月面反射通信

古野ジョン

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月面反射通信

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 月面反射通信というのをご存じだろうか。地球上から月面に向けて電波を発射し、その反射したのをキャッチするという通信方法だ。月までわざわざ電波を飛ばすもんだから、その反射波はかなり弱く、実用性はほとんどないと言ってよい。が、ロマンは詰まっている。俺もアマチュア無線家として、いつか試してみたいと思っていた。

 俺は月村ユキト。高校生だ。部活には特に入らず、趣味のアマチュア無線に没頭している。同世代で同じ趣味のやつはなかなかいないから、一人でやってることが多い。

 以前、本屋でアマチュア無線の雑誌を立ち読みしていたときに、月面反射通信のことを知った。昔からいろいろな人がトライしては、成功したり失敗したりしているらしい。残念だけど、俺の小さな設備ではまだ無理だ。けど、大人になって立派な設備を買ったらやってみたい。月に反射させて、遠い何処かに電波を届けたい。

 そんなある日、俺は河原でアマチュア無線をしていた。使っているのはハンディ機といって、持ち運びが出来る機材だ。しばらく普通の交信をした後、ふと空を見上げた。おや、今日は昼からお月様が出てるんだな。

 俺はハンディ機を月の方向に向けた。

「CQ、CQ、CQ。こちらは……です。お聞きの方いらっしゃいましたら、QSOお願いします。どうぞ……」

何も返ってはこなかった。そりゃそうだよなあ、月にまで届くはずないもの。さて、そろそろ切り上げて帰ろうかねえ。そんなことを考えていると、何か受信した。

「聞こえています。こちらの方にまで、よく届いていますよ」

え?なんだって?コールサインも言わずに、急に飛び込んできたぞ。他のアマチュア無線家がどこかで聞いていて、イタズラのつもりで返してきたのか?それとも何だ?なんだか気味が悪いので、何もせずにそのまま帰ることにした。

 家に帰り、俺はパソコンを立ち上げた。もちろん、さっきの通信について調べるためだ。同じような経験をしている人がいないか、ネットで検索してみることにした。

 が、見つからない。そりゃそうか、月に向かって通信して返ってきた奴なんているもんか。ハンディ機の通信で、月面に届いたわけもないしなあ。近所のアマチュア無線家が、イタズラで言ったに違いない。そう思い、俺は考えるのをやめた。

 別の日。俺は例のごとく、ハンディ機を使って河原で通信していた。いつものように通信していたが、ふとこの間のことを思いだした。気にしないことにはしたが、気にならないわけでもない。もう一回やってみようかな。そう思い、ハンディ機を月に向けた。

「CQ、CQ、CQ。こちらは……です。お聞きの方いらっしゃいましたら、QSOお願いします。どうぞ……」

しばらく待つと、返ってきた。

「聞こえています。この間ぶりですね」

前と同じ声だ!コールサインを言わないのは前回と同じか。今日こそ、正体を暴かなくちゃ。

「あなたのコールサインを教えてください」

「そんなものはありません。あなたから受け取った通信を、お返ししているだけです」

コールサインが無い?誤魔化しているのか、それとも違法局か。悪質なイタズラかもしれないし、尚更正体を突き止めねば。

「あなたの交信場所はどこですか?」

「あなた方で言うところの、ケプラーの近くです」

どこだそれ??日本じゃないってことか?ますます分からなくなってきた。天文学者のケプラーなら知ってるけど、それって地名じゃないしなあ……。思い切って聞いてみるか。

「あの、どこの国ですか?」

「国ではありません。未だに国境線の引かれていない、理想的な土地ですから」

ん?国境線が引かれていない?地球上にそんな場所あったか?俺の電波、どんなとこに届いてんだ?

 ふと我に返った。俺のハンディ機が向いてる先は、月だよな。てっきり地球上の誰かがイタズラしているのかと思ったが、もしかして。

 俺はその真偽を確かめてみるべく、ある質問を投げかけた。

「もしかして、うさぎさんですか?」

「ええ、おもちをついていますよ」
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