アイテム使いの最強山賊

たまゆら

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010 海賊退治と戦利品

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 エルザが波打ち際に近づいた頃、海賊が動き出した。
 旗艦はそのままで、小型船だけが近づいてくる。
 結構なスピードで、エルザまでの距離を縮めていく。

「よしよし、いいぞ」
「ドキドキするなのです」

 俺とキュウは、草むらに身を伏せている。
 エルザとの距離は、およそ一〇〇メートル。
 俺達は、固唾を飲んでエルザを見守っていた。

「エルザさん、怖そうなのです」
「なかなかの演技派だな」

 エルザが、じわりじわりと後ずさる。
 それは、俺が予め指示しておいた動きだ。
 近づく海賊に、いかにも怯えているかのよう。
 おそらく、ある程度は恐怖心を抱いているのだろう。
 それが尚更に、演技の質を向上させている。

「この距離なら、もう外さない」

 エルザの後退方向には、俺達が待機している。
 彼女の役目は、釣った海賊を誘導することだ。
 後退距離は既に十分。俺の射程に入っている。
 あとは、海賊が近づいてくるのを待つだけだ。

「それ!」

 俺は、草陰から小石を投げた。
 石は地面を這う様に転がり、エルザの近くで止まる。
 これは、事前に決めておいた俺からの合図だ。
 意味は「そこでストップしろ」というもの。

 エルザは小さく頷き、動きを止めた。
 振り向かなかったが、こちらの合図に気が付いたようだ。
 想定以上に優れた動きに、俺は改めて感心する。

「そこの姉ちゃん、ちょっと待ちなー!」
「高そうなもん着けるじゃーん!」

 ほどなくして、小型船から海賊が上陸した。
 一つの船から、四人ずつ。
 計四〇人の海賊が、エルザに近づいてくる。
 海上に佇む旗艦の船員は、その様子を監視しているはずだ。
 それは、船長のバゴスも例外ではない。

「こ、こっちに来ないでください」

 エルザが海賊達に向けて言う。
 火に油を注ぐような発言も、俺の指示通り。
 案の定、海賊達は油断し、舞い上がった。

「そんなこと言うと余計に行っちゃうぜぇ!」
「うへへのへぇー! うっへへぇーい!」

 海賊達が携えている刀も抜かず、エルザに襲い掛かる。
 その瞬間――。

「来ないで!」

 エルザが、右手に持っているアイテムを頭上に投げた。
 俺が渡したD級アイテム『ピカピカフラッシュ』だ。
 見た目は小さな種で、衝撃を与えると効果が発動する。

「そいや!」
「な、なんだ!?」

 俺は草陰から石を投げた。
 石は凄まじい速さで飛び、種に命中する。
 その瞬間、種が炸裂し、激しい閃光が辺りを覆った。

「うがぁ!」
「め、目がぁ!」

 ピカピカフラッシュの効果は、この閃光だ。
 直視すると、一時的に視界を奪われてしまう。

「キュウ、やるぞ」
「はいなのです、リュート様!」

 閃光を合図に、俺達は立ち上がった。
 俺の左手には、無数の小石が握られている。
 キュウも、小さな身体で小石を抱えていた。
 これらは、素早く攻撃する為のストックだ。

「オラァ!」

 俺は、海賊に石を投げつけた。
 海賊との距離は約二〇メートル。
 この距離なら必中だ。
 万が一にも外すことはない。

「グハッ!」
「ゴホッ!」

 俺の投げた石が、海賊の額を射抜く。
 命中した石は、あっさりと貫通した。
 当然、海賊は即死だ。

「な、何が起こって――ゴヴォ」

 俺はひたすらに石を投げまくった。
 あっという間に、左手に持っている分を投げ終える。

 すぐさま、キュウの抱えている石に左手を伸ばす。
 一瞬にして、残弾個数が一〇個に増えた。
 コンマ数秒で補充を終えると、再び投げつける。

「これで、ラスト!」

 ピカピカフラッシュの効果は、約十秒持続する。
 その間に、俺は四〇人の海賊を全て、小石で仕留めた。
 もちろん、投げた回数は四〇回で、ハズレはない。
 一投一殺、これが石当てゲームの基本だ。

「凄いなのです、リュート様!」
「まぁな。それより、伏せるぞ」
「は、はいなのです!」

 俺とキュウは、急いでその場に伏せた。
 遠く離れた旗艦からは、こちらの様子がそれほど分からない。
 だから、監視している人間が雑魚なら、事態を把握できないはずだ。

