侮辱されて、婚約破棄で煽りスキル発動!?

八雲

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「お嬢様、またしても大変です! 今度は玄関先に、抜け殻のようなものが落ちております!」


昨日の黒バラ騒動がひと段落し、ようやく落ち着いて新作の毒薬……失礼、美容薬の調合に耽っていた私の元へ、またしても侍女が飛び込んできました。
我が家の使用人たちは、最近「大変です」という言葉のインフレを起こしている気がしますわね。


「抜け殻? セミの季節にはまだ早いですわよ。それとも、あの死神公爵が脱皮でもしたのかしら? もしそうなら、その皮を剥製にして魔除けにしましょう」


「いえ、あの、その……元・婚約者様です」


「…………」


私は溜息をつき、渋々と玄関へ向かいました。
そこには、昨夜までの尊大な態度はどこへやら、魂が口から半分はみ出したような顔で地面に転がっているレオナルド王子の姿がありました。
その背後には、今日も今日とて爽やかな(殺気混じりの)笑顔を浮かべたアルスター公爵が立っています。


「やあ、ナナシー。約束通り、彼の『人生相談』に乗ってあげたよ。随分と素直な生徒で、教えがいがあった」


「……死神様。あなたは彼に何を教えたのですか? 相談という名の拷問ではないでしょうね?」


「心外だな。私はただ、君への慰謝料をどう工面すべきか、彼の資産状況を論理的に整理してあげただけだ。……まあ、彼の脳がその『論理』という情報の重さに耐えきれず、途中で白目を剥いてしまったのは計算外だったが」


アルスターは愉快そうに、つま先で転がっている王子をツンツンと突つきました。
王子は「……数字が、数字が襲ってくる……」と、うわ言を漏らしています。
どうやら、公爵の「個別指導」は、王子の脆弱な精神構造を根底から破壊してしまったようですわ。


「殿下、しっかりなさってくださいな。私への支払いが終わる前に廃人になられては、債権者として非常に困りますわよ。……それとも、名前の書き方も忘れてしまいましたの? それなら私が、おでこに『無能』と刻印して差し上げましょうか?」


「ひ、ひぃぃ……っ! な、ナナシー……!? た、助けてくれ、この男は、この男は人間じゃない……!」


王子は私の声を聞くやいなや、這うようにして私の靴にしがみつこうとしました。
ですが、それよりも早くアルスターの軍靴が、王子の手を優しく(物理的には重厚に)踏みつけました。


「おっと、失礼。私の婚約候補者の靴を汚すのは、反逆罪に相当すると教えたはずだが? レオナルド殿下」


「死神の次は、教育ママの真似事ですか。公爵、あなたは多才すぎて、もはや何が本職なのか分かりませんわね。……それで? 相談の結果はどうなりましたの?」


「ああ、彼の所有する狩猟地と、王都の別邸を売却することで、君への実務代行費の半分は賄えることが確定した。残りは、彼がこれから10年間、王室の雑用係として働く給与から天引きする契約を……王様に直談判して結んできたよ」


「……仕事が早すぎますわ。事務処理能力だけは、私の執事として雇ってあげてもいいレベルですわね」


「執事か。それも悪くないが、できれば君の隣で、君の罵倒を独占する『夫』という役職に就きたいのだが」


アルスターが私の手を取り、その甲に恭しく唇を寄せようとしました。
私は即座に、空いた方の手で彼の鼻筋に扇子を叩き込みました。


「調子に乗らないでくださいな。あなたのその過剰なパーソナルスペースの侵害は、公害というよりはテロリズムに近いわよ。……それから、そこに転がっているゴミは、すぐに王宮へ返却してきなさい。我が家の玄関に放置されると、腐敗臭でバラの香りが台無しになりますわ」


「……くふっ。テロリズム……! 鼻を打たれた痛みさえも、君の言葉で甘美な刺激に変わる。やはりナナシー、君の罵倒は最高だ。もっと、もっと言ってくれ」


「…………」


私は無言で、侍女に「塩を持ってきなさい。特大のやつを」と命じました。
王子は白目を剥き、公爵は恍惚とした表情を浮かべ、私は極度の頭痛に襲われる。
婚約破棄をして自由になったはずなのに、どうして私の周りには、知能の欠如した男か、倫理観の崩壊した男しかいないのでしょうか。


「……お父様、今すぐ私を修道院に入れてください。いえ、やっぱりあそこは娯楽が少なすぎますわ。……そうだ。この公爵を修道院に入れて、世の女性たちの安全を確保する方が先決かしら?」


「ははは! 私が修道院に入れば、一晩でそこは私の軍事拠点になるぞ。君が一緒に来てくれるなら、聖歌の代わりに君の毒舌を聴く毎日も悪くないが」


「一生、独房の隅でカビと喋っていなさいな、この変態死神!」


私は玄関の扉を、親の仇を討つような勢いで閉めました。
外から聞こえるアルスターの楽しげな笑い声が、今の私にとって最大のストレスです。
自由への道は、どうやらこの「最強の不法占拠物」を排除することから始めなければならないようですわ。
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