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「……アルスター様。先ほどから、私の顔に何かついておりますの? あるいは、今日の私の髪飾りが予算オーバーだとでも仰りたいのかしら」
深夜のテラス。
月明かりに照らされたアルスター様は、まるで石像のように固まったまま、私の顔をじっと見つめていました。
その瞳は、いつもの「怯え」ではなく、もっと熱を帯びた、得体の知れない光を宿しています。
「…………だりあ」
「なんですの? 改まって。……まさか、夜食の干し肉が足りなかったわけではありませんわよね」
「…………ちがう。……おれ、きめた」
アルスター様が一歩、私に歩み寄りました。
その巨躯から放たれる圧倒的な存在感に、さすがの私も少しだけ背筋が震えました。
彼は私の両肩を、大きな手でがっしりと掴みました。
「…………おれは、むくちだ。……おまえのように、言葉で……人をきることは、できない」
「あら、それは私の特技ですもの。真似しなくてよろしいのよ」
「…………でも。……だりあを、まもる……ことなら、だれにも……まけない」
アルスター様の声が、低く、力強く響きました。
いつもならここで「翻訳」が必要なほど声が小さくなるはずなのに、今の彼の言葉は、夜風を切り裂くほどに明快でした。
「…………おうじが、なんど……きても。……おまえを、つれもどそうと……しても。……おれが、ゆるさない」
「アルスター様……?」
「…………だりあは、おれの……ひつような、ひとだ。……事務官、としてじゃない。……だりあ・フォン・アルトハイムという、ひとりの……おんなが、ひつようなんだ」
(……。……。……っ!)
直球。あまりにも直球すぎて、私の脳内の「論理的思考回路」がショート寸前です。
必要。事務官としてではなく、一人の女性として。
王都で十年間、ジュリアン王子から「僕を輝かせるための道具」として扱われてきた私にとって、それは何よりも欲しかった、そして一番恐れていた言葉でした。
「…………だりあ。……おまえ、かおが……あかい」
「なっ……! これは寒さのせいですわ! マイナス十度の屋外に立たされていれば、誰だってリンゴのようになりますわよ!」
「…………そうか。……なら、あたためる」
アルスター様は、私の反論を待たず、その大きな腕で私を力一杯抱き寄せました。
鉄の鎧のような硬い胸板。ですが、そこから伝わってくる鼓動は、私と同じくらい激しく、そして温かかったのです。
「…………はなさない。……おれの……となりで、ずっと……どくを、はいていろ。……おれが、それを……ぜんぶ、うけとめる」
「……。……。……。……バカですわね、あなたは」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、消え入りそうな声で毒を吐きました。
「私の毒は、普通の男なら三日も持たずに寝込むほど強力ですのよ? ……それでも、いいのですか?」
「…………うむ。……おれは、しにがみだ。……どくくらい、なんともない。……むしろ、おまえのどくが……ないと、ねむれない」
「……新手の変態ですの? ……でも、よろしい。そこまで仰るなら、一生、私の毒にうなされながら、私のために働きなさいな」
私はそっと、彼の背中に手を回しました。
悪役令嬢としての仮面も、公爵令嬢としての矜持も、この瞬間の熱の前では溶けて消えていくようでした。
「…………だりあ。……だいすきだ」
「……。……。……。……五分後に、もう一度言いなさい。その間に、私の心の準備を整えますから」
「…………うむ。……なんどでも、いう」
月光の下、死神と悪役令嬢は、誰よりも不器用で、誰よりも甘い沈黙を共有しました。
しかし。
そんな幸せな空気を切り裂くように、城門からボリスの悲鳴に近い叫び声が響き渡りました。
「お、お嬢様ぁぁ! 旦那様ぁぁ! 大変です! 王都から『最終通告』を携えた、国王直属の軍がこちらに向かっておりますぞ!」
「………………」
私はアルスター様の腕の中から顔を上げ、冷徹な「事務総長」の瞳に戻りました。
「……五分も経っていませんわね。アルスター様、愛の囁きの続きは、あの『無能な軍勢』を追い返した後にいたしましょうか」
「…………ああ。……だりあ、めいれいを。……おれは、おまえの……つるぎになる」
「よろしい。……さあ、反撃の時間ですわよ!」
私たちは、固く手を繋いだまま、戦場という名の「事務的な交渉場」へと向かいました。
愛を知った死神は、もはや最強。
王都の皆様、最後の審判を覚悟なさいな!
