上 下
9 / 10

食べようとしました。

しおりを挟む
重歯目さんが言った事は事実です。その時既に硬いパンとうっすいスープの毎日で、空腹の限界だったんです。そんな時に兎を見たから、うっかり昔祖父が『兎の肉は美味い。』って言っていたのを思い出して、かなり本気で食べようとしたんです。途中から食料を持って来てくれたので、食べませんでしたけど、最初の頃は、割と本気で罠とか作ってました。
だから『食べようとした』で、間違いありません。
しかし!!
腰に布を巻いただけの美形の男が、顔どころか全身を真っ赤に染め、好きになった理由が『俺の事を食べようとしから』だと言ったなら、どうだろう・・・・

勘違いされるでしょうがああああぁぁぁ!!!!

「あらら、聖女って大人しそうに見えて意外と・・・。」
「良い。俺すっごい好みだ。」
「食おうとしたのに、断っているの?何で?これで、食べ放題でしょ?」
「そもそも、魔王様が大人しく食われそうになってるって、聖女ってやるわね。」

そこの魔族達ニヤニヤしない!
何で縛られているおっさん達までニヤニヤしてるんですか!
違うから、皆んなが考えている様な事微塵も無いから。食欲の方だから。
思わず頭を抱え唸る私に、優しい声が聞こえてきました。勿論、重歯目さんではありません。

「聖女、気にするな。俺も彼女に初めて会った時、つい・・・。」

ついって何??違うから!!私、違うから。勇者さんの後ろに立っている美人さん、何で顔赤くして照れてるの。違うってば!!!

「さあどうする。魔王を食べようとし、魔王が好きだと言った女に手を出す様な、身の程知らずはそうそういない。いたとしても、俺が全力で叩き潰す。」

「わざとかあああぁぁぁ。」

「わざとだ!」

言い切るなあああぁぁぁ

「ううう・・・私の理想の恋がぁぁ・・・。」

「大丈夫だ。俺に恋をすれば良い。」

見た目とセリフは完璧なのに、何故だろう『はい』って言いたくない。

「それとも、俺が嫌いか?」

美形が悲しそうな顔をしないでください。
罪悪感が・・・

「嫌い・・・では・・ないと思う・・・」

顔と体型は!
性格は今のところ、ごめんなさいです。
総合して、嫌いでは無いと思います。

「うむ、そう言えば、魔王国にはこんなことわざがあってな『押して駄目なら引いてみろ。引いて駄目なら脅してみろ。』だから、聖女の恥ずかしい話を・・・・。」

恥ずかしい話?
ええ、ええ、いっぱい知ってるでしょうね。私が話しましたからね『内緒だからね、重歯目さんだから話すんですよ。』と言って、色々・・・本当に色々と話しました。
これぞ正しく、自分で自分の首を絞めるって事ですね!!

「いやあああぁぁぁ分かった!分かったから!!一先ず友達からでお願いします!!」

「友達? 恋・・・。」

「そんなに急には無理です。さっきまで兎だと思ってたんですよ。ここはゆっくり、ゆっくりでお願いします。」

「うむ、仕方がないか。しかし、他の男に近づく事は許さない。聖女はいずれ俺の妻となるのだからな。」

「私に拒否権は!」

「勿論あるぞ。ただ、悲しみに暮れた俺がうっかり口を滑らせる可能性もあるからな、気をつけろよ。」

「それって、拒否権が無いって言うんですよ。」

叫ぶ私とは対照的に、重歯目さんは楽しそうに笑っている。
これは、人生という名のレールに乗せ・・・縛り付けられた気がするんですが。絶対に逃れられないように、ぐるっぐる巻きにされた気がするんですが。
気のせいですよね。気のせいのはず。まだ逃げ道はあるはず。

「まっまあ、一生独身って手もありますからね。」

「そんな事は考えなくて良いぞ、聖女の好みは把握済みだ。ゆっくり、時間をかけて落としてやる。幸い見た目は、聖女の好みだからな。」

あああぁぁぁ・・・
そうですよね、言ったの私ですもんね!!
私・・・・踏み止まれますかね?






一つの国が滅び、世界の地図が書き替えられた日から2年。
上機嫌の魔王の隣には何時も、一人の女性が立っていた。

女性は時折、当たりもしないのに魔王へ拳を振り上げ、大声で怒鳴り、顔を真っ赤に染めながらも、愛おしそうに伸ばされた魔王の手を振り落とす事無く寄り添っていた。

その姿を国民達は生温かく見守り続け、更に3年の月日が流れた頃。女性の腕の中には、可愛らしい男の赤ん坊が心地良さそうに眠っていた。女性は、赤ん坊を愛おしそうに眺め、魔王は女性と赤ん坊を、眩しそうに眺めていた。

ただ、女性の怒鳴り声は変わらず、時折響いていたらしい。

しおりを挟む

処理中です...