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36、自覚

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 周囲が暗闇に包まれるなか、ひとり、庭に佇んでいたクリスティーナは曲の種類が変わったことに気付いた。聞き覚えのある曲調に、ダンスが始まったことがわかった。

 アレクシスが相手を選び、進み出た証である。クリスティーナはアレクシスと別れてからずっとこの庭に佇んでいた。舞踏会の光が見えるここなら、少しでもアレクシスの近くにいられると思ったからだ。

 かすかに聞こえる弦楽器の音に合わせて、構えをとって、ステップを踏み出した。散々練習した型ではない。女性側の構えである。右手を真っ直ぐかかげ、左手はそれより少し下げた位置で肘を曲げている。

 見えない相手はアレクシスだった。

 アレクシスが一歩足を踏み出すと、クリスティーナは一歩さがる。アレクシスが左手を上にあげ、クリスティーナがくるくる回るのを見守った。クリスティーナは微笑んだ。

 両手を宙に浮かべて、ステップを踏んでいく。

 先程踊ったアレクシスの姿を思い浮かべ、その感触も思い出す。

 消えてしまいそうな音楽にのって、ひとり暗闇の中、踊った。

 アレクシスがクリスティーナの左手をとって、こちらを見ている。クリスティーナもそれに合わせて右手をあげて、回転した。そして再び、アレクシスの元へ戻る。けれど、実際戻るのは自分の知らない貴族の令嬢の姿だ。アレクシスが自分ではない誰かを見つめ、ステップを踏んでいく。クリスティーナもそれに合わせて、ステップを踏む。クリスティーナが見つめる先にアレクシスはいるが、アレクシスの見つめる先にクリスティーナはいなかった。

 そこにいるのは、綺麗なドレスを身にまとった令嬢だった。それでも、必死にアレクシスの残像を追いかけた。身を寄せ合い、こちらを見ないアレクシスの残像に向け、微笑む。するとアレクシスは、令嬢に向けて微笑む。アレクシスが自分を置いて、令嬢をリードしていく。

 置いていかれないよう、必死でステップを踏んでいく。けれど、その先に見えたのは、令嬢と微笑み合うアレクシスの姿だった。

 クリスティーナは立ち止まり、踊るのをやめた。その頬に涙が一筋流れ落ちた。胸が締め付けられるほどに痛い。

 今、アレクシスが踊っている相手は自分でありたかった。一番最初の相手でありたかった。

 あの眼差しを受けるのも、あの胸のなかにいるのも、唯一許された存在となりたかった。クリスティーナはアレクシスに恋していることを自覚した。

 同時に、それは女性に戻りたいと初めて思った瞬間でもあった。

 クリスティーナは顔をおおったまま、静かに泣いた。

 消え入りそうな音楽が夜の庭を静かに漂っていく。
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