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「影焔」
しおりを挟む「いくわよ!」
結巳が細剣の先端から冷気を発している。隼人の警戒心が一気に高まる。
「はあ!」
彼女が地面に剣を差し込んだ。すると足元から凄まじい冷気を感じた。土竜のように地中を這いながら、こちらに向かって来る。
「早い!」
足元から勢いよく無数の氷柱が生えてきたのだ。襲いかかる氷の攻撃に意識を捉われていると、視界の端に気配を感じた。
結巳が刃を振るいあげていたのだ。隼人もすぐさま対抗して、二人の間にチリチリと音を立てて、火花が散る。
「氷を自由自在に操る能力か」
「ええ。適正率の違い! もとい格の差を教えてあげる!」
結巳が目を見開いて凄まじい勢いで剣を振るった。息もつかせぬような剣戟のせいか、辺りからどよめきが生まれた。
隼人は動きを見て、的確に対処する事が出来た。
「中々、やるわね。大体の人は今の時点で白旗をあげるんだけど」
能力の強さはの適正率に比例する。適正率が最高値である彼女が使う能力は並大抵のものではない。
「まあ、あんたより腕の立つ奴を相手にしていたからな」
「言ってくれるわね!」
隼人は結巳から凄まじい殺気を感じた。後ろに下がると再び、地面から氷柱が姿を現した。
「氷結大地」
地面が軋むような音とともに凍りついていく。一瞬にして隼人の足元を凍りついてしまった。
「マジか、大した芸能だな」
隼人は額から冷や汗を流しながらも、慎重に結巳の動きを観察する。フィギュアスケート選手のように軽やかな動きで氷上を駆けている。
まるで氷上を蹂躙する捕食生物のようだ。
「はあ!」
先ほどとは比べものにならない速度で彼女が攻撃を仕掛けて来た。獲物を狩ろうと浮かべる冷酷な目つきは蛇を彷彿させていた。
「速い!」
結巳から繰り出される斬撃の嵐に隼人は抵抗もせず、防戦に徹している。
冷気を帯びた刀身が何度も襲いかかって来る。あまりの寒さに彼自身、定期的に身震いをしていた。
「さあ、あなたも異能を使ったらどう? 適正率が低いとはいえ、使えないわけではないのでしょう」
隼人も異能を使いこなす相手に余裕はない。しかし隼人は出来れば、この場で能力を使いたくなかった。
適正率が低いため、上手くコントロール出来ず、それでいて持続時間も限られているからである。
「仕方ねえか」
隼人は息を整えて、聖滅具を勢いよく振った。その瞬間赤黒く、禍々しい雰囲気を放つ炎が刀身を覆い尽くした。
「なんだ。あれ」
「黒い、炎」
会場から隼人の異能に対する恐れの声が漂っている。
「これが俺の異能だ」
動揺するような表情も浮かべた結巳に闘志と刃を向けた。
「行くぞ! 影焔!」
韋駄天のような速度で隼人は結巳との間合いを縮めた。ここから一秒も無駄にできない。
「さっきとはまるで動きが違う!」
結巳が隼人の変化に目を見開いていた。彼の身体能力が格段に上がっているからだ。
隼人の異能。影焔は体温が上昇し、血流が加速する。それによって全ての五感が研ぎ澄まされてなおかつ、身体能力も大幅に強化されるのだ。
しかし、適正率が非常に低いため、速攻でカタをつけなければ彼自身のスタミナ切れで負けてしまうのだ。
「氷壁!」
結巳が身を守るために氷の壁を瞬時に生み出した。
「はああ!」
隼人の振るった刀身が分厚い氷の壁が音を立てて、切り裂いた。しかもその黒い炎の発する熱で周囲の氷が溶けていったのだ。
「それなら!」
結巳が先ほどと同じく、氷柱を地面から生やして、隼人の行く手を阻んだ。すると刀身を振り回して、辺りに熱気を拡散させた。
黒い熱気が氷柱をいともたやすく溶かしていく。途端に溶けた氷から水蒸気が立ち込めた。視界が蒸気で覆われて居場所を確認できない。
「なっ! 霧!」
動揺したのか結巳の足元がゆらいだ。
「隙あり!」
隼人は瞬く間に結巳の間合いに入り込んだ。滑空する隼の様に素早く、かつ的確な動きで迫っていく。
隼人は刀身を彼女の首元に近づけた。あと少し動かせば間違いなく彼女の首に当たる位置だ。
結巳がその場に尻餅をつきながら、剣を手放した。
「しょ、勝者。松阪隼人!」
審判の言葉の後、一斉に歓声が湧き上がった。
「完敗ね」
諦念したような表情を作り、結巳が自身の敗北を認めた。
由緒ある聖堂寺家の長女として生まれた彼女からすれば歯軋りするような悔しさだろうが、自らも敗北を認める高邁な精神に隼人は少し、敬意を抱いた。
「色々事情とかあるんだろうけどさ。あんた。強かったよ」
隼人は口元に笑みを浮かべて、歓声に包まれる会場を後にした。
「ああー。つら」
会場を後にしたあと、隼人は血色の抜けた顔で洗面台の鏡と向き合っていた。
異能を使った事で体に負荷がかかり、鼻血が出たのだ。
「やっぱり、この体には堪えるな」
懐からポケットティッシュを取り出して、鼻血を止めた。
聖堂寺結巳は寄宿舎の部屋で、月を眺めながら、今日の模擬戦の事を思い出していた。
結巳は適正率の高さも剣術も技術も非常に高かった。聖堂寺家の名前を汚さないためにひたすら努力して来たのだ。
適正率が劣った相手に自分は負けた。これは彼女にとって大きな問題だ。しかし、それ以上に彼女には気がかりなものがあった。
「松阪隼人、そして気になるのはあの黒い炎」
隼人が剣先から出した漆黒の炎。今まで多くの相手と対戦をして来た。その中には炎を扱う者もいた。しかし、黒い炎は初めてだったのだ。
「あの炎は一体」
得体の知れない不安感を胸に抱きながら、結巳は布団を被った。
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