パットミトラッシュ

青野ハマナツ

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メイキングトラッシュ

3rd ユクエハゲーセン

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「よぉーっし!次の勝負行ってみましょうか!」

 オレが申し訳なく思っているのと裏腹に、夏来は全く調子を変えずにもう笑顔を浮かべている。どうやら、先程までの出来事を単純にエンタメとして消費しているようだ。

「……それで?次は何をするんだ?」

 オレはネガティブな感情を押し殺し、明るい夏来に雰囲気を合わせる。夏来はそんなオレの不格好さに気づく様子も無く元気に発表する。

「えっとー……そうだ、しりとり!しりとりなどいかがでしょう!」

「しりとりぃ?――んじゃ、リンゴ」

「『ご』ですか!んー……ゴマ!」

「マフィン。これでオレの負け」

「おお~!凄い!一瞬にして負けるとは!いやはや弱いんだか強いんだかよく分かりませんねぇ」

 夏来はまた感心しきった表情でオレを褒めた。別にオレはこんな勝負を永遠に続けても構わないとは思うが、コイツはこれで良いのか?プライド……とかは無さそうだが、いつまでもこんなクオリティの低い勝負を続けたらいつかは飽きてしまいそうなものだが。

「さてさて、次の勝負と参りましょうか!んー……ジャンケンにしましょう!!」

 三戦目はまさかの運ゲー。これは実力云々ではなく単純に運の良さを試すものじゃないか。オレに関しては運の悪さを試すことになるが。

 ――あれ、ここで勝ってしまったらこの時間も終わってしまうのだろうか。

 ……いやいや、そんなことを気にしても仕方がない。それに、自分のことを勝手にクズ呼ばわりするようなやつとは距離を置いた方が良いに決まってる。

「――おーい、葛さーん。どうされました?ジャンケン、しましょうよ?」

「あ、ああ。よし、やろうか」

 じゃーんけん……

 ぽん!

 オレの強く握られた手の前には、反対に完全に開ききった手が置かれていた。端的に言えば――オレが負けたのだ。

「うわー!こんなにあっさり終わるとは!もっとあいこが続いて十回目とかに決まると思ったのにー!」

 夏来はよく分からない方向に悔しさを見せた。というか、負けるつもりでやって勝ったならまだしも、勝つつもりで勝ったのに悔しがるのはおかしい。なんかバカにされているような気分だ。

「ですが、勝ち方は悪くありませんね!グーにパーで勝つのは悪い事をした葛さんを優しさで抱擁している感じがあります!」

 まるでオレが悪人かのような物言いだ。こいつはオレの何を知ってるんだろうか。オレと出会うのは初めてのはずなのに。

「それはそれとして!次の勝負しましょう!」

◇ ◇ ◇

 ――オレと夏来はそれから、指スマ、マジカルバナナ、山手線ゲーム、外国語禁止ゲーム、〇✕ゲーム、すごろく、トランプのスピード、ジェンガ、バスケ、サッカー、バドミントン、テニス、バッティングセンター、卓球、短距離走、長距離走などありとあらゆる勝負を一週間かけて行い、全てにおいてオレが負けた。

 数字に直して十九戦全敗。次はついに二十戦目。いや、というかこれ……

「なあ、夏来。オレら、カップルみたいじゃないか?」

 あ、しまった。反応を見なくたってわかる。これ、言っちゃいけないやつだ。
 案の定、夏来はニヤリと笑い、オレに向かって予想通りの言葉を放った。

「殴る気になりましたか?」

「――なんでなると思ったんだよ」

 もう慣れっこだ。一週間も一緒に過ごしているのだから。何度もこの質問をされたし、何度もしないと回答した。

「さて、葛さん。二十回目の勝負……と参りましょうか」

 オレは夏来のその言葉にこくりと頷き、決戦場所に向かう。もはや言葉を交わさずともどこに向かうかわかる。これは心が通い合うほど仲が良くなった訳ではなく、単純にネタ切れで行く場所がここしかない、というだけだ。

