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FAST STAGE
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天井から垂れ落ちる滴が、ランの瞼を目掛けて落ちた。水滴は、ぴちゃんと静まり切った部屋に高い音を鳴り響かせた。瞼に勢いよく落ちた水滴が痛かったのか、冷え切っていたのかわからないが、ランは飛び上がるように起き上がった。
「ここは……」
目を覚ますとそこは、薄暗くコンクリート壁と鉄の檻に囲まれた中だった。すぐに起き上がり立ち上がった。
「やあ、目が覚めたようね!いきなり立つと良くないよ……倒れちゃうよ。」
檻の奥の方から、声が聞こえてきた。その方へ振り返ると、暗い部屋の中でもはっきりとわかる白色の上着が目に入った。その瞬間、男が言ったとおりに、ランは視界がぼやけて姿勢を崩し、片膝をついて堪えたが、横に倒れた。
「ほらね。立ち眩みと言って、血の流れの勢いが弱くなって、頭などに血が少なくなるのだよ。まあ君の場合は、長い間ずっと寝ていたから、血が少なかったのだろう。」
そう言って男は、檻の外に向かって「クライ」と叫んだ。すると廊下の陰から黒いスーツを着た人が現れた。顔は茶色の短髪に洋風の顔立ちの女性だ。
「ごめん。昏睡状態の子が起きたから、係の者に言ってご飯をもらってきてくれないか?」
クライは、何も言わずに廊下を進んでいった。
「あとで、ご飯を持ってくるはずだから、まあご飯と言っても乾パンだと思うけど、ご飯を食べて、落ち着いたらというか休んだら、いつも通りに動けるようになるよ。あとちなみに僕はハクイ。医者さ。今は依頼を受けてこの選手の状態を診察しているところだよ。じゃあまたあとで、様子を見に来るね。」
そう言うとハクイは笑顔で檻を出て、次の檻に入っていった。するとランは、力のなさからまた眠りについた。
それからすぐに、クライが優しく起こして、水を2、3杯飲ませた後に、細切れにした乾パンに水を染み込ませて食べさせた。
「急がずに食べなくていいぞ。これはおまえの分だ。誰も取ったりしないから、落ち着いて食え。ハクイが言っていたが、何日間も寝てばかりのやつが、こんなぱさぱさの、食べられないからな。」
そう言っている間に、ランは乾パンを喉に詰まらせた。クライは慌てて背中をさすった。
「だから、言わんこっちゃない!」
「やあ!今日も快勝快勝!それにしても、誰も勝ちっぷりに欲しがらないし……ってかもう飽きたなぁ。おおお!クライじゃないか!今日も来てたのか?ってことは、どこかにハクイもいるんだな!」
汚れた色装束の和服を、帯も締めずにこの男は檻の外や中を見回した。
「お、おう!だが、今は静かにしてくれ!寝起きがいるんだ!」
「お!寝込みも起きたんか?元気か?」
ランは遅れて頷いた。
「無理に頷かなくていいぞ!カイは、デリカシーというものに欠けているのだ!」
「な、何を失礼なことを言っているのだこいつは!この俺に向かって、デリカシーが欠けているだと!?」
カイと名乗る男はクライの言葉に大声を上げた。それを見たクライは、手を顔に当てて顔を振る。その仕草はまるで、騒がしくはしゃいでいる子供を見て恥ずかしい親を見ているようだ。
「そういうのが、デリカシーに欠けるというのだ!」
「あ、そうですか。そうですか。悪かったね~俺がデリカシーに欠けていて」
「謝罪の言葉になっていないぞ。」
カイは不機嫌になりながら両手を頭の後ろに当てて奥へと進んでいった。クライは肩を落とすように息を吐き落ち着いた。やっと落ち着きを取り戻したと思ったら、あの男が返ってきた。
「やあ、クライ!彼の様子はどうだい?」
「おい!」
突然のハクイの登場にクライは思わず突っ込んだ。
「回復したようだし私は戻るよ、ハクイ。」
クライは食器などを持って立ち上がった。するとハクイは「そうだね」と声をかけ、クライは暗い廊下を歩いて行った。
