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第九章「海神編」
世界のルール
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「ヴィオール!!」
そう叫んで床を蹴った。
ヴィオールの翼をはぎ取ろうとでも言うのか、その付け根に深く噛みつき、引きちぎらんばかりの魔獣にウィルは槍を振り下ろした。
え……?!
そしてその時になってやっと、自分が浄化の力を纏っていない事に気づいた。
槍も腕も、全身も、先程までとは違い、そのままの姿でそこにあった。
……だから何だ。
ウィルは迷わなかった。
自分の可愛い竜の子を傷つけるそれが許せなかった。
心の中にある憤怒のありったけを込めて叫びながら槍をその眉間に振り下ろした。
「やめないか!この!愚か者がぁっ!!」
浄化の力を纏っていない槍ではそうダメージを与える事はできないだろう。
だが手に持つは竜葬のルーン。
この世に存在する数少ないドラゴンキラーの一つだ。
ダメージにならなくとも、ヴィオールを離させる衝撃ぐらいは与えられる筈だ。
ザクッとその矛先が魔獣の眉間に突き刺さる。
着地の反動を利用してそれを抜き去った。
「グガッ?!」
魔獣が小さく声を上げた。
そしてヴィオールの翼から口を離す。
反撃が来る。
ウィルは身構え、素早く飛んだ。
ヴィオールもそれを警戒して体をまたウィルと魔獣の間に滑り込ませる。
「ヴィオール!!」
ウィルは少し怒ったように声を上げる。
傷ついてもなお、ウィルを守ろうと身を呈すヴィオールを叱りつけたかった。
「キュー……。」
ウィルを振り返ったヴィオールが困ったように小さく鳴いた。
ウィルが怒っているのはわかっているが、こればかりは許して欲しいと懇願している。
ウィルはヴィオールの背に着地した。
そして傷の具合を見る。
「……っ!!」
だいぶ酷い。
その事に顔を顰める。
竜の硬い鱗と皮膚をものともせず、深く肉に突き刺さった牙の跡。
その上そこは陰の気に侵され、竜の魔力をもってしても簡単に修復が進んでいない。
これが本物の飛竜だったなら、飛ぶ事ができなくなっていたかもしれない。
だがヴィオールは幸いな事に完全な竜ではない。
一度魂となり、守護精霊としてその存在を変えた精霊竜だ。
「ヴィオール!一度、中に戻るんだ!!」
今、自分は浄化の力が出せていない。
だが体の中、その血肉には力が宿っている。
力を外に出せなくても、ヴィオールがウィルの中に戻れば度合いはわからないが回復させられると思ったのだ。
「……キュー…………。」
「ヴィオール!!」
しかしヴィオールはそれをしようとはしなかった。
自分にとって主であり親代わりのような大好きなウィルの命令であっても、ヴィオールは聞き入れる事ができなかった。
ヴィオールにとって、ウィルは必ず守らなければならない存在だ。
守護精霊として名を持ったヴィオールの存在意義はウィルを守る事。
だからウィルの命令が絶対であると同時に、ウィルを危険に晒す場合はその指示を無視する事が出来る。
「ヴィオール!!」
ウィルは苛立った。
自分がもう二度と傷つけたくないと望むヴィオールは、自分を守る事を存在意義としている。
だから危機的状況の今、ヴィオールはウィルの言う事を聞かない。
それがどんなに口惜しく悔しい事か。
こんな事をしているうちに、魔獣が反撃してくる。
とにかく一度、状況を立て直す為にもヴィオールに自分の中に戻って欲しいというのに……!
しかし不思議な事に、魔獣がすぐ様反撃してくる事はなかった。
ウィルもヴィオールもその事を警戒して素早く動いたというのに、未だに反応がない。
ウィルは傷の具合を見てすぐにヴィオールの体を登り、魔獣の様子を見た。
魔獣はどうしたのか、少しの間動かなかった。
ウィルの浄化を受けて我を忘れるほど暴れていたのが嘘のように静かだ。
浄化の力を纏っていない今、竜葬のルーンを用いたとはいえそこまで強い攻撃ができたとは思えない。
どういう事だろうと訝しむ。
たまたま急所にクリーンヒットしてしまったのだろうか??
