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「花火と君」
しおりを挟む屋台が並んでいる境内の近く、浴衣姿の人間が行き交う中、俺は北原を待っていた。
今日は人生で初めての祭り。今までテレビでしか観たことがなかった為、正直かなり楽しみだ。
庭島にも声をかけたが予定があるとの事だ。
甚平の薄い生地に入り込む風に心地よさを感じていると肩を軽く叩かれた。
「お待たせ」
そこには山吹色の浴衣を着た北原がいた。普段、学生服しか見ていなかったがこうしてみると花がある。
「浴衣か。いいな」
「ありがとう! 浴衣着た事なかったから似合ってなかったらどうしよかなって」
照れ臭いのは白い歯を見せながら、後頭部を撫でていた。俺達は早速、屋台を巡ることにした。
「いやーたまりませんな!」
北原は自身の食欲のままに財布を開いていた。たこ焼き。焼きそば。綿菓子。たくさんの食べ物が小柄な体の中に消えていく光景を見て、僕は驚きを隠せずにいた。
「よく食べるね」
「うん。だって祭りだよ! 食べなきゃ!」
たこ焼きのソースがついた口角を上げる。すると視界の端で何かが音を立てて、光った。
目を向けると夏の夜に花火が咲いていた。一つ、また一つと漆黒の空を彩っていく。テレビでしか見たことがなかった俺にはとても儚げで、とても鮮やかに見える。
「これが花火か」
「見たことなかった?」
「うん。外で娯楽を堪能することなんてなかったからさ」
「そっか。ならたくさん、楽しまないとね!」
北原が歯をむき出しにして、笑った。青海苔のついた歯を見て、口角が上がった。
しばらく散策していると射的を見つけた。北原によると開けるとその景品がもらえるという仕組みらしい。
「頑張ってね」
「うん」
やることはシンプルだ。ターゲットに弾を当てる。俺は引き金に指をかけた。
全て撃ち落とした。店主の目が面白いほど見開いていた。
「あっ、兄ちゃん。やるねえ。持っていきな!」
受け取った景品の数々は袋詰めにされて、渡された。
「凄い量だね」
「思った以上に簡単だった」
袋を持ちながら、休憩がてら屋台並びから離れた神社の境内で休憩する事にした。
「疲れたね」
「結構遊んだからな」
屋台の方からたくさんの人の行き交う声が聞こえる。若い男女。子連れの親子。色々な関係性の人達がここにはいるのだ。
「子供連れとか多いね。普通はあんなものなの?」
「うん。普通はね。お父さん、お母さん。みんなで行くんだ」
「そうか」
家族で祭り。それが世の中で当たり前に行われていた事なのか。自分がいかに普通とは縁遠い生活を送っていたのか理解できた。
「ソラシノ君ってさ。確か、お父さんとお母さんがいないんだよね」
「まあ、そうだな」
「私も昔、親が事故で死んじゃったんだ」
北原が物憂げに語り始めた。その目は普段の明るい彼女とは思えない程、暗く悲しみを帯びているように見えた。
以前、屋上で俺が自分の過去を話した際、動揺している様子が目に映った。あれははおそらく、自分の境遇と重なったからだ。
「それにあんまり体も強くないからさ。運動する気も起きなくて」
彼女の口から出た言葉に俺は心臓を掴まれるような感覚を抱いた。
「だから体育を休んでいたのか」
「うん。でもソラシノ君と庭島と出会ってからここ最近、毎日がすごく楽しいんだ。すごく」
北原が触れれば崩れてしまいそうな儚い笑みを浮かべた。
俺も同じだ。ここ最近、毎日が楽しいんだ。北原や庭島のおかけだ。
泡沫を思わせる彼女の顔を打ち上がった花火の鮮やかな輝きが照らした。
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