「じゃあ元気になったところで、今君が置かれている立場とこの場所についてのことを教えてあげるよ。ああただし、ここについてはあまり教えられないけど。」
と言いながら、ハクイは個々の概要を話してしまった。ここは、旧中国領近海南シナ海にある旧中国軍の複数の人工島の一つであることが説明された。しかし、説明を受けたランには理解できていなかった。
「うん……、元々の知識で説明してみたが、わからない。まず……」
「おい!84651!目が覚めてから食事も済ましたな。なら始めるぞ!」
小さい板を何枚も繋ぎ合わせた鎧を着た男が檻の外から急かしてきた。
「えー、もう始めるんですか?まだ1時間も経っていないのに……」
「うるさい!おまえは治療をするだけだ。治して出せばいいんだよ!」
ハクイの言葉に苛立ち、ハクイの胸倉を掴み持ち上げて殴ろうとするが、腕をクライに掴まれ止まる。腕を後ろに組まれ拘束される。
「くそ、女に守られやがって、この野郎。」
「おまえはまだ運がいい方だ!ハクイに何かあってみろ、お前を死よりも辛い目にあわせてやる。」
「うああああ!」
「あ、あ、クライ落ち着いて!もういいから、僕は何もされてないよ!」
ランやハクイも了解の返事を聞いて、男は通路を奥へと、クライに痛めつけられた腕を抱えながら奥へと行った。
「クライ、あまり手を出してはいけないよ!何かあったら大変だ。」
「そうだね。ラン、これからこの施設で君がいる理由が始まる。元々この施設は旧中国軍の島だったが、異変後戦争にも使われたが、結局廃墟となり、そこを豪商にて12神獣の『文圍(ぶんい)』が買収し、表部分を修繕してそこに中国時代や華凰で成り上がった富裕層を招き入れ、奴隷のデスゲームを行っている。ラン、君はゲームの駒なんだよ。ここに来る前は誰かに売られたんだろうけど。」
「おい!ハクイ……」
ハクイとクライが話し合っている中、ランはミツルに飛ばされた後を思い出していた。壁にぶつかって意識がもうろうとしている最中に、赤黒いシャツを着た男がランの頭に手を置いて言う。「……、これからゲームが始まる……」ランは、ふとハクイとクライに赤黒いシャツの男のことを話した。しかし、ハクイやクライ、それにカイもその存在を知っている者はいなかった。
「おい!もういいか。」
さっきの男が戻ってきてランを呼び出した。それからランは男に連れられ廊下を歩いて行き、行き先が真っ暗な別の通路の前で男は止まり、ランを進ませた。暗くて平衡感覚も乏しい中、ふと足元から風が吹きあがる。と思ったら今度は横風が流れる。バランスが崩れ落ちそうになるが、踏ん張り態勢を保った。そんな中を何とか歩き切り、噴き上げる風が無くなると、感覚的に足場がしっかりしていることを感じ取った。引きずり足で伸ばすと、いくつもの安定した足場がある。すると天井照明が点灯した。暗い場所が明るくなり、目が光に追い付かず、数秒間視界を失った。視界のない感覚に悶えていると、突如スピーカーのような声が響き渡った。
「さあお客様、お待たせして申し訳ありません。今日の延長特別マッチ!カイとモブのメインマッチが終わり、今日の試合も終わりかと思われましたが、突如特別参加が決まりました。お客様には予定などお忙しいところ恐縮ですが、特別マッチにお待ちいただきありがとうございます。」
「今回の4回戦で予定していた、シーシング選手対モブツ選手の試合でしたが、試合前にモブツ選手の怪我が悪化し、そのまま回復も叶わず死去されました。お客様には残念な気持ちになりましたが、今回新選手ランが参戦を決め、今回のカードとなりました。紳士淑女の皆様、どうぞお楽しみください。」
