神色の魔法使い

門永直樹

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ヒッグスとリタ4話

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「【シルバーヒール】」


軍医がそう言うと、目を閉じていても眩しい程、部屋が明るくなっていた。リタに何が起きているのかヒッグスは気になったが、この軍医を信じて言いつけ通り目を固く閉じた。


「さぁ、もう良いですよ」

「え……」


ゆっくりと目を開くと何も変わっていない薄暗い部屋だった。先程の光はなんだったのだ?
はっとリタの様子が気になって、ヒッグスが床から飛び起きると、娘のリタの顔を覗き込んだ。


するとどうだろう。 


さっきまで荒かった呼吸は嘘のように落ち着き、静かな寝息に変わっていた。驚いてリタの額にそっと触れると、あんなに熱かった身体の熱が嘘のように引いていた。


「軍医様……。一体、娘に何をして下さったんでしょうか……? 私はまるで……、まるで夢を見ているようです」

「もう大丈夫です。陽が登って目が覚めたら、何か消化の良い温かい食べ物を食べさせてあげてください」


そしてリタの顔色は次第に色味を帯びていくのがわかった。


「あぁ……リタ……、リタ……」


ヒッグスは目の前で起きた奇跡に、ただただ呆然としていたが、胸の中に大きな安堵が流れ込んで来ると、自然と涙が込み上げて溢れ出した。


「うぅっ……!うっ……うっ……!リタ……っ!良かった……! 良かったっ……」


ヒッグスのその様子に軍医は大きく息を吐いた。


「ふぅ。間に合って良かった。このまま夜が明けていたらどうなっていたか分かりません。ご主人の娘さんを思う気持ちが、私を呼んだのかもしれませんね」

「ありがとうございますっ……!、ありがとうございます……っ!」


ヒッグスは顔をくしゃくしゃにしてボロボロと泣いていた。


──コンコン、コンコン


外から軽くドアを叩く音がしたかと思うと、ギィとゆっくりと入り口のドアが開いた。
ヒッグスは振り向くと同時に、驚きのあまり妙な声をあげてしまった。


「ひぇ……っ!」


ドアの隙間からひょこりと現れたのは、金色のふわりとした兎の耳を生やした女性が顔だけを覗かせていたからだった。ヒッグスは兎人族という種族を初めて見たのだ。


「団長様……見っけ。ミトが先に見つけた。ウィウィ」


ギィと扉が外から開かれ、現れたのは長い耳を持つ兎人族の女性だった。
どことなく冷たい印象を受ける端正な顔立ちに大きな瞳が際立つ。
美しい金色の長い髪を揺らして、グラマラスな身体の線が強調されるようなタイトな軍服に見を包んでいる。


