4 / 28
4
しおりを挟む
「ただいま戻りました、お父様。粗大ゴミの不法投棄……失礼、婚約破棄の手続きを済ませてまいりましたわ」
深夜、ブランドン公爵邸の重厚な扉を開けるなり、私は居間で待ち構えていた父に向かって言い放ちました。
父、エドワード・ド・ブランドン公爵は、手に持っていた高級なワイングラスをピタリと止め、こちらを見ました。
「……ナナシー。報告は今、使いの者から聞いた。パーティー会場で王子を完膚なきまでに論破し、さらにはアルスター公爵を『ドMの変質者』呼ばわりしたそうだな?」
「あら、耳が早いですわね。さすがはお父様の情報網ですわ。……それで、お叱りのお言葉をいただけるのかしら? それとも、家門の汚しとして修道院送りですか?」
私はわざとらしく、冷ややかな微笑みを浮かべました。
世間一般の父親であれば、王族との縁が切れたことを嘆き、娘を叱責する場面でしょうから。
しかし、我が父はグラスの中の赤ワインを一気に飲み干すと、腹を抱えて笑い出したのです。
「ははははは! 素晴らしい! よくやった、ナナシー! あの無能な王子には、いつか誰かが引導を渡すべきだと思っていたが、まさか我が娘が、あそこまで華麗にやってのけるとはな!」
「……笑いすぎですわよ、お父様。一応、国家的なスキャンダルですのよ?」
「構わん、構わん! あんな、女の嘘も見抜けないような男が将来の王になるなど、我が国の不幸だ。むしろ、早めに縁が切れて清々したわ。それで? 今後の予定は?」
私は待っていましたとばかりに、馬車の中で書き上げた一枚の書類を父の前に差し出しました。
「これをご覧ください。王宮への『婚約破棄に伴う精神的苦痛および実務代行費用の請求書』です」
「……ほう。どれどれ。……慰謝料、王宮図書予算の3年分。さらに、過去5年間に及ぶ王子の宿題代行および公務補助の残業代。……おい、これ、合計金額が隣国の国家予算に届きそうだが?」
「妥当な金額ですわ。私の知能と時間を安売りするつもりはありません。あ、お釣りは入りませんので、その分は王立図書館の新刊購入費用に充てていただくよう、付記しておきました」
私は優雅に椅子に腰を下ろし、メイドが持ってきた紅茶を一口啜りました。
自由の味がします。
「お父様。私は今日から、自分のためだけに生きますわ。誰かの引き立て役も、完璧な淑女の仮面も、もう必要ありません」
「ああ、好きにするがいい。お前のその『煽りスキル』、政治に活かせば無敵だが、本人が嫌なら無理強いはせん。……だが、一つだけ問題がある」
「アルスター公爵のことですね?」
私が顔をしかめると、父は愉快そうに頷きました。
「あの軍神、さっそく私のところに早馬を寄越したぞ。『娘さんを、ぜひ私の拷問官……もとい、婚約者として迎えたい』とな。相当、お前に罵倒されたのが気に入ったらしい」
「……本当に、救いようのない変態ですわね。氷の死神という二名は、脳みそが凍りついて思考停止しているという意味だったのかしら」
「ははは! アルスターは敵に回せば恐ろしいが、味方にすればこれほど心強い男はおらん。それに、あいつは一度狙った獲物は逃がさないことで有名だ。……ナナシー、お前の自由な生活には、少しばかりの『障害物』が付きまとうことになりそうだな」
「障害物なら、排除するまでですわ。……お父様、明日の朝一番で、王宮へこの請求書を届けてください。あのおバカな王子が、自分の財布の底が見える瞬間を、ぜひ特等席で見物したいものですわ」
「承知した。明日が楽しみだな」
父と二人、深夜の広間で不敵な笑みを交わしました。
かつての「完璧な悪役令嬢」は、今日から「最強の自由人」へとクラスチェンジしたのです。
……ですが、窓の外から熱っぽい視線を感じるのは、私の気のせいでしょうか。
いえ、きっと気のせいではありませんわね。
あの銀髪の公爵、まさかうちの庭にまで不法侵入しているのではなくて?
