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002 開業の準備

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 第二の人生を満喫する為、〈モザン〉にやってきた。
 比較的小さな辺境の町で、主要な都市からは随分と離れている。
 その為、慢性的に様々な分野で人手が不足していた。
 何でも屋を開業しようとする俺にとって、この上ない所だ。

「いらっしゃい、泊まっていくかい?」
「とりあえず1泊だけ」
「はいよ、1000ゴールドね」

 町に着くと最初に宿を確保した。
 場所が場所だけに、宿代はとてもリーズナブルだ。
 それでも、貧乏極まれリの俺にとっては痛い出費だった。

 勇者はお金を必要としない。
 国王より発行される特殊な証により、全てが無料だからだ。
 宿代に武器代、果てには娼館で遊ぶ金まで、全てを国が負担してくれる。
 常にS級以上の敵と戦って平和を維持するからこその恩恵だ。

 そんなわけで、元勇者の俺は無一文に近い状態である。
 店を構える以前に、その日を生き抜くだけで精一杯だった。

「その場を凌ぐ為の食い扶持は適当に稼ぐとして……」

 まずは開業の手続きだ。
 新たに商売を始めるなら、役所に行って開業届を出さねばならない。
 宿屋で部屋を確保した後、直ちに役所へ向かった。

 ◇

 役所にて。
 開業に関する手続きはサクッと終了した。

「最後に確認しますが、店名は“何でも屋”で、業種は“傭兵業”。そして、開業者の名前は“ロイド”様で間違っていませんか?」
「それで合っています」

 何でも屋は傭兵業として登録した。
 傭兵業が最も税金を安く抑えられるからだ。
 それに、金で依頼をこなすという点は傭兵に似ている。
 あながちズレた業種とも言えなかった。

「傭兵業として開業するのに、冒険者でないというのは珍しいですね」

 手続きの時に、役所の担当者が云った。

「冒険者なのが普通なんですか?」
「傭兵の仕事は冒険者と親和性が高いですし、何より冒険者であれば税金を更に安く抑えられます。冒険者はモンスターと戦う職業ですから、税制面では何かと優遇されていますので」

 その辺のことはあまり知らなかった。
 俺は冒険者でなく勇者だったので、税金が免除されていたのだ。
 金が貰えない代わりに、金について考える必要がなかった。
 実質的には、金が無限にあるのと同じ状態だったのだ。

「冒険者登録って、たしか、簡単な手続きで出来ましたよね?」
「はい。ですから、冒険者になることをオススメしますよ」
「分かりました」

 担当者の勧めに従い、冒険者になる為の登録を行うことにした。

 ◇

 冒険者ギルドにやってきた
 冒険者になる為の登録及び冒険者としての仕事を受けられる場所だ。

「これで冒険者登録は完了です」

 登録は想像以上にあっさり完了した。
 受付で名前と年齢と種族を紙に書いただけだ。
 つまり、「ロイド」「24歳」「人間」と書いただけでおしまい。

「早速、クエストを受けられますか?」

 受付嬢が訊いてくる。
 クエストとは、冒険者がこなす依頼のこと。
 内容は往々にしてモンスターの討伐だ。
 モンスターを狩るという点においては、勇者と変わらない。

 冒険者と勇者の違いは行動原理にある。
 冒険者が金の為に戦うのに対し、勇者は世界平和の為に戦う。
 また、冒険者は誰でもなれるが、勇者になるのはS級以上の実力が必要だ。

「受けます」

 二つ返事でクエストを受けることにした。
 本当は勇者の真似事などしたくないが仕方ない。

 冒険者の稼ぎが、他の職業を圧倒しているからだ。
 その上、クエスト報酬は即金で支払われるときた。
 何でも屋の開業資金を得る為にも、ここはクエストを受けるしかない。

「かしこまりました。ロイド様はGランクなので……」

 俺の冒険者ランクは最低のG。
 元勇者であろうと、新米冒険者なことに変わりはない。

「ゴブリンかスライム退治になりますね」

 凄まじいレベルの雑魚だ。
 まさかこの歳になってこんな仕事をせねばならないとは……。
 自殺したくなるレベルの虚しさがこみ上げてきた。

 ただし、それ以上に報酬が酷い。
 G級の雑魚を狩って得られる報酬は、普通の仕事と大差ないのだ。
 生活費の足しにしかならない。何でも屋の開業資金など論外だ。

「もっと強い奴はお願いできませんか?」

 ダメ元で交渉してみる。
 案の定、受付嬢は首を横に振った。

「そういうことは申し訳ございませんが……」
「ぐぬぬ」

 ゴブリンやスライムを狩るしかないのか?
 少し前までレジェンドドラゴンやアークデーモンと戦っていたのに。

「どうやっても高ランクのクエストは受けられないのですか?」

 食い下がった。
 受付嬢は困惑気味に俺を見つめる。

「ロイド様でも高ランクのクエストを受ける方法が1つだけございます」

 立ちこめる暗雲に一筋の光が差した気分だった。
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