わたしを救った私の英雄

よつ丸トナカイ

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2 事故は誰をも不幸にする

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七年前、僕が25歳の時その事故は起きた。
横断歩道を歩いていた小学生の女の子に走ってきたトラックが突っ込んだのだ。
急ブレーキ音と衝撃音、一帯が揺れるほどの振動。辺り一面ゴムが焼ける匂いと砂埃が充満している。
近くにいた人たちは大事故と悟ったのか、一斉に視線を事故の方に向け、固まっていた。

幸いな事に、その女の子は転んだ拍子で膝を軽く擦りむいた程度で済んでいた。トラックとの事故なのに絆創膏で治る怪我で済んだのは奇跡としか言いようがない。周りの人達も安心して静まり返る・・・と思っていた。

だが、周りの人達は少しずつ慌て、騒ぎ、ざわめきの連鎖が広がった。
それは、少し離れた路上で青年が頭から血を流して倒れていたからだ。
そう、それが僕、谷崎雄大。


事故の顛末は次のとおりである。

僕は仕事中に歩道を歩いていた。近くの横断歩道では小学生が信号待ちしており青になったので渡り始めていた。

だが、前方から走ってくるトラックの様子が何かおかしい。なんとなくだが運転手は前を見ず、手元のスマホに気を取られているようにも見える。
ちゃんと信号で停まるのだろうか? と思いながら僕は歩いていた。まあ、普段でもよくあることだ。ドライバーによって停止する時、スピードの落と方の感覚が違うから。まあ、停まるだろう。

でも、もしドライバーが赤信号に気づいていないのであれば、この小学生が轢かれるかもしれない。だからと言って僕に何ができるのか?このまま何もしなければ、この子の命はどうなるか分からない。ただ、知らない子の為に自分自身を犠牲するほど僕には勇気がないし義理もない。そのまま知らなかった振りして歩き続ければいい。

まあ、このような場合、大抵、運転手が赤信号に気づいて停まるはず。そして何もなかったように、いつもの日常へと続いていくのだ。だって今までの人生で交通事故の瞬間に出会った事ないんだもの。
ほら、トラックは今から停まるはず、とまるはず、はず・・・。停まらない!

次の瞬間、無意識に体が動き横断歩道を歩いていた女の子のランドセルに手を伸ばした。ランドセルを握り掴むと、そのまま後ろの歩道へ引っ張り投げた。

僕にはわかる。すぐ真横にトラックがいる事を。今の僕には横断歩道の白線しか見えてない。投げ飛ばした少女がどうなっているのか、助かったのか、視線を向ける時間さえ残っていない。

だけど、親や兄弟、友達の顔が浮かぶ。――あぁ、これが走馬灯か。ほんの一瞬だが、ものすごく長く感じるんだな。これで僕の25年の人生も終わってしまう。

ラノベではトラックに轢かれてしまった主人公は異世界に転生して魔法の使える世界で冒険者とかになる。僕も転生するのかな? どうなるのかな?
どちらにしても、たった25年の平凡な人生だったが終わりはこれで良いかも。もし少女を助けてなかったら、きっと僕は一生後悔してしまう。目の前の人を助けない、そんな薄情な人間にはなりたくない。無駄にダラダラと何もない人生より、少しカッコイイところを見せられたから自称でも「英雄」を名乗ってもいいよな。

これで僕の人生もおわ・・・・・。


僕は暗闇の中にいた。非常に頭が痛い。吐き気がする。目を閉じているのにめまいを感じている。でも暗闇というか目を閉じているだけの様な気もする。ゆっくりと頭の痛みに耐えて目を開くと天井が見えた。ベッドの上で寝ているようだ。

ぼんやりと窓の外に木々が見える。その奥には森が広がり青空が綺麗だ。
ここは魔法が使える世界? 僕もついに異世界転生に成功したようだ。きっとこの森の向こう側にはエルフ、ゴブリン、そしてドラゴンとかのファンタジーな世界が広がっているに違いない。早くギルドに行きギルドの受付嬢を呼んで冒険者登録をしなければ!
僕はどんな魔法が使えるのかな?
転生ボーナスとしてどんな特別な能力が使えるのかな?
これからの生活を考えたら、楽しくなってきた。

