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戦車前進!!

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 今までのこの世界の戦術では、一列に並んだ状態からの一斉攻撃が中心となる、いわゆる戦列歩兵という陣形でした。
 しかし、精度の良い銃撃戦において、それは、自軍のヒットボックスを大きくするだけという、被害だけが大きくなる古びた戦術なのです。

 俺は、5人の最小分隊でそれぞれを動かし、それを纏めた30人の小隊を作り、さらに上に纏めた300人の大隊。そして、更に上に纏めた3000人の旅団を編成し、機動に適した編成をしました。そして、それぞれに指揮官を配置し、人間の神経系統の構造に似た組織を作っていきます。

 つまり、俺が軍を指揮する脳の立場で、そこから手足に細かく命令を下すために、中継となる指揮官を置いたのです。脊髄が旅団で、腕や足が大隊。より、細かく動ける指が小隊なのです。

 ちなみにですが、企業の指示系統も、軍事を参考にして作られたのです。何度も言いますが、つまり、経営も軍事も本質とは同じものなのです。

 敵の戦線を突破する戦車旅団。敵の包囲殲滅を基本の目的とする随伴歩兵旅団。これらの旅団を中心の戦力として、俺とゲクランが指揮をとります。
 実際の訓練と戦闘の仕方については、ここでは語り切れませんが、しっかりと施していることを忘れないで欲しいです。

 さて、軍備を整えて訓練を施すと、ちょうど、伯爵から隣国のデュッセドルフから宣戦布告を受けたとの報告を受けました。

 なので、俺とゲクランは、戦車旅団を率いて最前線に準備をします。

「こんなにも大量の大砲が必要なのか? 補給は大丈夫なのか?」

「戦線の突破には、敵の縦深の全てを叩かねばなりません。前線の敵と、後方に位置する予備部隊を同時に叩くことで、敵に混乱を与えて、組織統制を削るのです。そのための大量の大砲です。それに伴う補給は問題ありません。常にトラックに物資を運ばせているので、過剰になることはあっても、今のところ不足することはありえません」

「上手くいく自信は?」

「普通にありますよ」

 平野を睨んでいると、ようやく敵の軍が見えてきました。

 俺たちの前にまで来ると、敵の指揮官が声を上げました。

「やあやあ、我こそは、騎士ファリックス!! その珍妙な鉄塊に兵士を籠らせるとは、よほどの臆病者と見える! おわっ!!」

 問答無用と言わんばかりに俺の戦車の砲弾がファリックスの目の前に着弾しました。

 俺は、面倒くさい文句は嫌いですから。

 土煙が上がって、落馬した騎士ファリックスは怯んだ様子で剣を抜きます。

「とっとと始めようぜ!! 騎士ファリックス!!」

「この卑怯者!! そんな戦場にふさわしくない者たちには私が制裁を加えてやろう!」

 騎士ファリックスがそう言うと、両翼から騎兵が一斉に飛び出してきました。どうやら、こちらを包囲する算段のようです。

 しかし、対して、こちらは分散型の陣形です。

 密集はしていませんので、縦深が短い分、戦闘正面幅も火力も遥かにこちらが上です。戦闘正面幅が広いということは、包囲もされづらい陣形であるということです。

 それに敵は愚かにも、こちらの戦車が、動けないだたの鉄塊だと錯覚しました。

 俺とゲクランは、計画通りに大砲で一斉射撃を行い、敵歩兵の全縦深を攻撃させます。

 すると途端に敵は混乱を起こして陣形を乱し、一目散に逃げだしました。

 ちなみにですが、今回は、大砲の弾は敵に当てないように指示をしています。

 傭兵程度の訓練を受けていない人間は、砲弾の雨を気にせず歩くことなど心理状態的に不可能なので、砲弾の雨を浴びせるだけで勝手に陣形が崩れてくれます。

 更に続けて、俺が戦車に指示を出し、騎士ファリックスに向けて突撃させます。

 敵の騎兵は戦車に向けて、山火事のような火球や、濁流のような水球を放つことでこちらに攻撃を行ってきますが、戦車の装甲に傷ひとつつけることはできず、次々に反撃の砲弾を受けて馬がパニックを起こし、途端に敗走を始めました。

 まあ、軍馬と言っても馬は馬です。日本が元寇を受けた際に、爆発音だけで馬が怯んで使い物にならなくなったのと同じように、大砲の音を近距離で聞いて、冷静にいられる馬など、この時代にはありません。

「貴様ら!!! 陣形を乱すな!!!」

 と騎士ファリックスが叫んでいますが、誰も言うことを聞きません。

 当たり前です。俺のとった戦術とはそういう心理面を突いた攻撃でもあるからです。

 俺はそのまま、戦車を突撃させ、騎士ファリックスを追いかけまわします。

 そして、その後ろに砲弾を撃って、ちょっかいばかりをかけます。

「おいおい! 騎士さんが逃げてて良いのかー?」

「うっさい!! 私を追いかけまわすな!! おわっ!!」

 あまりの馬の乱れように、騎士ファリックスは落馬し、急いで立ち上がって俺から逃げ出そうとします。

 そこに俺は、さらに挑発するように撃ってみせます。

「おらおら!! 早く逃げないと死んじまうぞー」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 脇目も振らず必死に逃げるファリックスを追いかけまわしていると、とうとう石か何かに躓いて転倒してしまいました。
 そこに戦車が集結して、逃げ場を物理的に無くします。

「どうする?」

「降伏する……」

 そう言いながらも、騎士ファリックスは、その高貴な顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚しながら、とうとうお漏らしまでして失神してしまいました。なんと、恥ずかしいことでしょうか。

 すると、パンパンという軽い音が聞こえてきました。

 この短い時間に敵の騎兵たちが態勢を整え直し、精度の悪いマスケット銃を撃ってきたようです。

 対してこちらは、ライフリングを刻んだライフル銃です。武器の精度が全く違います。

 敵の攻撃を弾き、完全に敗走をさせると、そのまま俺とゲクランは、騎士ファリックスを乗せて敵の城に向かって戦車を動かしました。

 こちらの戦車旅団は、諜報員の作ってくれた地図を頼りに十数キロメートルを走破すると、敵の城に向けて砲撃を開始します。

 戦車が城の外壁に穴を空けると、そのまま城の内部に兵士を侵入させ、城主の拘束に向かいます。

 俺が到着すると、既に城主は、俺たちが現れたことが信じられないといった顔をして拘束されていました。

「お前たちは誰だ!? 兵士はいないのか!?」

「兵士なら既に倒しました。私たちはあなたが宣戦布告を言い渡した国の軍隊です。投降してください」

「ファリックスは何をしている!?」

「騎士ファリックスならここに」

 俺の指示で、兵士が騎士ファリックスを城主の前に投げ出します。

 可愛そうに、ロープでぐるぐるに巻かれ、猿轡を噛まされた騎士ファリックスは失神から目覚めてしまったようで、俺たちに対して酷く怯えていました。

「くっ……!!」

「投降してください」

「どうやってこの城にまで来たかは分からないが、敗北したことだけは分かる。だが、私は決して投降はしない……! 早く殺せ!!」

 と言って、城主は敗北を認めてくれませんでした。

 そんな態度に俺が困っていると、ゲクランが前に出てきました。

「よくあることだ。敗北とは既に死んだも同然なのだから、決して自ら敗北を言うことはない。しばらく、私に城主と話させろ」

 と言うゲクランでした。話とは言っても、拷問の類でしょうから殺さないでやって欲しいです。

「今回はあまり乱暴にしないでください……」
「分かった」

 それから、城主が降伏したのは三日経った後のことでした……。

 俺が帰還すると、慣れたように市民たちは俺たちを英雄として迎え入れ、俺のことを軍神とまで称賛してくれました。

 ちなみにですが、今回のお互いの被害は0なので、まさに神業のごとき行為でしょう。

 俺も、今回ばかりは気分よく勝てました。

―――

 それから二日ほど経って、ハンブルク帝国に義勇兵を送ることが決まり、俺が軍を引き連れて行くと、既にそこは、戦火に巻き込まれていました。

 前線基地に配置される予定でしたが、陥落も時間の問題のようです。

 より、正確に表現するとなれば、前線基地の城壁は殆どが吹き飛んでおり、高台からの遠距離の魔法攻撃によって何とかしのいでいるというのが実態のようです。

 地上に目を向ければ、魔法攻撃を防ぐために重装歩兵が中心となって陣形を組んでいます。その両翼をカービン銃を装備した騎兵が防御していました。

 敵の魔族は、六目の醜悪な顔に、背中に大きな翼を備え、空中からの攻撃で人間を苦しめています。
 少しでも陣形を崩した者から空中に攫って行き、体を生きたまま貪り食っているようです。

「陣形を乱すな! 撤退したところで生き延びることは不可能だぞ!」

 全軍を指揮する将軍の頑張りの甲斐もあってか、辛うじて兵士たちは陣形だけは保っている様子です。ですが、それも限界が近づきつつあり、後方に構えている兵士たちの縦深も残り4列となっていました。

 そんな予備兵力が尽きかけている危機的な状況の中、将軍も黒魔法による火炎によって、吹き飛ばされ、乗っていた馬を失ってしまいました。

 それでも将軍は、素早く立つと、騎兵の一人から馬を手に入れ、また、指揮を始めました。

「将軍! 聞こえるか!? 俺は武田丈!! 義勇兵として参上た! これより、戦闘に参加する!」

「よくぞ来た丈殿! 皆の者! 助けが来たぞ! ここを死地とし、名誉を手に入れるのだ!」

 将軍が檄を飛ばし、兵士たちも雄たけびを上げて奮い立ちます。はち切れんばかりの声が一斉に木霊し、陣形が一気に整いだしました。

 俺も全軍に攻撃を指示します。

 俺の命令で5千両の戦車が空中に向けて一斉に砲撃を開始します。しかし、空中にいる魔族には、戦車の砲弾では連射が効かない分、まともに命中させることは難しいようでした。

 その一方で歩兵の射撃は効果的で、揃えた数が多い分、凄まじい勢いで魔族を撃ち落としてくれていました。

 俺はメモにペンを走らせます。戦車にも機銃を装備し、対空用に連射の効く装備を備えた方が良いようです。

 魔族は空中に浮かぶ者ばかりではなく、地上には巨体な魔族が後方に控えています。

 その巨体の魔族は、まさに、人間のような体つきをしており、顔は他の魔族と同じように醜悪です。

 そして、その後方で何をしているかと思えば、口から出した熱線で、一瞬で俺の随伴歩兵を溶かしてしまいました……。
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