「すまなかったね、ミト。急に呼び出したりして」


軍医がベッドから立ち上がり、ドアの方へ歩み寄ろうとすると、ミトと呼ばれた女性の後ろから、姿形が瓜二つの女性がバタバタと音を立てて駆け込んできた。

ヒッグスが驚きのあまり口を開けているのを他所に、駆け込んできた女性は慌ててまくしたてる。


「クレイグさまぁ……!ミトったらひどいんですっ!私に荷物を持たせて自分だけ走るんだから……!私だって一刻も早く団長様の所へ──」

「テト遅い。団長様に早く鞄を渡す。ウィ」

「何よッ! ミトッ! キィィっ──」


急に現れた騒々しい二人を制するように、軍医が間に割って入る。

「まぁまぁ、二人共。少し静かにしてくれないか?ご主人がびっくりしてるじゃないか。それにほら、この│娘《こ》が起きてしまう」


軍医は駆け込んできた女性から鞄を受け取りベッドの際に置くと、二人のほんわりとした柔らかな耳を撫でた。


「ふぇ……」

「ふにゃ……」

「ありがとう、ミトテト。こんな夜に呼び出したりしてすまなかったね。お陰で助かったよ」


耳を撫でられた兎人族の二人は軍医の後ろに固まり、赤く染めた頬を両手で押さえ、恍惚の最中に身を震わせている。

軍医は鞄の口をおもむろに開くと、鞄の中から手の平に収まる程の大きさの黒い鉱石を取り出した。
ヒッグスに持つようにと手を取り、その手の中に置いた。


「ご主人、これを──」

「買え……という訳ですかね?」

「はは、まさか。この石は特別な鉱石でしてね。気持ちや想いが込められる石なんです。この石の中に、ご主人のその娘さんを思う気持ちを込めるんですよ。さぁ、私もお手伝いしますから、しっかり握って下さいね」

「え……、あ、はいっ」


ヒッグスは軍医に言われるまま、両手にしっかりと冷たく黒い鉱石を握りしめた。
軍医もヒッグスの両手を包むようにして優しく手を添える。

すると──

二人の手を包むように、銀色に輝く幾何学模様をした光る球体が現れた。その球体は謎の力でゆっくりと回転している。


「うわっ……」

「大丈夫。そのままで」


球体は部屋全体を照らす程に明るく、心なしか風の動きさえも感じた。
するとその光を受けてか、ヒッグスと軍医の指の隙間から手の中の鉱石の輝きが漏れ出すように溢れ出していく。


「こ……これはっ……?!」


その輝きは虹色と表現する他無いように、様々な色を映し出すようだった。


「さぁもう良いでしょう。この石の輝きは、ご主人の娘さんを想う気持ちですよ。ご主人がその気持ちを無くさない限り輝き続けるでしょう。私の力も少し入れておきました。ところで、あれは水瓶みずがめですよね?」


部屋の入り口、陶器で出来た大きな水瓶を軍医が指差す。


「は……はい……、そうですが」

「その水瓶の中にこの石を入れておくと良いですよ。そして朝に一杯、3日程このお水を飲ませてあげてください。そうすれば、身体の中の毒素がすっかり消えると思いますよ」

「あ……、あの……信じられないよう事ばかりで……。軍医様……何と御礼を言ったら良いのでしょうか……!」

「いえ。この娘の命を救ったのはご主人の強い気持ちですから。では私達はこれで」


軍医は軽く微笑んで立ち上がると、入ってきたドアへと手をかけて出ていこうとする。

ヒッグスは慌てて軍医に駆け寄った。


「ぐ……、軍医様っ!あの、せめてお名前を……!」


駆け寄ろうとするヒッグスに、兎人族の女性に肩を掴まれる。一瞬で人でも簡単に殺しそうなその冷たい目にヒッグスは心底怯えた。


「ひっ……!」

「……おい人間。クレイグ様のお名前を気軽に聞こうと思うなよ。クレイグ様は偉大なる魔法使いにして師団長様だぞ。大体、クレイグ様からその石を頂くなんて人間族の分際でおこがましい、ホントは私が欲しかったのに──」

