王太子は幼馴染み従者に恋をする∼薄幸男装少女は一途に溺愛される∼

四つ葉菫

文字の大きさ
86 / 93

86、名もなき花

しおりを挟む
 全然仕事が身に入らない。

 今日、一日何度吐いたかしれない溜め息をもう一度吐く。

 頭の中はクリスティーナのことでいっぱいだ。

 思考はともすれば、懐に入った手紙に占められていく。



(今朝はああ思ったが、まだ確定じゃないしな。本当に家の事情かもしれないし。ああ、でもそれならなんで、何も告げずに行ってしまったんだ)



 朝からずっとこの繰り返しである。

 これほど自信を喪失したことなど、過去の一度もない。

 頭を掻きむしる寸前で、いつの間にか会議が終わっていた。

 アレクシスは勢いよく立ち上がり、ここにはもう用はないとばかり、足早に去っていく。

 会議室に残された廷臣たちが首を捻った。



「今日の殿下、上の空でしたね」



「そうだな。あんな心あらずの殿下は初めてだ。まあ、おかげで会議が早めに終わって助かったが」



 様子のおかしいアレクシスに、疑問に思うも、それ以上はあまり気にしないでおこうと決めた廷臣たちだった。



 一方、会議室を飛び出したアレクシスは足早に回廊を渡っていく。

 答えの見つからない手紙に囚われているせいで、じっとしていると、ずっとそのことばかりに取り憑かれてしまう。

 堂々巡りをやめるためにも、こうして少しでも体を動かしていたい欲求に駆られたのだ。



(剣術しにでも行くか?)



 アレクシスの思考を先回りしたわけでもないだろうに、向こうからちょうど騎士がやってくる。

 アレクシスに気づくと、一礼する。



「これは殿下、今日はクリスと一緒ではないのですね」



「ああ――」



(確か、クリスと仲がいいバートと言ったか)



 バートが困ったように眉を下げる。



「そうですか。渡したいものがあったのに。――また今度にします。お引き止めしてしまって、すみません」



 一礼して去ろうとするところを引き止める。



「待て、代わりに渡しておこう」



 クリスティーナは去ってしまったが、バートが渡したいものが気になった。

 バートは王太子相手に少し気がひけたものの、他ならぬ本人が言っているのだ、結局は手に持っているものを差し出す。



「すみません。では頼んでもよろしいでしょうか。これをクリスに返しておいてほしいのです」



 見れば、一冊の本だった。



「これは?」



「最近、クリスの部屋が宿舎から引っ越したのはご存知でしょう。そのときに、侍従たちが荷物を取りにきたんですが、その時の忘れ物です」



「そうか」



 アレクシスは本を受け取る。

 そういえば、内廷の三階に部屋を移すとき、クリスティーナ本人ではなく、侍従たちに任せた覚えがある。



「今日見たら、机の引き出しの中に、それだけ一冊入ってたんです。きっと見落としたんでしょう。――それでは失礼します」



「ああ」



 バートは一礼して去っていく。

 残されたアレクシスは手にとった本を見た。

 表紙に覚えがあった。帝王学を学んでいたときに、勉強に使っていた歴史の教科書だった。



(そういえば、クリスは歴史の授業が一番好きだったな)



 目をきらきらさせて、教師の話を聴き入っていたクリスティーナの様子が、昨日のことのように思い出された。

 よく手を上げて質問していた。それに自分が答えるという繰り返しだった。

 そのときのことを思い出して、アレクシスはくすりと笑った。

 つい懐かしくて、ぱらぱらとめくっていく。

 そのとき、はらりと本の間から落ちたものがあった。



(なんだ?)



 落ちたものを拾った。

 しおれてしまった白い花弁の花――。



「なんだこれは?」



 なぜ、こんなものがここにあるのだろう?

 どこかで、見たことがあるような――

 見ているうちにひらめくものがあった。



「これは――」



 いつの日のことだったか、初めてお茶会に参加した帰りのことだった。

 たまたま手にあった花をクリスティーナの耳に挿した覚えがある。



「そのときの花か?」



 見れば見るほど、その時の花に違いなかった。

 ただの、名もなきものに等しく、枯れてしまえば、とっておく価値などない花。

 とっくに捨てたと思っていた。

 なのに、どうしてここにあるのだろう。



(――なぜ)



 思い当たる理由を考えた瞬間、稲妻に撃たれたかのように、アレクシスの中で答えが落ちてきた。



「まさか――」



 理由を知るのに、時は必要なかった。

 母の言葉につられ、軽い気持ちで差しだしただけの花だった。

 たまたま自分の手元にあっただけの適当な花。

 名前も知らないような花。

 最初からあげるつもりで用意されていたわけではなかった。



「……他愛もない行動だったのに――」



 アレクシスは吐息のような言葉を漏らす。

 特別感など何もなかった。

 贈り物とも言えないもの。

 子供心の単純な行い――。

 クリスティーナだって、そのことは知っていたはずだ。

 クリスティーナにとっては、それこそ、何の意味もない花だと、思っていた。こちらの気持ちなど、何ひとつ、知らないのだから。 

 渡した本人でさえ、今の今まで記憶の片隅に浮かびあがることさえなかったというのに。

 それなのに、今、こうして己の手の中に、間違いなく存在している。

 目の前の花がクリスティーナの気持ちを伝えてくる。

 男だから、男のふりをしているから、飾るわけにも、綺麗な箱にもいれるわけにもいかない。

 一番好きな授業の本にそっとはさまれ、誰にも見つからないように、引き出しの中にたった一冊だけ仕舞われた本。

 まるで、宝物をしまう宝石箱のように――。

 答えはそれで充分だった。

 今まで悩んでいたことなど、一瞬で頭から消え去った。

 アレクシスは白い花を見つめた。

 既に枯れてしまった白い花弁の花が、せつないほど美しく、瞳に写った。

 くすんで色を失ってしまったというのに、どうしてだろう、己の手のなかでは、あの頃のように眩しく輝いて見えた。

 クリスティーナの気持ちを具現化した花だからだろうか。

 アレクシスは花を抱きしめた。

 壊れないように、けれど決して離さない宝物のように――。

 顔をあげた。

 瞳には先程までの不安も迷いも、ひとかけらさえ残っていない。 

 ただ、揺るぎない決意を宿した光だけが強く輝いている。

 これで行動しなければ、男ではない。

 何があっても、手放す気はない。

 何が起ころうと、必死につかまえに行く。

 なぜなら、持っている想いはお互い一緒だから。

 アレクシスは歩きだした。

 その歩が無意識に速くなっていく。

 途中、近くにいた騎士に声をかける。



「出かける用意を――」



「はっ。どちらへ――」



 普段王宮の外に出ないアレクシスに、騎士が戸惑いながら声をかける。



「決まってる! エメット家だ!」



 アレクシスの足はいつの間にか走り出していた。

 向かう先はただひとつ――。

 あとにも先にも、求めるひとはこの世にひとりしかいなかった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

処理中です...