ランが牢を出て行った後、ハクイとクライは牢を後にし、カイも昼寝をした。落ち着いた牢にあの兵士が近寄って、先ほどの仕返しをしようと悪い顔をしている。しかし、仕返しをする相手はハクイとクライなのに、その二人はいないのに、仕返しをする気満々なのはもはや仕返しではなく、自己満足の一方的な仕打ちである。兵士はビニールホースを引き寄せてカイに向ける。自分の名前の山(ヤマ)がどうのこうの、恥がどうのこうのと長々ブツブツ小言を吐きまくり、最後に「あーー」と訳も分からなく叫び出した瞬間、真後ろからの手刀を受け気絶した。
「ラピット、なげーよ、早くヤレ!」
「いやぁーすいません、頭(かしら)!なんか面白くてw」
笑いながらラピットは気絶した兵士ヤマの脇を漁っていると、鍵がなく頭を掻きながら探し直そうとすると、カイが鍵は腰にぶら下がっているのを怒りながら教える。言われた通りに腰を確認すると、複数の鍵がある。ヤマが面白すぎて間違えました~と謝罪しながらカイを牢から解放すると、ラピットを一発殴ろうとしたがすぐさま諦め、二人は走り去る。
それからオペラの劇場風なこのボックス席は、元々あった島の岩石を削り出して造られた部屋だ。賭け事の景品として戦っている人を見下ろすためにできた部屋だろう。現に忍び込んだボックス席にも、よくいる富豪のように扇子を顔の前に当てる中年女性と、護衛を控えて観戦している。「まったく侵入される気なんて全然ないような、余裕なことだ!」護衛にはあっさりと死んでもらい、富豪のおばさんにはその辺に落ちていたボロ雑巾を口の中へ押し込むように当てて「ただ触りたくないから」、背中から心臓の辺りに剣をゆっくりと突き刺した。俺らのやる海賊は、自分の人生より明日を生きるので精一杯の金無し郎党人からできている。そのため権力や金を持つ者には、一生懸命に生きている痛みを覚えさせる。そのため権力者ほど、余裕を持って殺している。ちょうどそのタイミングで、ランがシーシングを倒していた。そして今になった。(ちなみに、クライとハクイは元々闘技場にいた。)
その内容をアナウンサーが気付き、マイクで叫び出す。それに観客が呼応して、自分が可愛すぎて我先にと脱出を逃げ惑っている。その観客の後ろ姿に向かって何度も爆発音が鳴り響く。サブマシンガンを海賊が次々と観客や護衛を撃ち倒していくが、たまに屈強な護衛や兵士が2、3人返り討ちにするものの、最終的に殲滅された。戦闘により施設が崩壊を始めていた。すぐさまに脱出をはかるが、ランの耳には「誰か、誰か助けて」と呼ぶ声が聞こえた。声に釣られて声のする方向に向かうと、クライもハクイを連れて向かい、カイとラピットは立ち止まる。
「おい!お前ら!」
「ちょっ、あいつらどうすんだよ!頭、もう崩れてるし、行きます?」
「いや、それでは今まで殺してきた奴らと変わらん!」
「しかし……」
「えええい!俺があいつらを連れ戻す!お前らいつでも出港できる準備をせい!」
「頭!」
この男、「シーシング」。
ハスト村の後、島のモンスター一覧を埋め尽くし、港町ココトから旅立った。ちょうどその頃だろう、異変が起きたのは……。
東南アジア出身のシーシングは、津波や地震などで被災した。出身の町は津波で半数が死者・行方不明者となり、その後に巨大生物の出現によりまた半数になった。生き残るためにシーシングは走った。走り続けた。このまま町にいてもわからない。ただ巨大生物の餌になるくらいなら、食らう側へと。山々を越えていると、華凰の国境を知らず知らずのうちに入っていた。
華凰の村々や中国の町々が獣と瓦礫の上に草が覆う廃墟へと変貌し、栄えている町々は高層ビルではないが、建物や道路が綺麗に整備されていた。人々の移動は荷馬車などで移動している。そんな栄えた町をキョロキョロとしながら歩いていると、警備兵に連行されてしまった。
そしてあの二人に会った。木の机と二つの椅子に腰を下ろしている。濃い髭と角刈りが特徴のたばこを吸っている半興(はんこう)と、半興よりも若く茶色の髪の下に布を両目の前に置いて背もたれに体を倒し切っている蒜(ひる)のもとへ連れて来られた。
兵士が二人に住民権を持っていない罪人を連行してきました、と伝えるが、二人は反応せずに蒜がアイマスク代わりの布をどかして俺を見た。
