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第2章 人の人生を変えるなら、人に人生変えられるかくご位してやがれ

バイオレーション(反則技) 前編<153>

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「お待たせいたしました。バラライカでございます。はちみつレモンはお食べになっても、残されても結構です」



「このお店で作ったの」



「はい、苦みはほとんどないと思います。レモンジュースで割ってないので、やや濃ゆ目ですのでお気に召していただけるか?」




いや、本当。



前に冬野さんがこのお客さんにバラライカ出してて、冬野さんの作るバラライカ飲みたくて頼んだなら最悪だ。





作る人によって、全く同じ味になるカクテルなんて、この世にはない。





未成年の頃は知らなかったが、実際二十歳になって、バイト先の喫茶店でお客さんが飲んでいたカクテルを片っ端から飲んでみたけど。




バイト先の喫茶店で飲むカクテルも、よそのカクテルも、みんな同じ名前でも、違う味がした。




色も違えば香りまで違う時がある。




だから、言わば、バーの様なお酒を提供するお店で出すカクテルの味はお店の看板なのである。




「ん? 本当だ。 ちょっと濃いね」



「すみません」



「でも、バラライカだ。不思議だ」



「え?」



「この味だ。俺、最初に飲んだバラライカ、これ位濃ゆかったんだ」



「……そうなんですか?」



「前にね、ここから二駅位離れたところに、ジャズが流れるこじゃれたバーがあって、そこで飲んだバラライカに似てる」




奇遇ですね。



私のバイト先が二駅位離れたところで、ジャズが流れるこじゃれたバーでした。



今は再開発で、その駅から更に二駅位離れた学園都市に移転しましたが。




「カビリアンですか?」



「知ってるの?」



「はい。学園都市に移転しましたよね」





わたし、数年前に隠居したそこのオーナーに電話で泣きついて、作り方教えて貰いましたもん。



シェーカーの使い方とか、最後は自分で飲んでみて、それを出しても後悔しないなら出せって、背中を押されて。



ちゃっかり記憶にあった、二十歳のお祝いに飲み放題で飲ませて貰って飲んだカクテルの中にあったバラライカの記憶を辿って。




って言うか、ごめんない。



このお客さん、私のバイト先のはぐれファンらしい。




「良かった。まだあるんだ。時々あそこで聴いてたジャズが無性に懐かしくなるんだよね」



「ははは」



私はもう、あれだけあたふた頑張ったのに、この体たらくかよと乾いた笑いしか出なかった。

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