「テト。団長の名前言い過ぎ。やっぱりおバカだウィ」


ハッとした顔から一瞬でシュンとなった兎人族のお陰で、ヒッグスは名前を聞く事が出来た。


「クレイグ様……、クレイグ様とおっしゃるんですね……、この御恩……っ! 生涯忘れる事はありません! ありがとうございました……っ!」


その軍医はニッコリと笑って土砂降りの雨の中を二人の兎人族を連れて去って行った。

深く頭を下げるヒッグスの頬には、大粒の涙がぽろぽろと輝いた。

軍医クレイグと兎人族二人が出て行った後も、ヒッグスは未だ目を閉じてドアに向けて頭を下げたままだった。









ヒッグスはその石を見た瞬間、理解し、膝から崩れ落ちた。


「だ、大丈夫ですかっ?」


シスターが慌ててヒッグスの肩を抱える。


「いや、あ、すみません、大丈夫です。驚いてしまって……」


ヒッグスは大きく深呼吸してからゆっくりと立ち上がった。


「シスター……、その御方の名前は……クレイグ殿と名乗っておられませんでしたか……?」

「えぇ、ご存知だったんですね」


シスターの言葉にヒッグスは瞳を閉じて歓喜に震えた。
両手を組んで神に祈った。

王都近くで働くヒッグスが、クレイグという人物に関して聞いていた事はこうだった。

『ヴォルテックス』という少数精鋭の特殊部隊の師団長という立場の者であったこと。
先の戦争の後、行方が分からなくなったと噂されていたこと。
また一方で信じたくない噂として、罪をおかして城の牢獄に囚われ、そして孤独に亡くなったとも噂されていた。

しかし、今、シスターの口から聞いたクレイグの人間性は、間違いなくヒッグスが知っているクレイグだった。


(身分など関係ない……弱い者に手を差し出す……間違いなくあの御方だ。あの方が守ろうとした孤児院に私はなんという事をしようとしていたのだ……)


クレイグが生きているという事にヒッグスは感動し、そしてまた自分の罪深い行動を恥じた。


「あの……クレイグさんとはお知り合いなんですね」

「私の娘の……、いや、私達父娘おやこの命の恩人なんです」

「そうでしたか……」

「はい……」


ヒッグスはその夜、それ以上何も語らず、シスターもそれ以上何も聞こうとはしなかった。
シスターは思った。
自分達が救われたように、この方もまたクレイグによって救われたのだと。





次の日、まだ夜がうっすらと朝に変わる頃、ヒッグスは旅の装備を整えて孤児院の外に出た。
外の冷たい風にカタビラ草が揺れている。
子供達は寝ていたのでシスターにだけそっとお別れを告げた。


「お世話になりました、シスター」

「もう足の方は大丈夫ですか?」

「えぇ、この通り」


ヒッグスはつま先でトントンと地面を叩いて、足の回復をアピールした。


「そうですか。ではお気をつけて。旅の無事を祈っております」

「ありがとうございます。あの……いつか、娘と孫をここに連れて来てもよろしいですか?あの方が植えた、そのカタビラ草を見せてやりたくて」

「えぇ、かまいませんよ。いつでもお越し下さい」

「ありがとうございます、では失礼します」


シスターに礼を言ってヒッグスは村を後にすると、街道を王都へと戻っていく。その胸は晴れやかさで一杯であった。


(あの方がカタビラ草を拡げようとしている。そうか……、カタビラ草のような命を救う薬草が高価であってはならないのだ。もっともっと庶民に手が届くようにしなくてはならない。それこそがあの御方の意思なのかもしれない。薬師会が考えを改めるチャンスなのだ……)


ヒッグスはそう思うと、すぐに報告書を書こうと考えた。今回の件は完了次第、どのような形でも報告書にまとめるようにとの事だった。
自分の最後の仕事として、ガンキンに、そして薬師会に向けて報告書をしたためようと決意する。
自分の最後の仕事が、このような晴れやかな気持ちで終わらせられる事を感謝した。


「また私は……あなたに救って頂きましたね、クレイグ様」


ヒッグスはそのまま報告書をしたためて、街道を通る馬車に乗る御者に頼んで、少しばかりの駄賃を握らせて、王都の薬師会までしたためた報告書を届けてもらうように頼んだ。

これで自分はゆっくり帰る事が出来ると、昼過ぎまで歩き、少し街道から逸れて、森の入口の大木の木陰で休んだ。
眩しい太陽を避けるように小さくなってヒッグスは遅い昼食を取ってからのんびり木々の囁きに耳を預けていた。

するとヒッグスの耳に遠くから会話が聞こえてきた。
その声は森の中から聞こえてくる。


(……?)


聞く耳を立てる訳でもなく、声が近付いてきたので思わず身を隠すため、素早く木に登って隠れた。
話し声の主は武装した男2人の会話だった。

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