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「ベルベット様、お仕事中に失礼いたします! 隣国のソルデリア王国より、第一王子であるアラリック殿下が、親書を携えてお見えですわ!」
クロエ様が興奮気味に執務室へ駆け込んできました。
私は現在、北部の物流網を三割高速化するための、魔導信号機の配置シミュレーションを行っている最中でした。
「ソルデリア王国……。あそこは確か、岩塩の輸出で外貨を稼いでいる国でしたわね。……クロエ様、その『親書』の内容を三行で要約しなさい。私の目は今、座標計算に忙しいのです」
「はい!『ベルベットの噂を聞いた』『面白い女だと思った』『だから妻に迎えに来た』……以上三点ですわ!」
私はペンをピタリと止めました。
そして、ゆっくりと眼鏡(知的演出用)を外し、深いため息をつきました。
「……『面白い』? 私は道化師でも演芸員でもありませんわよ。そのアラリック殿下とやらは、女性を娯楽コンテンツか何かと混同されているのかしら?」
「あはは、ベルベット様。隣国では君の『論破劇』が、一種の英雄譚のように伝わっているらしいぞ」
壁際で、なぜか不機嫌そうに腕組みをしているジークフルト様が口を挟みました。
彼の眉間のシワは、いつもの二倍ほど深くなっています。
「英雄譚? バグを修正した記録を物語にするなど、フィクションの無駄遣いです。……まあよろしい。向こうから出向いてきたというなら、追い返すコストよりも会うコストの方が低いでしょう。通しなさい」
数分後、執務室に現れたのは、派手な金の刺繍が施された軍服を纏った、自信満々の青年でした。
彼は私を見るなり、これ見よがしに跪き、私の手を取ろうとしました。
「おぉ、君が噂の『氷のマシンガン』、ベルベット嬢か! 実物は噂以上に冷徹で、そして……計算機のように美しい!」
私はその手を、コンマ二秒の速度で回避しました。
「アラリック殿下。初対面の相手に身体接触を試みるのは、外交プロトコル上のリスクを考慮しての行動ですか? それとも、貴方の国ではパーソナルスペースという概念が未発達なのですか?」
「ははは! 素晴らしい! 挨拶代わりの論破、期待通りだ! 私は退屈が嫌いでね。我が国の淑女たちは皆、私の顔色を伺って『さようでございますね』としか言わない。だが君は違う。その毒舌、その理屈……。私という最高位の個体に対して、これほど不敬な態度を取れるのは君だけだ!」
アラリック殿下は立ち上がり、キラキラとした瞳で私を見つめました。
「どうだ、ベルベット。私の妻にならないか? 君なら、我が国の腐りきった官僚組織を、その舌一枚で解体できるだろう。君には『破壊の権利』と、私の隣に座る『栄誉』を授けようじゃないか」
私はバインダーを抱え直し、殿下を頭の先からつま先までスキャンしました。
「……提案の評価を行います。まず、ソルデリア王国の官僚組織の解体。これは魅力的な業務(ワーク)ですが、貴方の妻という立場は、私の活動を『王室』という枠組みに拘束し、機動力を著しく低下させます」
「何……?」
「次に『栄誉』。これは換金価値のない無形資産です。私が求めているのは、社会の最適化によって生み出される実利であり、貴方の隣に座ることで得られる承認欲求の充足ではありません」
私は一歩、殿下に近づきました。
「結論を申し上げます。貴方の求婚は、私にとって『メリットが不透明な合併案件』に過ぎません。……そもそも殿下。貴方は、私を『面白いおもちゃ』として消費したいだけではありませんか? 私の知性は、貴方の退屈を紛らわすための道具ではありませんわよ」
「……。くっ、ふふ……。あはははは! 断り方まで合理的か! ますます気に入ったぞ!」
アラリック殿下はショックを受けるどころか、さらに興奮した様子で身を乗り出しました。
……この男、ライオネル殿下とは別種の「おバカ」……いえ、「変人」ですわね。
「ベルベット様、この男は危険だ。……殿下、彼女は現在、我が国の重要プロジェクトに従事している。他国の王子が勝手に連れ去ることは許されない」
ジークフルト様が、剣の柄に手を置いてアラリック殿下の間に割り込みました。
室内の温度が急激に下がります。
「おや、近衛騎士団長殿。君が噂の『番犬』か。……だが、ベルベットのような希少な知性は、より広い世界で活用されるべきだ。この狭い王国でくすぶらせるのは、人類全体の損失だと思わないかね?」