「そんなの俺らに聞かずとも分かっているでしょ?即刻首を刎ねて来いよ!」
蒜は不機嫌そうに使っていた布を兵士に投げつけ、兵士に落ちた布を拾わせると、とっさに兵士を蹴り付けた。床に這いつくばると何度も何度も踏みつけた。上司の判断にしか頼れないのがいけないのか、何度も踏みつけていると、半興は蒜を止めて別の処分方法を提案した。そして俺はここにいる!そう、あの二人の小遣い稼ぎとしてここにいる。しかしその処分方法は悪くはないものだった。100連勝を飾ったら、俺らの部下として上流階級の位と兵士としての一生の安泰を……。普通の人ならできないがおれはできる。変異後の過酷なサバイバルを生き抜いた俺ならな!さすがに最初は手こずったと思う。何頭もの獣や大量の虫なども相手としてきた。虫の毒や獣に食われる感覚もあったが、逆に食らった。
「そして今日俺は、88勝目を挙げる!わりーな新人?無理を捻り潰すように、プチ・プチっと死にな。」
「……」
シーシングはランに急接近して殴る。吹き飛ばされるランの上にすぐさま現れ蹴り付ける。そして連打を叩きつける。連打し終わると距離を置いて勝利を確信したのか立ち去ろうとするが、何かを感じ立ち止まる。振り返ると殴られ吹き飛ばされた。
「っぺ。ふん、悪いな。しゃべりすぎで勝利の余韻に浸ってたわ。だがもうそれもない、これで終わらせるからよう!」
「功派・水撃!!」
ランに近づきランの拳を避けて懐に潜り込み、両手をランに向けると水が消火ホースから溢れ出るようにランの体を押し流した。
「今度こそ俺の勝ちや!」
裏返りステージを後にするが、ランはまた立ち上がった!シーシングは顔が引きつるような怒りで叫び、ランに突進し連打を何度も何度も繰り返し、両手を伸ばし水撃よりも量の多い、まるで水道管から水が溢れ出ているように大量の水がランを押し流す。
「はぁはぁ、これでもう場外には立っていられない、『功派・大水撃』」
力の消費が激しいのかシーシングは両膝に手を置いて何分か息を整えていく。なぜかシーシングは激しく笑い出した。張り合いのある相手に、これまでの相手が人形や木の枝を相手にしているようで欲求不満な気分でいたのか。普段よりレベルが高い相手に充実感を感じたのか、シーシングは笑った。笑いに満たされ天井に向かって笑うと、「顔を上げたな!」と聞こえると同時に、黒い影が迫り地面に引き込まれた。鈍い悲鳴と共にシーシングの動きは止まった。
「ラン!いい戦いだったぞ!」
「おめでとう!」
カイの一声に続き、ハクイとクライは賛辞の言葉を贈った。
「ここは……」
目を覚ますとそこは、薄暗くコンクリート壁と鉄の檻に囲まれた中だった。すぐに起き上がり立ち上がった。
「やあ、目が覚めたようね!いきなり立つと良くないよ……倒れちゃうよ。」
檻の奥の方から、声が聞こえてきた。その方へ振り返ると、暗い部屋の中でもはっきりとわかる白色の上着が目に入った。その瞬間、男が言ったとおりに、ランは視界がぼやけて姿勢を崩し、片膝をついて堪えたが、横に倒れた。
「ほらね。立ち眩みと言って、血の流れの勢いが弱くなって、頭などに血が少なくなるのだよ。まあ君の場合は、長い間ずっと寝ていたから、血が少なかったのだろう。」
そう言って男は、檻の外に向かって「クライ」と叫んだ。すると廊下の陰から黒いスーツを着た人が現れた。顔は茶色の短髪に洋風の顔立ちの女性だ。
「ごめん。昏睡状態の子が起きたから、係の者に言ってご飯をもらってきてくれないか?」
クライは、何も言わずに廊下を進んでいった。
「あとで、ご飯を持ってくるはずだから、まあご飯と言っても乾パンだと思うけど、ご飯を食べて、落ち着いたらというか休んだら、いつも通りに動けるようになるよ。あとちなみに僕はハクイ。医者さ。今は依頼を受けてこの選手の状態を診察しているところだよ。じゃあまたあとで、様子を見に来るね。」
そう言うとハクイは笑顔で檻を出て、次の檻に入っていった。するとランは、力のなさからまた眠りについた。
それからすぐに、クライが優しく起こして、水を2、3杯飲ませた後に、細切れにした乾パンに水を染み込ませて食べさせた。
「急がずに食べなくていいぞ。これはおまえの分だ。誰も取ったりしないから、落ち着いて食え。ハクイが言っていたが、何日間も寝てばかりのやつが、こんなぱさぱさの、食べられないからな。」
そう言っている間に、ランは乾パンを喉に詰まらせた。クライは慌てて背中をさすった。
「だから、言わんこっちゃない!」
「やあ!今日も快勝快勝!それにしても、誰も勝ちっぷりに欲しがらないし……ってかもう飽きたなぁ。おおお!クライじゃないか!今日も来てたのか?ってことは、どこかにハクイもいるんだな!」
汚れた色装束の和服を、帯も締めずにこの男は檻の外や中を見回した。
「お、おう!だが、今は静かにしてくれ!寝起きがいるんだ!」
「お!寝込みも起きたんか?元気か?」
ランは遅れて頷いた。
「無理に頷かなくていいぞ!カイは、デリカシーというものに欠けているのだ!」
「な、何を失礼なことを言っているのだこいつは!この俺に向かって、デリカシーが欠けているだと!?」
カイと名乗る男はクライの言葉に大声を上げた。それを見たクライは、手を顔に当てて顔を振る。その仕草はまるで、騒がしくはしゃいでいる子供を見て恥ずかしい親を見ているようだ。
「そういうのが、デリカシーに欠けるというのだ!」
「あ、そうですか。そうですか。悪かったね~俺がデリカシーに欠けていて」
「謝罪の言葉になっていないぞ。」
カイは不機嫌になりながら両手を頭の後ろに当てて奥へと進んでいった。クライは肩を落とすように息を吐き落ち着いた。やっと落ち着きを取り戻したと思ったら、あの男が返ってきた。
「やあ、クライ!彼の様子はどうだい?」
「おい!」
突然のハクイの登場にクライは思わず突っ込んだ。
「回復したようだし私は戻るよ、ハクイ。」
クライは食器などを持って立ち上がった。するとハクイは「そうだね」と声をかけ、クライは暗い廊下を歩いて行った。
「じゃあ元気になったところで、今君が置かれている立場とこの場所についてのことを教えてあげるよ。ああただし、ここについてはあまり教えられないけど。」
と言いながら、ハクイは個々の概要を話してしまった。ここは、旧中国領近海南シナ海にある旧中国軍の複数の人工島の一つであることが説明された。しかし、説明を受けたランには理解できていなかった。
「うん……、元々の知識で説明してみたが、わからない。まず……」
「おい!84651!目が覚めてから食事も済ましたな。なら始めるぞ!」
小さい板を何枚も繋ぎ合わせた鎧を着た男が檻の外から急かしてきた。
「えー、もう始めるんですか?まだ1時間も経っていないのに……」
「うるさい!おまえは治療をするだけだ。治して出せばいいんだよ!」
ハクイの言葉に苛立ち、ハクイの胸倉を掴み持ち上げて殴ろうとするが、腕をクライに掴まれ止まる。腕を後ろに組まれ拘束される。
「くそ、女に守られやがって、この野郎。」
「おまえはまだ運がいい方だ!ハクイに何かあってみろ、お前を死よりも辛い目にあわせてやる。」
「うああああ!」
「あ、あ、クライ落ち着いて!もういいから、僕は何もされてないよ!」
ランやハクイも了解の返事を聞いて、男は通路を奥へと、クライに痛めつけられた腕を抱えながら奥へと行った。
「クライ、あまり手を出してはいけないよ!何かあったら大変だ。」
「そうだね。ラン、これからこの施設で君がいる理由が始まる。元々この施設は旧中国軍の島だったが、異変後戦争にも使われたが、結局廃墟となり、そこを豪商にて12神獣の『文圍(ぶんい)』が買収し、表部分を修繕してそこに中国時代や華凰で成り上がった富裕層を招き入れ、奴隷のデスゲームを行っている。ラン、君はゲームの駒なんだよ。ここに来る前は誰かに売られたんだろうけど。」
「おい!ハクイ……」
