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「……メアリ、君まで僕を見捨てるというのか……!」
王都の王宮、かつてバラが咲き誇っていた庭園は、今や維持費の未払いによって枯れ果てた「トゲの迷路」と化していました。
ジュリアン王子は、泥だらけの地面に膝をつき、去りゆくメアリの馬車の背中を見送っていました。
「殿下、もうよろしいではありませんか。彼女は実家の男爵領に帰る際、王宮の銀食器をいくつか『思い出に』と言って持ち去ったそうですぞ」
冷ややかに告げる宰相の足元には、未決済の書類が山積みになっていました。
ジュリアンはフラフラと立ち上がり、濁った瞳で空を見上げました。
「……わかった。ようやく気づいたよ。メアリは僕を愛していたのではなく、僕の『立場』を愛していただけだったんだね」
「ようやく気づかれましたか。遅すぎた春ですな」
「だが、ダリアは違う! あいつは十年間、文句を言いながらも僕の隣にいた。僕がどんなに無理を言っても、最後には帳尻を合わせてくれた。あれこそが、真実の愛……『ツンデレ』というやつだったんだ!」
宰相は深くため息をつきました。それは愛ではなく、単なる「職務放棄できない公爵令嬢の責任感」でしたが、今の王子に何を言っても無駄でしょう。
「僕は決めたぞ、宰相! ダリアは今、北の果てで僕が迎えに来るのを、凍えながら待っているはずだ。僕が直接行って、彼女の手を取り『戻る権利をやる』と言えば、彼女は泣いて喜ぶに違いない!」
「殿下、本気ですか? 北の辺境は現在、猛吹雪のシーズンです。王族が軽々しく……」
「愛に雪など関係ない! すぐに準備をしろ! 一番豪華な馬車と、僕を輝かせるための騎士団を引き連れて出発だ!」
王宮に響き渡る王子の高笑い。
それは、破滅へのカウントダウンに他なりませんでした。
一方、その頃。北の辺境伯城では。
「……はっくしょん! ……あら、誰かが私の悪口を言っているかしら」
私は温かい執務室で、アルスター様が淹れてくれた(だいぶ上達した)紅茶を飲みながら、領地の予算案を精査していました。
「…………かぜ、か? ……だりあ、やすめ」
アルスター様が心配そうに、私の肩に厚手の毛布をかけ直してくれました。
その手つきは、かつての「死神」とは思えないほど優しく、まるで壊れ物を扱うかのようです。
「大丈夫ですわ、アルスター様。ただの鼻炎か、あるいは……どこかのバカがろくでもないことを考えている予感がしただけですわ」
「…………ばか?」
「ええ。救いようのない、金色の髪をしたナルシストのことですわ」
私がそう言った瞬間。
扉が激しく叩かれ、ボリスが真っ青な顔で飛び込んできました。
「お、お嬢様ぁぁ! 緊急事態です! 王都の斥候から連絡がありました!」
「落ち着きなさい、ボリス。またレオン卿が泣きついてきたの?」
「いいえ! なんと、ジュリアン王子本人が、騎士団を引き連れてこちらへ向かっているとのことです! 『ダリアを奪還し、王妃として迎え入れる!』と触れ回っているとか!」
「………………」
部屋の中に、重苦しい沈黙が流れました。
私の口から出たのは、怒りでも驚きでもなく、深い、深ーい溜息でした。
「……奪還? どの口がそんなことをおっしゃるのかしら。私はあの方に捨てられた身ですのよ? 不法投棄したゴミを、ゴミ収集車が回収した後に『やっぱり返せ』と言いに行くようなものですわ」
「…………だりあ」
アルスター様の声が、かつてないほど低く、地響きのように部屋を震わせました。
彼が立ち上がると、背負っていた大剣の鞘がガチャリと音を立てました。
「…………あいつが、くるのか」
「そのようですわね。……困りましたわ、せっかく領地の経営が軌道に乗ってきたというのに」
「…………わたさない」
アルスター様は、私の前に立ち塞がるようにして、窓の外を睨みつけました。
その瞳には、かつての「コミュ障ゆえの威圧感」ではなく、一人の女性を守ろうとする「本物の武人の殺気」が宿っていました。
「…………おれの……ひかりを……うばうなら……おうじだろうと……きる」
「アルスター様、物騒ですわよ。……でも、嬉しいですわ」
私は彼の大きな背中に、そっと手を添えました。
「よろしい。あの方には、北の地の厳しさと、私の『毒舌』の恐ろしさを、身をもって知っていただきましょう。……ボリス! 城門の警備を最大にしなさい。ただし、門を開けるのは私の一言があってからですわ」
「ははっ! 承知いたしました!」
「さあ、お掃除の時間ですわね、アルスター様」
私は冷たい笑みを浮かべ、最後の一口の紅茶を飲み干しました。
自称・ヒーローの王子様。
あなたがここへ着く頃には、その金髪が凍りついて、二度と鏡を見たくなくなるようにして差し上げますわ!
