13 / 28
13
「……メアリ、君まで僕を見捨てるというのか……!」
王都の王宮、かつてバラが咲き誇っていた庭園は、今や維持費の未払いによって枯れ果てた「トゲの迷路」と化していました。
ジュリアン王子は、泥だらけの地面に膝をつき、去りゆくメアリの馬車の背中を見送っていました。
「殿下、もうよろしいではありませんか。彼女は実家の男爵領に帰る際、王宮の銀食器をいくつか『思い出に』と言って持ち去ったそうですぞ」
冷ややかに告げる宰相の足元には、未決済の書類が山積みになっていました。
ジュリアンはフラフラと立ち上がり、濁った瞳で空を見上げました。
「……わかった。ようやく気づいたよ。メアリは僕を愛していたのではなく、僕の『立場』を愛していただけだったんだね」
「ようやく気づかれましたか。遅すぎた春ですな」
「だが、ダリアは違う! あいつは十年間、文句を言いながらも僕の隣にいた。僕がどんなに無理を言っても、最後には帳尻を合わせてくれた。あれこそが、真実の愛……『ツンデレ』というやつだったんだ!」
宰相は深くため息をつきました。それは愛ではなく、単なる「職務放棄できない公爵令嬢の責任感」でしたが、今の王子に何を言っても無駄でしょう。
「僕は決めたぞ、宰相! ダリアは今、北の果てで僕が迎えに来るのを、凍えながら待っているはずだ。僕が直接行って、彼女の手を取り『戻る権利をやる』と言えば、彼女は泣いて喜ぶに違いない!」
「殿下、本気ですか? 北の辺境は現在、猛吹雪のシーズンです。王族が軽々しく……」
「愛に雪など関係ない! すぐに準備をしろ! 一番豪華な馬車と、僕を輝かせるための騎士団を引き連れて出発だ!」
王宮に響き渡る王子の高笑い。
それは、破滅へのカウントダウンに他なりませんでした。
一方、その頃。北の辺境伯城では。
「……はっくしょん! ……あら、誰かが私の悪口を言っているかしら」
私は温かい執務室で、アルスター様が淹れてくれた(だいぶ上達した)紅茶を飲みながら、領地の予算案を精査していました。
「…………かぜ、か? ……だりあ、やすめ」
アルスター様が心配そうに、私の肩に厚手の毛布をかけ直してくれました。
その手つきは、かつての「死神」とは思えないほど優しく、まるで壊れ物を扱うかのようです。
「大丈夫ですわ、アルスター様。ただの鼻炎か、あるいは……どこかのバカがろくでもないことを考えている予感がしただけですわ」
「…………ばか?」
「ええ。救いようのない、金色の髪をしたナルシストのことですわ」
私がそう言った瞬間。
扉が激しく叩かれ、ボリスが真っ青な顔で飛び込んできました。
「お、お嬢様ぁぁ! 緊急事態です! 王都の斥候から連絡がありました!」
「落ち着きなさい、ボリス。またレオン卿が泣きついてきたの?」
「いいえ! なんと、ジュリアン王子本人が、騎士団を引き連れてこちらへ向かっているとのことです! 『ダリアを奪還し、王妃として迎え入れる!』と触れ回っているとか!」
「………………」
部屋の中に、重苦しい沈黙が流れました。
私の口から出たのは、怒りでも驚きでもなく、深い、深ーい溜息でした。
「……奪還? どの口がそんなことをおっしゃるのかしら。私はあの方に捨てられた身ですのよ? 不法投棄したゴミを、ゴミ収集車が回収した後に『やっぱり返せ』と言いに行くようなものですわ」
「…………だりあ」
アルスター様の声が、かつてないほど低く、地響きのように部屋を震わせました。
彼が立ち上がると、背負っていた大剣の鞘がガチャリと音を立てました。
「…………あいつが、くるのか」
「そのようですわね。……困りましたわ、せっかく領地の経営が軌道に乗ってきたというのに」
「…………わたさない」
アルスター様は、私の前に立ち塞がるようにして、窓の外を睨みつけました。
その瞳には、かつての「コミュ障ゆえの威圧感」ではなく、一人の女性を守ろうとする「本物の武人の殺気」が宿っていました。
「…………おれの……ひかりを……うばうなら……おうじだろうと……きる」
「アルスター様、物騒ですわよ。……でも、嬉しいですわ」
私は彼の大きな背中に、そっと手を添えました。
「よろしい。あの方には、北の地の厳しさと、私の『毒舌』の恐ろしさを、身をもって知っていただきましょう。……ボリス! 城門の警備を最大にしなさい。ただし、門を開けるのは私の一言があってからですわ」
「ははっ! 承知いたしました!」
「さあ、お掃除の時間ですわね、アルスター様」
私は冷たい笑みを浮かべ、最後の一口の紅茶を飲み干しました。
自称・ヒーローの王子様。
あなたがここへ着く頃には、その金髪が凍りついて、二度と鏡を見たくなくなるようにして差し上げますわ!
