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第002話 孤高の女騎士

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 1週間かけて魔王城にやってきた。
 SSS級ダンジョンは辺鄙な場所にあるから困る。
 道中で何度も「やっぱりやめようかな」と尻込みした。

「さすが最強クラスの最凶ダンジョン。実に禍々しい見た目をしているな……」

 魔王城は真っ黒で巨大な城だ。
 どういうわけか、城の上空は赤黒く染まっている。

「よ、よし、行く、行くぞ!」

 ビクビクしながら足を踏み入れた。

「おお、幸先の良いスタートだ」

 入ってすぐに幸運が訪れる。
 振り子トラップが他の冒険者に発動していたのだ。
 巨大な刃が冒険者の胴体を深々と貫いている。
 彼が犠牲にならなければ、やられていたのは俺だ。

「敵は……いないな。よし」

 周囲を窺い、敵がいないことを確認。
 俺はコソコソと奥に向かって進んだ。

「この階段は……!」

 しばらくして階段を発見する。
 しかし、階段の中断が崩れ落ちていた。
 階段に見せかけた落下トラップだったようだ。

「ホッ」

 僥倖だ。
 おかげさまで落下トラップを避けられた。
 これが我が強運の力だ。

「よーし、このまま進んで、あとは宝箱を見つければ……」

 敵と遭遇することを恐れながら先を目指す。
 正しいルートなど分からないので、適当な道を選ぶ。
 分岐点が来れば直感の赴くままに進んだ。

「そろそろ階段があってもいいこ――」

 カキィン! カキィン!
 ギャオー! ギャオー!
 ズドドドーン! ズドドドーン!

 近くから激しい音が聞こえてくる。
 金属のこすれるような音や、重低音の雄叫び。
 それに何かが爆発したような音も。

「誰かが戦っているのか!?」

 俺は音のする方向へ向かった。
 ナンセンスな選択だとは分かっている。
 敵が居る可能性が極めて高いからだ。
 それでも逸る気持ちを抑えられなかった。

「ここか」

 何度かの曲がり角を越え、広間に到着する。
 そこには――。

「ハァッ!」
「グギャーオ!」

 激しい戦闘が行われていた。
 戦っているのは女騎士で、相手は知らないモンスターだ。
 女騎士はピンクゴールドのごつい鎧を着ており、頭にも同系統のヘルムを被っていた。動くたびにスカートとローズピンクの長い髪が揺れている。
 モンスターも人型で、黒いマントを装備していた。鋭く大きな爪が武器らしく、女騎士に向かって左右の腕をぶんぶんと振るっていた。

「すげぇ……」

 俺はただただ感嘆する。
 女騎士とモンスター、どちらの動きも別次元だ。

「このっ!」

 女騎士が剣を振るう。
 敵はそれを後ろにステップしてかわした。
 その瞬間、女騎士がニヤリと笑う。

「――!」

 敵の足下からバラの蔦が現れた。
 蔦は凄まじい勢いで敵の足に絡みつく。

「これでトドメよ!」

 女騎士が距離を詰め、敵の身体を真っ二つにする。
 均衡していた戦いが、一瞬にして決着してしまった。

「すっげぇ……」

 俺は改めて感嘆する。
 その声に女騎士が気づいた。

「えっ、そんな装備でどうしてここまで来られたの!?」

 驚愕した様子でヘルムを脱ぐ女騎士。
 その瞬間――。

 ドドドドドドッ。

 女騎士の頭上からトゲトゲの鉄板が落下してきた。
 圧殺トラップだ。ダンジョンでもよくある典型的な罠。

「最後の抵抗ね」

 女騎士が「フッ」と笑って避けようとする。
 しかし――。

「あ、足がッ!」

 足下にも足止めトラップが仕掛けられていたのだ。
 緑色の腕が地面より生えて、女騎士の足首を掴んでいる。

「この!」

 女騎士がヘルムを捨て、地面から生える腕を切り落とした。
 これで動ける。だが、迫り来る圧殺トラップをかわすのは――。

「駄目ッ……! 避けきれない……!」

 不可能だ。

「死ぬ……! こんなところで……! 私は……!」

 女騎士が死を悟る。
 この時、俺の身体は無意識に動いていた。
 女だからとか、美人だからとか、そういう理由ではない。
 本能が「助けないと」と思ったのだろう。

「うおおおおおおおおおおおおお!」
「きゃっ!」

 俺は勢いよく女騎士にタックルした。
 かばうように身体を抱き、勢いに任せて奥に倒れ込む。
 それにより――。

「あれ? 私……死んでいない……?」

 女騎士は死を逃れられた。
 そして俺も奇跡的に生きている。

 俺達は地面に倒れ込んでいた。
 地面に背をつけて仰向けなのが女騎士。
 その上に俺が居て、女騎士の顔の左右に手をついている。

「だ、大丈夫?」

 念のために尋ねてみた。
 強さを考慮すれば、尋ねられるのは俺の方だが。

「えっと、いや、この……」

 女騎士の顔が赤く染まっていく。
 それから、彼女は小さな声で「はい」と呟いた。
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