「さて、バズモはどう出るか」
「バゴス、なのです!」
「……」

 相手のボス『バゴス』が雑魚かどうかは、これで分かる。
 今行われた閃光の前哨戦は、バゴスの実力を測る試金石だ。
 バゴスが雑魚なら、こちらの存在に気が付かない。
 エルザが護身用のアイテムで全滅させた、と思うわけだ。

 そんな勘違いをした人間が取る行動と云えば――。

「リュート様、大きな船が近づいてくるなのです!」

 ――接近だ。
 海賊の本領は、海上である。
 それなのに、自ら海を捨てる愚行。
 雑魚特有のハイリスクノーリターン戦術だ。

 まぁ、気持ちは分からなくもない。
 賊は、実利よりもメンツを重視するからだ。
 舐められたままでは終われない、と考える。
 バゴスの行動も、まさにその典型だ。

「あと少し近づいたら、行ってくる」

 俺は、マジックバッグからアイテムを取り出した。
 入手が簡単なD級アイテムだ。
 雑魚を倒すのにふさわしい一品である。
 呼吸を整え、バゴスが射程に入るのを待つ。

「来た! 勝負の時!」
「リュート様、頑張ってくださいなのです!」
「おう! 一瞬で決着するからよく見ておけ!」

 俺は草陰から飛び出した。
 そして、バゴスに船に向かっていく。

「よくやった、完璧だったぞ」
「ありがとうございます、リュート様」
「何か欲しいご褒美について、考えておけよ」

 横を通り抜ける際に、エルザを労う。
 それからは、無言で猛ダッシュだ。
 数秒後には、波打ち際に到着する。
 そこから――。

「とう!」

 ――全力で跳躍。
 無人になった小型船を足場に、距離を詰めていく。
 ぴょんぴょんと移動し、そして、最後の小型船に着地。

 バゴスの船は、既に動きを止めている。
 突如向かってくる俺を見て、急停止したのだ。

「今更警戒しても遅い!」

 小型船と旗艦の距離は、およそ三〇メートル。
 軽く跳んでも届く距離だ。本気になるまでもない。
 むしろ、全力を出すと追い越す危険さえある。
 だから、俺は力を抑えながら跳躍した。

「な、なんだ、あいつは……!」
「化け物染みた跳躍力だ……!」

 マストよりも高く舞う俺を、旗艦の海賊達が見上げる。
 どいつもこいつも、間抜け面を浮かべて、口を開けていた。
 一〇〇〇人近くいるのに、冷静な奴は居ないのかよ。

「お前が誰だか知らんが、この数相手に単騎は失敗だぜぇ!」

 ――否、一人だけ、冷静な男が居た。
 紺色のコートを纏う大男で、頭には海賊帽子をかぶっている。
 帽子には、大きく『バゴス』の文字。
 間違いない、こいつが賞金首のバゴスだ。

「悪いが、ここまで来た時点で俺の勝ちだ」

 俺は右手を大きく振った。
 手に仕込んでいた種が、旗艦の甲板を襲う。
 この種は、D級アイテム『メラメラフレイム』だ。
 その効果は――。

「灰と化せ、雑魚ども!」

 衝撃を与えると、一瞬だけ、激しく発火することだ。
 その時、木材に炎が当たろうものなら――。

「ウギャアアアアアアアアア!」
「火、火、火がぁあああああ!」

 大炎上を起こす。

 今回、奮発して多めに投げておいた。
 投げたメラメラフレイムの数は、なんと一〇個。

 十か所から生じた火は、たちまち、炎と化す。
 俺が着地する頃には、甲板の大半が燃えていた。
 当然、そこに立っている海賊達も火だるま状態。
 俺と戦おうなんて奴は、一人も居ない。

「そ、そんな、俺の船が……」

 大型船が、悪臭と黒煙に包まれる。
 海に沈んでいく船に、バゴスがたじろいだ。
 しかし、すぐに正気を取り戻す。
 なかなか早い切り替えだな、と褒める俺。

「まだ、まだ勝負は終わっていない!」

 バゴスが右手を掲げた。
 掌の上、どこからともなく水の球が現れる。
 その球が、ゆっくりと大きくなっていく。
 この男、魔法を使うつもりだ。

「この水魔法とアイテムで――」
「遅い、遅すぎるよ、お前」

 バゴスの魔法が発動する前に、俺が動いた。
 待っている道理もないので、サッと距離を詰める。
 そして、迷うことなく顔面を殴り飛ばした。

「ガ、ガハッ、実力が、違い……過ぎ……」
「無傷で白兵戦に持ち込まれた時点で悟れよ」

 沈みゆく船から、バゴスが飛んでいった。
 証拠品の帽子は、ふわふわと宙を舞っている。
 俺は、殆どない足場から跳躍し、帽子を確保した。
 斜めに傾いたマストに着地すると、もうひと跳び。
 小型船をひょいひょいと移っていき、海岸に戻った。

