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突然の旗
しおりを挟む砦の空に、黒鉄の旗が翻った。
整列する百余名の傭兵。
その先頭にいたのは、黒い軍装に銀の紋章をつけた男――
アレン=リヴェルテ。王国第一王子にして、柚葉の兄だった。
柚葉は最初、信じられなかった。
なぜ今、この人がここに。
かつて“追放される妹”を止めなかった、その人が――。
「あなた、何しに来たの」
そう言った柚葉の声には、怒りよりも冷たさがあった。
アレンは、それを正面から受け止めた。
「……言い訳をしに来たわけじゃない」
「なら、なに?」
「……“償い”に来た」
アレンが語ったのは、柚葉を失ったあとの日々だった。
王国の会議で、彼女の話題は“なかったこと”にされた。
功績も、存在も、名までも消されようとした。
そして気づいた。
(俺は、ただ“秩序”に従っただけだった)
(あのとき、誰かを守る覚悟なんて――何一つなかった)
「君は、世界を変える力を持ってる」
「それを“危険だから排除しろ”と命じた世界に、俺は従った。それが正義だと思ってた」
「でも、違った。
本当に守るべきものを、自分で選ばなかった。だから俺は、もう“王子”じゃない」
そう言って、アレンは剣を抜いた。
そして、自らの紋章を刻んだ鞘ごと、地に突き立てた。
「この剣を、“君の剣”として振らせてほしい。
もう一度、傍に立たせてくれ」
柚葉は、しばらく黙っていた。
砦の仲間たちも、静かに見守っていた。
やがて柚葉は、静かに目を閉じて――そして、手を差し伸べた。
「だったらまず、“家族”じゃなくて、“仲間”から始めて」
「……うん。ちょっと、うちの砦はうるさいけど」
それからのアレンは、誰よりも黙々と働いた。
掃除、警備、訓練指導――
肩書きも、誇りも脱ぎ捨てて、ただの“剣士”として砦に馴染もうとした。
そして、ある夜。
焚き火のそばで、ぽつりと呟いた。
「……柚葉が笑っていると、ちょっとだけ、救われた気になる。
……それだけでも、ここに来た意味があると思える」
今のアレンはもう、“捨てた兄”じゃない。
“悔いを抱えて生きて、それでも歩こうとする剣士”なんだ。
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