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第五章「さすらい編」
風の生まれるところ
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リアナとラニがそこにたどり着いた時には、既にサークは呪いに全身を侵されていた。
迂闊に近づいたら、自分達も呪われてしまう。
ラニは焦って姉を見た。
それに対し、リアナは何の迷いもなく公式を解した。
それがサークに炸裂する。
「お姉ちゃん!?」
「石化よ。あのままだとサーク、死んじゃうわ。」
リアナは冷静に状況を判断した。
サークは一瞬、こちらを見た。
正気だった。
だが、正気ならなおさら、呪いを受けて耐えられる筈がない。
だから石化して時間を止めた。
呪いの侵食も弱められるだろう。
「あの子がいない……。」
ラニに言われ、リアナはハッとした。
結界の中にいたはずの血の呪いがなくなっている。
「嘘でしょ!?本当に壊したの!?」
ラニは結界に近づいた。
危険がない事を確認し、結界に手を当て魔力で中を覗く。
「……違うよ、お姉ちゃん。お兄ちゃんはあの子を壊してない。ある程度呪いだけを壊してから、あの子の魂を呪いごと取り込んだんだよ、自分に。」
「そんな事……できるの?」
「わかんない。でもお兄ちゃんはやったんだよ。」
「だって!血の呪いよ!?」
「うん。でもやったんだよ、お兄ちゃんは。」
サークらしいな、とラニは思った。
呪いの奥にあったあの子の魂を見捨てなかったのだ。
それに気づいたとして、この恐ろしい呪いを目の前にそれができる人間はほぼいないだろう。
だが、サークはそれをしたのだ。
わずかでも可能性があるのなら、自分をどれほど痛めつける事になっても今できる限りの事をする。
それが彼の生き方なのだ。
ラニはその生き様を自分の胸に刻んだ。
自分もできる限りの事をしよう。
サークの様にはできなくても、今できる事を精一杯やろう。
ラニは心に誓った。
「お姉ちゃん、早くお兄ちゃんを連れて行こう。呪いが消えたから、すぐに皆がくる。」
ラニはそう言ってサークに借りた杖を握った。
リアナはラニがサークを持ち上げようと術を使っているのを見て自分も手伝った。
「でもどこに運ぶ!?小屋に向かうと鉢合わせる危険があるわ!」
運ぶ為に魔術で持ち上げたサークを見ながら、リアナはラニに尋ねる。
リアナの言う通り、ここから小屋に向かっては村から来る皆と鉢合わせる可能性が高い。
ラニは考えた。
「……大きいお母さんのところに行こう。」
ラニの言葉にリアナもすぐに頷いた。
ウィルは一晩、清めの滝で身を清めた。
真っ白い衣装を着て見張りと共に村に戻ると、何故か大騒ぎになっていた。
走り回る年長者たちからただならぬ雰囲気を感じ取る。
どういう事だ?!
呪いが暴走したのか!?
内心、緊張が走った。
しかし大騒ぎになってはいるが、呪いが暴走した程の切迫感がない。
どうやらそう言う訳では無さそうだ。
ならばいったい何があったと言うのか?
騒ぎの為、ひとまずウィルはまた手枷と足枷をつけられ、小さな部屋に軟禁されられた。
状況がわからないのでおとなしくそれに従う。
そもそも枷などつけなくても、ウィルは自分で役目を買って出たのだ。
抵抗するつもりなどはじめからない。
けれどこの状況はよくわからない。
何事だろう?
ウィルはドアに耳を当て、外の様子を伺った。
「どういう事なんだ!?」
「わかりません!!消えたとしか……!!」
「竜の血の呪いだぞ!?消えたとしても痕跡があるだろう!!すぐに探すんだ!!」
「逃げたのではありません!!無くなったのです!呪いがもう存在しないのです!!」
「そんな馬鹿な話があるか!!竜の血の呪いだぞ!?」
「だからわからないのです!!」
竜の血の呪いが消滅した??
