欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

目覚めた音楽

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「うん。何かわからねぇが、だいぶ良くなってきた。魔法も魔術も使えてねぇが、バラバラに動いていたお前の中の魔力が、きちんと一律の動きをする様になった。」

結局、魔力が使えないまま戦闘が終わってしまったが、ボーンの言葉にウィルは顔を輝かせた。

「本当ですか?!先生?!」

「これなら何らかの魔力が使えるようになるのも時間の問題かもな。」

「……良かった。」

先日の兄弟子のアドバイスが効いてきたようだ。
それまで使う事にばかり意識が行っていた魔力を、自分の中の燃料を必要な部分に移動させる様なイメージを持つようにしたのだ。
最も、移動させる事ができても燃料しか持っておらず火種がないウィルには、それ以上の事は起こらなかったのだが。

自分の中の魔力のコントロールはでき始めた。
となると問題は火種だ。

(魔力を力として使う為の「火種」って何なんだろう?)

生まれつき魔力を使える者には考えた事もない様な疑問。
何故なら聞いた話から考えて、魔法使いも魔術使いも皆、幼い時にその傾向が見られた事から学校なり塾なりに通って安全な使い方を学ぶのだ。
火がついているのを周りが見つけて、その使い方を学ばせるのだ。
だから誰も火のつけ方を学んだりしない。

だが、ウィルの場合は違う。
火がつかないのだ。
燃料と言う形で持ってはいるが、呪いを癒やす時にのみ特殊な形で使われる。
だから魔力を自分の中でコントロールできるようになっても、それを燃料から火に変える術がわからないのだ。

(サークを癒やした時、自覚はなかったが確かにその時は使えたんだ。どうやって不活性型の魔力を活性化させ、癒やしの力に変えたんだ??)

あの時はただ、サークを助けたかった。
助けられないなら、共に夜に還ろうと思った。
「夜の宝石」の役目、呪いと共に夜に還る事で新しい朝に導く。
そうしようと思った。
でも、もう消える寸前だとはいえ、微かながらサークの息があるのだと感じると、言いようがないほど切なくて苦しくて、何より愛おしくて。

その時の事を思い出した事で、ウィルは涙ぐんでしまった。
あの時の言葉にならない強烈な感覚。
絶望の中で微かな希望に縋り、切なくて苦しくて何もできない自分が悔しくて、どうしようもないほどサークが愛しくて。
あの感情はもう二度と味わいたくない。
あんな思いをしたくないから今、頑張っているのだ。

「……おい!!ウィル!!」

「え??」

思わず自分の考えに没頭していて、ボーンの声で我に返った。
その瞬間、無意識に溜めていた涙が溢れた。

ぽたん、とそれがダンジョンの地面に落ちる。

その瞬間、あの時の様に周囲がぱぁっと淡く輝いた。
ウィルはびっくりしてしまい、固まった。
それをボーンが呆れたような怒ったような顔で見つめる。

「あ~!!おめぇ!!自覚がないってのにも程があるぞ!!ここいら一帯、完全浄化されちまったじゃねぇかっ!!」

「え?ええ?!」

「は~、マジか……これが夜の宝石の力かよ……。とんでもねぇ力だなぁ、おい……。」

「………え??」

訳がわからないウィル。
ボーンは頭を掻きむしり、そして頭を抱えた。
正直、侮っていたとしか今は言い様がない。
何しろこれだけ長生きのドワーフのボーンでさえ、夜の宝石の力を見たのは初めてなのだ。
サークを癒やした時は自身が魔力の使い過ぎで倒れていたので見ていなかった。
あの時、咄嗟に忘却魔法を施した己の愛弟子の判断力を盛大に褒めてやりたいとすら思った。

「……考えてみりゃ、一国を軽く滅ぼす竜の血の呪いを癒やしちまう様なもんだ……この程度、予測してなかった俺が悪いりぃな……。」

その力を目の当たりにし、ボーンはその桁違いの力に何を言っていいのかわからなくなった。
ボーンの守るこのトート迷宮遺跡は、遥か昔に死神を封じた神殿でもある。
その封印は、一人の地竜の人柱によって成り立っている。

地竜は三種いる竜の中で最も魔力が体内に蓄積されている。
飛竜は飛ぶ為に魔力を用いるので常に消費している。
海竜も飛竜程ではないが、水中生活の為に魔力を用いている。
地竜は存在する為に魔力を殆ど使わない為、体内蓄積魔力が多いのだ。
それをこのトート神殿は封印の為に使っている。

元々は精霊王が自らの分霊として生み出した生命体。
それが竜の起源だ。
生命体でもあり精霊王の分霊でもあるモノが、その個体同士で繁殖し続け命を繋いだ事で竜となった。
だからその力は精霊の中でも群を抜く存在なのだ。
そして精霊でもあり肉体と魂を持つという特殊な存在、それが竜だ。

