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彼女の話
今世は穏やかに
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「伯祖母様、こんにちは。」
玄関ホールに、軽やかな若い女性の声が響く。
元は私の声も軽やかだったけれど、今の私の声は、ざらつき少しだけ低く変わっていた。
「まあ、テレサ久しぶりね。来てくれてとっても嬉しいわ。」
テレサは妹の一番下の娘の子供。
繋がりとしては薄いはずなのに、妹の子供達、孫達は私をとても大切にしてくれる。
「私も伯祖母様と会えてとっても嬉しいわ。結婚してからなかなか来れなくなってしまって、ごめんなさい。」
なかなか来れないとは言っても、テレサは月に一度は必ず我が家へやって来る。
「何を言うのテレサ、私の事は良いのよ。貴女は結婚したのだもの夫や夫のご両親、子供達を優先するのは当たり前の事でしょう? 」
「でも私には伯祖母様も大切な家族ですわ。それに私、伯祖母様に会うといつもホッとするの。」
「そう言ってもらえると、とても嬉しいわ。さあさあ、一緒にお茶でもしましょう。」
そう言って、何時もお茶をする部屋へとテレサを案内しようとする。けれど今日のテレサは、玄関ホールに立ったまま少し困った様な顔をしていた。
「テレサ?どうしたの?」
「あの・・・伯祖母様・・・実は今日、どうしても伯祖母様に紹介したい子がいるの。」
「紹介したい子?」
子と言うからには子供か女性かしら?
けれど妹の家族が私に誰かを紹介したいなんて珍しい。
それは嫌がらせとかではなく、私が会いたがらなかったから。妹も妹の子供達、孫達は、私が血縁者以外の者達を極端に嫌がる事を知っていた。だから子供達を連れて来る事はあっても、婚約者や夫や妻を連れて来る事はなかった。
屋敷の使用人達は、流石に血縁者では無かったけれど、彼等は父が存命の頃に父が選んだ者達で、新しく入った者は一人もいなかった。
「まあ、テレサもしかして・・・」
そう言って私が、視線を少し落とすと、テレサは慌てる。
「違います伯祖母様、私妊娠してませんから、というかもう無理です。私には既に7人の子供がいるの知ってますよね。流石にこれ以上は、私の身体がもちません。」
てっきりテレサのお腹に宿ったばかりの彼女を、紹介してくれると思ったのに、どうやら違うらしい。
「あら、そうなの?皆んな聞き分けの良いい、とても良い子達なのに。」
「それは、伯祖母様の前だけです。家ではメイド達も手を焼くほどの暴れん坊達なんですよ。」
テレサの子供は、息子が6人と一番下に娘が1人。
私の前ではとても行儀良く仲の良い兄妹だけれど、ずっと一緒にいるわけではないから、母親であるテレサがそう言うのならそうなのだろう。
今度、子供達とゆっくり話をした方が良さそうね。だってテレサのお腹には、既に8人目の女の子が宿っているのだもの、メイド達が居るとはいえ、出来るだけ自分達の事は自分達で出来るようにならないと、テレサが大変になってしまうわ。
それと、8人目の彼女の事はまだ、テレサに伝えないでおこうかしら。普通はもう少し大きくならなければ分からない事だし、本人も気づいていない様だから。
「そうなの?なら、いつでも預かるから連れていらっしゃいな。」
「伯祖母様、ありがとう。」
目をウルウルとさせ、心の底からそう言っているテレサに、この様子では2・3日中には連れて来るだろうから、何を準備しておくべきかしらと、子供達が喜びそうな物を思い浮かべていると、目の前のテレサがハッとした顔をする。
「違います伯祖母様!子供達の事で相談に来たのではありません。紹介です。今日は伯祖母様に紹介したい子を連れて来たんです!
