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しおりを挟むこれは悪役令嬢が幸せになるまでの物語。
「シャルロッテ・シュミット!! お前に婚約破棄を言い渡す!」
ああ、やはり物語通りになってしまった。
諦めのため息を吐く。
私のため息を馬鹿にされたと思ったのか、アラスター皇太子殿下が、眦を吊り上げた。
横にいた『ヒロイン』の肩をぎゅっと引き寄せる。
「お前は次期皇太子妃と目されておきながら、その品位に悖る行いをした! あれほど散々忠告したにもかかわらず、未だリリアナに意地悪をしているそうだな。それから、平民だからと侮って、罵倒したと聞いた」
「そのようなこと、一切身に覚えがございません」
私はなるべく平静さを装って、はっきり答える。
大丈夫。私は何もしていない。でも、『この展開』は嫌でも、これから起きることを想起させる。
「嘘よっ!『あなたのような卑しい出身の人間はアラスター様の目に映るのさえ不敬』だって言われたわ。――私、アラスター様に近づいちゃいけないの?」
後半の台詞は瞳を潤ませて、『ヒロイン』がアラスター殿下を見上げる。
ヒロイン――『リリアナ・ティアニー』。
ピンクの髪に華奢な肩。緑柱石のようなきらきらした瞳。鼻や唇は小振りで、線が細い輪郭の中で形よく収まっている。
いかにも庇護欲を誘う容姿をしている。
それを証拠に、リリアナさんの視線を受けたアラスター殿下が、より一層彼女を引き寄せた。
「まさか! 君のように心根が美しく、優しい人こそ、皇太子妃に相応しいよ。ずっとこれからも側にいてほしい――そのためにも!」
リリアナさんに甘い眼差しを送ったあと、同じ人物とは思えない程、アラスター殿下が私に冷たい視線を送る。
「今、ここで悪女の罪をつまびらかにして、二度と婚約者を名乗ることがないように、その身分を剥奪する必要があるっ!」
殿下の力強い言葉に周りがざわついた。
私はちらりと集まった学園の生徒たちを見やった。
生徒たちは戸惑い気味の者もいれば、好奇心を隠しきれない者、こちらに侮蔑の視線を送る者、様々だ。けれど、『傍観者』といった点では皆、共通している。
この騒動を止めようとする者も、加勢する者もいない。
『悪女』はやはり、『物語通り』にたった独りで対峙するようにできているようだ。
「先日は魔法を使って、リリアナを階段から突き落とそうとしたな」
その出来事は覚えている。殿下の隣にいたヒロインが階段の上にいて、目があった途端悲鳴をあげて崩れるように手摺に捕まったのだ。
周りの生徒同様、突然のことに呆然と突っ立っていれば、リリアナさんが「今、風に押されたんです。シャルロッテ様がなにか呟いてるなと思ったら突然……」と恐ろしいものを見るかのようにこちらを見て、身を震わせた。
その後の騒動は思い出したくもない。
「やっていない」といくら言ったところで、聞いてくれないなら――
「私だという証拠はあるのですか?」
別のアプローチで対処する必要がある。
顔をあげて堂々と訊けば――
「はっ。開き直ったな」
殿下が卑しい者を見るかのように、口を歪ませて笑った。
「詠唱だけで魔法を発動できる技と魔力量を持つ者は、私とリリアナ以外、お前しかいないだろう! 私はリリアナを傷つけるなんて愚かな真似は決してしない。無論リリアナは被害者だから除外だ。その上で、誰を犯人だと指し示しているかなんて、考えるまでもない! それに普段から突き飛ばしておいて、今更お前じゃないなどという言い訳は通用しない」
「それは――!」
本当に何もしていないのに――。
入学してからまもなく、リリアナさんは私の横を通る度、決まって転ぶようになった。そして「ひどい。突き飛ばすなんて」とさめざめ泣くのだ。
何回か繰り返された末、私も学んで、リリアナさんの姿を見たら離れるようにした。けれど、結局はリリアナさんは転び、「シャルロッテ様が魔法を使って私を」と泣くのだ。勿論、私は魔法など一切使っていない。
他にも身に覚えのない罪の数々を私のせいにされた。
何故そんなことをするのか、やめてほしいとお願いしに行けば、「なんでそんなひどいことを言うんですか」としゃくりあげられる。
そういった所を殿下や他の生徒に見られるうちにすっかり『悪女』のレッテルを貼られてしまった。
「私がリリアナと親しくしているから嫉妬に狂い、皇太子妃の座が奪われると焦ったんだろう。リリアナに意地悪をする明確な理由があるのは、お前しかいないのに、お前以外誰がやるんだっ。これまでの嫌がらせの数々も、どうせ魔法を使ってやったのだろう。この魔法学園において、『授業中以外は魔法を禁ず』という規則を破っただけに留まらず、嫉妬によって神聖なる魔法を人を害するために使用した。証拠を残さないやり方はまさしく悪知恵が働く悪女といったところか」
殿下が声高に言い放つ。
「お前のように悪辣で、性根が腐った人間は、身分剥奪のうえ、国外追放が相応しい!」
そう言った瞬間、殿下にもたれかかっていたリリアナさんがくすりと笑った気がした。
でも、指さす殿下と立ち尽くす私に注視している皆は気づかない。
――ああ、やはりあなたは私と同じ――……。
そして、やはり『ゲーム』の進行通りになってしまった。
人の力ではどうすることもできないのか。
諦念して、瞼を閉じる。
受け入れる言葉を口にしようと瞼を開きかけた時――
「ちょっと待ってくださいっ!!」
声が割って入った。
「あなたは――」
驚きで目を見開く。
人の輪を掻き分け、やってきたのは――。
――『カイル・ブレイズ』。
『ヒロイン』の幼なじみであり、『ゲーム』のサポートキャラ。
カイルが私の横に並んで、殿下たちに対峙する。
「シャルロッテ様がそんなことするはずないでしょう! 一体何を見てるんですか。平民を馬鹿にした? 冗談じゃない。この方ほど寄り添ってくれた方はいないのに」
カイルがキッとそのオレンジがかった目をリリアナさんに向ける。
「リリアナ、いい加減にしろよ。お前は昔から気に入らないやつや自分に逆らうやつを排除してきたよな。殿下は騙せても、俺は騙せないぞ。俺はお前の本性を知ってるんだから」
「なっ! いい加減なこと言わないで! ただの『サポートキャラ』のくせに」
リリアナさんが焦ったように肩を跳ねさせた。
「アラスター様、信じないでください! カイルは昔から嘘つきなんです! 私のことが気に入らないからって、昔から邪魔ばっかりして、私を困らせるのが好きなんです」
「うん、リリアナのことは一番私がよくわかってるよ。君はこの世の誰より正直で優しいってことを」
「アラスター様っ」
リリアナさんが耐えきれずといった表情で、殿下に抱きつけば、殿下もそれに応えて愛しい表情で受け止める。
そんな二人を見て、カイルが鼻で笑ったあと首を振った。
「はっ。この国の将来もお先真っ暗だな。こんなのが将来の国王と王妃になるなんて」
「なっ! 貴様、不敬だぞっ」
殿下が肩を怒らせる。
「俺は正直なことを言っただけですよ。真実が見えないなんて、あんたの目はただの飾りなんだな」
「貴様、それ以上言えば――」
「殿下っ、カイルはきっとシャルロッテ様に毒されてしまったんです。庇うのはきっとそのせいです。そんな人をこのまま、この国に置いておいたら良くありませんっ。殿下のこの先の御代に災いを招くかも」
「あ、ああ、そうだな、リリアナ。――カイルといったか、貴様。悪女に迎合した罪で、身分は平民だから、身分剥奪はないが、貴様も国外追放とする!」
「そんなっ」
「それは願ったり叶ったりですね。俺も、あんたたちと同じ国にいると思うだけで、気分が悪くなるから、離れられると思うと清々するよ」
カイルは肩を竦めて、強い口調で言うも、私はそれどころではない。
私のせいで関係ない人まで巻き込んでしまった。
「待ってください、殿下っ。私のことはもう構いません。でも、カイルさんはっ」
殿下に走り寄って縋り付くも、逆に突き飛ばされてしまった。
