傭機兵ヴィマーセ

もつる

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5:SAVIOUR FROM THE AZURE

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 朝が来て、タイダリアスの出港時刻となった。
 キータサは艦橋で最後の交信を行う。

「日数があったというのに、結局スタビライザーは応急処置のままで申し訳ない」

 画面越しに、スカイア司令が言った。

「お気になさらないでください」キータサが返す。「こちらも想定外のことでしたし、舷灯は問題なく点いています」
「では予定通りエリア・マスへ?」
「そのつもりです」
「承知しました。貴艦の航海の安全と幸運を祈ります」

 二人は敬礼を交わした。

「そしてエリア・マスと、我が国――ひいては世界の一日も早い復興を」

 キータサの言葉に、スカイア司令は強く頷いた。
 通信を終え、タイダリアスは発進準備を進める。
 主機関に火が入り、鼓動のような震えと共にエネルギーが高まってゆく。

「出力安定。斥力……基準値に到達」
「進路、周辺に障害物および生命反応無し」
「各部オールグリーン」
「船台ロック解除」

 クルーたちの言葉の最後に、キータサは言った。

「タイダリアス、エリア・マスに向けて発進!」

 強襲揚陸艦の推進器が青い光をほとばしらせ、その巨躯を宙に浮かせる。
 天へ引き寄せられるようななめらかさで、タイダリアスは高度を上げていった。
 キータサは艦外カメラ越しに、第六補給基地が遠ざかってゆくのを見守る。やがて基地は大地の緑と土色に紛れ、雲の下に隠れて、見えなくなった。
 晴れやかな蒼穹の中を、タイダリアスは行く。

 まさに順風満帆だ。

 キータサは思った。
 艦長席に深く腰掛け、背もたれに体を委ねる。
 そんな時、電話が震えた。キータサの私物だ。

「おっと、ごめんなさい」

 彼女はそう言って携帯端末を手に取る。発信者は、

「スカイア司令……?」

 すこし眉間にしわを寄せ、電話に出る。
 次の瞬間、スカイア司令のうめき声が聞こえた。

「ズマ艦長……今すぐ迎撃態勢を……!」
「司令? 迎撃態勢とはどういうことです?」

 彼女の言葉に、ブリッジクルーたちがざわついた。
 キータサは通話をスピーカーに切り替える。
 電話越しに、爆発音がした。

「襲撃を受けた……」スカイア司令が言った。「急に基地の随所で爆発が起きて……賊が……」
「すぐ助けを寄越します」
「だめだ! こっちはもう手遅れだ……」
「しかし――」
「賊にズワルトを奪われた……モンキーモデルだが、武装している上、そちらより数が多い……」

 艦に緊急通信が入る。だがキータサはスカイア司令の言葉に集中していた。
 司令は続ける。

「賊を退けたらエリア・マスへ急いでください……。ガーネットタロン、あなたの武勇は……撃墜数だけで成っているわけではないでしょう……?」
「スカイア司令……あなたは――」
「我々より、市井の人々を――」

 言葉を遮るように、また爆発音が響いた。今度はすぐ近くで。
 それは途中で聞こえなくなり、通話も切れた。
 キータサは、力なく腕を下ろす。

「艦長……」通信手の声。「エリア・マスから、緊急の救援要請です」
「詳細を」
「エリア・マス南部でシェルターとして使われていた建物が倒壊。全員の救助はできたようですが、重傷者多数。搬送先の病院も人手、機材、薬が不足しているとのことです」
「死者は?」
「現在報告無し。ですが時間と共に……」
「……他には?」
「北東部の山岳地帯で地滑りが発生。戦災孤児らの住居として使われていた飛空船舶の残骸が巻き込まれたようです。現在地元のライドールが支えているようですが、長くは持たないかと……」
「ナイトフェザーに出動命令を。カーゴクランプ装備で、医療スタッフと機器、薬品をありったけ載せて南部へ」
「了解。北東部はどうします?」
「ライドール隊に救命装備で出動命令。編成は……」