わくわくする、気持ちを抑えながら足元に目をやると見覚えのある物が置いてある。
どう見ても日本製のテレビ。
現状を完璧に把握した瞬間、また頭の痛みがひどくなってきた。
異世界じゃないな。病院だ。
とりあえず頭上にあるナースコールを押して、ギルドの受付嬢でなく看護師を呼んだ。

看護師が驚いた様子で部屋に入り、周りに話しかけている。聞こえない。耳鳴りがひどく、めまいもする。医師が来て検診をして話しかけているが耳鳴りがひどく聞こえないし、ぼんやりとしか医師の顔も見えない。注射を打たれたらまた眠くなってきた。


再度目を覚ますと、また同じ天井。今度は聞こえるようになってきた。事故前ほどでないが周りも見える。めまいも軽くなり会話もできそうだ。話を聞いてみると事故から五日程寝ていたらしい。トラックに轢かれたけど助かったという事か。

その後リハビリが開始された。左目の視力が低下しており周りや手元を見ることに違和感がある。また左腕も麻痺して左手の握力が低下して力が入らない。だけど自称「英雄」の称号を得た代償としては安くついたかもしれない。
死んでいてもおかしくなかった事故で、利き手の右手と片目は完全に正常だったから。この程度の怪我で済んだので今後の生活でも工夫すれば何とかなりそうだ。まず、リハビリで少しでも回復してくれればいいのだけど。


そういえば、リハビリ入院中に少女のご両親が重要な書類を届けに来た事があった。
僕はその時リハビリ患者用の食堂で大好きなパスタ、その日はバジルパスタを味わっていた。

担当の理学療法士が僕のテーブルの横を通り呆れたように話しかけてくる。
「谷崎さん、またバジルパスタですか?5日連続ですよ! たまには他のカレーライスとかもいいんじゃないですか? オリジナルスパイスで美味しいですよ!」

僕も、照れくさそうな笑顔で答えた。
「僕パスタが好きなんですよ。特に一度食べたソースにはまると飽きるまで食べ続けるんです」

さすがに5日連続同じメニューではバレるな。

僕はパスタが好きで同じソースのパスタを何度も飽きずに食べ続けてしまう癖がある。
基本的どんなパスタでも好きなのだ。ミートソース、クリームチーズ、バジル、明太、和風だし、などなど。その内の一種類のソースを集中して食べて、飽きてきた頃次の種類のソースで食べる。そしてまた違う種類を食べ続ける。そんな食べ方が習慣になってしまっている。ちなみに、事故前はペペロンチーノを集中して食べていた。

そんなタイミングで、光莉さんのご両親が僕の前に姿を見せたのだ。
「谷崎さん、お食事中でしたか? 大変失礼しました。また時間ずらしてお邪魔します」

と、父親が辞儀をしてテーブルから離れようとされていたが、時計を見るとまだ11:30分。僕の食事の時間が少し早いだけだ。

「大丈夫ですよ。僕の方こそ早めの食事をしてしまって。」
と引き留めた。重要な書類封筒を持参されると聞いていた。僕の食事が終わるのまで、わざわざ時間を取らせるのも申し訳ない。書類を受け取り用事は早く済ませて頂こう。

父親がカバンの中から封筒を取り出した。
「これが、お話しした弁護士の書類です」

封筒を受け取ったが、想像していた以上に厚いので驚く。

そして父親は話を続けた。
「まずは、私たちの娘を救って頂いたこと事、改めて心より感謝申し上げます。谷崎さんがお怪我をされておられますが、正直、私は何すればいいのか解りません。
それで、今後、相手の会社等に対して補償費用の交渉をされるかと思いますが、それらの業務を弁護士に依頼してもらう事にしました。

私が信頼している弁護士に谷崎さんの補償業務をお願いしております。もちろん、弁護士費用に関しましては、全て私が支払うつもりです。それくらいしかできず誠に恐縮に思っております。金銭的に谷崎さんの今後の生活のプラスになれば幸いだと思っております。」