おそらく、そのようなことを言っている。
そんな馬鹿な事があるわけがない。
「何か痕跡はないのか!?」
「信じがたい事ですが……何者かが、魔力で呪いと争った痕跡が……。」
「竜の血の呪いだぞ!?消し去れる程の魔力などあるわけがない!!」
誰かが呪いを魔力で制した。
その言葉にハッとする。
そんなことを考えつく人も、そしてそれができるかもしれない人も、ウィルは一人だけしか思いあたらなかった。
「……サークっ!!」
たくさんの想いが一気に溢れ、涙が止まらない。
あの人がいる。
この谷にあの人が来ている。
どうやって来たかはわからない。
でも、何をしに来たのかは誰よりもわかる。
「探すなって、言ったのに……バカ野郎……。」
嬉しい。
言葉とは裏腹に嬉しくて嗚咽した。
あの人が危険を犯した。
おそらく自分を守るために。
だが相手は竜の血の呪いだ。
無傷では済まなかっただろう。
ウィルは深呼吸して気持ちを落ち着け、涙を拭う。
そして覚悟を持って顔を上げ、髪の中に隠していた針金を手に取り口に咥えた。
自分はお姫様じゃない。
待ってるなんて性に合わない。
カチンと音を立てて手枷が外れる。
手枷が外れてしまえば足枷など簡単だ。
全ての枷を外し終え、ウィルは気を引き締めた。
……すぐ行く。
ここまで来てくれたのだ。
今度は自分の番だ。
ウィルはそう思った。
ふっと目が覚めた。
何だろう?
温かい……。
ぼんやり目を開いて自分の状況を確認する。
浅い薬湯に浸かり心身を癒やされていた。
ハーブの香りが心地よい。
体はまだ動かなくて、もう一度目を閉じる。
何があったんだっけ?
胸の辺りが温かい。
ああ、ここにもうひとつの魂がある。
そうだ、これはあの竜の……。
「呪いっ!!」
俺ははっとして体を起こした。
身体中を見やる。
痛みはない。
呪いそのものが消えている。
どういう事だ?
ここはどこだ?
上半身を浴槽から起こし辺りを見回すと、洞窟を用いて作られた神殿か何かのようだった。
浅いバスタブを出て近くに目をやると、自分の荷物が置いてあった。
中から着替えを出し服を着た。
どこからか風が吹いている。
サークは風のする方へ歩いて行った。
しばらく行くと大きな吹き抜けに突き当たった。
「!!」
唖然と見上げる。
青いような白いような空のような輝き。
美しい翼のある巨大な竜がそこにいた。
穏やかな目がサークに気付き、柔らかな視線を向ける。
「体は大丈夫ですか?森の主?」
優しい歌声のようなその音は、確かにそう言った。
東の国で水神を見たからわかる。
これは神だ。
風の神だ。
サークは言葉が出ず、夢でも見ているように、その竜を見上げていた。
迂闊に近づいたら、自分達も呪われてしまう。
ラニは焦って姉を見た。
それに対し、リアナは何の迷いもなく公式を解した。
それがサークに炸裂する。
「お姉ちゃん!?」
「石化よ。あのままだとサーク、死んじゃうわ。」
リアナは冷静に状況を判断した。
サークは一瞬、こちらを見た。
正気だった。
だが、正気ならなおさら、呪いを受けて耐えられる筈がない。
だから石化して時間を止めた。
呪いの侵食も弱められるだろう。
「あの子がいない……。」
ラニに言われ、リアナはハッとした。
結界の中にいたはずの血の呪いがなくなっている。
「嘘でしょ!?本当に壊したの!?」
ラニは結界に近づいた。
危険がない事を確認し、結界に手を当て魔力で中を覗く。
「……違うよ、お姉ちゃん。お兄ちゃんはあの子を壊してない。ある程度呪いだけを壊してから、あの子の魂を呪いごと取り込んだんだよ、自分に。」
「そんな事……できるの?」
「わかんない。でもお兄ちゃんはやったんだよ。」
「だって!血の呪いよ!?」
「うん。でもやったんだよ、お兄ちゃんは。」
サークらしいな、とラニは思った。
呪いの奥にあったあの子の魂を見捨てなかったのだ。
それに気づいたとして、この恐ろしい呪いを目の前にそれができる人間はほぼいないだろう。
だが、サークはそれをしたのだ。
わずかでも可能性があるのなら、自分をどれほど痛めつける事になっても今できる限りの事をする。
それが彼の生き方なのだ。
ラニはその生き様を自分の胸に刻んだ。
自分もできる限りの事をしよう。
サークの様にはできなくても、今できる事を精一杯やろう。
ラニは心に誓った。
「お姉ちゃん、早くお兄ちゃんを連れて行こう。呪いが消えたから、すぐに皆がくる。」
ラニはそう言ってサークに借りた杖を握った。
リアナはラニがサークを持ち上げようと術を使っているのを見て自分も手伝った。
「でもどこに運ぶ!?小屋に向かうと鉢合わせる危険があるわ!」
運ぶ為に魔術で持ち上げたサークを見ながら、リアナはラニに尋ねる。
リアナの言う通り、ここから小屋に向かっては村から来る皆と鉢合わせる可能性が高い。
ラニは考えた。
「……大きいお母さんのところに行こう。」
ラニの言葉にリアナもすぐに頷いた。
ウィルは一晩、清めの滝で身を清めた。
真っ白い衣装を着て見張りと共に村に戻ると、何故か大騒ぎになっていた。
走り回る年長者たちからただならぬ雰囲気を感じ取る。
どういう事だ?!
