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10、希望の光
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クリスティーナは暗い気持ちのまま、兄の服を着替え終わると、アレクシスの待つ公園に向かった。
頭の中はぐるぐるとひとつのことを巡っている。
(何て言ってお別れしよう。理由を聞かれたら? 本当のことは言えない。男の子だって、嘘をついてたってことがばれちゃうもの。そしたら怒るかも。そんなの嫌。今日が最後なのに嫌われたまま、会えなくなるなんて)
答えが出せないまま、公園の入り口につくと、アレクシスが待っていた。クリスティーナを見て口元を綻ばせるアレクシスを見れば、言葉に詰まってしまう。
(言えない。――そうだ、最後にしよう。今、言ったら暗い雰囲気になっちゃうよ。今日が最後なら、楽しく過ごしたい)
クリスティーナは自分にとって都合がいいことに後ろめたさを覚えながらも、アレクシスに向かって笑った。
「お待たせ」
「ああ。早く行こう。また魚釣りしようぜ。この前は上手くいかなかったけど、今日なら上手く釣れそうな気がする。爺さんみたく、早く釣れるようになりたいな」
クリスティーナたちは、前回、初めて老人から釣りの手ほどきを受けていた。
何も知らずに笑うアレクシスにクリスティーナの胸はちくんと痛んだ。
「う、うん。今日はたくさん釣れるといいね」
「上手く釣れるようになったら、競争できるといいな」
叶えられない返事の代わりに、クリスティーナは微かな笑みを浮かべたのだった。
その日、釣りの成果は、アレクシスが二匹とクリスティーナが一匹に終わった。しかし、どちらも老人から釣竿を引っ張る瞬間を声をかけて教えてもらったので、勝負には程遠かった。アレクシスは感覚が掴めたようで、次は必ずひとりで釣ってみせると言い切った。
老人と別れの挨拶を交わすとき、クリスティーナは目に力を込めて真っすぐ見上げた。
「おじいさん、釣りを教えてくれて、ありがとうございます。とても楽しかったです。すごく良い思い出ができました」
最後はきちんとしたくて言葉をあらためる。これでこれまでの感謝は伝わっただろうか。
老人は少しだけ目を見開くと、目元を和ませて、柔和に笑った。
「どういたしまして。可愛いお客さんをおもてなしできたようで、何よりじゃ。わしも楽しかったよ」
クリスティーナがほっと息を吐くと、隣に立つアレクシスも口を開いた。
「本当にありがとう、爺さん。俺もいい思い出ができたよ」
老人は並んだ二人のそれぞれ、両端にある肩を左右の手で同時に優しく叩いた。
「わしこそ感謝するよ」
満足気に微笑んで、老人はゆったりとした足取りで川辺を去っていった。
老人に叩かれた肩から勇気をもらった気がして、クリスティーナは隣に立つアレクシスに、言わなければと思った。
しかしそれより早く、アレクシスはさっと地面にしゃがむと適当な石をとって立ち上がり、腕を振りあげた。
小石が水面の上を跳ねて行く。
「あの、アレク――」
「クリスもありがとうな。俺に付き合ってくれて」
水面に呑み込まれていく石の行方を見送ってから、アレクシスが振り返る。
クリスティーナは慌てて首をふった。
「そんな、お礼を言うのはこっちだよ。アレクシスと遊べて、とっても楽しかったもの」
アレクシスは嬉しげに顔をほころばせた。
「そうか。それなら良かった」
そして、思いの丈を噴き出すように伸びをすると、声をあげた。
「ああー!! ずっとこうしてたいけど、戻らないと」
家に帰る意味にとったクリスティーナだったが、アレクシスの続けた言葉はそれとは異なるものだった。
「もうここに来られるのも、あと少しだと思う」
クリスティーナが驚きに目を見開くのを見て、アレクシスはいたずらっぽく笑った。けれどその笑みはいつものようなはじけるものではなかった。