 索敵手が声を上げた。

「センサーにライドール編隊の反応! 六時の方角……ズワルトです!」
「司令の言った通り……」

 キータサは歯を食いしばり、指示を出す。

「ズワルト三機は敵編隊の迎撃! ブラックヴィマーセ、ピースキーパーは救命装備でエリア・マス北東へ!」


  ◇


 ラジービはパイロットギアを着け、両手にグローブを嵌めながら格納庫に至る。
 ライドールのパイロットが利用するキャットウォークを進んでいると、下の階に目が行く。クルーが駆け回り、出動命令を受けた艦載機が発進準備を整えていた。
 エアクラフトグレーの機体色に青紫のラインを描いた、オリヴィン専用ガルヒル<ナイトフェザー>がクランプの換装をしているのが見える。
 素体を換装設備でリフトアップし、主翼両端に伸びたアタッチメントシャフトを前後からクランプの構造物で挟み込んでいた。
 カーゴクランプの後部ハッチが開き、控えていた医療班が機材や医薬品を入れたコンテナと共に乗り込んでいく。

 今度こそ助けられますように。

 ラジービは祈りと共に、ブラックヴィマーセのもとへ至った。
 機体の腰部ハードポイントにはプラズマカッターと、展開式の人員輸送用バスケット大小をはじめとしたさまざまな道具がマウントされている。隣のハンガーに駐機してあるピースキーパーも同じく救命装備だ。
 コクピット内に乗り込んで回線を開くと、指揮所と他のライドール、そしてナイトフェザーらと繋がった。
 アトギソンが真っ先に言う。

「艦長、こっちに向かってるズワルトですがね、一機だけでも捕獲させてもらえませんか? コイツは何か裏があります」

 彼の言に、ラジービは昨夜のことを思い出した。おそらくバッド=リーとシフリンも同じだろう。
 キータサは答える。

「もちろん。基地内に爆弾が仕掛けられていたと私は睨んでる。軍の内部に裏切り者がいる可能性も」
「爆弾……!?」ファリーダの声。「司令官や、基地の方たちは……?」
「……残念だけど……」

 その言葉に、ラジービはフェイスガードの裏で歯ぎしりする。
 キータサがまた言った。

「今はエリア・マスの人々の救助が最優先。新しい情報が入り次第、そちらに転送させるから端末の同期は忘れないで」
「了解」

 するとオリヴィンが声を上げた。

「艦長、発進準備完了しました」
「OKただちに発進して」

 キータサからのGOサインが出て、ナイトフェザーを載せたエレベーターが上昇する。
 飛行甲板へと至ると、

「オリヴィン・ライト、ナイトフェザー出る!」

 甲板の向こうからエンジンの轟音が振動となって伝わり、遠ざかっていった。
 続いてライドール隊発進の番だ。
 タイダリアスの両舷ハッチが開く。
 ブラックヴィマーセ、ピースキーパーは右舷から艦首側に、三機のズワルトは左舷から艦尾側に向き、艦外へ出た。

「ライドール編隊を視認!」

 アトギソンが言う。
 次の瞬間、タイダリアスを追うライドールたちが撃ってきた。弾は半実体エネルギー弾で、数発が横をすり抜けていった。
 アトギソン機が撃ち返す。

「ここは俺たちが食い止める! オマエたちは早くエリア・マスへ!」
「了解!」ブラックヴィマーセは駆け出す姿勢をとった。「ご武運を!」

 ブラックヴィマーセとピースキーパーはぐんと身を屈め、大跳躍する。
 二機のフライトユニットが空中で斥力スラスターを光らせた。
 アトギソン機、バッド=リー機、シフリン機も敵編隊へ飛び立ち、砲火を交える。
 ラジービはにわかに後ろを振り向き、母艦と戦友らに向けて敬礼した。


 ブラックヴィマーセとピースキーパーは、タイダリアスからのデータを受信した。エリア・マス北東部の被災現場の追加情報である。
 ラジービはコンソールを操作し、送られてきた画像をサブモニターに表示させた。

「ピースキーパー、エリア・マスの追加情報を?」
「はい、今見てます。……支えてるライドール……右腕が無い……」

 限界までズームした写真らしく、詳細まではわからないが確かに件のライドールは右の肘から先が欠損している。左腕と、両肩、後頭部で船の滑落を止めているのだろう。
 ファリーダが言った。

