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017 マナーに違和感

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 子爵の依頼を遂行するため、目的地に向かった。

「ここのはずだが……」

 ところが、合流ポイントには誰も居なかった。
 少し遅刻したとさえ思ったのに、むしろ早すぎたのだろうか。

「おや?」

 よく見ると、地面に微かなタイヤの跡が残っている。
 馬車が通ったようだ。

 だからといって事件性があるわけではない。
 〈モザン〉から他所の都市に行くなら必ず通る道だからだ。
 他の馬車が通った時に出来た跡だろう。

「すれ違うとは思えないが……」

 ここから〈モザン〉までは一本道だ。
 万が一にもすれ違いになるなどありえない。
 となると、俺の到着が早すぎたのか。

「おっ」

 アレコレ考えていると馬車がやってきた。
 客車には、控え目ながらに豪華な装飾が施されている。
 間違いなく王族用の馬車だ。
 馬車は俺の前で止まった。

「そなたが護衛の者か?」

 御者の男が尋ねてくる。

「そうです。ベルクード子爵の使いです」

 念のために丁寧な口調で話す。
 慣れていないので敬語とかよく分からない。
 ま、問題はなかろう。

「護衛を頼む」
「分かりました」

 歩きだそうとする。
 しかし、ふと疑問を抱いた。

「ところで、そちらの護衛はどうしたのですか?」
「……護衛とは?」
「俺、いや、自分はここで護衛を交代すると聞いていました。しかし見たところ、護衛の姿が見当たりません。もしかして、道中で賊にでも襲われてしまいましたか?」

 御者が固まる。
 それほど難しい質問とは思えないが。

「いや、それは何かの間違いだろう」
「何かの間違い?」
「護衛など元からいなかった」
「そうですか」

 御者がそう云うのならそうだろう。
 すると、子爵と国王の間に伝達ミスがあったか。

「それよりさっさと進んでもらえないか?」

 御者が急かしてくる。
 やれやれ、せっかちな奴だ。

「分かりましたよ」

 町に向かって歩き出した。

 ◇

 道中は至って平和だった。
 魔物や賊が伏せているような気配はない。

「ところで、今回はどうして我が町を選ばれたのですか?」

 これはずっと疑問に感じていた。
 何かしらの理由で王都を離れるにしても、〈モザン〉は遠すぎる。
 こんな辺境の町に王族がくるなど、異例中の異例だ。

「それをそなたに話す義理はないだろう」

 御者が答えた。
 そのことに強い違和感を覚える。

(もしかして……)

 確かめておく必要がありそうだ。

「〈モザン〉には来られたことがありますか? いい町ですよ」
「口を慎め、仕事に集中しろ」

 またしても御者が答える。
 俺は足を止めた。

「どうした、早く進め」
「いや、移動はここで終わりだ」
「なんだと? 貴様、もしや子爵閣下の使いというのは嘘か!?」
「そういう演技はよせ。そちらこそ何者だ」
「なんだと?」

 御者の眉間に皺が寄る。
 明らかに緊張感が漂っていた。

「お前の反応、本物の御者とは違うんだよ」
「はぁ? 何を云っている」
「分かっていないのか……」

 この時点で、御者が偽者だと確定した。
 どうせだから種明かしをしてやろう。

「俺が客車の中に居るであろうVIPに質問した時、お前は伺い立てることなく返答しただろ。普通はありえない。VIPに対する質問に、御者のお前が勝手に答えるなどマナー違反も甚だしい。それは礼儀に疎い俺でさえも知っている常識の中の常識だ。にも関わらず、お前はどうどうと2度も続けてそれを犯した。本物の御者ならありえないことだ」

 御者の表情が歪んでいく。

「ハッハッハ! こんな若造に見抜かれるとはなぁ!」

 正体を現わしやがった。

「おいおい、ヴリドラ、バレちまったのか」
「わりぃ、セビドラ。でも、仕方ねぇだろ。御者のマナーなんざ知るかよ」

 更に客車のドアが開き、別の男が出てきた。
 どうやらこの男がセビドラのようだ。

「お前達、賊だな?」
「いかにも」

 あっさりと認めてくる。

「本物のVIPはどこへやった」
「大事な商品だ、中にいるぜ?」

 セビドラが客車からVIPを引きずり出す。

 出てきたのは全長80cm程度の女の子だ。
 地面に届きそうな長い金色の髪と、尖った耳が特徴的。純白のドレスには泥が付着していた。手足は自由だが、口には猿ぐつわがされている。
 顔つきや背丈など、外見は完全に幼女だ。しかし、その子は幼女ではない。人間とコロポックルの混血種ハーフで、正式な年齢は15歳。

「貴方は……!」

 出てきた女の子を見て驚いた。
 俺はその子と面識があったのだ。
 だから、相手も俺を見て驚いている。

「マリアベル様!」
「そうだぜぇ! こいつは第二王女様だぁ!」

 客車に乗っていたのは第二妃の娘、第二王女のマリアベルだった。
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