「きゃっ」
「シャルロッテ様っ」
カイルが尻もちをついた私に駆け寄る。
「うるさいっ。もう決定事項だ。今から陛下にこのことを報告しに行く。お前の悪事と婚約破棄、それからリリアナを新しく婚約者にすることをな――行こう、リリアナ」
「ちょっと待って、アラスター様」
背を向けようとする殿下を止め、リリアナさんがこちらに駆け寄ってくる。
カイルが後ろから私を助け起こそうとしてるところへ、リリアナさんがしゃがんで私の腕を取った。
ちょうど、リリアナさんの唇が私達の耳の高さと同じになった。
「ふん。カイル、ざまあみなさい。私に逆らうからこんなことになるの。今まで『サポートキャラ』だから、気に入らなくても、何もせずに置いておいてあげたのに。殿下と結ばれたら、もうあんたなんか必要じゃないわ。それに、今まで全然サポートなんてしてくれなかったじゃない。あんたなんか側においておいても無駄だったわね」
可憐な唇のどこから、そんな言葉が出てくるのだろう。呆然と見やれば、リリアナさんがにっこり笑った。
「バイバイ」
リリアナさんがくるりと振り返って、殿下のもとに戻っていく。
「リリアナ、お前はなんて優しいんだ。放っておけばいいのに。わざわざ助け起こすに行くなんて」
「だって。シャルロッテ様は私のことを恨んでいるかもしれないけど、私自身は彼女のことを全然恨む理由はないもの。むしろ、悪いことしたかなって。こんな素敵なアラスター様を彼女からとってしまったんだもの」
『こんな素敵な』と強調して見上げれば、殿下は感激したように「リリアナっ」と叫んで彼女を抱き寄せると行ってしまった。
「大丈夫?」
ぽかんとして見送っていた私に、カイルが声をかけてくる。
「今のって……」
「ほら、言ったでしょ。リリアナはああいうやつなんだよ。今更ショックなんて受けないよ。ってか、シャルロッテ様には衝撃だったよね……?」
気遣うように首を傾げて顔を覗き込んでくる。
距離の近さにどきりと心臓が跳ねた。
「い、いいえ。私もなんとなくそんな気はしてたから。でも、始めて見たから、ちょっとびっくりしたっていうか――」
私ははっとする。
「それより! あなたまで国外追放になってしまったわ!」
「いいって、気にしないで」
明るい口調に返って、罪悪感が増した。
「ごめんなさい……」
「あ~、そんな、落ち込まないで。俺も途中から国外追放されるつもりで、言葉吐いてたところあるし」
「そうなの?」
「うん。まあこの国に未練ないのは本当だし。俺、孤児だから家族いないしさ――ごめん、また暗い顔させた」
カイルが首の後ろを掻く。
「とにかく、他の理由のほうが主だから」
「他の理由って?」
「あー、今は秘密」
何故だか、顔を赤くして誤魔化すカイル。
「とにかく、行こう。俺たち、すっごい注目されてるし、国外追放になったんなら、早いとこ出たほうがいいでしょ」
「……そうね。とりあえず一度家に帰らなきゃ。荷物をまとめなくちゃならないし」
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「実は随分前から呆れられてるの。婚約破棄されたって聞いたら、きっと勘当されるわ。国外追放とあまり変わらないかもしれない」
「そっか。俺も一度寮に戻るよ。荷物まとめたら、家の前で待ち合わせでいい?」
「わかったわ」
学園の門の前で手を振って別れる。
しばらく佇んで、カイルの広い背を見送る。
大変なことになった。
そう思うのに、不思議とそんなに落ち込んでいない。
断罪される前はあんなに国外追放が恐ろしかったのに。
今はドキドキしてるなんて、私はおかしいのかしら。
その理由に思い当たるのはもちろん、――一つしかない。
カイルの特徴のある癖っ毛が遠ざかっていくのを目を細めて見つめながら、私は過去を思い出していた。
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