伯祖母があまり人と会いたがらないのは分かっていますが、メイド達も年配になってきて、若い手が無い事が心配だという建前と、先日うっかり孤児を拾ってしまい、その子に伯祖母様の話をしたら、どうしても会ってみたいと言うので、もし会って伯祖母様が気に入れば、こちらに置いてもらえないかという本音で、連れて来たんです。」
正直過ぎるテレサの言葉に、この子、貴族の妻としてやっていけてるのかしらと心配になる。
「・・・テレサ・・・両方言っては、意味が無いと思うのだけれど。」
「うっ・・・と、とにかく、無理にとは言いません。あの子にも断られたら諦めるように言い聞かせてありますから、会うだけ会ってもらえませんか?」
話の感じから、もう連れて来ているのだしろうし、子と言うからには小さな子供なのだろう。私は子供を産む事は無かったけれど、子供は大好きだ。それに私が老婆なのだから、今の彼もきっと老人のはず。彼でないのなら、会うくらい良いかもしれない。
「仕方がないわね、馬車で待たせているのでしょう?早く連れて来てあげなさい。」
溜息混じりに言ったはずなのに、テレサは嬉しそうに顔を綻ばせ、荒々しく玄関扉を開くと馬車へとかけて行った。
・・・あの子、7人の子の母親なのに・・・気付いていないとはいえ、妊娠中なのに・・・そして、なにより貴族の夫人のはずなのに・・・全力で走って行ったわ、後で注意しておかなくては。
そう思っていると、テレサが出て行った勢いで閉まってしまった玄関扉が、けたたましい音を立てて開かれた。
「お・・伯祖母様・・・ゼェゼェ・・・連れて来ました。」
一欠片も待っていないのだけれど。
それよりお腹の子の事、それとなく早く教えてあげた方が良さそうね。このままでは、うっかりなんて事になりかねないわ。
「テレサ、走ってはダメよ。貴女貴族の婦人なのだし、最近体調が悪いんじゃない?少し顔色が悪い・・・わよ・・・」
そう言い終わろうとした時、突然私の周りから、聞こえていたはずの音、見ていたはずの風景、感じていたはずの感触。その何もかもが無くなった。
玄関ホールに、軽やかな若い女性の声が響く。
元は私の声も軽やかだったけれど、今の私の声は、ざらつき少しだけ低く変わっていた。
「まあ、テレサ久しぶりね。来てくれてとっても嬉しいわ。」
テレサは妹の一番下の娘の子供。
繋がりとしては薄いはずなのに、妹の子供達、孫達は私をとても大切にしてくれる。
「私も伯祖母様と会えてとっても嬉しいわ。結婚してからなかなか来れなくなってしまって、ごめんなさい。」
なかなか来れないとは言っても、テレサは月に一度は必ず我が家へやって来る。
「何を言うのテレサ、私の事は良いのよ。貴女は結婚したのだもの夫や夫のご両親、子供達を優先するのは当たり前の事でしょう? 」
「でも私には伯祖母様も大切な家族ですわ。それに私、伯祖母様に会うといつもホッとするの。」
「そう言ってもらえると、とても嬉しいわ。さあさあ、一緒にお茶でもしましょう。」
そう言って、何時もお茶をする部屋へとテレサを案内しようとする。けれど今日のテレサは、玄関ホールに立ったまま少し困った様な顔をしていた。
「テレサ?どうしたの?」
「あの・・・伯祖母様・・・実は今日、どうしても伯祖母様に紹介したい子がいるの。」
「紹介したい子?」
子と言うからには子供か女性かしら?