だが一瞬の間の後、魔獣はブルリと体を震わせた。
そして怒りの篭った目で周囲を見渡す。
目の前の飛竜、その肩に乗る人間を見つけると、忌々しそうに睨みつけた。
『……キサマ……っ!!』
「?!」
ウィルはびっくりした。
それは声ではないが、確かに魔獣はそう言ったのだ。
種族の違う精霊や魔物と意思の疎通ができる場合にはいくつかのパターンがある。
魔物の類で言葉を話すものは希にいる。
それはそれが生きる糧や欲求を満たす為に必要とするから人の言葉を話し、人と意志の疎通をはかる。
そうやって人を騙したり洗脳したりするのだ。
また人間側にその能力や才がある場合がある。
おそらくサークの義父や神仕えと呼ばれる人達は、多かれ少なかれその能力がある。
だから精霊たちと会話をする事ができる。
しかしウィルはヴィオールの言葉がわからない。
谷に住んでいたが、竜の言葉がわかった事などない。
だからウィルにその言葉を聞く能力がある訳ではないのだ。
また精神を繋げた場合、それは直接感情と感情が繋がっているので意思の疎通に言葉をかえす必要がなく、会話ができる。
そしてそれ以外で言葉がわかる場合、それはある事を意味する。
その存在が神に近いモノの場合だ。
風様の言葉がわかるのは、風様が精霊の王が一人だからだ。
ウィルはスッと背筋が寒くなるのを感じた。
元々は精霊王の直接の子として生み出され、そして独自の進化をした竜でさえ、人と言葉で意思疎通する事はない。
なのにこの魔獣はそれができる。
それまで人の世に生きてきた訳でもないのに意思疎通ができるのだ。
その意味するところにウィルは無意識に恐怖を感じた。
「……ガルムか。冥界の門番が門を破って飛び出してきやがって……。」
そこに思わぬ声が響く。
サッとヴィオールの足元を見やると、小さくて偉大なドワーフが立っていた。
ウィルの口から思わず声が出る。
「先生!!」
「だから!!先生だの師匠だのやめろ!!ウィル!!覚醒した夜の宝石に、んな風に呼ばれるほど俺は偉くも凄くもねぇ!!」
相変わらずの口の悪さに安心する。
ヴィオールの背から飛び降り、着地した。
魔獣……ガルムは、突然しゃしゃり出てきた小さなドワーフに無言のまま苛立たしげに攻撃を仕掛けた。
しかしいつの間にか、場を支配したボーンの魔法の蔦がガルムの身を雁字搦めにした。
「ご無事で何よりです。先生。」
「嫌味か!!とにかく少しの間、こいつは抑えてやるから一旦、ヴィオールをしまってやれ!いくらこいつが竜であり精霊でも、冥界の魔獣に噛まれたんだ、負に侵食され傷口から腐敗が進んだら治せなくなるぞ?!」
「わかりました。……ヴィオール!!」
ウィルの呼びかけに今度はヴィオールは素直に従った。
ガルムを押さえ込んだボーンの存在から、ウィルの危険度が下がったと判断したのだろう。
むしろ傷を負ったままこの場にいる事の方が、ウィルにとって不都合が多い。
光の状態に戻り、ヴィオールはウィルの中に戻っていく。
「……ツッ!!」
「そりゃな?地獄の門番、ガルムにまともに噛まれた傷を持ってお前ん中に戻ったんだ。オメェにも多少ダメージあるわな。」
そう言われ、ウィルはニヤッと笑った。
わかっていて戻させたボーンも人が悪いが、ヴィオールがそれだけの傷を負っていたのかと思うとガルムに対しむかっ腹が立ってしまった。
「いつ出すかはオメェに任せるが、出すなら小さめにしとけ。あんまでかいとアイツも動きづれぇだろうし、精霊とはいえ傷が開くかも知んねぇし。」
「はい。」
「それより、浄化の力は出せそうか?」
「……わかりません。でも……。」
この胸にその炎は宿っているから……。
そう言葉にしようとした時だった。
じわっとした感覚があった。
そして自分が薄っすらと青い光を纏うのを感じた。
「……あ…………。」
その光は先程までの炎とは少し違い、闇雲に燃えている訳ではない。
全身を保護するように薄っすらとウィルを包み込んでいる。