深夜のテラス。
月明かりに照らされたアルスター様は、まるで石像のように固まったまま、私の顔をじっと見つめていました。
その瞳は、いつもの「怯え」ではなく、もっと熱を帯びた、得体の知れない光を宿しています。
「…………だりあ」
「なんですの? 改まって。……まさか、夜食の干し肉が足りなかったわけではありませんわよね」
「…………ちがう。……おれ、きめた」
アルスター様が一歩、私に歩み寄りました。
その巨躯から放たれる圧倒的な存在感に、さすがの私も少しだけ背筋が震えました。
彼は私の両肩を、大きな手でがっしりと掴みました。
「…………おれは、むくちだ。……おまえのように、言葉で……人をきることは、できない」
「あら、それは私の特技ですもの。真似しなくてよろしいのよ」
「…………でも。……だりあを、まもる……ことなら、だれにも……まけない」
アルスター様の声が、低く、力強く響きました。
いつもならここで「翻訳」が必要なほど声が小さくなるはずなのに、今の彼の言葉は、夜風を切り裂くほどに明快でした。
「…………おうじが、なんど……きても。……おまえを、つれもどそうと……しても。……おれが、ゆるさない」
「アルスター様……?」
「…………だりあは、おれの……ひつような、ひとだ。……事務官、としてじゃない。……だりあ・フォン・アルトハイムという、ひとりの……おんなが、ひつようなんだ」
(……。……。……っ!)
直球。あまりにも直球すぎて、私の脳内の「論理的思考回路」がショート寸前です。
必要。事務官としてではなく、一人の女性として。
王都で十年間、ジュリアン王子から「僕を輝かせるための道具」として扱われてきた私にとって、それは何よりも欲しかった、そして一番恐れていた言葉でした。
「…………だりあ。……おまえ、かおが……あかい」
「なっ……! これは寒さのせいですわ! マイナス十度の屋外に立たされていれば、誰だってリンゴのようになりますわよ!」
「…………そうか。……なら、あたためる」
アルスター様は、私の反論を待たず、その大きな腕で私を力一杯抱き寄せました。
鉄の鎧のような硬い胸板。ですが、そこから伝わってくる鼓動は、私と同じくらい激しく、そして温かかったのです。
「…………はなさない。……おれの……となりで、ずっと……どくを、はいていろ。……おれが、それを……ぜんぶ、うけとめる」
「……。……。……。……バカですわね、あなたは」
私は彼の胸に顔を埋めたまま、消え入りそうな声で毒を吐きました。
「私の毒は、普通の男なら三日も持たずに寝込むほど強力ですのよ? ……それでも、いいのですか?」
「…………うむ。……おれは、しにがみだ。……どくくらい、なんともない。……むしろ、おまえのどくが……ないと、ねむれない」
「……新手の変態ですの? ……でも、よろしい。そこまで仰るなら、一生、私の毒にうなされながら、私のために働きなさいな」
私はそっと、彼の背中に手を回しました。
悪役令嬢としての仮面も、公爵令嬢としての矜持も、この瞬間の熱の前では溶けて消えていくようでした。
「…………だりあ。……だいすきだ」
「……。……。……。……五分後に、もう一度言いなさい。その間に、私の心の準備を整えますから」
「…………うむ。……なんどでも、いう」
月光の下、死神と悪役令嬢は、誰よりも不器用で、誰よりも甘い沈黙を共有しました。
しかし。
そんな幸せな空気を切り裂くように、城門からボリスの悲鳴に近い叫び声が響き渡りました。
「お、お嬢様ぁぁ! 旦那様ぁぁ! 大変です! 王都から『最終通告』を携えた、国王直属の軍がこちらに向かっておりますぞ!」
「………………」
私はアルスター様の腕の中から顔を上げ、冷徹な「事務総長」の瞳に戻りました。
「……五分も経っていませんわね。アルスター様、愛の囁きの続きは、あの『無能な軍勢』を追い返した後にいたしましょうか」
「…………ああ。……だりあ、めいれいを。……おれは、おまえの……つるぎになる」
「よろしい。……さあ、反撃の時間ですわよ!」
私たちは、固く手を繋いだまま、戦場という名の「事務的な交渉場」へと向かいました。
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