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第2章 人の人生を変えるなら、人に人生変えられるかくご位してやがれ

バイオレーション(反則技) 後編<167>

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「石崎さん、何で教えてくれなかったんですか?」



「何をだよ、ちな」



7月も中旬。




私は、途中に夏季休暇を取って、妹のてんと大分の別府のリゾートホテルに行ったりして、中々充実した毎日を過ごしていた。



来月のお盆前に控えたコンペの準備も盤石だだった。




「冬野さんのお店、毎週土曜にコーヒータイム始めたらしいじゃないですか? 何で教えてくれないんですか?」



「ごめん、知ってると思ってた」



「今週、眞鍋ちゃんと行くんで。プリンアラモード食べに」




「本当、誰から聞いたの?……センちゃんか」



ちなの妹、センちゃんだった。




「良かったですね。冬野さんの結婚詐欺騒動、早々に片付いて」



「その節はお騒がせしました。眞鍋ちゃんと仲良いね」



私は冷やかしのつもりで言ったのだが、ちなは動揺しなかった。




「ええ、可愛い後輩ですよ。石崎さんだけの後輩じゃありませんからね」




ちなの言葉に、私の方が動揺させられる。




「何よ、ちな。私に嫉妬してるの? 眞鍋ちゃんは営業二課の若手ホープなんだから、営業一課にはあげないからね」




「え、勘弁してくださいよ。眞鍋ちゃんも石崎さんも、絶対営業一課来ないで下さいよね」




私の話を盗み聞きした通りすがりの営業一課の女子社員の横やりに私は顔をしかめた。




「頼まれたって御免よ」

「じゃあ、張り切って石崎さんの手で入賞もぎ取ってくださいよ。千波さんは営業二課にはあげませんから」



女子社員の抗議に、私は流し目でちなを見た。



「ってよ?」



「皆さん、仲良くしましょう」




ちなの言葉に、脊髄反射で答えた言葉は、営業一課の女子達の答えと綺麗に重なった。



「「「「嫌です」」」」




ちなに後で、最近明るくなりましたねって言われた。



人の感情に反応出来るようになったって。





「あっ。そうそう、石崎さん、大分のお土産ありがとうございました。カボスゴーフレットごちそうさまです」

「意外と美味しかったです」

「来週うちらは沖縄行くんでちんすこう買ってきますね」



嫌みを言われながら、言いながらも、お互いそれなりに気を遣える距離感が職場で一番良いと思う。

私の最初の所属先で先輩が教えてくれた人付き合いの極意だ。




「コーレーグースは要らないんで」



私が嫌そうな顔をすると、女子社員たちは笑って言った。「マキさんじゃないですから」と。





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