そんな竜の中でも特に魔力蓄積が多い地竜を一人犠牲にして死神を封じているこのトート迷宮遺跡だというのに、その上層部の一角とはいえ、ウィルは完全浄化してしまった。

これが夜の宝石の力。
呪いを浄化する事だけに特化した力。
その浄化能力はボーンの想像を軽く超えていた。

「夜の宝石……しかもその最上位のラピスの瞳……。何なんだ?!全く……。無自覚に軽く使っただけで、この有様かよ……。」

ボーンはやっとウィルの存在の特殊性を、本当の意味で理解した。
そして何故夜の宝石が、魔力があっても使えない形にされているかもわかった気がした。

その力は強すぎる。
ホイホイ使ってしまえば、世界的なバランスを崩してしまう。

浄化能力なのだからどんどん使えばいいと考える者は多いだろう。
だがそれは違う。
物事というのはどちらかに偏ってはならないのだ。
陰と陽、どちらか片方にその比重が偏れば、どちらも惨劇に見舞われるのだ。

夜の宝石は恐らく、そのバランスが限りなく大きく偏った際の緊急対処方法として世界が保存しているものなのだろう。
火を使う場所に消化器を置くのと同じだ。
使わないには越した事はないが、なければもしもの時に対応できず、さらなる惨劇を生み出してしまう。

だとしたら、今、ウィルにその力の使い方を学ばせようとしている事は正しい事なのだろうか?
ボーンには判断できなかった。

ウィルはどうしていいのかわからず、ボーンを見つめていた。
嘆いている様な自分の師匠にただ戸惑う。

どうも自分が無自覚に夜の宝石の力を使ってしまった事で、自分がいる周辺が完全浄化されてしまったようだ。
そんなつもりはなかったし、どうやったのかもやはりよくわからない。
そしてそれがどの程度の規模で、どのくらい強いものなのかもわからない。
生まれてこの方、力を使った事もなければ自分に力が使えるなんて考えた事もなかったのだ。
だからウィルには、浄化というものもあまりよくわからないし、完全浄化というものが何なのかも捉えようがない。
それがどの程度の規模でどのくらい強い浄化なのか、魔法師ではない今のウィルには判断できなかったし、感知することができなかったのだ。

「あ、あの……すみません……。先生……。」

「いや、いい……。俺の考えが甘かった……。」

「すみません、自分ではこれがどういう事なのかよくわからなくて……。」

「一つ聞くが、この浄化の強さを感知できるか?」

「いえ……。場が浄化されたんだなと言う事はなんとなくわかりますけど……強さと言うのは感覚でわからないです……。」

「なら規模は?!」

「わからないです。え??この周辺だけじゃないんですか??」

ボーンは頭を抱えた。
ウィルに力の使い方を学ばせる事が正しいのか間違っているのかはわからない。
だが力の使い方を学ぶと言うのは、その力の制御方法を学ぶ事でもある。
その力が強いのであれば、しっかりとした制御を教えなければ、ここの様に無意味に強い浄化を広めてしまいかねない。
だと言うのに、ウィルはそれまで自分の力を認識した事がない。
魔力がある事も浄化の力が使える事も知ってはいたが、やり方も知らなければ使う事もなかったので、そう言った事への感知感覚すら持っていないのだ。

「あ~!!マジか~っ!!これだけの事をしておいて!無自覚とか!!正確に感知できてねぇとか!!俺は何をどこから教えりゃいいんだ?!こいつに?!」

「す、すみません!」

「あ~、いいいい。オメェが悪いんじゃねえんだし。ただ俺も今までオメェみてぇのに会った事がねぇから、何からどう始めんのがいいのか分かんねぇってだけだ。」

「すみません……。」

「とりあえず一回出るか、昼飯食いに。そんで落ち着いてどうすっか決めるわ。」

「はい……。」

やっと魔力がいい感じに自分の中で動かせる様になったと褒められたのに、無自覚に使ってしまった浄化能力のせいでがっかりする事になったとウィルは思った。
いや、元々はその浄化の力を使えるようになる為にボーンのところに修行に来たのだから、この失敗は悪い事ではないはずだ。
けれどやはり今回も、どうやってその力を涙として出したのか全くわからない。

「そう落ち込むな、ウィル。偶然とはいえ、お前がちゃんと力を使えるって事が証明できただろ?!それまでは、何をやってもその力が出せなかったんだからな。魔力のコントロールもでき始めたし、無意識だが力を外に出せるようになった。何もできなかった時より成長したじゃねぇか?!おい!!」

ボーンはそう言ってウィルを励ました。

だが内心は少し焦っていた。
今まではどうやっても力が出せなかった。
けれど今は無意識だが出せるようになった。
この恐ろしいほどの浄化の力が、無意識だが出せるようになってしまったのだ。
制御の効かない状態で、死神の迷宮の通路ですら完全浄化してしまう強い浄化能力が外に出せるようになってしまったと言うのは由々しき事態だ。

まずは何より、自分の力であり浄化の力を感知できる感覚を養わなければならないだろう。
生まれつき魔力の使えるものは、生まれつきそれに触れているからそう言った感覚がはじめからあるものだ。
だがウィルはそうではない。
そうではないからその感覚がわからないし、その感覚がわからなければ、制御する事も難しいだろう。

(それまで音を聞いてこなかった人間に、いきなり音楽を教える様なもんだ。こいつはかなり手厳しい……。)

サークに頼まれ引き受けてしまったが、これは思った以上に難儀な作業になる。
ボーンはウィルに悟られないよう、小さくため息をついたのだった。
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