けれど妹の家族が私に誰かを紹介したいなんて珍しい。
それは嫌がらせとかではなく、私が会いたがらなかったから。妹も妹の子供達、孫達は、私が血縁者以外の者達を極端に嫌がる事を知っていた。だから子供達を連れて来る事はあっても、婚約者や夫や妻を連れて来る事はなかった。
屋敷の使用人達は、流石に血縁者では無かったけれど、彼等は父が存命の頃に父が選んだ者達で、新しく入った者は一人もいなかった。
「まあ、テレサもしかして・・・」
そう言って私が、視線を少し落とすと、テレサは慌てる。
「違います伯祖母様、私妊娠してませんから、というかもう無理です。私には既に7人の子供がいるの知ってますよね。流石にこれ以上は、私の身体がもちません。」
てっきりテレサのお腹に宿ったばかりの彼女を、紹介してくれると思ったのに、どうやら違うらしい。
「あら、そうなの?皆んな聞き分けの良いい、とても良い子達なのに。」
「それは、伯祖母様の前だけです。家ではメイド達も手を焼くほどの暴れん坊達なんですよ。」
テレサの子供は、息子が6人と一番下に娘が1人。
私の前ではとても行儀良く仲の良い兄妹だけれど、ずっと一緒にいるわけではないから、母親であるテレサがそう言うのならそうなのだろう。
今度、子供達とゆっくり話をした方が良さそうね。だってテレサのお腹には、既に8人目の女の子が宿っているのだもの、メイド達が居るとはいえ、出来るだけ自分達の事は自分達で出来るようにならないと、テレサが大変になってしまうわ。
それと、8人目の彼女の事はまだ、テレサに伝えないでおこうかしら。普通はもう少し大きくならなければ分からない事だし、本人も気づいていない様だから。
「そうなの?なら、いつでも預かるから連れていらっしゃいな。」
「伯祖母様、ありがとう。」
目をウルウルとさせ、心の底からそう言っているテレサに、この様子では2・3日中には連れて来るだろうから、何を準備しておくべきかしらと、子供達が喜びそうな物を思い浮かべていると、目の前のテレサがハッとした顔をする。
「違います伯祖母様!子供達の事で相談に来たのではありません。紹介です。今日は伯祖母様に紹介したい子を連れて来たんです!
伯祖母があまり人と会いたがらないのは分かっていますが、メイド達も年配になってきて、若い手が無い事が心配だという建前と、先日うっかり孤児を拾ってしまい、その子に伯祖母様の話をしたら、どうしても会ってみたいと言うので、もし会って伯祖母様が気に入れば、こちらに置いてもらえないかという本音で、連れて来たんです。」
正直過ぎるテレサの言葉に、この子、貴族の妻としてやっていけてるのかしらと心配になる。
「・・・テレサ・・・両方言っては、意味が無いと思うのだけれど。」
「うっ・・・と、とにかく、無理にとは言いません。あの子にも断られたら諦めるように言い聞かせてありますから、会うだけ会ってもらえませんか?」
話の感じから、もう連れて来ているのだしろうし、子と言うからには小さな子供なのだろう。私は子供を産む事は無かったけれど、子供は大好きだ。それに私が老婆なのだから、今の彼もきっと老人のはず。彼でないのなら、会うくらい良いかもしれない。
「仕方がないわね、馬車で待たせているのでしょう?早く連れて来てあげなさい。」
溜息混じりに言ったはずなのに、テレサは嬉しそうに顔を綻ばせ、荒々しく玄関扉を開くと馬車へとかけて行った。
・・・あの子、7人の子の母親なのに・・・気付いていないとはいえ、妊娠中なのに・・・そして、なにより貴族の夫人のはずなのに・・・全力で走って行ったわ、後で注意しておかなくては。
そう思っていると、テレサが出て行った勢いで閉まってしまった玄関扉が、けたたましい音を立てて開かれた。
「お・・伯祖母様・・・ゼェゼェ・・・連れて来ました。」
一欠片も待っていないのだけれど。
それよりお腹の子の事、それとなく早く教えてあげた方が良さそうね。このままでは、うっかりなんて事になりかねないわ。
「テレサ、走ってはダメよ。貴女貴族の婦人なのだし、最近体調が悪いんじゃない?少し顔色が悪い・・・わよ・・・」
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