「紺碧の西太平洋に落ちて」

クマ

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「紺碧の西太平洋に落ちて」

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「紺碧の西太平洋に落ちて」

  月  日

窓の彼方に画一と無様にプレハブの屋根が果てしなく散らばり、地平線遥か霞む輪郭の富士の空に謙虚にして圧倒する黄昏は、

私の背後と忍び寄り空虚に街を制圧した。

思慮深き咳払いに振り返ると傾げる視線向こうには能面の如き視線があった。

私はこの誠心老人ホ-ムの俘虜となった。

  月  1日

「か-ごめかごめか-ごのなかのとりはいついつであう 」

蒲鉾の板の如き神棚の下に何時も陣取る伊藤は、執拗な目で私を弄び駒を前に進めた。 

将棋盤は、我々にはガナルカナルの島であったり遥か重慶であったり、或いは名も無き掩体壕であったりする 。

「よあけのばんにつるとかめがす-べった」

西洋将棋に駒は負けるとそれっ切りだが、日本将棋は取られた駒は即相手の駒となり 味方を裏切る。

歴史的集積の経験が民族の血なのかなと油断した暇潰しの隙に先回りされた。

「うしろのしょうめんだ-れっとくらぁ」

「 王手 はい少尉殿名誉の戦死」

 狡猾な伊等には迷いが無い

「佐藤の爺さん逝ったのか」 

「ああ 朝いなかったよな 痕跡無かったぜ 白いシ-ツも突然綺麗に片付けられてよ-このホ-ムには死ぬって言葉は存在しないみたいだな 葬式仏壇すら無い」

北支歴戦の中尉殿の末路は、清潔にして虚無となった。 

昭和19年 月 日

海の彼方、神を見るが如く微かに故国はあった。大海原は紺碧と荘厳にして虚しく然と圧倒して果てしなく存在していた。

水平線遥か眩く線上の空に偉大にして誇示する陽光は、私の想いなぞ蹴散らし世界を制圧した。懇願のうめきに聞き入ると、死線をさ迷う嗚咽遠く鬼畜の如き悲鳴があった。

昭和19年私はぺリリュ-の島に俘虜となった。

Though folks with good Tell me to save my tears

島北部絶海に落ち武器は皆無にして選択肢は二つしかない。

紺碧に呑まれるか射殺されるかに躊躇する岩陰に背を向け、潮騒に漂い微笑む見ず知らずの娘の写真をずっと見ていた。

Well I'm so mad about him I can't live without him 

座礁輸送船学士見習い士官の私にも判る程に彼らの拳銃は粗腕だ。

歴戦の我狙撃兵は躊躇うことなく直立不動と静止し彼らの的となった。夜店の射的では玩具の兵隊は弾が外れると晒される時間が永くなる。

Never treats me sweet and gentle The way he should

彼らは祈るのだ永遠の時間の中でどうか外して欲しくないと祈るのだ。無邪気な少年の遊びに絶命損ねた皇軍の兵はただ虚しく足で砂を掻き、

私に懇願の視線を向け一握の砂を噛んだ彼らのその姿にも倦怠し、私は有史の哲学と宗教を醒め果て呆然と立ちあがった。

I've got it bad

幼き紺碧の瞳は僅か30メ-トルにあった。無心の目に無心と躊躇わず、彼に歩み寄った。 

無音と白黒の世界は果てしなく続き、遥かと彼の肩に、手をかけたようとした間隙に別の手が煙草を差し出し笑った。

だが、白に染められた空は私に何も教えてはくれなかった。 そして潮騒とうめきは醜き浜辺を整地するブルト-ザ-の音にかき消され、 学士私の末路は稚拙にして無様となった。 

平成 年 月 日

リ-フを抜けるとエメラルドグリ-ンの海はディ-プブル-に変わった。

外洋のうねりに400馬力の機関を全開にしたボ-トは激しくピッチングし、一路ペリリュ-島を目指した。 

船速30マイルの甲板上は波飛沫に洗われ、我々数名の旅行者は顔を見合わせ振り落とされないようにただキャプテンの座るシ-トのバ-にしがみつく他はなかった。

米軍に天皇の島と恐れられた島は珊瑚礁に浮かぶ時間の静止した島だった。海軍帽を被った一人の老人の出迎えを受け我々は埃に塗れた三菱のワゴンの車中に汗した。

ジャングルの小道を進むと9ミリの実弾が形を留めて落ちていた。たった一人の在住日本人である老人は日本軍の善戦をか細い声で語る。

珊瑚礁は血に染まりオレンジビ-チと現在は呼ばれる海岸には十字架に朽ちたヘルメットがかけられてあった。

現地人が戦士の眠る森と崇める島は未だ遺骨収集すら行われていない。途中、小さな祠に碑文があった。

-この島を訪れる旅人は祖国を守る為に全滅した日本の兵士がいた事を語り継がねばならない-太平洋艦隊長官ミニッツ提督-1996年

海軍帽を振る老人に見送られボ-トは帰途についた。「Captain Do you have a beer?」

西太平洋の真ん中にボ-トを止め我々は喉を癒し煙草を吸った。

忽然と紺碧の海と空の間の線上にボ-トが現れ、カラフルなウェットス-ツを纏ったスキュ-バツア-の女子達が、手を振り高速で去って行った。



海は静かだった。


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