そう話すと、両親揃って頭を僕に下げた。母親の瞳からは涙が溢れそうになっていた。
これが子供を思う親の気持ちか。少女は助かってよかった。母親の涙を見ただけでも僕の心は救われた気がする。

帰り際、母親がテーブルのメニューを指しながら、僕に尋ねた。
「谷崎さんは、お好きなんですか?」

食事のメニューに興味を持たれるって、母親の目線って違うんだなと一瞬思った。
今回食べている僕の大好きなパスタを指さして興味を持たれている。もしかしてお母さんもパスタ好きなのかな?パスタ好きな人には悪い人はいない! と意味不明な理論を思いながら今日一番の笑顔で返事した。

「はい!とても好きで、五日連続で食べています!」

父親は小さな笑みをこぼした。母親が答えた。
「そんなに好きなんですね。わかりましたありがとうございます。」

二人は頭を下げ僕の前からいなくなった。
今後の補償処理は素人の僕では難易度が高く悩んでいたが、大変助かる援助をして頂いた。とりあえずこの件に関しては弁護士さんにお願いすれば解決だな。と思い、大好きなパスタの残りを頬張った。


僕は退院した。事故の補償としてトラック会社からの謝罪と慰謝料を受け取った。業務中だったから会社からも保険が出たし、役所からも交通事故なんとか補償制度というもので生活支援の優遇策を受けられるようになった。

今回の事故は完全な脇見運転での信号無視だったため、トラック会社には行政指導が入り全国ニュースにもなっていたそうだ。その為、取引先が減少して経営難に逢っているらしい。事故を起こした運転手はその後解雇されたとのこと。また僕の働いている会社でも僕が突然入院をしたため、仕事の割振りなど色々と大変だと聞く。また、少女も目の前であんな事故を見せられて暫く外に出れなかったと聞いている。
僕はというと、やはり左腕の麻痺が残っている。左手は力が入らず動きがよわい。左目も完全な失明ではないが殆ど見えない。この傷と一生、共にするのかと思うと気分が重たくなってくる。

今回の事故は死者が出なかった事だけが幸いだが、関わった多くの人達を不幸にする出来事なんだと改めて思った。

そうそう、事故直後に僕の両親の所に助けた少女の両親があいさつに来たらしいが、少女は元気だという。本当のところは分からないが、僕のように後遺症が残っていなければいいのだが。

というのが七年前の事故の詳細である。


その事故から七年後、あの時助けた少女、光莉が19歳の女性として目の前に現れた。しかも無邪気な笑顔で美味しそうにジュースを飲んでいる。

失われたかもしれない彼女の笑顔と未来を守れただけでも僕が自分の身を犠牲にして助けた事は無駄でなかったんだなと自らを誇らしく思う。だからこの瞬間だけ自称「英雄」を再度名乗らせてもらおう。あとは、彼女の未来が名前のごとく光り輝いていてくれる事を願うだけだ。まぁ、それは僕でなく本人の努力なんだけどね。

光莉は改めて真剣な表情で僕に言った。
「本当に助けてくれてありがとうございました。今があるのは谷崎さんのおかげです。もし生活で不自由していることがあったら何でも致します。恩返ししたいのです。」

光莉の素直でまっすぐな瞳を直視できず僕は目をそらした。

「ありがとう、僕にとっては光莉さんが無事で、元気でいることが充分の恩返しだよ。あまり事故の事など気にしないでください」

胸の奥につかえる気持ちを抑えながら冷静を保ち、そのよう答えた。光莉は笑顔で、

「はい、わかりました。でも何かあったら言ってくださいね。わたしは近くの大学に通っていますから!」

と答えてくれた。

こうして七年ぶりの再会で僕は緊張や安堵で疲れてしまったので今日は家に帰ることにした。少し歩き振り向くと光莉が笑顔で手を振っている。僕も笑顔で手を振り返し、見慣れた風景が鮮やかになっている世界の中を帰路へとついた。

だが、その時ふと思った。七年ぶりの再会って言うけど、あの事故の時はランドセルを掴んで引っ張っただけで名前も顔も声も知らないのだが。これって再開でなく「初対面」でない?
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