王都の王宮、かつてバラが咲き誇っていた庭園は、今や維持費の未払いによって枯れ果てた「トゲの迷路」と化していました。
ジュリアン王子は、泥だらけの地面に膝をつき、去りゆくメアリの馬車の背中を見送っていました。
「殿下、もうよろしいではありませんか。彼女は実家の男爵領に帰る際、王宮の銀食器をいくつか『思い出に』と言って持ち去ったそうですぞ」
冷ややかに告げる宰相の足元には、未決済の書類が山積みになっていました。
ジュリアンはフラフラと立ち上がり、濁った瞳で空を見上げました。
「……わかった。ようやく気づいたよ。メアリは僕を愛していたのではなく、僕の『立場』を愛していただけだったんだね」
「ようやく気づかれましたか。遅すぎた春ですな」
「だが、ダリアは違う! あいつは十年間、文句を言いながらも僕の隣にいた。僕がどんなに無理を言っても、最後には帳尻を合わせてくれた。あれこそが、真実の愛……『ツンデレ』というやつだったんだ!」
宰相は深くため息をつきました。それは愛ではなく、単なる「職務放棄できない公爵令嬢の責任感」でしたが、今の王子に何を言っても無駄でしょう。
「僕は決めたぞ、宰相! ダリアは今、北の果てで僕が迎えに来るのを、凍えながら待っているはずだ。僕が直接行って、彼女の手を取り『戻る権利をやる』と言えば、彼女は泣いて喜ぶに違いない!」
「殿下、本気ですか? 北の辺境は現在、猛吹雪のシーズンです。王族が軽々しく……」
「愛に雪など関係ない! すぐに準備をしろ! 一番豪華な馬車と、僕を輝かせるための騎士団を引き連れて出発だ!」
王宮に響き渡る王子の高笑い。
それは、破滅へのカウントダウンに他なりませんでした。
一方、その頃。北の辺境伯城では。
「……はっくしょん! ……あら、誰かが私の悪口を言っているかしら」
私は温かい執務室で、アルスター様が淹れてくれた(だいぶ上達した)紅茶を飲みながら、領地の予算案を精査していました。
「…………かぜ、か? ……だりあ、やすめ」
アルスター様が心配そうに、私の肩に厚手の毛布をかけ直してくれました。
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「大丈夫ですわ、アルスター様。ただの鼻炎か、あるいは……どこかのバカがろくでもないことを考えている予感がしただけですわ」
「…………ばか?」
「ええ。救いようのない、金色の髪をしたナルシストのことですわ」
私がそう言った瞬間。
扉が激しく叩かれ、ボリスが真っ青な顔で飛び込んできました。
「お、お嬢様ぁぁ! 緊急事態です! 王都の斥候から連絡がありました!」
「落ち着きなさい、ボリス。またレオン卿が泣きついてきたの?」
「いいえ! なんと、ジュリアン王子本人が、騎士団を引き連れてこちらへ向かっているとのことです! 『ダリアを奪還し、王妃として迎え入れる!』と触れ回っているとか!」
「………………」
部屋の中に、重苦しい沈黙が流れました。
私の口から出たのは、怒りでも驚きでもなく、深い、深ーい溜息でした。
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「…………だりあ」
アルスター様の声が、かつてないほど低く、地響きのように部屋を震わせました。
彼が立ち上がると、背負っていた大剣の鞘がガチャリと音を立てました。
「…………あいつが、くるのか」
「そのようですわね。……困りましたわ、せっかく領地の経営が軌道に乗ってきたというのに」
「…………わたさない」
アルスター様は、私の前に立ち塞がるようにして、窓の外を睨みつけました。
その瞳には、かつての「コミュ障ゆえの威圧感」ではなく、一人の女性を守ろうとする「本物の武人の殺気」が宿っていました。
「…………おれの……ひかりを……うばうなら……おうじだろうと……きる」
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私は彼の大きな背中に、そっと手を添えました。
「よろしい。あの方には、北の地の厳しさと、私の『毒舌』の恐ろしさを、身をもって知っていただきましょう。……ボリス! 城門の警備を最大にしなさい。ただし、門を開けるのは私の一言があってからですわ」
「ははっ! 承知いたしました!」
「さあ、お掃除の時間ですわね、アルスター様」
私は冷たい笑みを浮かべ、最後の一口の紅茶を飲み干しました。
自称・ヒーローの王子様。
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