「損失かどうかは、彼女自身が決めることだ。……貴様に、彼女を『活用』などという言葉で語らせるつもりはない」
「ジークフルト様、アラリック殿下。……私の前で、私の所有権について議論するのはおやめください。時間の無駄です。……アラリック殿下。どうしても私を求婚リストに残したいのであれば、まずは貴方の国の岩塩輸出に関する不正蓄財の調査報告書を提出してください。それを私が一晩で精査し、貴方の知性をテストさせていただきますわ」
アラリック殿下が、一瞬だけ目を見開きました。
「……報告書、だと?」
「はい。私の伴侶となる個体には、最低限『二桁の暗算』と『公私混同をしない倫理観』、そして『私の毒舌を論理的に反論して論破し返す知性』を求めます。……これ、今の貴方に満たせますか?」
私は冷たく微笑みました。
アラリック殿下は、しばらく呆然とした後、不敵な笑みを浮かべて翻りました。
「面白い……。挑戦状として受け取ろうじゃないか。ベルベット、君を屈服させるのは、難攻不落の城を落とすより刺激的だ!」
殿下が去った後の執務室。
ジークフルト様が、深いため息をついて私を振り返りました。
「……ベルベット様。あんな男、相手にする必要はない。報告書なんて受け取ったら、奴のペースに巻き込まれるぞ」
「……ジークフルト様。貴方は、私が負けるとでも思っているのですか? ……隣国の不正を暴けば、我が国の岩塩市場における価格交渉力が向上します。求婚を口実に、合法的に相手の弱みを握る。これほど効率的な外交があるでしょうか?」
「……。君は、本当に……。恋愛というものを、どこまで戦略的に捉えているんだ……」
ジークフルト様が頭を抱えました。
私はそんな彼を横目に、再び座標計算のペンを取りました。
「恋愛とは、互いのリソースを最適化するための契約ですわ。……さて、ジークフルト様。貴方の『保留』にしている件についても、アラリック殿下の提出資料と比較検討させていただきますので、精進してくださいましね」
「……っ! 俺をあんな奴と比較するのか!? ……分かった、受けて立とうじゃないか!」
ジークフルト様の瞳に、対抗心が燃え上がります。
図らずも始まった「隣国王子 vs 近衛騎士団長」による、ベルベット争奪(という名のデータ提出)合戦。
私の日常は、ますます賑やかで、そして「非合理な情熱」に侵食され始めていたのでした。
クロエ様が興奮気味に執務室へ駆け込んできました。
私は現在、北部の物流網を三割高速化するための、魔導信号機の配置シミュレーションを行っている最中でした。
「ソルデリア王国……。あそこは確か、岩塩の輸出で外貨を稼いでいる国でしたわね。……クロエ様、その『親書』の内容を三行で要約しなさい。私の目は今、座標計算に忙しいのです」
「はい!『ベルベットの噂を聞いた』『面白い女だと思った』『だから妻に迎えに来た』……以上三点ですわ!」
私はペンをピタリと止めました。
そして、ゆっくりと眼鏡(知的演出用)を外し、深いため息をつきました。
「……『面白い』? 私は道化師でも演芸員でもありませんわよ。そのアラリック殿下とやらは、女性を娯楽コンテンツか何かと混同されているのかしら?」
「あはは、ベルベット様。隣国では君の『論破劇』が、一種の英雄譚のように伝わっているらしいぞ」
壁際で、なぜか不機嫌そうに腕組みをしているジークフルト様が口を挟みました。
彼の眉間のシワは、いつもの二倍ほど深くなっています。
「英雄譚? バグを修正した記録を物語にするなど、フィクションの無駄遣いです。……まあよろしい。向こうから出向いてきたというなら、追い返すコストよりも会うコストの方が低いでしょう。通しなさい」
数分後、執務室に現れたのは、派手な金の刺繍が施された軍服を纏った、自信満々の青年でした。
彼は私を見るなり、これ見よがしに跪き、私の手を取ろうとしました。
「おぉ、君が噂の『氷のマシンガン』、ベルベット嬢か! 実物は噂以上に冷徹で、そして……計算機のように美しい!」
私はその手を、コンマ二秒の速度で回避しました。
「アラリック殿下。初対面の相手に身体接触を試みるのは、外交プロトコル上のリスクを考慮しての行動ですか? それとも、貴方の国ではパーソナルスペースという概念が未発達なのですか?」
