王太子は幼馴染み従者に恋をする∼薄幸男装少女は一途に溺愛される∼

四つ葉菫

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88、贈り物

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「とってもお綺麗ですよ、クリスティーナ様」



 ペギーが鏡の中のクリスティーナを見つめて、嬉し涙を目尻に浮かばせる。



「ありがとう」



 クリスティーナは慣れないドレス姿に戸惑いながら、はにかんだ。



「本当にとてもお綺麗です、クリスティーナ様。きっと王都で一番の美しさですよ。だって、王太子様自ら選んで贈ってくださったドレスなんですから」



 ペギーの反対側からは女中のネイシーが、ほうっと溜め息を吐く。

 クリスティーナは頬を染めて、改めて自分のドレス姿を見下ろした。



(アレクがわたしのために贈ってくれた……)



 それだけで、どんなドレスでも充分に嬉しい。

 色は明るめのレモンイエロー。クリスティーナの蜂蜜色の髪との相乗効果もあって、全体が光り輝いて見える。

 生地の絹タフタは品のある光沢を帯びて、スカート部分がふんわりと広がっている。さらに上から同色のオーガンジーを重ねて、下の生地が透けて見える様子が、柔らかな印象だ。

 袖は二の腕の上部までと短めだが、上からチュール素材の生地が肘の上までかかり、それもまた透けているので、可愛らしい雰囲気の中で、艶めかしさも感じられ、魅力的なドレスだった。

 首元には母の形見の真珠のネックレスをつけている。見合いの時とは違って、今日は一段と光り輝いて見えるのは、クリスティーナの胸の高鳴りのせいだろうか。



「さあ、あとは髪を結って、お化粧したら完璧ですよ」



 ペギーが勢いこんで、腕まくりをする。



「この前は大して、お化粧道具もなくて、残念でしたからね。今日はクリスティーナ様を一人前の令嬢にして差し上げます」



 化粧道具片手に鬼気迫る勢いのペギーに、クリスティーナは思わず腰を引く。



「あの、ペギー、あんまり濃くしないで。アレクはあんまり白いの好きじゃないから――」



 長年傍から見ていたから今まで何回も、『白い顔で見分けがつかない』と眉をしかめて呟いていたことを知っている。

 その台詞は、半分は本心からあとの半分はクリスティーナ以外は見る気のなかった気持ちから吐き出された言葉だったが、クリスティーナはもちろん知らなかった。



「わかっていますよ。クリスティーナ様はもともと肌が白いですから、薄化粧でも充分お綺麗になりますとも。――それにしても、クリスティーナ様が、いつの間にか愛する殿方の目を気にするようになるなんて、知らず知らずのうちに成長なさるものですねえ」



「もう、ペギーったら」



 クリスティーナは恥ずかしげに顔を赤くした。



「それじゃあ、わたしは髪を結いますね」



 ネイシーが櫛を手にとって、クリスティーナの後ろに回る。



「ありがとう」



「任せてください。一番綺麗にして差し上げます」



 クリスティーナは大人しく座ったまま、二人の手にかかる。

 その間もペギーは口を動かし続ける。



「それにしても、この家に王太子様がいらっしゃった時は本当にびっくりして、心臓が飛び出るかと思いましたよ」



「ペギーさん、それ何度目の言葉ですか。もう聞き飽きましたよ」



 ネイシーが手を動かしながら、ペギーを軽く睨む。

 クリスティーナは鏡越しに見ながら、くすくすと笑った。

 ダナン地方から王都にあるこの家に戻った時、ペギーがクリスティーナにことのあらましを全て教えてくれた。

 お見合いの当日、王都にあるエメット家の屋敷に、アレクシスが前触れもなく尋ねてきたそうだ。

 王太子の突然の訪問に、ペギーは仰天した。

 クリスティーナの居場所を聞き出すアレクシスに、ペギーはなんとしても秘密を死守しなければと無礼覚悟で口を閉ざそうとした。しかし、アレクシスはクリスティーナが女である秘密を既に知っていた。その事実を知らされ、ペギーの心は折れた。

 クリスティーナの過去や従者になった経緯を洗いざらい話し、決して王家に悪意があったわけではない、クリスティーナひとりが悪いわけではないとひれ伏し、クリスティーナにお咎めがないように懇願したと言う。

 そんなペギーをアレクシスは立たせた。心配しなくて良いからとりあえずクリスティーナに会わしてほしいと言うアレクシスに、ペギーはハンカチで涙を押さえながら、ここにはいないことを告げた。包み隠さずお見合いの件を話せば、アレクシスが顔色を変えた。掴みかからん勢いでお見合い相手の氏素性を聞き出すと、慌てて屋敷を出ていったと言う。



「本当にあのときは、生きた心地がいたしませんでしたよ。あんな思いはもうこれっきりにしてください」



「そんなこと言って、ペギーさん、本当は王太子様に間近に会えて、嬉しかったんじゃありません?」



「ネイシー――」



 一段低くなったペギーの声に、ネイシーが肩を竦める。

 その時、こんこんと扉を叩かれた。



「どうぞ」



 ネイシーが声をあげれば扉を開けられ、執事のロバートが部屋に入ってきた。



「クリスティーナ様、王太子様がお見えになりました」



 クリスティーナの鼓動が跳ねた。



「ちょうど良いタイミングですね。こちらもちょうど支度が終わったところです」



「ほら、クリスティーナ様。立ち上がってください。王太子様がお迎えに来ましたよ」



 クリスティーナを無理矢理立ち上がらせ、ペギーが背中を押す。



「へ、変じゃないかな?」



 まごつくクリスティーナにネイシーがにっこりと笑う。



「王都で一番、いえ、世界で一番お綺麗です」



 今、クリスティーナは可憐で可愛らしい女性へと変身を遂げていた。

 透き通る陶磁器のような肌に、桜貝のような頬、つややかに光る唇。

 いつもひとつで括っている髪は、半分おろされ、肩に緩やかに落ちている。残りの半分は細い三編みにして、結い上げられている。つややかに光る髪のおかげで、ティアラのようにも見える。



「まるで、お姫様のようですよ」



 扉の前まで進むと、ロバートがクリスティーナを見て、顔をほころばせた。



「お美しいです、クリスティーナ様」 



「あ、ありがとう」



 慣れない格好のせいでぎくしゃくしていると、三人に半分背中を押されるようにして、二階の自分の部屋を出る。



「王太子様は扉の前でお待ちです」



 ロバートが頭を下げる。

 クリスティーナはどくどくと脈打つ心臓を感じながら、廊下を進んだ。

 アレクシスと会うのは一週間ぶりだ。

 アレクシスはお見合いの家まで、馬で駆けてやってきたのだが、帰るときもそのまま馬で帰っていった。予定も何もない突然の強行であったから、のんびりしている暇もなく、とんぼ返りの行程だった。

 クリスティーナはドレス姿のため、馬で一緒に帰るわけにも行かず、あとから馬車でゆっくり帰ってきたのだった。

 王都にあるエメット家に着いて二日後、一通の手紙が添えられ、ドレスが贈られてきた。

 手紙の内容は、アルバートとヘロイーズに結婚の挨拶をするために、今日の日付で迎えにくる旨が書かれていた。

 そのため、お見合いのあの日から、ずっと顔を合わせていない。

 こんなに離れているのは、従者になってから初めてのことである。たった一週間ではあるが、クリスティーナにとってはもっとながく感じられた。

 久しぶりに会う感覚のせいと、贈ってくれたドレスがちゃんと似合っているか不安のせいで、クリスティーナは緊張した。

 いつの間にか廊下の端にかかり、階段が姿を表す。

 クリスティーナは階段の手摺りに手をかけ、階下を見下ろした。

 扉の前にいたアレクシスがクリスティーナに気づき、顔をあげた。

 アレクシスはお披露目の時と同じく、正礼装の格好だった。

 均整のとれた体つきに、見事な衣装が映えている。

 幼いころ夢見た王子様、いやそれ以上に素敵な、クリスティーナにとってはたったひとりの王子様だった。

 燃えるような赤い瞳に見つめられ、クリスティーナは階段を降りていった。
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