「実はここには、こっそり抜け出してきてるんだ。でも、ずっとこうしてはいられない。俺には背負わなくてはいけないものがたくさんあるから。そのせいで色々我慢したり、犠牲を払わなくてはいけないことがあるし、この先もきっとある。なんで俺が、と思うときもあるけど、やっぱりそこからは逃げてはいけないんだ」
アレクシスの思いも境遇も、クリスティーナには覚えがあった。
アレクシスの言葉の先を知りたくて、無意識に唇が動いていた。
「どうして――」
「何故なら、俺は自分に負けたくない。自分がやれるところまでやって、それでも無理だったら潔く好きなことをしてやる。でもそれまでは自分で精一杯やってやる。周りから逃げたなんて思われたら癪だ。俺は誰にも、俺自身からでさえも自分のことを決して馬鹿にされたくないから。そうすれば自分に胸を張っていられるだろ」
てっきりアレクシスもザッカリーやその貴族令息の友人たちのように、好きなことばかりしていると思っていた。しかし、違っていた。そして、自分と戦っている。それは今までのクリスティーナには欠けていたものだった。クリスティーナは心を奮い立たせた。
(そうよ。アレクシスが頑張っているのなら、わたしも頑張ろう)
クリスティーナは一歩大きく足を踏み出すと、アレクシスに近寄った。
「実は僕もアレクシスと似たような境遇なんだ。今、アレクシスの気持ちを聞いて、決めたよ」
クリスティーナはアレクシスの手をとると、握りしめた。
「僕も自分の人生を諦めない。アレクシスが頑張っているなら、僕も頑張る。アレクシスが辛くなったら、思い出して。僕がいるって。僕も辛くなったら思い出す。会えなくなっても、自分以外にも、もうひとり、同じ気持ちを抱えている仲間がいるんだって。気持ちが同じなら、この同じ空の下、きっと心で結ばれているから」
アレクシスが驚いて、目を見開く。
クリスティーナはにっこり笑った。
アレクシスは大人達が考えている以上に、自分の立場を深く理解し、自分を律していた。しかしたった今、これまでにない衝動が沸き起こった。アレクシスは突き動かされるように、離れていくクリスティーナの手の平を追いかけ、手首をぎゅっと握ると、そのまま力強く走り出した。
頭の中はぐるぐるとひとつのことを巡っている。
(何て言ってお別れしよう。理由を聞かれたら? 本当のことは言えない。男の子だって、嘘をついてたってことがばれちゃうもの。そしたら怒るかも。そんなの嫌。今日が最後なのに嫌われたまま、会えなくなるなんて)
答えが出せないまま、公園の入り口につくと、アレクシスが待っていた。クリスティーナを見て口元を綻ばせるアレクシスを見れば、言葉に詰まってしまう。
(言えない。――そうだ、最後にしよう。今、言ったら暗い雰囲気になっちゃうよ。今日が最後なら、楽しく過ごしたい)
クリスティーナは自分にとって都合がいいことに後ろめたさを覚えながらも、アレクシスに向かって笑った。
「お待たせ」
「ああ。早く行こう。また魚釣りしようぜ。この前は上手くいかなかったけど、今日なら上手く釣れそうな気がする。爺さんみたく、早く釣れるようになりたいな」
クリスティーナたちは、前回、初めて老人から釣りの手ほどきを受けていた。
何も知らずに笑うアレクシスにクリスティーナの胸はちくんと痛んだ。
「う、うん。今日はたくさん釣れるといいね」
「上手く釣れるようになったら、競争できるといいな」
叶えられない返事の代わりに、クリスティーナは微かな笑みを浮かべたのだった。
その日、釣りの成果は、アレクシスが二匹とクリスティーナが一匹に終わった。しかし、どちらも老人から釣竿を引っ張る瞬間を声をかけて教えてもらったので、勝負には程遠かった。アレクシスは感覚が掴めたようで、次は必ずひとりで釣ってみせると言い切った。
老人と別れの挨拶を交わすとき、クリスティーナは目に力を込めて真っすぐ見上げた。
「おじいさん、釣りを教えてくれて、ありがとうございます。とても楽しかったです。すごく良い思い出ができました」
最後はきちんとしたくて言葉をあらためる。これでこれまでの感謝は伝わっただろうか。