それを見たボーンが呆れたようにフンッと鼻を鳴らした。
「……なる程な。オメェの竜が中で、オメェに変わって調整つけてやがる……。」
ボーンの言葉にウィルは自分の体を見る。
ウィルは浄化の力を制御できていない。
先程まではただ、目覚めた力がコントロールできずにダダ漏れになっていただけなのだ。
体全体を大きな炎で覆う必要はない。
攻撃の為に武器などには纏わせたいが、身体そのものはそこまで力で包む必要はなかった。
「まだ力に目覚めたばかりでオメェはそれを制御できねぇ。それはわかってんな?!」
「はい。」
「で、テメェには守護としてヴィオールがついてる。そのヴィオールがオメェの中に戻った事で、守護としてその力をある程度、調整かけてんだよ。強い力はそれを扱う者の身を滅ぼす事がある。それを逆手にとりやがった。全く……できた守護を持ったもんだ!!」
ウィルは自分の胸に手を置いた。
そこにいる大切な自分の竜の子。
そしてその魂を守護精霊にして自分に与えてくれた人の事を思う。
あぁ、こんな状況でも自分は一人ではない。
愛する竜と、愛する人にいつでも守られている。
それは谷の民としてどんなに誇らしい事か。
それはウィルの中でとても温かく灯った光。
ゆっくりと流れるように、自分の中の魔力が形を変えていくのがわかった。
誰かに想われ誰かを思う気持ちが、ウィルの夜の宝石としての力を研ぎ澄ませていく。
「……ヴィオールは俺の大切な竜の子です。そしてかけがえのない人からもらった婚約指輪です……。」
大切な竜の子。
大切な愛する人。
目の前にいるガルムが意思疎通ができる存在である事も怖くない。
今、地獄の門が開きかけ、そこから混沌と絶望が絶え間なく流れ出してきているが、それももう怖くない。
それがこれ以上広がろうというのなら、その前に自分が浄化来てしまえばいい。
「ケッ!!惚気てんじゃねえ!!」
それまでの強張った表情から一転、温かい愛情に満ちた顔をするウィルに、ボーンはイライラしたように乱暴に吐き捨てた。
そんな様子がおかしくてウィルは笑ってしまう。
「グオオォォォォッ!!」
そう話している間にも、ガルムが雄叫びを上げる。
ボーンの魔法を振り払おうと魔力を放った。
陰と陽の力がぶつかり合い、空間がバキバキと音を立てた。
押さえ込むためには仕方ないとはいえ、空間が壊れれば虚無に飲まれる。
だから以前、法廷で強い力を使う時、ボーンはアレックとサーニャにその補助と空間保護をさせたのだ。
「あ~!!こんちくしょう!!面倒くせぇな!!」
そう呟くと、ボーンが懐から紙を数枚取り出す。
そこには魔法陣が描かれており、ボーンはそれに魔力を流し込んだ。
2つの紙からは突如として巨木が育ち、左右で地獄の門の間を……いや、この空間そのものを支え始めた。
どうやら寡黙なるエアーデは、もしもの時の為に空間保持の魔法を先だって用意していたようだ。
ダンジョンはダンジョンそのものが魔力を持っている為、外よりは魔力等に強くなっているが、まさか冥界から出てきたガルムほどの魔物と世界に名を馳せる大魔法師が本気でぶつかり合う衝撃に耐え切れる保証はない。
そして空間保持を担う手の空いた魔法使いも魔術師もここにはいない。
残りの紙は5枚あり、魔力を流されるとすぐに地獄の門に向かって飛んで行った。
そしてそこに張り付き、それを基準として五芒星を象って輝き出した。
「……聞け、ウィル。」
「はい。」
「出てきてきちまったもんは仕方ねぇ。危険には変わりねぇが、むしろ邪魔されずに門自体は塞ぎやすくなったと言える。確かにガルムは想定外だ。こいつはいくらなんでもこの世に出すにゃ危険すぎる……。だが、今、一番の問題は、ガルムほどの魔物すら通れてしまう冥界の門が半開きになってるって事だ。俺はまず、その門を何とかする。」
硬い意志を言葉にし、ボーンはまっすぐ前を睨む。
その姿は小さな巨人と言うに相応しかった。
