王太子は幼馴染み従者に恋をする∼薄幸男装少女は一途に溺愛される∼

四つ葉菫

文字の大きさ
10 / 93

10、希望の光

しおりを挟む
 クリスティーナは暗い気持ちのまま、兄の服を着替え終わると、アレクシスの待つ公園に向かった。

 頭の中はぐるぐるとひとつのことを巡っている。



(何て言ってお別れしよう。理由を聞かれたら? 本当のことは言えない。男の子だって、嘘をついてたってことがばれちゃうもの。そしたら怒るかも。そんなの嫌。今日が最後なのに嫌われたまま、会えなくなるなんて)



 答えが出せないまま、公園の入り口につくと、アレクシスが待っていた。クリスティーナを見て口元を綻ばせるアレクシスを見れば、言葉に詰まってしまう。



(言えない。――そうだ、最後にしよう。今、言ったら暗い雰囲気になっちゃうよ。今日が最後なら、楽しく過ごしたい)



 クリスティーナは自分にとって都合がいいことに後ろめたさを覚えながらも、アレクシスに向かって笑った。



「お待たせ」



「ああ。早く行こう。また魚釣りしようぜ。この前は上手くいかなかったけど、今日なら上手く釣れそうな気がする。爺さんみたく、早く釣れるようになりたいな」



 クリスティーナたちは、前回、初めて老人から釣りの手ほどきを受けていた。

 何も知らずに笑うアレクシスにクリスティーナの胸はちくんと痛んだ。



「う、うん。今日はたくさん釣れるといいね」



「上手く釣れるようになったら、競争できるといいな」



 叶えられない返事の代わりに、クリスティーナは微かな笑みを浮かべたのだった。



 その日、釣りの成果は、アレクシスが二匹とクリスティーナが一匹に終わった。しかし、どちらも老人から釣竿を引っ張る瞬間を声をかけて教えてもらったので、勝負には程遠かった。アレクシスは感覚が掴めたようで、次は必ずひとりで釣ってみせると言い切った。

 老人と別れの挨拶を交わすとき、クリスティーナは目に力を込めて真っすぐ見上げた。



「おじいさん、釣りを教えてくれて、ありがとうございます。とても楽しかったです。すごく良い思い出ができました」



 最後はきちんとしたくて言葉をあらためる。これでこれまでの感謝は伝わっただろうか。

 老人は少しだけ目を見開くと、目元を和ませて、柔和に笑った。



「どういたしまして。可愛いお客さんをおもてなしできたようで、何よりじゃ。わしも楽しかったよ」



 クリスティーナがほっと息を吐くと、隣に立つアレクシスも口を開いた。



「本当にありがとう、爺さん。俺もいい思い出ができたよ」



 老人は並んだ二人のそれぞれ、両端にある肩を左右の手で同時に優しく叩いた。



「わしこそ感謝するよ」



 満足気に微笑んで、老人はゆったりとした足取りで川辺を去っていった。

 老人に叩かれた肩から勇気をもらった気がして、クリスティーナは隣に立つアレクシスに、言わなければと思った。

 しかしそれより早く、アレクシスはさっと地面にしゃがむと適当な石をとって立ち上がり、腕を振りあげた。

 小石が水面の上を跳ねて行く。



「あの、アレク――」 



「クリスもありがとうな。俺に付き合ってくれて」



 水面に呑み込まれていく石の行方を見送ってから、アレクシスが振り返る。

 クリスティーナは慌てて首をふった。



「そんな、お礼を言うのはこっちだよ。アレクシスと遊べて、とっても楽しかったもの」



 アレクシスは嬉しげに顔をほころばせた。



「そうか。それなら良かった」



 そして、思いの丈を噴き出すように伸びをすると、声をあげた。



「ああー!! ずっとこうしてたいけど、戻らないと」



 家に帰る意味にとったクリスティーナだったが、アレクシスの続けた言葉はそれとは異なるものだった。



「もうここに来られるのも、あと少しだと思う」



 クリスティーナが驚きに目を見開くのを見て、アレクシスはいたずらっぽく笑った。けれどその笑みはいつものようなはじけるものではなかった。



「実はここには、こっそり抜け出してきてるんだ。でも、ずっとこうしてはいられない。俺には背負わなくてはいけないものがたくさんあるから。そのせいで色々我慢したり、犠牲を払わなくてはいけないことがあるし、この先もきっとある。なんで俺が、と思うときもあるけど、やっぱりそこからは逃げてはいけないんだ」



 アレクシスの思いも境遇も、クリスティーナには覚えがあった。

 アレクシスの言葉の先を知りたくて、無意識に唇が動いていた。



「どうして――」



「何故なら、俺は自分に負けたくない。自分がやれるところまでやって、それでも無理だったら潔く好きなことをしてやる。でもそれまでは自分で精一杯やってやる。周りから逃げたなんて思われたら癪だ。俺は誰にも、俺自身からでさえも自分のことを決して馬鹿にされたくないから。そうすれば自分に胸を張っていられるだろ」



 てっきりアレクシスもザッカリーやその貴族令息の友人たちのように、好きなことばかりしていると思っていた。しかし、違っていた。そして、自分と戦っている。それは今までのクリスティーナには欠けていたものだった。クリスティーナは心を奮い立たせた。 



(そうよ。アレクシスが頑張っているのなら、わたしも頑張ろう)



 クリスティーナは一歩大きく足を踏み出すと、アレクシスに近寄った。



「実は僕もアレクシスと似たような境遇なんだ。今、アレクシスの気持ちを聞いて、決めたよ」



 クリスティーナはアレクシスの手をとると、握りしめた。



「僕も自分の人生を諦めない。アレクシスが頑張っているなら、僕も頑張る。アレクシスが辛くなったら、思い出して。僕がいるって。僕も辛くなったら思い出す。会えなくなっても、自分以外にも、もうひとり、同じ気持ちを抱えている仲間がいるんだって。気持ちが同じなら、この同じ空の下、きっと心で結ばれているから」



 アレクシスが驚いて、目を見開く。

 クリスティーナはにっこり笑った。

 アレクシスは大人達が考えている以上に、自分の立場を深く理解し、自分を律していた。しかしたった今、これまでにない衝動が沸き起こった。アレクシスは突き動かされるように、離れていくクリスティーナの手の平を追いかけ、手首をぎゅっと握ると、そのまま力強く走り出した。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

処理中です...