 その場所の名はゲーセン。
 ゲームは白黒がハッキリ付くから良い。というかハッキリ付いてくれないと面倒だ。

 勝負の内容は単純。エアホッケーである。円盤状のパックを持ち手の付いたマレットという道具で弾き、相手のゴールに多く入れた方が勝利。オレはミスを繰り返して負ければ良い。極力それっぽく、故意に失点しすぎないように気をつけながら打つ。それが大事だ。

 二枚の百円硬貨を筐体内に投入すると、足元の排出口から白いパックが一枚出てくる。それをフィールドの上にゆっくりと置く。筐体の赤い時間表示が180から刻々と減り始める。

「行くぞ夏来」

「――ええ!お願いしますよ!」

 夏来は明らかに闘志を燃やしていた。なんせ二十回目の勝負。この節目をひたすら本気で行うこと、それこそが彼女にとって最も大事なことなのだろう。オレは置いたパックを強めに打つ。夏来は、自コートの中に入ってきたパックを右手に持ったマレットで打ち返そうとする……!!

 しかし、当たらない――パックは夏来の右腕の真下を通り、一直線でゴールに吸い込まれていった。

 ……何が起こった?

 オレには理解できなかった。掠るならまだしも、当たりすらしない、なんてことがあるのだろうか?いやないだろ普通。

「――この失点は仕方ありませんね!」

 夏来は顔を真っ赤にしながらパックを取り出し、フィールドの上に乗せた。

「では、今度こそ得点します!」

 夏来が少し振りかぶり、パックを思い切り打つ。しかし、今度はミートしきれない。芯からかなりズレたところで打ってしまったため、ネットを少し超えた場所で止まってしまう。これではゲームが続行できない。
 オレは仕方なく先程より弱めに打ち返す。すると、今度は打ち返そうと手前に引いたマレットがパックに当たり、また夏来のゴールにパックが入る。

 オレは少し焦っていた。先日のバッティングセンターでの勝負では、夏来は十球のボールのうち四球ほど芯で捉えていた。それに、他のボールも打ち損じではあったものの当ててはいた。にもかかわらず、今回のエアホッケーではミートするどころか当たりすらしない。いやいや、そんなことないだろ。バッティングより圧倒的に簡単なはずだ。

「――今度こそ!」

 夏来がまたパックを打つ。オレがゴールから少し離れた所に打ち返す。すると、夏来は思いっきりマレットを振り切った。しかし、また捉えられない。今度は真横に向かって跳ね返ったと思ったら、またもや夏来のマレットにあたって彼女のゴールにパックが入る。

 これで三失点。オレにとっては得点、ということになるが、負けることが必須なオレには失点にしか感じられなかった。

 夏来が三回目のパックを打った。オレは目をつぶって空振る。しかし、パックは壁に当たって反射し、夏来のゴールに向かって進んでいく。夏来は空振る……かと思いきや、きちんとミートした。夏来はそれにドヤ顔を見せ、固まっていた。

 しかし、パックは無情にも壁を反射し続け、夏来のゴールにまた入った。

「ど、どうしてなのですか!?」

「――わからん」

 マジか、コイツ、ありえないほど下手だ。残り時間は104。まだ間に合う。まだ失点できる。こっちにだって十九戦全敗のプライドってもんがある。とりあえず失点しよう。

 夏来が「今度こそ!」の思いをこめながら全力で打つ。オレも全力で、必死の思いで空振りを喫する。しかし、無情にも入らない。入ってくれない。夏来の打った力がそっくりそのまま壁で跳ね返るような、そんな感じ。夏来の思いは、発した本人に向かって帰っていくのだった。

「今だっ!!」

 夏来は気を取り直し、渾身の力で跳ね返す。パックは横の壁に当たり、そのままの勢いで空高く飛んでった。

 なんなんだ。運命か何かは知らないが、そう言う神的なやつは夏来のパックをゴールに叩き込ませないように仕向けているのか。いや、単純に生まれ持つセンスが皆無なだけなのか。兎にも角にも、ここは夏来に頑張ってもらうしかない。自分の全力を解き放て!夏来!

