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「……お嬢様。本日の『ゴミ収集』は、一段と騒がしくなりそうでございます」
窓の外、城門の方を眺めながらボリスが深いため息をつきました。
私も執務の手を止め、窓の下を見下ろします。そこには、金ぴかの馬車を泥だらけにして再来したジュリアン王子と、その隣で「はわわ」とわざとらしく震えるメアリの姿がありました。
「あら、ジュリアン様。先日、二度とこの地を踏むなと言われたはずですけれど。もしや耳まで凍りついて聞こえなくなってしまいましたの?」
私がテラスから声をかけると、ジュリアンは顔を真っ赤にして叫びました。
「黙れ、ダリア! 今日は僕だけではない! メアリが『どうしてもお姉様に謝りたい』と言うから、慈悲深い僕が連れてきてやったんだ!」
「お姉様ぁ! メアリ、お姉様がいなくて寂しくてぇ……それと、辺境伯様にもご挨拶したくてぇ!」
メアリは、北国の寒さを完全に無視したような、肩の出た薄手のドレスでくねくねと身をよじっています。
……正直、見ているこちらが寒気を感じる光景です。
「…………だりあ。……また、きたのか」
背後から、不機嫌そうな地響きのような声がしました。
アルスター様が、抜身の剣のような鋭い視線で階下を睨みつけています。
「ええ。ですがアルスター様、今回は少し趣向が違うようですわよ。あちらの泥棒猫さん、あなたを狙っているようですわ」
「…………おれを? ……なぜ。……ころされる、つもりか?」
「いえ、彼らなりの『お色気作戦』というやつですわね。……ふふ、面白いものが見られそうですわ。ボリス、彼らを広間に通しなさい。ただし、ストーブの火は最小限にしておくのよ」
広間に案内されたメアリは、アルスター様を見るなり、獲物を見つけた猛獣……ではなく、子鹿のような目で駆け寄りました。
「まぁ……! あなたが噂の辺境伯様……? お噂以上の、なんて逞しいお姿……っ。メアリ、こんなに怖いお顔の方、初めてですぅ……守ってほしくなっちゃいますぅ!」
メアリはわざとらしく躓き、アルスター様の胸元に倒れ込もうとしました。
王都の男なら、ここで鼻の下を伸ばして受け止めるところでしょう。
ですが、相手は「氷の死神」です。
「…………っ!!」
アルスター様は、メアリがぶつかる寸前、恐ろしい速さで横に飛び退きました。
結果、メアリは誰もいない床に盛大にスライディングし、顔から絨毯に突っ込みました。
「…………あぶ、ない」
「ひ、ひぎゃっ……!? な、なんですかぁ、今の……!?」
「…………きゅうに、たおれる……なんて。……なにか、重い、病気か……? ボリス、はやく……医者を。……のろいの、たぐいかも、しれない……」
アルスター様は、本気で怯えた顔でメアリから五メートルほど距離を取りました。
彼にとって、見知らぬ女性が突然自分に倒れ込んでくるのは、暗殺者の奇襲と同義だったようです。
「……ぷっ、ふふふっ! あー、おかしい! アルスター様、彼女は病気ではなく、単に『色目』を使っているだけですわよ」
私が笑いながら近づくと、ジュリアン王子が激昂しました。
「ダリア、貴様! メアリの献身的な態度を笑うとは何事だ! 辺境伯、貴殿もそうだ! 女性を床に転がすとは、騎士の風上にも置けぬ!」
「…………騎士、として……当然の、回避だ」
アルスター様は真顔で答えました。
「…………すきだらけの、とつげき……。……おれを、ころす、つもりか」
「違いますわよぉ! メアリ、辺境伯様に甘えたかっただけなんですぅ! お姉様、辺境伯様ってこんなに冷たい方だったんですかぁ!? メアリ、悲しいですぅ!」
メアリは涙を拭うフリをして、上目遣いでアルスター様を見つめました。
