パットミトラッシュ

青野ハマナツ

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メイキングトラッシュ

1st パットミレッテル

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 ――世の中には、溢れんばかりのクズ人間がいる。人を貶め、騙し、殴り、奪い、たかり、蔑み、溶かし、汚し、罵り、依存する――

 ……そんなクズ人間がそこら中で平気な顔をして生活している。

 さて、あなたはどうだろうか?クズか、クズでないか。被害者か、加害者か。

 オレはどうだろうか。オレはきっと――

◇ ◇ ◇

「うんうん!まさに求めていたクズ男!さあさあ、私をぶん殴っちゃってください!」

 「高校生」として学校に通い始めてから二日目。オレ、裏見葛うらみかずはいきなり「クズ男」のレッテルを貼られてしまった。しかも教室の中で、大声で!

「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんでオレが『クズ』なんだよ!」

「え?まさに『クズ男です!』って自己紹介してるような顔をしているじゃないですか。だからですよ」

 目の前の女が羅列する言葉の先から端まで、何もかもが意味不明。「理解」という領域から何十メートルも離れた言語に、オレは表情と言論を用いて疑問はてなを相手にぶつける。

「顔って……酷いな。仮にオレがクズ男だったとしても、もっと根拠を持って来てくれないと」

 確かにオレは小学生時代から「目付きが鋭すぎ」と言われたことが何度かあるし、「なんかいつも笑ってる印象あるわ」とも言われがちだ。とは言え、人を見た目で判断されるのは気分のいいものでは無い。
 オレの疑問に対し、相手の女は後ろでまとめた髪をふわっと揺らしながら「ほほう」と感心したような素振りを見せた。

「なるほど!あなたがクズ男であるということを具体的に示せばいいわけですか!もしそれが証明されれば、あなたは私を罵り、殴り、金づるにしてくれる、ということでよろしいですか!?」

「い、いやいやそこまでは言っとらんわ!」

 女のとんでもない発言にオレは戦慄した。どうもこの女は物事を自分の都合のいいように解釈する脳を持っているらしい。いや、彼女の発言は彼女自身にとってマイナスな言葉ばかり。これを「都合が良い」ものだと解釈するのは少々無理があるような気もする。

「そもそも女を殴ろうだなんて考えたこともないし、他人に養ってもらおうだなんて考えたこともないよ」

 オレがレッテルを剥がすために反論した途端、女は喜んでいるんだか悲しんでいるんだか分からない絶妙な表情で仰け反って見せた。

「かぁぁ!分かってませんねぇ!!まあ分かってない方がいいのかもしれませんが!誰だって最初から『オレの彼女を殴ろう!』だなんて考えていないのですよ!日々の生活にストレスが溜まり、それの発散場所としてそれなりに身近にいる彼女を選ぶ、それだけの話ですよ!それがいいのですよ!」

「……いやいや、だとしても、オレがお前を殴る動機にはならんだろ」

「いいえ、あなた、結構ストレス溜まってますよね?あなたのお顔がそう言っています。そのストレス、私にぶつけてみませんか?いつでもどこでも殴打可能!アットホームな女です!」

 女は悪徳企業の求人広告のような謳い文句でオレに暴行を勧めてくる。この場合、たとえオレが殴ったとしても被害者が同意しているから「犯罪」となることはないのかもしれないが、教室という公共の場で人を殴るのはさすがに公序良俗に反する。ついでに社会的に死ぬ……それだけは避けなければならない。ましてや自らの意思で回避可能なものをわざわざ受けにいく意味もない。

「あ、申し遅れました!私、菊鳧夏来《きくけりなくる》と申します!」

「お、おう。夏来、な。オレは裏見葛《うらみかず》。よろしく……とは言っとく」

「ほうほう、葛さんですね!良い名前です!それじゃ、殴りましょうか!」

「なんでだよ!?」

 理解し難い。したくもない。何故この女はオレをDV男にしようとしているのだろうか。オレは生まれてこの方暴力なんて振るったことがない。そんな中で突然殴る事を勧められたところでその実績を壊すつもりはないのである。

「あーもう!どうしたら殴ってくれるのですか!!」

「殴らねぇっつの!!」

 オレが意志を曲げないように、夏来も意志を変えようとしない。ただ睨み合いが続いているだけだ。

「分かりましたよ!!どうしても殴りませーんって言うのなら、はたいてくださいよ!ほっぺをパーンと!」

「暴行には変わらねぇじゃねぇか!」

「じゃあ、勝負をしましょうよ!私を徹底的に負かしに負かしまくって、あなたの方が上だってことを私に理解わからせて下さいよ!」

「分からすって……どういうことだよ」

「どういうこともそういうこともありません!とにかくあなたが勝ちまくって私に悔しい思いを沢山させてください!その後殴ってください!」

「殴るのは嫌だっつの!」

 全く、こいつは何を言っているんだ。自ら「負けたい」なんて言うやつがどこにいるんだよ。しかも特段の事情がある訳でもないなんて。信じられない。

「とにかく負けまくってください――あ、違う、勝ちまくってくださ……いや、負けまくるのも『こんな弱いやつに殴られまくるっ』という屈辱を味わえると考えればあり……?」

「……んで?結局どうすればいいわけよ」

「とにかく勝ちまくるか負けまくってください!中途半端に五分五分で終わらせるのが一番つまりませんからね!」

 夏来は恐ろしいまでに元気な口調で話し続ける。なんかもう……やるしかないかぁ?

「それで?最初の勝負は?」

「考えておりません!!なので、勝負の内容は放課後に発表しますのでお楽しみに!!と言っておきます!」

 夏来は話しかけてきた時と変わらない元気さで自らの座席へと戻っていく。
 ――エネルギーを使いすぎて忘れてしまっていたが、今はホームルーム前の朝の時間だった。これから更にエネルギーを使うことになりそうだが、オレは無事に明日を迎えることが出来るのだろうか……不安になってきた……
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