ハクイとクライが話し合っている中、ランはミツルに飛ばされた後を思い出していた。壁にぶつかって意識がもうろうとしている最中に、赤黒いシャツを着た男がランの頭に手を置いて言う。「……、これからゲームが始まる……」ランは、ふとハクイとクライに赤黒いシャツの男のことを話した。しかし、ハクイやクライ、それにカイもその存在を知っている者はいなかった。
「おい!もういいか。」
さっきの男が戻ってきてランを呼び出した。それからランは男に連れられ廊下を歩いて行き、行き先が真っ暗な別の通路の前で男は止まり、ランを進ませた。暗くて平衡感覚も乏しい中、ふと足元から風が吹きあがる。と思ったら今度は横風が流れる。バランスが崩れ落ちそうになるが、踏ん張り態勢を保った。そんな中を何とか歩き切り、噴き上げる風が無くなると、感覚的に足場がしっかりしていることを感じ取った。引きずり足で伸ばすと、いくつもの安定した足場がある。すると天井照明が点灯した。暗い場所が明るくなり、目が光に追い付かず、数秒間視界を失った。視界のない感覚に悶えていると、突如スピーカーのような声が響き渡った。
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「ラピット、なげーよ、早くヤレ!」
「いやぁーすいません、頭(かしら)!なんか面白くてw」
笑いながらラピットは気絶した兵士ヤマの脇を漁っていると、鍵がなく頭を掻きながら探し直そうとすると、カイが鍵は腰にぶら下がっているのを怒りながら教える。言われた通りに腰を確認すると、複数の鍵がある。ヤマが面白すぎて間違えました~と謝罪しながらカイを牢から解放すると、ラピットを一発殴ろうとしたがすぐさま諦め、二人は走り去る。
それからオペラの劇場風なこのボックス席は、元々あった島の岩石を削り出して造られた部屋だ。賭け事の景品として戦っている人を見下ろすためにできた部屋だろう。現に忍び込んだボックス席にも、よくいる富豪のように扇子を顔の前に当てる中年女性と、護衛を控えて観戦している。「まったく侵入される気なんて全然ないような、余裕なことだ!」護衛にはあっさりと死んでもらい、富豪のおばさんにはその辺に落ちていたボロ雑巾を口の中へ押し込むように当てて「ただ触りたくないから」、背中から心臓の辺りに剣をゆっくりと突き刺した。俺らのやる海賊は、自分の人生より明日を生きるので精一杯の金無し郎党人からできている。そのため権力や金を持つ者には、一生懸命に生きている痛みを覚えさせる。そのため権力者ほど、余裕を持って殺している。ちょうどそのタイミングで、ランがシーシングを倒していた。そして今になった。(ちなみに、クライとハクイは元々闘技場にいた。)
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「おい!お前ら!」
「ちょっ、あいつらどうすんだよ!頭、もう崩れてるし、行きます?」
「いや、それでは今まで殺してきた奴らと変わらん!」
「しかし……」
「えええい!俺があいつらを連れ戻す!お前らいつでも出港できる準備をせい!」
「頭!」
この男、「シーシング」。
ハスト村の後、島のモンスター一覧を埋め尽くし、港町ココトから旅立った。ちょうどその頃だろう、異変が起きたのは……。
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華凰の村々や中国の町々が獣と瓦礫の上に草が覆う廃墟へと変貌し、栄えている町々は高層ビルではないが、建物や道路が綺麗に整備されていた。人々の移動は荷馬車などで移動している。そんな栄えた町をキョロキョロとしながら歩いていると、警備兵に連行されてしまった。
そしてあの二人に会った。木の机と二つの椅子に腰を下ろしている。濃い髭と角刈りが特徴のたばこを吸っている半興(はんこう)と、半興よりも若く茶色の髪の下に布を両目の前に置いて背もたれに体を倒し切っている蒜(ひる)のもとへ連れて来られた。