「……執事、庭に不凍液を撒いておきなさい。冷たいものがお好きな死神様が、滑って転んで頭を冷やせるようにね」
私は立ち上がり、自室へと向かいました。
戦いは、まだ始まったばかりのようです。
深夜、ブランドン公爵邸の重厚な扉を開けるなり、私は居間で待ち構えていた父に向かって言い放ちました。
父、エドワード・ド・ブランドン公爵は、手に持っていた高級なワイングラスをピタリと止め、こちらを見ました。
「……ナナシー。報告は今、使いの者から聞いた。パーティー会場で王子を完膚なきまでに論破し、さらにはアルスター公爵を『ドMの変質者』呼ばわりしたそうだな?」
「あら、耳が早いですわね。さすがはお父様の情報網ですわ。……それで、お叱りのお言葉をいただけるのかしら? それとも、家門の汚しとして修道院送りですか?」
私はわざとらしく、冷ややかな微笑みを浮かべました。
世間一般の父親であれば、王族との縁が切れたことを嘆き、娘を叱責する場面でしょうから。
しかし、我が父はグラスの中の赤ワインを一気に飲み干すと、腹を抱えて笑い出したのです。
「ははははは! 素晴らしい! よくやった、ナナシー! あの無能な王子には、いつか誰かが引導を渡すべきだと思っていたが、まさか我が娘が、あそこまで華麗にやってのけるとはな!」
「……笑いすぎですわよ、お父様。一応、国家的なスキャンダルですのよ?」
「構わん、構わん! あんな、女の嘘も見抜けないような男が将来の王になるなど、我が国の不幸だ。むしろ、早めに縁が切れて清々したわ。それで? 今後の予定は?」
私は待っていましたとばかりに、馬車の中で書き上げた一枚の書類を父の前に差し出しました。
「これをご覧ください。王宮への『婚約破棄に伴う精神的苦痛および実務代行費用の請求書』です」
「……ほう。どれどれ。……慰謝料、王宮図書予算の3年分。さらに、過去5年間に及ぶ王子の宿題代行および公務補助の残業代。……おい、これ、合計金額が隣国の国家予算に届きそうだが?」
「妥当な金額ですわ。私の知能と時間を安売りするつもりはありません。あ、お釣りは入りませんので、その分は王立図書館の新刊購入費用に充てていただくよう、付記しておきました」
私は優雅に椅子に腰を下ろし、メイドが持ってきた紅茶を一口啜りました。
自由の味がします。
「お父様。私は今日から、自分のためだけに生きますわ。誰かの引き立て役も、完璧な淑女の仮面も、もう必要ありません」
「ああ、好きにするがいい。お前のその『煽りスキル』、政治に活かせば無敵だが、本人が嫌なら無理強いはせん。……だが、一つだけ問題がある」
「アルスター公爵のことですね?」
私が顔をしかめると、父は愉快そうに頷きました。
「あの軍神、さっそく私のところに早馬を寄越したぞ。『娘さんを、ぜひ私の拷問官……もとい、婚約者として迎えたい』とな。相当、お前に罵倒されたのが気に入ったらしい」
「……本当に、救いようのない変態ですわね。氷の死神という二名は、脳みそが凍りついて思考停止しているという意味だったのかしら」
「ははは! アルスターは敵に回せば恐ろしいが、味方にすればこれほど心強い男はおらん。それに、あいつは一度狙った獲物は逃がさないことで有名だ。……ナナシー、お前の自由な生活には、少しばかりの『障害物』が付きまとうことになりそうだな」
「障害物なら、排除するまでですわ。……お父様、明日の朝一番で、王宮へこの請求書を届けてください。あのおバカな王子が、自分の財布の底が見える瞬間を、ぜひ特等席で見物したいものですわ」
「承知した。明日が楽しみだな」
父と二人、深夜の広間で不敵な笑みを交わしました。
かつての「完璧な悪役令嬢」は、今日から「最強の自由人」へとクラスチェンジしたのです。
……ですが、窓の外から熱っぽい視線を感じるのは、私の気のせいでしょうか。
いえ、きっと気のせいではありませんわね。
あの銀髪の公爵、まさかうちの庭にまで不法侵入しているのではなくて?
「……執事、庭に不凍液を撒いておきなさい。冷たいものがお好きな死神様が、滑って転んで頭を冷やせるようにね」
私は立ち上がり、自室へと向かいました。
戦いは、まだ始まったばかりのようです。
0
あなたにおすすめの小説
行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる
春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。
夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。
形のない愛は信じない。
でも、出来立ての肉は信じてしまう。
肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。
これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
『呪いのせいで愛妻家になった公爵様は、もう冷徹を名乗れない(天然妻は気づかない)』
星乃和花
恋愛
【完結済:全20話+番外3話+@】
「冷徹公爵」と呼ばれるレオンハルトが、ある日突然“愛妻家”に豹変――原因は、妻リリアにだけ発動する呪いだった。
手を離せない、目を逸らせない、褒めたくなる、守りたくなる……止まれない溺愛が暴走するのに、当のリリアは「熱(体調不良)」と心配または「治安ですね」と天然で受け流すばかり。
借金を理由に始まった契約結婚(恋愛なし)だったはずなのにーー??
そんなふたりの恋は愉快な王都を舞台に、屋敷でも社交界でも面白……ゆるふわ熱烈に見守られる流れに。
甘々・溺愛・コメディ全振り!
“呪いのせい”から始まった愛が、最後は“意思”になる、にやにや必至の夫婦ラブファンタジー。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる