アイテム使いの最強山賊

たまゆら

文字の大きさ
上 下
8 / 14

008 賞金首クエスト

しおりを挟む
『たまらないゴブーッ!』
『皆殺しゴブーッ!』
『ゴブブのブーッ!』

 ゴブちゃんの声が脳内に響いて、目が覚めた。
 うるさい、うるさすぎる。まだ朝だぞ。
 就寝時はどこでもテレパスを外そう。

「おはようございますなのです、リュート様」
「キュウか、おはよう」

 キュウは、今日も俺の下半身を舐めていた。
 太腿や腰、下腹の辺りを入念にペロペロしている。

「気持ちいいなのです?」
「ああ、今日も気持ちいいよ、ありがとうね」
「はいなのです!」

 ベッドに右手を突っ込み、キュウの頭を撫でる。
 頭に生えている狐の耳が、触れるとピクピクしていた。

「む、そういえば……」

 この時、自分が仰向けで寝ていることに気づく。
 正確には、大の字になって天井を眺める形だ。
 エルザと抱き合って寝ていたはずだが……。

「エルザはまだ寝ているようだな」

 顔を左に向けると、エルザの姿があった。
 俺の腕を枕代わりにして、気持ちよさそうに眠っている。
 エルザも仰向けで、掛布団の縁を両手でキュッと掴んでいた。

「無意識に、姿勢を楽な状態に変えたようだな」

 俺の寝相は、それほど良くはない。
 右に左にと、ゴロゴロ転がることがあるのだ。
 だから、エルザと抱き合っていないことも納得できた。

「良い寝顔をしてやがる」

 幸せそうなエルザの寝顔を見て、頬を緩める。
 起こしてしまうのは、もったいない気がした。
 仕方ない、もう少しこのままでいよう。

「キュウ、こっちに来てくれ」
「はいなのです!」

 キュウはベッドの中を移動し、俺の横に来た。
 エルザとは対照的に、俺の右腕を枕代わりにする。
 両手をちょこんと乗せ、頬をつけて、こちらを向いた。

「お前が普通に生活するとしたら、どんな一日を過ごしている?」
「私がこの街で生活するとしたら、ということなのです?」
「そうだ」

 当面の目標は、キュウとエルザの記憶を蘇らせることだ。
 その場合、何かきっかけになることが必要である。
 きっかけとして定番なのは、思い出にかすめることだ。
 具体的には、故郷に帰ったり、深い仲の者と会ったり。

 ただ、二人の場合、そのどちらも難しい状態にある。
 九尾の狐とエルフは、詳しい棲息地が不明なのだ。
 かといって、二人と関係のある者を知っているわけでもない。

 そうなると、後は適当に過ごすしかない。
 出来る限り色々なことをして、きっかけを模索する。

「お仕事をしたり、ぐうたらしたりするなのです」
「仕事? どんな仕事だ?」
「分からないなのです。ごめんなさいなのです」
「謝る必要はない」

 要するに、世間一般的な生活を送りたいわけだ。
 それなら、冒険者として依頼クエストをこなすのが定番だな。

「参考になったよ、ありがとうな、キュウ」
「どういたしましてなのです、リュート様」

 キュウはニッコリして、俺の顔を舐めてきた。
 それに応えるよう、俺はキュウを撫でてやる。
 頭から背中にかけて、撫で撫で、撫で撫で。
 最後に、九本のもふもふ尻尾を堪能しておいた。

「さて、そろそろ支度をするか」
「はいなのです!」

 俺は身体を左に向け、眠っているエルザに手を伸ばした。

 ◇

 宿屋を出た後、適当な酒場で食事を済ます。
 夜と違い、日中の酒場は、割と静かなものだ。

「久々に洒落た食事だったぜ」
「美味しかったなのです」
「満腹感が心地いいですね」

 酒場では、朝食セットを食べた。
 内容は、焼き魚に米、それにお吸い物だ。
 いわゆる『定食』と呼ばれる類のセット料理。

 この手の料理を食べるのは久々だ。
 そのせいで、箸を使うのに手間取った。
 ここ最近は、手掴みで肉を食べていたからな。

 酒場の後は、冒険者ギルドに向かう。
 そこでは、冒険者として、仕事を受けることが出来る。
 その仕事のことを、『クエスト』という。
 今日の予定は、適当なクエストをすることだ。

「着いたぜ」
「わぁ、すごく大きいなのです」
「中にたくさんの人がいますね」

 街の中心部にあるひときわ大きな建物。
 それが、『冒険者ギルド』である。

 中の雰囲気は、深夜の酒場に近い。
 大量のテーブル席に、賑やかな者達。
 概ね武器を携帯していて、齢や性別は様々だ。

 奥には受付カウンターがある。
 俺達はまず、そこに向かった。

「いらっしゃいませ」

 受付嬢が、挨拶をしてくる。
 俺は「どうも」と答え、用件を話した。

「冒険者登録をしたい」

 クエストを受けるには、冒険者になる必要がある。
 といっても、冒険者になるのは、非常に簡単だ。
 老若男女問わず、誰でも冒険者になることが出来る。

「え、あ、そのお年で冒険者登録ですか?」

 俺の言葉に、受付嬢が驚く。
 最初、驚く意味が分からなかった。
 数秒考えて、変化の香水のことを思い出す。
 キュウとエルザ以外は、俺が老人に見えるのだ。

「こう見えてまだ四〇だよ。見た目で判断しないでくれ」
「も、申し訳ございませんでした!」

 受付嬢がペコペコと謝る。
 俺は「かまわん」と流した。
 ちなみに、本当の年齢は十七である。
 さすがに、それを言うわけにはいかない。

「登録は三人共でよろしいですか?」

 受付嬢が、俺達三人を見る。
 俺は、大きく首を縦に振った。

「引継ぎをされる方はございますか?」

 冒険者登録は、国ごとに必要だ。
 登録するたび、階級はブロンズに戻る。
 しかし、引継ぎ作業をすれば、階級を引き継げるのだ。
 この作業はすぐに終了するし、特別な費用も必要ない。
 冒険者になると貰える『冒険者カード』を渡すだけだ。

「いや、誰も引継ぎしない」

 キュウやエルザはともかく、俺は他国で冒険者だった。
 山賊になる前だから、かれこれ六・七年前の話である。
 ただ、その時に作った冒険者カードは、もう持っていない。
 今日みたいな日が来るとは思わなくて、捨ててしまったのだ。

「では、こちらにご記入ください」

 受付嬢が、三枚の用紙とペンをカウンターに置いた。
 用紙の記入欄は一か所だけで、項目名は『お名前』だ。
 その名の通り、自分の名を記入すればいい。
 その下には、つらつらと冒険者規約が書かれている。
 年に一回はクエストを受けろとか、そんなことばかり。

「名前は自分で書かないといけないの?」
「はい、ご本人様に書いていただく必要がございます」
「分かった」

 俺は自分の名前を書くと、ペンをエルザに渡した。
 エルザが名前を記入している間に、キュウを持ち上げる。
 そして、カウンターの上にキュウを置いた。

「キュウさん、どうぞ」
「ありがとうなのです、エルザさん」

 キュウはペンを両手で持ち、全身を使って名前を書く。
 俺達なら片手でことたりるペンも、キュウには大きな代物だ。
 なんたって、キュウの身長は四〇センチしかない。

「よいしょ、なのです、なのです」

 全身を左右に揺らし、一文字ずつ書いていく。
 身体の動きに合わせ、尻尾も左右にゆらゆら。

「書けましたなのです」

 しばらくして、キュウが名前を書き終えた。
 驚いたことに、俺よりも字が綺麗だ。
 エルザも、見た目通りの美しい字をしている。

「お預かりいたします」

 受付嬢が用紙を引っ込め、カードを取り出した。
 幅五センチに縦九センチの、小さなものだ。
 これが、冒険者カードである。

「リュート様、エルザ様、キュウ様、どうぞ」

 一人ずつ、受付嬢がカードを渡していく。
 俺とエルザは右手で、キュウは両手で受け取った。

「昔と何も変わってないな」

 受け取ったカードを頭上に掲げて眺める。
 しばらく見た後、くるりと返して裏面も見た。
 情報が記載されているのは片面だけで、裏面は白紙だ。
 といっても、記載されている情報は二項目しかない。
 先程書いた『名前』に、あとは『階級』だけだ。

「以上で、冒険者登録が完了となります」
「うむ、ありがとう」

 こうして、俺達は冒険者になった。
 これにより、めでたくクエストが受注可能になる。

「さて、どのクエストを受けようかな」

 俺は、視線を受付カウンターの隣に移す。
 そこには、三つの掲示板が立っていた。
 掲示板には、それぞれ大量の紙が貼ってある。
 その掲示板を指しながら、キュウが訊いてきた。

「リュート様、あれは何なのですか?」
「あの掲示板はクエストボードだよ」

 貼ってある大量の紙は『クエスト票』だ。
 クエスト票には、仕事の情報が書いてある。
 報酬や必要階級、それに、クエストの詳細など。
 冒険者は、それを見て受けるクエストを決めるのだ。

「見てみようか」
「はいなのです」
「分かりました」

 俺はキュウを右肩に乗せ、クエストボードに近づいた。

「色分けには、どういう意味があるのですか?」

 エルザがクエストボードを指す。
 各クエストボードの色が気になるようだ。
 右から順に、赤・青・緑と色が付いている。

「これは、クエストの種類を分けているんだ」

 色ごとに、クエストの内容や発注者が違う。

 青色は『通常クエスト』。
 クエストの発注者は冒険者ギルドだ。
 ここに貼られているクエスト票が、一般的な『クエスト』である。
 モンスターの討伐やダンジョンの探検などが主流だ。

 緑色は『個人クエスト』。
 クエストの発注者は個人だ。
 内容は多岐に渡るが、用心棒等の警護任務が多い。

 最後に、赤色の『賞金首クエスト』。
 発注者は、その街を統治する国家だ。
 具体的には、街の長や国のお偉いさんなど。
 任務内容は、指定人物の殺害と決まっている。

 これら三種類の内、階級評価に影響するのは通常クエストだけだ。
 残り二つは、報酬こそ発生するものの、階級の査定には響かない。

「たぶん俺の情報もここにあると思うぜ」

 俺は賞金首関係のクエストボードを指す。
 バッテロにより、新たに追加されているはずだ。

「どーれだ、どれだ」

 三人で、クエスト票を見ていく。
 上から順に眺めていき、真ん中あたりで発見した。

==========
【名前】山賊退治
【内容】デビル山脈に棲息する山賊の討伐
【報酬】一〇〇〇万ゴールド
【階級】ブロンズ
【証拠】山賊に誘拐された二名の女を救出し、連れてくること
==========

 このクエスト票を見て、俺は苦笑いを浮かべた。

「なるほど、それであんなにも雑魚が攻め込んできたのか」
「え、どういうことですか?」
「これだよ」

 そう言って俺が指したのは、『階級』の項目だ。
 この項目は、クエストの受注資格を表している。
 記載されている階級以上の者しか受注出来ないのだ。
 言い換えると、これはクエストの難易度に相当する。

 ところが、俺の討伐に関する階級はブロンズだ。
 これは最低であり、『誰でも可能』を意味している。
 シルバー以上の人間からすると、格下に感じるわけだ。

「その上でこの『報酬』だよ」

 賞金首の報酬額は、個人や通常クエストより高い傾向にある。
 それでも、ブロンズの報酬は一〇〇万前後が相場だ。
 ところが、俺の報酬は、一桁上の一〇〇〇万である。
 これは、仮にシルバーでも、高額の部類に入る金額だ。

「こんなの、釣られる奴が多くても仕方がない」

 何も知らない奴からすると、棚から牡丹餅でしかない。
 とんだ僥倖ぎょうこうだぜ、と喜び勇んで飛びつくだろう。

「想像通りの畜生だな、バッテロという男は」

 このクエスト票で、確信する。
 バッテロが、冒険者を使い捨ての駒と見ていることに。

「それはさておき、何のクエストを受けようか」

 報酬に釣られて散った雑魚に、同情の余地はない。
 殺すつもりで攻めてきたのだから、死ぬのは自業自得だ。
 そんなわけで、俺は受けるクエストを決めることにした。

「二人は受けたいクエストとかある?」
「私は、リュート様の戦いが見たいなのです」

 言ったのはキュウだ。
 俺は「俺の戦い?」と首を傾げた。

「リュート様の戦っているお姿は、カッコイイなのです」

 この発言に、「分かります!」とエルザが便乗する。
 二人が見ている時に、カッコイイ場面なんてあったかな。
 やれやれ、女子供の思うカッコイイはさっぱり分からない。

「それなら、賞金首クエストでもいい?」
「はいなのです」
「問題ありません」

 俺が賞金首クエストを選ぶのには、理由がある。
 なにも、国の為に尽くそうと思っているわけではない。

 賞金首に指定される連中は、往々にして『賊』なのだ。
 山賊、海賊、空賊、盗賊、等々……。
 賊に共通しているのは、宝物を持っていることだ。
 宝物とは、ずばり『アイテム』である。

 俺を含め、あらゆる賊は、アイテムを好む。
 魔法と違って足が付きにくいし、便利で価値がある。
 収集する目的は人それぞれだが、兎にも角にもアイテム好きだ。

 故に、賊を倒せば、何かしらのアイテムがゲットできる。
 C級以下のアイテムを乱獲するには、賊を狩るのが一番だ。
 その上、賞金首クエストなら、報酬として金も手に入る。

「ブロンズから受注可能で近場のやつは……これだな」

 隅々まで眺めた後、俺は一枚のクエスト票を手に取った。
 念の為、内容を再度確認する。

==========
【名前】海賊退治
【内容】アクアテラ西部の海に棲息する海賊『バゴス』の退治
【報酬】一〇〇万ゴールド
【階級】ブロンズ
【証拠】バゴスの海賊帽子
==========

 ここから西の海に行き、海賊を狩るクエストだ。
 対象の名前はバゴスで、そいつの帽子を持ち帰ればいい。

 通常クエスト以外は、達成した証拠の提出が必要になるのだ。
 汚い話、証拠さえ持ち帰れば、任務を達成していなくて問題ない。
 まぁ、今回はきっちりと倒させてもらう予定だが。

「すみません、これお願いします」
「賞金首クエストですね、かしこまりました」

 クエスト票を受付嬢に渡し、手続きを済ませる。
 こうして、俺の初クエストは『海賊狩り』に決まった。
しおりを挟む

処理中です...