ですが、アルスター様はすでに私の後ろに隠れ、「だりあ……助けてくれ、この女、怖い……」という目で私を見ています。
「聞こえましたかしら、メアリさん。あなたのその安っぽいお芝居、ここでは『暗殺未遂』としか受け取られませんのよ。アルスター様は、私のような『本物の悪女』の毒には耐性がありますけれど、あなたの腐った砂糖菓子のような甘えには拒絶反応が出るんですの」
私はアルスター様の前に立ち、扇をビシッとメアリに向けました。
「さあ、用が済んだならお帰りなさいな。王子も。……あ、そうそう。王宮のバラ園の維持費、公爵家が肩代わりするのを辞めましたので、今頃は差し押さえの役人が向かっているはずですわよ?」
「な、なんだと……!? 父上、公爵閣下はそんなこと……!」
「お父様は今、私からの定期報告を読んで『娘が楽しそうで何よりだ。ゴミの支援はやめよう』と仰っていますわ。……さあ、ボリス。塩をまきなさい。一番粒の大きいのをね!」
「ははっ! 伯爵領特産の岩塩、たっぷりとお見舞いいたしますぞ!」
「ぎゃああ! 目が、塩が目にぃぃ!」
喚き散らすジュリアンとメアリを、ボリスたちが力ずくで城の外へ放り出しました。
静寂が戻った広間で、アルスター様はようやく深く息を吐きました。
「…………だりあ。……おれ、もう、おんな……こわい」
「あら、私まで含まれていますの?」
「…………おまえは、べつだ。……おまえは……おれの、だりあ、だから……」
アルスター様は、照れを隠すように私の手を握りしめました。
その力強さに、私は少しだけ胸の奥が熱くなるのを感じつつも、不敵に微笑みました。
「ふふ、よく言えましたわ。……さて、汚物消毒が終わったところで、次は領地の新メニュー、ピリ辛干し肉の試食会に行きますわよ!」
「…………う、うむ。……はい、おじょうさま」
悪役令嬢と死神の日常は、まだまだ波乱万丈に続いていくのでした。
窓の外、城門の方を眺めながらボリスが深いため息をつきました。
私も執務の手を止め、窓の下を見下ろします。そこには、金ぴかの馬車を泥だらけにして再来したジュリアン王子と、その隣で「はわわ」とわざとらしく震えるメアリの姿がありました。
「あら、ジュリアン様。先日、二度とこの地を踏むなと言われたはずですけれど。もしや耳まで凍りついて聞こえなくなってしまいましたの?」
私がテラスから声をかけると、ジュリアンは顔を真っ赤にして叫びました。
「黙れ、ダリア! 今日は僕だけではない! メアリが『どうしてもお姉様に謝りたい』と言うから、慈悲深い僕が連れてきてやったんだ!」
「お姉様ぁ! メアリ、お姉様がいなくて寂しくてぇ……それと、辺境伯様にもご挨拶したくてぇ!」
メアリは、北国の寒さを完全に無視したような、肩の出た薄手のドレスでくねくねと身をよじっています。
……正直、見ているこちらが寒気を感じる光景です。
「…………だりあ。……また、きたのか」
背後から、不機嫌そうな地響きのような声がしました。
アルスター様が、抜身の剣のような鋭い視線で階下を睨みつけています。
「ええ。ですがアルスター様、今回は少し趣向が違うようですわよ。あちらの泥棒猫さん、あなたを狙っているようですわ」
「…………おれを? ……なぜ。……ころされる、つもりか?」
「いえ、彼らなりの『お色気作戦』というやつですわね。……ふふ、面白いものが見られそうですわ。ボリス、彼らを広間に通しなさい。ただし、ストーブの火は最小限にしておくのよ」
広間に案内されたメアリは、アルスター様を見るなり、獲物を見つけた猛獣……ではなく、子鹿のような目で駆け寄りました。