老人は少しだけ目を見開くと、目元を和ませて、柔和に笑った。
「どういたしまして。可愛いお客さんをおもてなしできたようで、何よりじゃ。わしも楽しかったよ」
クリスティーナがほっと息を吐くと、隣に立つアレクシスも口を開いた。
「本当にありがとう、爺さん。俺もいい思い出ができたよ」
老人は並んだ二人のそれぞれ、両端にある肩を左右の手で同時に優しく叩いた。
「わしこそ感謝するよ」
満足気に微笑んで、老人はゆったりとした足取りで川辺を去っていった。
老人に叩かれた肩から勇気をもらった気がして、クリスティーナは隣に立つアレクシスに、言わなければと思った。
しかしそれより早く、アレクシスはさっと地面にしゃがむと適当な石をとって立ち上がり、腕を振りあげた。
小石が水面の上を跳ねて行く。
「あの、アレク――」
「クリスもありがとうな。俺に付き合ってくれて」
水面に呑み込まれていく石の行方を見送ってから、アレクシスが振り返る。
クリスティーナは慌てて首をふった。
「そんな、お礼を言うのはこっちだよ。アレクシスと遊べて、とっても楽しかったもの」
アレクシスは嬉しげに顔をほころばせた。
「そうか。それなら良かった」
そして、思いの丈を噴き出すように伸びをすると、声をあげた。
「ああー!! ずっとこうしてたいけど、戻らないと」
家に帰る意味にとったクリスティーナだったが、アレクシスの続けた言葉はそれとは異なるものだった。
「もうここに来られるのも、あと少しだと思う」
クリスティーナが驚きに目を見開くのを見て、アレクシスはいたずらっぽく笑った。けれどその笑みはいつものようなはじけるものではなかった。
「実はここには、こっそり抜け出してきてるんだ。でも、ずっとこうしてはいられない。俺には背負わなくてはいけないものがたくさんあるから。そのせいで色々我慢したり、犠牲を払わなくてはいけないことがあるし、この先もきっとある。なんで俺が、と思うときもあるけど、やっぱりそこからは逃げてはいけないんだ」
アレクシスの思いも境遇も、クリスティーナには覚えがあった。
アレクシスの言葉の先を知りたくて、無意識に唇が動いていた。
「どうして――」
「何故なら、俺は自分に負けたくない。自分がやれるところまでやって、それでも無理だったら潔く好きなことをしてやる。でもそれまでは自分で精一杯やってやる。周りから逃げたなんて思われたら癪だ。俺は誰にも、俺自身からでさえも自分のことを決して馬鹿にされたくないから。そうすれば自分に胸を張っていられるだろ」
てっきりアレクシスもザッカリーやその貴族令息の友人たちのように、好きなことばかりしていると思っていた。しかし、違っていた。そして、自分と戦っている。それは今までのクリスティーナには欠けていたものだった。クリスティーナは心を奮い立たせた。
(そうよ。アレクシスが頑張っているのなら、わたしも頑張ろう)
クリスティーナは一歩大きく足を踏み出すと、アレクシスに近寄った。
「実は僕もアレクシスと似たような境遇なんだ。今、アレクシスの気持ちを聞いて、決めたよ」
クリスティーナはアレクシスの手をとると、握りしめた。
「僕も自分の人生を諦めない。アレクシスが頑張っているなら、僕も頑張る。アレクシスが辛くなったら、思い出して。僕がいるって。僕も辛くなったら思い出す。会えなくなっても、自分以外にも、もうひとり、同じ気持ちを抱えている仲間がいるんだって。気持ちが同じなら、この同じ空の下、きっと心で結ばれているから」
アレクシスが驚いて、目を見開く。
クリスティーナはにっこり笑った。
アレクシスは大人達が考えている以上に、自分の立場を深く理解し、自分を律していた。しかしたった今、これまでにない衝動が沸き起こった。アレクシスは突き動かされるように、離れていくクリスティーナの手の平を追いかけ、手首をぎゅっと握ると、そのまま力強く走り出した。
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