「わたしたちで加勢して、三機がかりで船を安全に降ろせないでしょうか?」
「……それは難しそうだ。この機体の足場になってる地面……ギリギリで一機分のスペースしかない。それにフライトユニットを装備してない」

 ラジービは船に注視する。大きさ自体はさほどでもないが、支えているライムグリーンのライドールは足首が地面に埋没しきっている。土砂もまだずるずると、緩慢ではあるが確かに流れ落ちていた。

「この船はもともと万能型の探査船だったんだろう。飛行や水上航行以外にも、潜水までできるタイプでかなり重い。ライドール二機の推力と手持ちの牽引ワイヤーでは危険だ。緩衝フルードも漏れてる」

 彼は言いながら、地元の消防隊の情報を見てみる。ライドール隊が向かっているようだが、皆フライトユニット未装備か使用不能で、自分たちよりも早い到着は見込めない。
 ラジービはすこし沈黙を挟んで、言う。

「近づいたら生命反応の位置を確認して、船体をプラズマカッターで切り開くんだ。それからバスケットに要救助者を乗せて、安全な場所まで避難させよう」
「わかりました」
「……ひとつ朗報だ。ナイトフェザーが到着したよ」

 ラジービは、僚機の位置情報を見て言った。


  ◇


 オリヴィンは海沿いに、大きな白い建物を目視した。病院である。
 中央広場へ目掛けて、ナイトフェザーの降下準備に入る。
 機体底面の斥力スラスターを垂直に噴かし、展開したランディングギアが地面に着くと同時にカーゴクランプの後部ハッチを開けた。
 駆け出た医療スタッフが病院の人々と共に負傷者のもとへと急ぐ。
 それを見送りながら、彼女はキャノピーを開けた。
 すると、上空から風を切る音とエンジン音の混じった轟音が聞こえる。
 仰げば北東へと真っ直ぐに飛んでゆく、黒と純白のライドールが見えた。


  ◇


 ブラックヴィマーセ、ピースキーパーの両機は現場を視認できる距離まで到達する。
 船体は横倒しになっていて、地面に固定していたであろう何本ものワイヤーや錨鎖が切れて垂れ下がっていた。まだ数本、船の重みに負けることなく繋がっているものもあるが、気休め程度なのは明白だった。

「あのライドール……リヴァケープか」

 ラジービは言った。

「パワーはビンシーと遜色ないが、右腕を外した状態では……」

 二機はカメラアイの設定を変更し、船周辺の生命反応を確かめる。
 ファリーダが言った。

「船首に反応が集中してます!」
「ああ、確認した。ブリッジにも一人……」

 ラジービは頷く。

「船首側から助けよう。わたしが船体を支えるからその間に頼む」
「はい!」
「通信回線をオープンに。――ゆくぞ!」

 直後、右腕の無いライドールがにわかに傾いた。
 ブラックヴィマーセは船体の下に潜り込むように弧を描き、支える。
 軋む音と共に船の重みが伝わってきた。
 それまで一機で支えてきた、ライムグリーンのライドール、リヴァケープがかすかに首をこちらへ向ける。

「助けに来ました」ラジービは言った。「よくここまで……」
「ヴィマーセか……消防のと同じだな」

 パイロットの笑い声。

「顔が違うんで一瞬わからなかったぜ」
「タイダリアスの者です」
「そりゃあ心強い」

 言っているうちに、ピースキーパーが船首側に回り込んだ。
 プラズマカッターの脱落防止ストラップを手首に通し、マウントを解除する。
 が、ピースキーパーは船窓を覗き込んだ姿勢のままだ。
 ファリーダがつぶやく。

「子どもたち……怯えてる……」
「だろうな……」

 とラジービ。
 リヴァケープのパイロットも、

「仕方あるめえ……。車椅子のコだっているんだ。どうか穏便にたのむぜ……」

 と言う。
 すると、ピースキーパーのコクピットハッチが開くのが見えた。
 ラジービはファリーダが己の姿を晒していると察する。
 同じ人間であると、子どもたちに伝えているのだ。