「まぁ……! あなたが噂の辺境伯様……? お噂以上の、なんて逞しいお姿……っ。メアリ、こんなに怖いお顔の方、初めてですぅ……守ってほしくなっちゃいますぅ!」
メアリはわざとらしく躓き、アルスター様の胸元に倒れ込もうとしました。
王都の男なら、ここで鼻の下を伸ばして受け止めるところでしょう。
ですが、相手は「氷の死神」です。
「…………っ!!」
アルスター様は、メアリがぶつかる寸前、恐ろしい速さで横に飛び退きました。
結果、メアリは誰もいない床に盛大にスライディングし、顔から絨毯に突っ込みました。
「…………あぶ、ない」
「ひ、ひぎゃっ……!? な、なんですかぁ、今の……!?」
「…………きゅうに、たおれる……なんて。……なにか、重い、病気か……? ボリス、はやく……医者を。……のろいの、たぐいかも、しれない……」
アルスター様は、本気で怯えた顔でメアリから五メートルほど距離を取りました。
彼にとって、見知らぬ女性が突然自分に倒れ込んでくるのは、暗殺者の奇襲と同義だったようです。
「……ぷっ、ふふふっ! あー、おかしい! アルスター様、彼女は病気ではなく、単に『色目』を使っているだけですわよ」
私が笑いながら近づくと、ジュリアン王子が激昂しました。
「ダリア、貴様! メアリの献身的な態度を笑うとは何事だ! 辺境伯、貴殿もそうだ! 女性を床に転がすとは、騎士の風上にも置けぬ!」
「…………騎士、として……当然の、回避だ」
アルスター様は真顔で答えました。
「…………すきだらけの、とつげき……。……おれを、ころす、つもりか」
「違いますわよぉ! メアリ、辺境伯様に甘えたかっただけなんですぅ! お姉様、辺境伯様ってこんなに冷たい方だったんですかぁ!? メアリ、悲しいですぅ!」
メアリは涙を拭うフリをして、上目遣いでアルスター様を見つめました。
ですが、アルスター様はすでに私の後ろに隠れ、「だりあ……助けてくれ、この女、怖い……」という目で私を見ています。
「聞こえましたかしら、メアリさん。あなたのその安っぽいお芝居、ここでは『暗殺未遂』としか受け取られませんのよ。アルスター様は、私のような『本物の悪女』の毒には耐性がありますけれど、あなたの腐った砂糖菓子のような甘えには拒絶反応が出るんですの」
私はアルスター様の前に立ち、扇をビシッとメアリに向けました。
「さあ、用が済んだならお帰りなさいな。王子も。……あ、そうそう。王宮のバラ園の維持費、公爵家が肩代わりするのを辞めましたので、今頃は差し押さえの役人が向かっているはずですわよ?」
「な、なんだと……!? 父上、公爵閣下はそんなこと……!」
「お父様は今、私からの定期報告を読んで『娘が楽しそうで何よりだ。ゴミの支援はやめよう』と仰っていますわ。……さあ、ボリス。塩をまきなさい。一番粒の大きいのをね!」
「ははっ! 伯爵領特産の岩塩、たっぷりとお見舞いいたしますぞ!」
「ぎゃああ! 目が、塩が目にぃぃ!」
喚き散らすジュリアンとメアリを、ボリスたちが力ずくで城の外へ放り出しました。
静寂が戻った広間で、アルスター様はようやく深く息を吐きました。
「…………だりあ。……おれ、もう、おんな……こわい」
「あら、私まで含まれていますの?」
「…………おまえは、べつだ。……おまえは……おれの、だりあ、だから……」
アルスター様は、照れを隠すように私の手を握りしめました。
その力強さに、私は少しだけ胸の奥が熱くなるのを感じつつも、不敵に微笑みました。
「ふふ、よく言えましたわ。……さて、汚物消毒が終わったところで、次は領地の新メニュー、ピリ辛干し肉の試食会に行きますわよ!」
「…………う、うむ。……はい、おじょうさま」
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