王都の王宮、かつてバラが咲き誇っていた庭園は、今や維持費の未払いによって枯れ果てた「トゲの迷路」と化していました。
ジュリアン王子は、泥だらけの地面に膝をつき、去りゆくメアリの馬車の背中を見送っていました。
「殿下、もうよろしいではありませんか。彼女は実家の男爵領に帰る際、王宮の銀食器をいくつか『思い出に』と言って持ち去ったそうですぞ」
冷ややかに告げる宰相の足元には、未決済の書類が山積みになっていました。
ジュリアンはフラフラと立ち上がり、濁った瞳で空を見上げました。
「……わかった。ようやく気づいたよ。メアリは僕を愛していたのではなく、僕の『立場』を愛していただけだったんだね」
「ようやく気づかれましたか。遅すぎた春ですな」
「だが、ダリアは違う! あいつは十年間、文句を言いながらも僕の隣にいた。僕がどんなに無理を言っても、最後には帳尻を合わせてくれた。あれこそが、真実の愛……『ツンデレ』というやつだったんだ!」
宰相は深くため息をつきました。それは愛ではなく、単なる「職務放棄できない公爵令嬢の責任感」でしたが、今の王子に何を言っても無駄でしょう。
「僕は決めたぞ、宰相! ダリアは今、北の果てで僕が迎えに来るのを、凍えながら待っているはずだ。僕が直接行って、彼女の手を取り『戻る権利をやる』と言えば、彼女は泣いて喜ぶに違いない!」
「殿下、本気ですか? 北の辺境は現在、猛吹雪のシーズンです。王族が軽々しく……」
「愛に雪など関係ない! すぐに準備をしろ! 一番豪華な馬車と、僕を輝かせるための騎士団を引き連れて出発だ!」
王宮に響き渡る王子の高笑い。
それは、破滅へのカウントダウンに他なりませんでした。
一方、その頃。北の辺境伯城では。
「……はっくしょん! ……あら、誰かが私の悪口を言っているかしら」
私は温かい執務室で、アルスター様が淹れてくれた(だいぶ上達した)紅茶を飲みながら、領地の予算案を精査していました。
「…………かぜ、か? ……だりあ、やすめ」
アルスター様が心配そうに、私の肩に厚手の毛布をかけ直してくれました。
その手つきは、かつての「死神」とは思えないほど優しく、まるで壊れ物を扱うかのようです。
「大丈夫ですわ、アルスター様。ただの鼻炎か、あるいは……どこかのバカがろくでもないことを考えている予感がしただけですわ」
「…………ばか?」
「ええ。救いようのない、金色の髪をしたナルシストのことですわ」
私がそう言った瞬間。
扉が激しく叩かれ、ボリスが真っ青な顔で飛び込んできました。
「お、お嬢様ぁぁ! 緊急事態です! 王都の斥候から連絡がありました!」
「落ち着きなさい、ボリス。またレオン卿が泣きついてきたの?」
「いいえ! なんと、ジュリアン王子本人が、騎士団を引き連れてこちらへ向かっているとのことです! 『ダリアを奪還し、王妃として迎え入れる!』と触れ回っているとか!」
「………………」
部屋の中に、重苦しい沈黙が流れました。
私の口から出たのは、怒りでも驚きでもなく、深い、深ーい溜息でした。
「……奪還? どの口がそんなことをおっしゃるのかしら。私はあの方に捨てられた身ですのよ? 不法投棄したゴミを、ゴミ収集車が回収した後に『やっぱり返せ』と言いに行くようなものですわ」
「…………だりあ」
アルスター様の声が、かつてないほど低く、地響きのように部屋を震わせました。
彼が立ち上がると、背負っていた大剣の鞘がガチャリと音を立てました。
「…………あいつが、くるのか」
「そのようですわね。……困りましたわ、せっかく領地の経営が軌道に乗ってきたというのに」
「…………わたさない」
アルスター様は、私の前に立ち塞がるようにして、窓の外を睨みつけました。
その瞳には、かつての「コミュ障ゆえの威圧感」ではなく、一人の女性を守ろうとする「本物の武人の殺気」が宿っていました。
「…………おれの……ひかりを……うばうなら……おうじだろうと……きる」
「アルスター様、物騒ですわよ。……でも、嬉しいですわ」
私は彼の大きな背中に、そっと手を添えました。
「よろしい。あの方には、北の地の厳しさと、私の『毒舌』の恐ろしさを、身をもって知っていただきましょう。……ボリス! 城門の警備を最大にしなさい。ただし、門を開けるのは私の一言があってからですわ」
「ははっ! 承知いたしました!」
「さあ、お掃除の時間ですわね、アルスター様」
私は冷たい笑みを浮かべ、最後の一口の紅茶を飲み干しました。
自称・ヒーローの王子様。
あなたがここへ着く頃には、その金髪が凍りついて、二度と鏡を見たくなくなるようにして差し上げますわ!
あなたにおすすめの小説
商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~
葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」
王立学院の舞踏会。
全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。
努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。
だが、カロスタークは折れなかった。
「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」
怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。
舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。
差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける!
これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。
誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?
志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。
父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。
多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。
オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。
それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。
この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています
ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。