまま左の盗賊の腹部に横蹴りを放つ。

目で追えない程の速度で手練の盗賊達が倒されていく。武器を構えていた盗賊が一歩下がると、同時にクレイグの肘が腹部に突き刺さった。
後ろでボーガンを構えていた盗賊は、理解できないようなこの状況に恐怖した。だが、必死にボーガンを構えながら他の者に合図すると、5人が同時に照準を合わせて素早く撃った。


──はずだった。


「ぎゃあぁぁっ!!」


5人のボーガン打ちの盗賊の悲鳴と同時に、ボーガンは床に転がった。なぜなら5人の手首から先が黒猫の尻尾によって綺麗に切断されていたからだ。


「ありがとう、クロ。さぁお前達。まだ戦うんだろ?」


クレイグがそう言ってニヤリと笑うと、身体を覆う赤い膜はまるで悪魔が血液を集めるように妖しく輝きを増した。


盗賊達は全員生きた心地がしなかった。








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