 しかし、オレの心の中での思いなど伝わるはずもなく、夏来は完全にやる気を無くしていた。先程までの鉄さえ溶かす程の熱気はどこへやら。シナシナに落ち込んでしまっている。
――試しに励ましてみようか。それがオレにできる最善の策かもしれない。

「――全力で頑張る夏来を見てみたいなぁ……」

 いや、弱いなこれじゃ。というかこれは励ましなのか?微妙なところだ。さて、夏来の反応は……?

「――頑張ったら殴ってくれますか……?」

「っ……!?」

 ……夏来はかなり弱った表情で殴打を催促してくる。傍から見たらヤバいカップルだが、少なくともオレはヤバくないし、カップルでもない。とはいえ、オレはとにかく負けたい。ここまで来て勝つわけにはいかない。

 だとすれば答えは一つ。

「――ああわかったよ!殴るよ!」

 オレが高らかに宣言すると同時に、全身が一気に熱くなる。これが何由来の熱なのかは分からないが、少なくとも胸は凄まじいペースで鼓動している。

 そんなオレを見た夏来の目には再び闘志が宿り、勢い任せにパックを思いっきり弾いた。
 オレは、その直球まっすぐ勝負に応えるように踏み込んで空振った。
カランコロン、と音がして、オレの足元の排出口からパックが顔をのぞかせた。それと同時に筐体から大きな笛の音が鳴り響き、ゲームが終了した。

「――勝ってしまった……」

 オレの連敗は十九で止まった。しかし、この勝利と引き替えに、オレは大きな代償を背負うことになってしまった。あまりに何も考えて無さすぎた。別にあんな約束する必要どこにもなかったじゃないか。無駄な後悔が体を苛みはじめる。

「負けてしまいました……!でも約束を取り付けたので結果オーライですね!ささっ、葛さん!約束通り、お願いしますね!さぁさぁさぁ!ドカンと一発!!あなたの好きな場所に行ってみましょう!」

 待て待て待て待て待て待て。さすがにそれはマズイ。いくら約束したからとはいえここで殴るのはマズイ。

「ば、場所移そう!な!」

「――そうですね!とりあえず路地裏でも行きますか!」

「えっ、路地裏……?いやいやそれはちょっと……って先に行くなー!!」

 夏来は完全に元気を取り戻し、マレットを投げ飛ばしながらゲーセンを飛び出た。オレはそこら辺に転がったマレットを急いで定位置に戻し、追いかけるように店を出る。

 夏来は勢いそのまま路地裏に飛び込み、少し入ったところで仁王立ちした。

「――さあ、今度こそ殴ってもらいますよ!いいですね!」

「ま、まあ約束、だからな。仕方ない……」

 オレは精一杯握りこぶしを作り、夏来に向かって腕を振るおうと試みる。緊張やらなんやらで腕がプルプルと痙攣し始める。それだけでなく、ありえない量の不安感が頭の中を支配し、足がすくむ。
 大丈夫か?オレも夏来も……

「ふふっ、ようやく殴ってもらえるのですねっ!さあ、さあさあ!顔に思いっきりドーンとお願いしますよ!」

「か、顔っ!?そ、それはちょっと……」

「いえ、ダメです!顔にお願いします!」

「――い、いいんだな?言ったからな?」

「はい!もちろん!」

 オレは、思い切り拳を振り上げた。そして、夏来の白く煌びやかな左頬に震える握りこぶしで殴る――のではなく、押し当てた。ムギュっと……

「な、なんでですかー!?殴るんじゃないんですか!?」

「――これがオレの、本気パンチ……?だから。これ以上は強く殴れねぇよ」

「あーもう!ヘタレとはまさにこの事でしょうかね?でも、私は諦めることなど決してしません!あなたという人間に傷つけられたい!その想いが私の心に溢れていますから!」

「――へいへい、そうですか」

 これ以上、夏来を傷つけることはオレには出来ない。こいつの期待に沿うことも出来ない。でも、このよく分からない関係を続けていたい。そんな感じがする。

「いいですか?やることだけは、しっかりやってもらいますからね?それが私の信条ですから」

 オレは、この言葉の重さを理解しようとせず、こくりと頷いた。夏来は今世紀最大級の笑顔を見せつけ、オレの肩をぽんと叩いた。
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