呪いが暴走したのか!?
内心、緊張が走った。
しかし大騒ぎになってはいるが、呪いが暴走した程の切迫感がない。
どうやらそう言う訳では無さそうだ。
ならばいったい何があったと言うのか?
騒ぎの為、ひとまずウィルはまた手枷と足枷をつけられ、小さな部屋に軟禁されられた。
状況がわからないのでおとなしくそれに従う。
そもそも枷などつけなくても、ウィルは自分で役目を買って出たのだ。
抵抗するつもりなどはじめからない。
けれどこの状況はよくわからない。
何事だろう?
ウィルはドアに耳を当て、外の様子を伺った。
「どういう事なんだ!?」
「わかりません!!消えたとしか……!!」
「竜の血の呪いだぞ!?消えたとしても痕跡があるだろう!!すぐに探すんだ!!」
「逃げたのではありません!!無くなったのです!呪いがもう存在しないのです!!」
「そんな馬鹿な話があるか!!竜の血の呪いだぞ!?」
「だからわからないのです!!」
竜の血の呪いが消滅した??
おそらく、そのようなことを言っている。
そんな馬鹿な事があるわけがない。
「何か痕跡はないのか!?」
「信じがたい事ですが……何者かが、魔力で呪いと争った痕跡が……。」
「竜の血の呪いだぞ!?消し去れる程の魔力などあるわけがない!!」
誰かが呪いを魔力で制した。
その言葉にハッとする。
そんなことを考えつく人も、そしてそれができるかもしれない人も、ウィルは一人だけしか思いあたらなかった。
「……サークっ!!」
たくさんの想いが一気に溢れ、涙が止まらない。
あの人がいる。
この谷にあの人が来ている。
どうやって来たかはわからない。
でも、何をしに来たのかは誰よりもわかる。
「探すなって、言ったのに……バカ野郎……。」
嬉しい。
言葉とは裏腹に嬉しくて嗚咽した。
あの人が危険を犯した。
おそらく自分を守るために。
だが相手は竜の血の呪いだ。
無傷では済まなかっただろう。
ウィルは深呼吸して気持ちを落ち着け、涙を拭う。
そして覚悟を持って顔を上げ、髪の中に隠していた針金を手に取り口に咥えた。
自分はお姫様じゃない。
待ってるなんて性に合わない。
カチンと音を立てて手枷が外れる。
手枷が外れてしまえば足枷など簡単だ。
全ての枷を外し終え、ウィルは気を引き締めた。
……すぐ行く。
ここまで来てくれたのだ。
今度は自分の番だ。
ウィルはそう思った。
ふっと目が覚めた。
何だろう?
温かい……。
ぼんやり目を開いて自分の状況を確認する。
浅い薬湯に浸かり心身を癒やされていた。
ハーブの香りが心地よい。
体はまだ動かなくて、もう一度目を閉じる。
何があったんだっけ?
胸の辺りが温かい。
ああ、ここにもうひとつの魂がある。
そうだ、これはあの竜の……。
「呪いっ!!」
俺ははっとして体を起こした。
身体中を見やる。
痛みはない。
呪いそのものが消えている。
どういう事だ?
ここはどこだ?
上半身を浴槽から起こし辺りを見回すと、洞窟を用いて作られた神殿か何かのようだった。
浅いバスタブを出て近くに目をやると、自分の荷物が置いてあった。
中から着替えを出し服を着た。
どこからか風が吹いている。
サークは風のする方へ歩いて行った。
しばらく行くと大きな吹き抜けに突き当たった。
「!!」
唖然と見上げる。
青いような白いような空のような輝き。
美しい翼のある巨大な竜がそこにいた。
穏やかな目がサークに気付き、柔らかな視線を向ける。
「体は大丈夫ですか?森の主?」
優しい歌声のようなその音は、確かにそう言った。
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