ウィルも自分の師匠を見習って、まっすぐ前を睨んだ。
規格外のガルムという意思疎通すら可能とする強力な魔物。
そして世界にラグナロクをもたらす冥界から流れ出す混沌と絶望。
だが怖くない。
自分は一人ではない。
眠る力は土壇場で開花した。
そしてその力は、ガルムが正気を失って取り乱すほど強力な浄化能力なのだ。
その制御もままならないが、愛する人が自分に宿してくれた大切な竜の子が、それを手助けしてくれている。
「……わかりました。俺はその間、ワンちゃんの面倒を見ておとなしくおすわりさせておけば良いんですね?」
にっこり笑うと、ボーンは呆れたようにウィルを見た。
「ワンちゃんかよ……。」
「ええ、ガルムは世界一の犬らしいですし。俺、大きな動物は大好きなんです。」
「おいおいおい……。」
あまりの発言に、さすがのボーンも口の悪さを忘れる。
自分よりとんでもない事を言う奴を前にすると思わず正常化してしまう。
あまりの事に間の抜けた顔をするボーンに、ウィルは微笑む。
「俺の可愛い可愛いヴィオールを傷を付けたお礼がまだですからね。ルールを守れない躾のなってない子は、ガルムだろうが竜の子だろうが神様だろうが手始めにそこのルールをしっかり教えなさいと、敬愛する竜の世話役だった方が言っておりました。」
ボーンは言葉を失い頭を抱えた。
サークの伴侶になる割に、真面目でまともな男だと思っていた。
なんでそんな男がサークなんてへんちくりんをわざわざ選んだのかと……。
だがそれは大きな思い違いだったようだ。
むしろ今は、ウィルをサークは本当に受け入れきれているのだろうかとさえ思う。
コイツは下手をしたらサーク以上に頭のネジが飛んでいる。
「……竜の谷か……俺にはそこの連中を理解できそうもねぇ……。」
ボーンは思わずそんな事をボソッと呟いたのだった。
そう叫んで床を蹴った。
ヴィオールの翼をはぎ取ろうとでも言うのか、その付け根に深く噛みつき、引きちぎらんばかりの魔獣にウィルは槍を振り下ろした。
え……?!
そしてその時になってやっと、自分が浄化の力を纏っていない事に気づいた。
槍も腕も、全身も、先程までとは違い、そのままの姿でそこにあった。
……だから何だ。
ウィルは迷わなかった。
自分の可愛い竜の子を傷つけるそれが許せなかった。
心の中にある憤怒のありったけを込めて叫びながら槍をその眉間に振り下ろした。
「やめないか!この!愚か者がぁっ!!」
浄化の力を纏っていない槍ではそうダメージを与える事はできないだろう。
だが手に持つは竜葬のルーン。
この世に存在する数少ないドラゴンキラーの一つだ。
ダメージにならなくとも、ヴィオールを離させる衝撃ぐらいは与えられる筈だ。
ザクッとその矛先が魔獣の眉間に突き刺さる。
着地の反動を利用してそれを抜き去った。
「グガッ?!」
魔獣が小さく声を上げた。
そしてヴィオールの翼から口を離す。
反撃が来る。
ウィルは身構え、素早く飛んだ。
ヴィオールもそれを警戒して体をまたウィルと魔獣の間に滑り込ませる。
「ヴィオール!!」
ウィルは少し怒ったように声を上げる。
傷ついてもなお、ウィルを守ろうと身を呈すヴィオールを叱りつけたかった。
「キュー……。」
ウィルを振り返ったヴィオールが困ったように小さく鳴いた。
ウィルが怒っているのはわかっているが、こればかりは許して欲しいと懇願している。
ウィルはヴィオールの背に着地した。
そして傷の具合を見る。
「……っ!!」
だいぶ酷い。
その事に顔を顰める。
竜の硬い鱗と皮膚をものともせず、深く肉に突き刺さった牙の跡。
その上そこは陰の気に侵され、竜の魔力をもってしても簡単に修復が進んでいない。
これが本物の飛竜だったなら、飛ぶ事ができなくなっていたかもしれない。
だがヴィオールは幸いな事に完全な竜ではない。
一度魂となり、守護精霊としてその存在を変えた精霊竜だ。
「ヴィオール!一度、中に戻るんだ!!」
