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第005話 クーナとお昼寝

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 村から徒歩で1時間と少しの距離に街はある。
 そこそこ大きな都市『ローゼンポートデール』。
 長い名前を略して『ローゼン』と呼ばれている。

「わぁー、人がたくさんいるなのー!」
「クーナみたいに背が小さいと人混みに酔うかもな」
「おとーさん! クーナを子供扱いしたら駄目!」

 以前「だって子供だもん!」みたいなセリフを聞いた気が……。
 そこを突っ込むのは野暮だと思ったので、「へいへい」と流しておく。

「さて街に来たわけだけど、何をすっかねぇ」

 俺にこれといった目標はない。
 一応はランクアップすることで冒険者としての名誉を……などと思ってはいるけれど、それは本当に“一応”である。心の底から渇望しているかといえばまるで違っていて、どちらかといえば「冒険者はそういうものだから」程度のゆるーい理由からであった。
 だから、連日に渡って遮二無二クエストをこなそうとは思わない。

「おとーさんは街に来たら何をするの?」

 クーナがつぶらな瞳を向けてくる。
 何が楽しいのか表情はニコニコしており、尻尾もフリフリ。
 俺は「滅多に来ないけど」と前置きをしてから答えた。

「小舟を借りて近くの川で昼寝したりするよ」

 なーんにも面白くない過ごし方だ。
 ところがクーナはそのように思わなかったらしい。

「楽しそうなの! クーナそれしたい!」
「それって、小舟で昼寝?」
「うん! クーナも川でお昼寝する!」
「お、おおう……」

 どこに楽しそうな要素があるのだろうか。
 俺には理解できなかったが、クーナが望むならかまわない。

「じゃあ、小舟のレンタルを借りにいこう」
「やったぁー! いこーいこー!」

 こうして、俺達は街に入ってすぐに街を出るのであった。

 ◇

 小舟をレンタルした俺達は、近くの川にやってきた。
 流れが緩い上に浅いので、転落しても濡れるだけで済む。

「あとはこいつを川に置いてっと」

 説明しながら小舟を川に向ける。
 クーナと力を合わせて「せーのっ」で川にポイッと。
 川に小舟を浮かべると、舟の先端を掴んで固定する。

「クーナ、先に乗るんだ」
「ありがとーなの! おとーさん!」

 クーナがピョンと飛び、小舟に着地した。
 それから俺を待たずに寝始めるので、「待て」と止める。

「寝るのは俺が乗ってからにしてくれ」

 乗る前に寝られると足場が減って乗りにくいからだ。
 クーナが「早く早く!」と急かす中、俺はマイペースに乗った。

「あとはオールを隅に置いて寝るだけだぞ」

 最初に俺が寝転ぶ。
 仰向けになり、お天道様に身体を向ける。
 続いてクーナが俺の上に寝転んだ。
 うつ伏せでくるかと思ったが、今日は仰向けだ。
 大の字で寝る俺の上で、クーナも大の字である。

「わぁー、ぽかぽかして気持ちいいなのー!」
「それだけが魅力だからな」

 小舟が川に流されていく。
 川の力に従って、ゆらゆら、ゆらゆらと。
 船酔いを誘発しない小気味よい揺れが、眠気を誘う。

「これで寝ちまうと起きた時が大変で――」
「むにゃにゃぁ……むにゃにゃぁ……」

 言うより前にクーナはお昼寝に突入しているのであった。
 俺は「やれやれ」とため息をつき、クーナの身体をギュッと抱く。

「俺も少しばかし寝ておこう」

 川の流れに身を任せながら、お日様の下で俺も眠るのであった。

 ◇

 自分で言った通り、起きた後は大変だった。

「どこぞここ!?」
「ふぇぇぇ!? 日が暮れてるなの!」

 俺達が起きた時は、既に夕日が沈みかけていた。
 それに結構な距離を流されたようで、現在地も定かではない。

「とりあえず近くに上陸するぞ」

 俺はオールを漕いで小舟を陸に突っ込ませた。
 上陸すると即座に舟から降り立ち、額に手を当て周囲を見渡す。
 俺の姿が面白かったのか、クーナが真似して額に手を当て左右をチラチラ。

「うーむ……分からん」
「うーむ……なの!」

 話し方まで真似するものだから、デコピンをお見舞いした。
 優しくしたのに、クーナは「痛いなの!」と頬を膨らませる。
 軽くやって痛いのなら、本気でやると額に穴が開きそうだな。

「ま、川の流れから察するにあっちの方角が正解だろう」

 俺は適当に当たりを付けて進み始める。
 すると、クーナが「おとーさん!」と呼んできた。

「どうした?」
「舟は置いていくなの?」
「もちろんさ」
「借り物じゃないなの?」
「借り物だよ」
「返さないと駄目なの!」
「めんどいから罰金を払うよ」

 舟のレンタル料は銀貨1枚で、
 紛失した場合は罰金として銀貨5枚が請求される。
 俺は運ぶのが面倒という理由から、いつも罰金を払っていた。

「借りた物は返さないと駄目なの!」
「返さない奴の為に罰金があるから問題ないのさ」
「そんなの……ぶぅーなの!」

 どうやら俺の考えが気にくわないらしい。
 クーナが後ろから尻を叩いてきた。
 だからといって、俺の考えは変わらない。
 ビショ濡れの小舟を運ぶなんざゴメンだ。

「文句があるなら1人で持ちな。さっさと行くぜぇー」

 日が沈んでいることもあり、早足で歩く俺。
 そこに――。

 カプリ。

「アンギャアアアアアアアアアア!」

 クーナが尻に噛みついてきたのだ。
 俺のケツに彼女の小さな牙がグサリと突き刺さる。
 当然ながら血は出るし、当たり前に痛い。

「わるいわるいおとーさんにおしおきなの!」
「ヒィィィ……」

 指に続き、俺の尻までも悲鳴を上げる。
 だからといって「痛い思いをしたなら罰金はなしでいいよ」なんてことにはならず、街に戻ったらいつものように罰金を支払うのであった。
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