「最強とひまわり」

蛙鮫

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「バレンタイン」

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 「バレンタイン?」
 街のポスターに見覚えのないワードが書いている。

「あーもうそんな時期か」
 隣の恵那が何かを思い出したようにポスターを覗き込んだ。

「バレンタインって何?」

「ソラシノ君バレンタイン知らないの!」

「ああ、全く」

「そっ、そっか。じゃあ知らないままでいいよ。バレンタインの日。楽しみにしていてね」
「わかった」
 何が楽しみなのか、よくわからないがとりあえず楽しみにしておくように言われた。

 バレンタイン当日。庭島と恵那を待っていた。

「あいつ遅いな」

「そうだね」

「ごめーん!」
 恵那が急ぎ足でやってきた。

「遅かったな」

「ごめんごめん。これ!」
 恵那は懐から二つの箱を渡してきた。

「ハッピーバレンタイン!」

「おー! そうか! そういや今日だったな!」

「これは?」

「チョコレートだよ! バレンタインは女の子が好きな人とか仲良い人にチョコ渡すんだよ!」

「そうだったのか」
 バレンタイン。そんなイベントが社会にはあったなんて知らなかった。世の中は未だ謎に満ちている。

 教室に足を踏み入れた時、多くの視線を感じた。教室に入った時に向けられる時に向けられる視線とは違う。

 自分の席に近づいた時、すぐに視線の正体を理解した。机の上に大量のチョコレートが置かれていたのだ。

「マジか。モテモテだな」

「庭島。これはなんだ?」

「お前。バレンタイン知らないのか?」

「バレンタイン?」

「女子が男子にチョコを渡すイベントだよ」
 途端、背後から凄まじい視線と同時に寒気を感じた。
「誰だ」
 恵那が訝しむような目でチョコを見ていた。

「心当たりは?」

「ない」
 恵那が怪しむような表情を俺に向けた。本当に覚えがない。

「あーそれ。他のクラスの子達が置いていったやつだよ」
 恵那の友人の女子生徒が説明してくれた。そうとは言え、このチョコの山をどうするべきか。

「俺。そんなに他人から認知されるような事したかな?」
 疑問に思った事を口にすると庭島がため息をついた。

「お前。鏡をあまり見た事ないな」

「見るけどそれが」

「いや、やっぱりいい」
 庭島がそう言ってため息をついた。

「良くない!」
 恵那が頰を膨らませた。

「恵那」

「だっ、だってソラシノ君は」

「ソラシノ君はこのチョコどうするの?」

「食べる」
 当然だ。このまま腐らせるのも勿体無いというものだ。

「なら私も食べる! 良いでしょ?」
 恵那が顔を赤くして言った。そんなに食べたいなら俺は構わない。

「ああ、良いぞ。数もかなり多いしな」
 チョコの数は俺一人ではどうにもならない。なら彼女の手助けがある方が建設的だ。

「庭島も手伝ってくれ」

「俺もかよ。いいけどさ」
 庭島が眉間に皺を寄せてながら、同意した。なんだかんだ面倒見がいい。いい友達を持ったものだ。


 放課後、俺達は恵那とスーパーに寄って、そのまま彼女の家に向かった。家に入るなり、大鍋を取り出した。

「ここにチョコを入れて!」
 俺と庭島は言われるままにチョコを入れた。色取り取りのチョコレートが積み重なっていく。

 すると恵那が鍋に火をつけた。チョコの山が崩れて、液状になっていく。

「何をするつもりだ?」

「チョコレートフォンデュ?」

「マシュマロとか果物をチョコレートにつけて食べるんだ」
 そんな食べ物があるとはな。世界は知らないことだらけだな。果物を切り、マシュマロを用意した。

「さあできたよ!」

「いただきます!」
 俺は恐る恐る口に放り込んだ。美味い。甘いチョコとフルーツの爽やかなが見事にマッチしている。マシュマロの仄かな甘さとチョコレートの濃い味が合っていて、これまた素晴らしい味だ。

「んー! 美味しい!」

「美味い」

「いけるな。これ」
 三人で次々と口へ運んでいく。

「ソラシノ君」

「何?」

「ごめんなさい」 
 恵那が突然、頭を下げてきた。

「どうしたの?」

「私。ソラシノ君がチョコたくさんもらっていて、やきもちを焼いた。わかっていたはずだったのに。こんなのわがままだって」
 彼女は自分の行いがただのエゴである事を理解していた。ただ、自分の感情を抑えることが出来なかったのだ。

「そうか。俺は何も気にしていない。このチョコを全て食いきるのはかなり無理があった。助かったよ。ありがとう」

「ソラシノ君」

「さあ、残りも少なくなってきたぜ」
 庭島に諭されて、俺達は残りのチョコを平らげた。


 街灯が照らす帰り道。俺は数分前のことを思い出していた。

「やきもちか。あっ、そういえば」
 俺はバックの中から恵那からもらったチョコレートを取り出した。今まで食べたチョコで一番、甘く美味しかった。
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