今、自分は浄化の力が出せていない。
だが体の中、その血肉には力が宿っている。
力を外に出せなくても、ヴィオールがウィルの中に戻れば度合いはわからないが回復させられると思ったのだ。
「……キュー…………。」
「ヴィオール!!」
しかしヴィオールはそれをしようとはしなかった。
自分にとって主であり親代わりのような大好きなウィルの命令であっても、ヴィオールは聞き入れる事ができなかった。
ヴィオールにとって、ウィルは必ず守らなければならない存在だ。
守護精霊として名を持ったヴィオールの存在意義はウィルを守る事。
だからウィルの命令が絶対であると同時に、ウィルを危険に晒す場合はその指示を無視する事が出来る。
「ヴィオール!!」
ウィルは苛立った。
自分がもう二度と傷つけたくないと望むヴィオールは、自分を守る事を存在意義としている。
だから危機的状況の今、ヴィオールはウィルの言う事を聞かない。
それがどんなに口惜しく悔しい事か。
こんな事をしているうちに、魔獣が反撃してくる。
とにかく一度、状況を立て直す為にもヴィオールに自分の中に戻って欲しいというのに……!
しかし不思議な事に、魔獣がすぐ様反撃してくる事はなかった。
ウィルもヴィオールもその事を警戒して素早く動いたというのに、未だに反応がない。
ウィルは傷の具合を見てすぐにヴィオールの体を登り、魔獣の様子を見た。
魔獣はどうしたのか、少しの間動かなかった。
ウィルの浄化を受けて我を忘れるほど暴れていたのが嘘のように静かだ。
浄化の力を纏っていない今、竜葬のルーンを用いたとはいえそこまで強い攻撃ができたとは思えない。
どういう事だろうと訝しむ。
たまたま急所にクリーンヒットしてしまったのだろうか??
だが一瞬の間の後、魔獣はブルリと体を震わせた。
そして怒りの篭った目で周囲を見渡す。
目の前の飛竜、その肩に乗る人間を見つけると、忌々しそうに睨みつけた。
『……キサマ……っ!!』
「?!」
ウィルはびっくりした。
それは声ではないが、確かに魔獣はそう言ったのだ。
種族の違う精霊や魔物と意思の疎通ができる場合にはいくつかのパターンがある。
魔物の類で言葉を話すものは希にいる。
それはそれが生きる糧や欲求を満たす為に必要とするから人の言葉を話し、人と意志の疎通をはかる。
そうやって人を騙したり洗脳したりするのだ。
また人間側にその能力や才がある場合がある。
おそらくサークの義父や神仕えと呼ばれる人達は、多かれ少なかれその能力がある。
だから精霊たちと会話をする事ができる。
しかしウィルはヴィオールの言葉がわからない。
谷に住んでいたが、竜の言葉がわかった事などない。
だからウィルにその言葉を聞く能力がある訳ではないのだ。
また精神を繋げた場合、それは直接感情と感情が繋がっているので意思の疎通に言葉をかえす必要がなく、会話ができる。
そしてそれ以外で言葉がわかる場合、それはある事を意味する。
その存在が神に近いモノの場合だ。
風様の言葉がわかるのは、風様が精霊の王が一人だからだ。
ウィルはスッと背筋が寒くなるのを感じた。
元々は精霊王の直接の子として生み出され、そして独自の進化をした竜でさえ、人と言葉で意思疎通する事はない。
なのにこの魔獣はそれができる。
それまで人の世に生きてきた訳でもないのに意思疎通ができるのだ。
その意味するところにウィルは無意識に恐怖を感じた。
「……ガルムか。冥界の門番が門を破って飛び出してきやがって……。」
そこに思わぬ声が響く。
サッとヴィオールの足元を見やると、小さくて偉大なドワーフが立っていた。
ウィルの口から思わず声が出る。
「先生!!」
「だから!!先生だの師匠だのやめろ!!ウィル!!覚醒した夜の宝石に、んな風に呼ばれるほど俺は偉くも凄くもねぇ!!」
相変わらずの口の悪さに安心する。
ヴィオールの背から飛び降り、着地した。
魔獣……ガルムは、突然しゃしゃり出てきた小さなドワーフに無言のまま苛立たしげに攻撃を仕掛けた。