「ははは! 素晴らしい! 挨拶代わりの論破、期待通りだ! 私は退屈が嫌いでね。我が国の淑女たちは皆、私の顔色を伺って『さようでございますね』としか言わない。だが君は違う。その毒舌、その理屈……。私という最高位の個体に対して、これほど不敬な態度を取れるのは君だけだ!」
アラリック殿下は立ち上がり、キラキラとした瞳で私を見つめました。
「どうだ、ベルベット。私の妻にならないか? 君なら、我が国の腐りきった官僚組織を、その舌一枚で解体できるだろう。君には『破壊の権利』と、私の隣に座る『栄誉』を授けようじゃないか」
私はバインダーを抱え直し、殿下を頭の先からつま先までスキャンしました。
「……提案の評価を行います。まず、ソルデリア王国の官僚組織の解体。これは魅力的な業務(ワーク)ですが、貴方の妻という立場は、私の活動を『王室』という枠組みに拘束し、機動力を著しく低下させます」
「何……?」
「次に『栄誉』。これは換金価値のない無形資産です。私が求めているのは、社会の最適化によって生み出される実利であり、貴方の隣に座ることで得られる承認欲求の充足ではありません」
私は一歩、殿下に近づきました。
「結論を申し上げます。貴方の求婚は、私にとって『メリットが不透明な合併案件』に過ぎません。……そもそも殿下。貴方は、私を『面白いおもちゃ』として消費したいだけではありませんか? 私の知性は、貴方の退屈を紛らわすための道具ではありませんわよ」
「……。くっ、ふふ……。あはははは! 断り方まで合理的か! ますます気に入ったぞ!」
アラリック殿下はショックを受けるどころか、さらに興奮した様子で身を乗り出しました。
……この男、ライオネル殿下とは別種の「おバカ」……いえ、「変人」ですわね。
「ベルベット様、この男は危険だ。……殿下、彼女は現在、我が国の重要プロジェクトに従事している。他国の王子が勝手に連れ去ることは許されない」
ジークフルト様が、剣の柄に手を置いてアラリック殿下の間に割り込みました。
室内の温度が急激に下がります。
「おや、近衛騎士団長殿。君が噂の『番犬』か。……だが、ベルベットのような希少な知性は、より広い世界で活用されるべきだ。この狭い王国でくすぶらせるのは、人類全体の損失だと思わないかね?」
「損失かどうかは、彼女自身が決めることだ。……貴様に、彼女を『活用』などという言葉で語らせるつもりはない」
「ジークフルト様、アラリック殿下。……私の前で、私の所有権について議論するのはおやめください。時間の無駄です。……アラリック殿下。どうしても私を求婚リストに残したいのであれば、まずは貴方の国の岩塩輸出に関する不正蓄財の調査報告書を提出してください。それを私が一晩で精査し、貴方の知性をテストさせていただきますわ」
アラリック殿下が、一瞬だけ目を見開きました。
「……報告書、だと?」
「はい。私の伴侶となる個体には、最低限『二桁の暗算』と『公私混同をしない倫理観』、そして『私の毒舌を論理的に反論して論破し返す知性』を求めます。……これ、今の貴方に満たせますか?」
私は冷たく微笑みました。
アラリック殿下は、しばらく呆然とした後、不敵な笑みを浮かべて翻りました。
「面白い……。挑戦状として受け取ろうじゃないか。ベルベット、君を屈服させるのは、難攻不落の城を落とすより刺激的だ!」
殿下が去った後の執務室。
ジークフルト様が、深いため息をついて私を振り返りました。
「……ベルベット様。あんな男、相手にする必要はない。報告書なんて受け取ったら、奴のペースに巻き込まれるぞ」
「……ジークフルト様。貴方は、私が負けるとでも思っているのですか? ……隣国の不正を暴けば、我が国の岩塩市場における価格交渉力が向上します。求婚を口実に、合法的に相手の弱みを握る。これほど効率的な外交があるでしょうか?」
「……。君は、本当に……。恋愛というものを、どこまで戦略的に捉えているんだ……」
ジークフルト様が頭を抱えました。
私はそんな彼を横目に、再び座標計算のペンを取りました。
「恋愛とは、互いのリソースを最適化するための契約ですわ。……さて、ジークフルト様。貴方の『保留』にしている件についても、アラリック殿下の提出資料と比較検討させていただきますので、精進してくださいましね」
「……っ! 俺をあんな奴と比較するのか!? ……分かった、受けて立とうじゃないか!」
ジークフルト様の瞳に、対抗心が燃え上がります。
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