兵士が二人に住民権を持っていない罪人を連行してきました、と伝えるが、二人は反応せずに蒜がアイマスク代わりの布をどかして俺を見た。
「そんなの俺らに聞かずとも分かっているでしょ?即刻首を刎ねて来いよ!」
蒜は不機嫌そうに使っていた布を兵士に投げつけ、兵士に落ちた布を拾わせると、とっさに兵士を蹴り付けた。床に這いつくばると何度も何度も踏みつけた。上司の判断にしか頼れないのがいけないのか、何度も踏みつけていると、半興は蒜を止めて別の処分方法を提案した。そして俺はここにいる!そう、あの二人の小遣い稼ぎとしてここにいる。しかしその処分方法は悪くはないものだった。100連勝を飾ったら、俺らの部下として上流階級の位と兵士としての一生の安泰を……。普通の人ならできないがおれはできる。変異後の過酷なサバイバルを生き抜いた俺ならな!さすがに最初は手こずったと思う。何頭もの獣や大量の虫なども相手としてきた。虫の毒や獣に食われる感覚もあったが、逆に食らった。
「そして今日俺は、88勝目を挙げる!わりーな新人?無理を捻り潰すように、プチ・プチっと死にな。」
「……」
シーシングはランに急接近して殴る。吹き飛ばされるランの上にすぐさま現れ蹴り付ける。そして連打を叩きつける。連打し終わると距離を置いて勝利を確信したのか立ち去ろうとするが、何かを感じ立ち止まる。振り返ると殴られ吹き飛ばされた。
「っぺ。ふん、悪いな。しゃべりすぎで勝利の余韻に浸ってたわ。だがもうそれもない、これで終わらせるからよう!」
「功派・水撃!!」
ランに近づきランの拳を避けて懐に潜り込み、両手をランに向けると水が消火ホースから溢れ出るようにランの体を押し流した。
「今度こそ俺の勝ちや!」
裏返りステージを後にするが、ランはまた立ち上がった!シーシングは顔が引きつるような怒りで叫び、ランに突進し連打を何度も何度も繰り返し、両手を伸ばし水撃よりも量の多い、まるで水道管から水が溢れ出ているように大量の水がランを押し流す。
「はぁはぁ、これでもう場外には立っていられない、『功派・大水撃』」
力の消費が激しいのかシーシングは両膝に手を置いて何分か息を整えていく。なぜかシーシングは激しく笑い出した。張り合いのある相手に、これまでの相手が人形や木の枝を相手にしているようで欲求不満な気分でいたのか。普段よりレベルが高い相手に充実感を感じたのか、シーシングは笑った。笑いに満たされ天井に向かって笑うと、「顔を上げたな!」と聞こえると同時に、黒い影が迫り地面に引き込まれた。鈍い悲鳴と共にシーシングの動きは止まった。
「ラン!いい戦いだったぞ!」
「おめでとう!」
カイの一声に続き、ハクイとクライは賛辞の言葉を贈った。
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しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
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定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
異世界!? 神!? なんで!?
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【内容】
人手。いや、神の手が足りずに、神様にスカウトされて、女神となり異世界に転生することになった、主人公。
異世界の管理を任され、チートスキルな『スキル創造』を渡される主人公。
平和な異世界を取り戻せるか!?
【作品の魅力】
・チートスキル
・多少ドジっ子な主人公
・コミカルやシリアスなドラマの複合
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