しかしいつの間にか、場を支配したボーンの魔法の蔦がガルムの身を雁字搦めにした。
「ご無事で何よりです。先生。」
「嫌味か!!とにかく少しの間、こいつは抑えてやるから一旦、ヴィオールをしまってやれ!いくらこいつが竜であり精霊でも、冥界の魔獣に噛まれたんだ、負に侵食され傷口から腐敗が進んだら治せなくなるぞ?!」
「わかりました。……ヴィオール!!」
ウィルの呼びかけに今度はヴィオールは素直に従った。
ガルムを押さえ込んだボーンの存在から、ウィルの危険度が下がったと判断したのだろう。
むしろ傷を負ったままこの場にいる事の方が、ウィルにとって不都合が多い。
光の状態に戻り、ヴィオールはウィルの中に戻っていく。
「……ツッ!!」
「そりゃな?地獄の門番、ガルムにまともに噛まれた傷を持ってお前ん中に戻ったんだ。オメェにも多少ダメージあるわな。」
そう言われ、ウィルはニヤッと笑った。
わかっていて戻させたボーンも人が悪いが、ヴィオールがそれだけの傷を負っていたのかと思うとガルムに対しむかっ腹が立ってしまった。
「いつ出すかはオメェに任せるが、出すなら小さめにしとけ。あんまでかいとアイツも動きづれぇだろうし、精霊とはいえ傷が開くかも知んねぇし。」
「はい。」
「それより、浄化の力は出せそうか?」
「……わかりません。でも……。」
この胸にその炎は宿っているから……。
そう言葉にしようとした時だった。
じわっとした感覚があった。
そして自分が薄っすらと青い光を纏うのを感じた。
「……あ…………。」
その光は先程までの炎とは少し違い、闇雲に燃えている訳ではない。
全身を保護するように薄っすらとウィルを包み込んでいる。
それを見たボーンが呆れたようにフンッと鼻を鳴らした。
「……なる程な。オメェの竜が中で、オメェに変わって調整つけてやがる……。」
ボーンの言葉にウィルは自分の体を見る。
ウィルは浄化の力を制御できていない。
先程まではただ、目覚めた力がコントロールできずにダダ漏れになっていただけなのだ。
体全体を大きな炎で覆う必要はない。
攻撃の為に武器などには纏わせたいが、身体そのものはそこまで力で包む必要はなかった。
「まだ力に目覚めたばかりでオメェはそれを制御できねぇ。それはわかってんな?!」
「はい。」
「で、テメェには守護としてヴィオールがついてる。そのヴィオールがオメェの中に戻った事で、守護としてその力をある程度、調整かけてんだよ。強い力はそれを扱う者の身を滅ぼす事がある。それを逆手にとりやがった。全く……できた守護を持ったもんだ!!」
ウィルは自分の胸に手を置いた。
そこにいる大切な自分の竜の子。
そしてその魂を守護精霊にして自分に与えてくれた人の事を思う。
あぁ、こんな状況でも自分は一人ではない。
愛する竜と、愛する人にいつでも守られている。
それは谷の民としてどんなに誇らしい事か。
それはウィルの中でとても温かく灯った光。
ゆっくりと流れるように、自分の中の魔力が形を変えていくのがわかった。
誰かに想われ誰かを思う気持ちが、ウィルの夜の宝石としての力を研ぎ澄ませていく。
「……ヴィオールは俺の大切な竜の子です。そしてかけがえのない人からもらった婚約指輪です……。」
大切な竜の子。
大切な愛する人。
目の前にいるガルムが意思疎通ができる存在である事も怖くない。
今、地獄の門が開きかけ、そこから混沌と絶望が絶え間なく流れ出してきているが、それももう怖くない。
それがこれ以上広がろうというのなら、その前に自分が浄化来てしまえばいい。
「ケッ!!惚気てんじゃねえ!!」
それまでの強張った表情から一転、温かい愛情に満ちた顔をするウィルに、ボーンはイライラしたように乱暴に吐き捨てた。
そんな様子がおかしくてウィルは笑ってしまう。
「グオオォォォォッ!!」
そう話している間にも、ガルムが雄叫びを上げる。
ボーンの魔法を振り払おうと魔力を放った。