「怖がらないで」ファリーダの声。「助けに来たよ。さあ、火傷しないように下がって、目を閉じていて」

 しばらくすると、またコクピットハッチが閉じた。
 ピースキーパーがプラズマカッターを構える。

「プラズマカッターを使います!」

 ファリーダの声と共に、甲高いレーザーの照射音がした。
 白熱の光を散らし、船体が切り開かれてゆく。
 下から上へ、そこから横にカッターをスライドさせ、上から下へ。
 プラズマカッターをホルダーに戻し、腕ずくでこじ開ける。
 痛々しい、金属の歪む音が耳をざわつかせた。けれど文字通りの活路がそこに現れた。
 ピースキーパーは深型の救助バスケットを展開し、切った船体の壁で作った滑り台の下に持ってくる。

「さあ乗って!」

 子どもたちが、年長の少年少女の誘導で次々とバスケットに飛び込んでいく。途中、車椅子に乗った子どもをバスケットに乗った全員で抱え上げるのが見えた。
 最後に年長たちが飛び降りる。
 船首側の全員を助けて、ピースキーパーは両腕でやさしくバスケットを抱きしめた。

「もう大丈夫だよ」

 そのファリーダの声を耳にして、ラジービはフェイスガードの裏で微笑む。

「消防団の方たちに保護を頼みに行ってきます」
「ああ。任せた」

 純白のライドールが飛び去っていくのを、ラジービは見送った。
 次の瞬間、船体の最後のワイヤーが切れる。
 ブラックヴィマーセとリヴァケープに、急に負荷がかかり、バランスを崩しかける。
 リヴァケープが両膝をついた。

「もう持たん!」
「あと一人、ブリッジにいる!」
「なら持たせる! 早く行ってくれ!」
「わかった!」

 ブラックヴィマーセは支える手をそっと離し、プラズマカッター片手にブリッジへ回り込む。
 窓から人の状態を窺うと、大人が倒れていた。おそらく気絶しているのだろう。
 プラズマカッターで外壁を溶断し、要救助者への最短ルートを作る。
 それから浅型のバスケットを展開し、開口部に控えさせた。
 ラジービはシートベルトを外しながら機体をホバリングモードに切り替え、機を降りる。
 倒れている大人に駆け寄りながらユーティリティターミナルを持ち、メディカルチェックを行った。
 端末のセンサーを大人にかざし、状態を確かめる。
 見た限りでは頭部からの出血以外に外傷は無いが、だからこそ軽率に動かすのは危険だった。
 まもなく診断結果が出る。
 手足と胴体には軽い打撲。頭部に浅い裂傷。意識消失は脳震盪のせいらしい。
 ラジービは端末を納め、ファイアーマンズキャリーで大人を抱える。
 出口に向かって走り、バスケットの柔らかい内張りを両足で踏みしめた。そこに大人を寝かせて安楽体位に整える。
 そしてブラックヴィマーセに乗り直し、船から離れる。

「救助完了!」
「よおしわかった! ありがとよ」

 だがその時、リヴァケープから異音がした。
 エンジンからだ。空ぶかしのような音が断続的に聞こえてくる。
 ラジービはその音の理由を知っていた。

「燃料切れ――!」

 ライドールが船ごとぐらりと傾く。

「脱出を!」

 叫ぶラジービの視界の端に、白い光が横切った。
 ピースキーパーである。
 戻ってきたピースキーパーはリヴァケープの左腕を自らの肩に回し、地面を蹴って空へ逃れた。
 船が山の斜面を滑落し、土砂と共に幾度もバウンドした。その度にすさまじい衝撃音を伴う振動が起きて、船体を砕いていく。
 生い茂った木々をへし折り、鳥たちが散るように逃げていくのが見えた。
 最後に船は麓を流れる川に叩きつけられ、遅れて滑り落ちてきた岩雪崩に潰される。
 泥と、船から流出したオイルと、劣化して粘性を失った緩衝フルードが川の流れに混じって水を汚していた。
 けれど静けさが戻ってくると、ラジービたちは心に涼やかさを感じた。
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