冤罪断罪、お断り!婚約破棄の前に夜逃げを決め込む。

八雲

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王立学院の大夜会。
一年で最も華やかなこの日は、きらびやかなドレスを纏った令嬢たちと、正装に身を包んだ貴族の令息たちで溢れかえっていた。
会場の中央、一段高くなった教壇の上で、ヴィルフリード王子は自信満々に銀髪をかき上げていた。

「ララ、準備はいいか? いよいよだ。あいつがどんな顔をして僕に縋り付いてくるか、想像しただけで笑いが止まらんよ」

「ヴィル様、あまり悪巧みをしているような顔をなさらないでください。……でも、イーズ様、まだ会場にいらしていないようですが」

「ふん、どうせ公爵家の意地で見栄を張って、最後に現れるつもりだろう。あいつの性格なら、注目を浴びながら悠然と歩いてくるはずだ」

ヴィルフリードは、懐に忍ばせた『断罪リスト(という名のサプライズ演出メモ)』をそっと指でなぞった。
彼の中では、完璧なシナリオが出来上がっている。
まずイーズの非を鳴らし、彼女が絶望したところで「反省したなら、もう一度だけチャンスをやる」と言って跪かせる。
そうすれば、彼女も少しは殊勝な態度になるはずだ――という、実に独りよがりな計画である。

「さあ、時間だ。奏楽を止めろ!」

王子の合図で、軽快な音楽がピタリと止まった。
会場にいた数百人の視線が、一斉に教壇の上のヴィルフリードへと集まる。
彼は満足げに頷くと、腹の底から響くような声で宣言した。

「皆のもの、静粛に! 今宵、私はこの場で、ある重大な発表を行う! イーズ・ラングマイヤー公爵令嬢、前へ出なさい!」

凛とした声がホールに響き渡った。
観衆はざわめき、誰もが「ついにあの傲慢な公爵令嬢が切り捨てられるのか」と固唾を飲んで入り口を見つめた。
……しかし、扉は開かない。

「……イーズ・ラングマイヤー! 聞こえているのだろう? 早く出てくるんだ!」

再び呼びかけるヴィルフリード。
だが、返ってくるのは静寂と、冷房の魔法具が回る微かな音だけだ。
十秒が過ぎ、三十秒が過ぎ……。
会場の空気が、期待から「え、まさかの不在?」という困惑に変わり始めた。

「……ヴィル様。イーズ様、本当にいらっしゃらないみたいですけれど」

「おかしいな。あいつがこんな絶好の目立ち場を逃すはずがない。……おい! 誰かラングマイヤー公爵家の者に聞け! イーズはどこだ!」

王子の怒号に、会場の隅でワインを飲んでいたラングマイヤー公爵――イーズのお父様が、不思議そうな顔で歩み寄ってきた。

「殿下、娘なら『今日はちょっと遠くまで自分探しの旅に出てくるから、探さないでね』と置手紙を残して、昨夜から姿を消しておりますが?」

「……は?」

ヴィルフリードの思考が停止した。
自分探しの旅? 探さないで?
いや、今日は彼女を社会的に追い詰めて、最終的に自分に依存させるための大切な「断罪記念日」のはずだ。

「馬鹿な……。あいつは僕を愛しているはずだ! 僕に婚約破棄されるかもしれないという恐怖で、今頃は部屋で震えていたはずだろう!?」

「いえ、手紙には『あのバカ王子の顔を拝むのも限界なので、私は自由になります。バイバイ!』と、非常に晴れやかな筆致で書かれておりましたな。あと、ついでに私のコレクションの金塊もいくつか無くなっておりました」

公爵は「困った娘ですな」と笑っているが、目は全く笑っていない。
むしろ、娘をここまで追い詰めた王子をどう料理してやろうかという、冷徹な貴族の光が宿っていた。

「……報告します! イーズ様の自室の窓に、シーツを結んだロープが垂れ下がっているのを発見しました!」

駆け込んできた騎士の報告に、会場は爆笑の渦に包まれた。
公爵令嬢が、夜会をサボって窓から逃亡。
これ以上ないほどのスキャンダルだが、あまりの「力技」に、もはや感動すら覚えるレベルだ。

「逃げただと……? 僕の断罪から、逃げ出したというのか!? イーズ、お前というやつは……!」

ヴィルフリードの顔が、赤から青へと急速に変色していく。
一方その頃。
王都から遠く離れた南へと向かう、ガタゴトと揺れる荷馬車の中。

「んん~、やっぱり外で食べる干し肉は最高ね!」

私は、男装のまま馬車の荷台に寝転び、夜空を見上げていた。
手元には、おじい様から受け継いだ秘密の貯金と、偽造したばかりの身分証。
あの大雨の中を必死に逃げ出した甲斐があったというものだ。

「今頃、あの王子様は教壇の上で一人、間抜けな演説を披露してるのかしら。想像するだけでご飯が三杯はいけるわね」

私は最後の干し肉を口に放り込み、満足げに咀嚼した。
公爵令嬢としてのマナー?
そんなもの、王都のゴミ捨て場に置いてきたわ。
今の私は、ただの自由人エドワード(仮)。

「さて、次の街に着いたら、まずは冷えたエールと、山盛りのソーセージを注文しましょう。私の新しい人生に、乾杯!」

夜風が、短く切ったばかりの髪を優しく撫でていく。
追っ手が来るのは分かっているけれど、捕まるつもりなんて毛頭ない。
私は、私のハッピーエンドを、私の足で掴み取りに行くんだから!
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