陰と陽の力がぶつかり合い、空間がバキバキと音を立てた。
押さえ込むためには仕方ないとはいえ、空間が壊れれば虚無に飲まれる。
だから以前、法廷で強い力を使う時、ボーンはアレックとサーニャにその補助と空間保護をさせたのだ。
「あ~!!こんちくしょう!!面倒くせぇな!!」
そう呟くと、ボーンが懐から紙を数枚取り出す。
そこには魔法陣が描かれており、ボーンはそれに魔力を流し込んだ。
2つの紙からは突如として巨木が育ち、左右で地獄の門の間を……いや、この空間そのものを支え始めた。
どうやら寡黙なるエアーデは、もしもの時の為に空間保持の魔法を先だって用意していたようだ。
ダンジョンはダンジョンそのものが魔力を持っている為、外よりは魔力等に強くなっているが、まさか冥界から出てきたガルムほどの魔物と世界に名を馳せる大魔法師が本気でぶつかり合う衝撃に耐え切れる保証はない。
そして空間保持を担う手の空いた魔法使いも魔術師もここにはいない。
残りの紙は5枚あり、魔力を流されるとすぐに地獄の門に向かって飛んで行った。
そしてそこに張り付き、それを基準として五芒星を象って輝き出した。
「……聞け、ウィル。」
「はい。」
「出てきてきちまったもんは仕方ねぇ。危険には変わりねぇが、むしろ邪魔されずに門自体は塞ぎやすくなったと言える。確かにガルムは想定外だ。こいつはいくらなんでもこの世に出すにゃ危険すぎる……。だが、今、一番の問題は、ガルムほどの魔物すら通れてしまう冥界の門が半開きになってるって事だ。俺はまず、その門を何とかする。」
硬い意志を言葉にし、ボーンはまっすぐ前を睨む。
その姿は小さな巨人と言うに相応しかった。
ウィルも自分の師匠を見習って、まっすぐ前を睨んだ。
規格外のガルムという意思疎通すら可能とする強力な魔物。
そして世界にラグナロクをもたらす冥界から流れ出す混沌と絶望。
だが怖くない。
自分は一人ではない。
眠る力は土壇場で開花した。
そしてその力は、ガルムが正気を失って取り乱すほど強力な浄化能力なのだ。
その制御もままならないが、愛する人が自分に宿してくれた大切な竜の子が、それを手助けしてくれている。
「……わかりました。俺はその間、ワンちゃんの面倒を見ておとなしくおすわりさせておけば良いんですね?」
にっこり笑うと、ボーンは呆れたようにウィルを見た。
「ワンちゃんかよ……。」
「ええ、ガルムは世界一の犬らしいですし。俺、大きな動物は大好きなんです。」
「おいおいおい……。」
あまりの発言に、さすがのボーンも口の悪さを忘れる。
自分よりとんでもない事を言う奴を前にすると思わず正常化してしまう。
あまりの事に間の抜けた顔をするボーンに、ウィルは微笑む。
「俺の可愛い可愛いヴィオールを傷を付けたお礼がまだですからね。ルールを守れない躾のなってない子は、ガルムだろうが竜の子だろうが神様だろうが手始めにそこのルールをしっかり教えなさいと、敬愛する竜の世話役だった方が言っておりました。」
ボーンは言葉を失い頭を抱えた。
サークの伴侶になる割に、真面目でまともな男だと思っていた。
なんでそんな男がサークなんてへんちくりんをわざわざ選んだのかと……。
だがそれは大きな思い違いだったようだ。
むしろ今は、ウィルをサークは本当に受け入れきれているのだろうかとさえ思う。
コイツは下手をしたらサーク以上に頭のネジが飛んでいる。
「……竜の谷か……俺にはそこの連中を理解できそうもねぇ……。」
ボーンは思わずそんな事をボソッと呟いたのだった。
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これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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