「リュート様、お怪我はありませんか!?」
「ご無事なのですか、リュート様!」

 エルザとキュウが、血相を変えて駆け寄ってくる。
 船が派手に燃えたせいで、心配をかけたようだ。
 俺は笑みを浮かべ、バゴスの帽子を二人に見せた。

「少し熱かったが、どうってことはない」
「あの火炎の中を無傷とは、流石はリュート様!」
「キュウは感動したなのです! 興奮したなのです!」

 二人が俺を称賛し、拍手してくる。
 そんな二人を「まだだよ」と俺が止めた。

「え、海賊はもう壊滅したのでは?」
「皆、海に消えてしまったなのです」
「敵は全滅したが、作業は終わっていない」

 二人は首を傾げていた。
 頭上には、大量の疑問符が浮かんでいる。
 やれやれ、俺は答えを教えることにした。

「アイテムの回収だよ」

 俺はまだ、バゴスのアイテムを奪っていない。
 回収するよりも前に、船を沈めてしまったからだ。

「だから、ちょっくら潜ってくるわ!」
「ちょ、ちょっと、リュート様!?」
「話は後だ。これを頼むぜ」

 バゴスの帽子をエルザに押し付け、俺は海に飛び込んだ。
 沈没船からのアイテム回収は、スピード勝負になる。
 海底まで沈まれると、回収のリスクが跳ね上がるのだ。

『ゴブー! ゴブブのブー!』

 必死に泳いでいると、ゴブちゃんの声が聞こえてきた。
 今の俺に、答える余裕などない。
 だから、ゴブちゃんを無視して、黙々と泳ぎ続ける。

『リュート! 起きろゴブーッ!』
『今日は二〇体のカモを殺したゴブーッ!』
『ケンタ君は十五体ゴブーッ!』

 あれこれと騒ぐゴブちゃん。
 その頃、俺は沈没船に到着した。
 船内に侵入し、宝箱らしき物を探す。

『リュートォ、ゴブは寂しいゴブ』
『ゴブ達の関係は、いつから冷え切ったのゴブ?』
『前はゴブ達、もっと暖かい関係だったゴブ……』

 ゴブちゃんが、かまって光線を飛ばしてくる。
 何が冷え切った関係だ。ふざけろ、ふざけろ!
 そんなことを思った時、宝箱を発見した。

 木造の箱だ。
 幸いにも、原型は保たれている。
 これなら、中の物は無事だろう。
 火災を免れたのは嬉しいが、大きすぎる
 両手をいっぱいに広げて、どうにか持てる大きさだ。

「必要な物だけ頂くか」

 そう思い、箱を開けようとした。
 ……が、開かない。
 どうやら、鍵がかかっているようだ。
 こうなると、強引に箱を壊すしかない。
 だが、海中では無理だ。

「気張るしかないな」

 仕方がないので、箱のまま持ち帰ることにした。
 両手で抱え、海面に向けて泳いでいく。
 足の力だけは、進みが遅い。

「ぐぐ、苦しい……!」

 いよいよ酸素が不足してきた。
 俺は山賊であって、海賊ではない。
 素潜りは、それほど得意ではないのだ。
 無呼吸で活動できる時間は、限られている。
 今回のように激しく動く場合だと、三〇分が限界だ。

「プハーッ!」

 それでも、どうにか海面に辿り着いた。
 一瞬で、体内に酸素が補給される。
 宝箱の回収は、戦闘よりも遥かに大変だった。

『ゴブちゃん、聞こえるか?』
『リュート! 聞こえるゴブ!』

 海面に出た所で、ゴブちゃんに連絡する。

『さっきは無視してすまなかった』
『大丈夫ゴブ! 何しているゴブ?』
『今、海を潜っていたよ』
『ゴブも潜りたいゴブ!』
『機会があったらな。忙しいからまたね』
『ゴブーッ!』

 ゴブちゃんとの通話を終え、陸に上がる。
 髪からマジックバッグまで、全てビショ濡れだ。

「リュート様、お疲れ様なのです」
「すごく大きな箱……。凄すぎです、リュート様」

 労ってくれる二人に、手を上げて応える。
 口を開けるほどの元気は、残っていなかった。
 やっぱ、山賊は山じゃないとな……。

「せーの!」

 俺は、宝箱の鍵穴に右ストレートを放った。
 パキッと音を立て、鍵穴とその周辺が粉々になる。
 これで、開錠は完了した。

「さぁ、お楽しみの時間だ」

 呼吸を整え、箱を開ける。
 中に入っていたのは――。

「微妙な物しかねぇ!」

 D級を中心としたアイテムが数十個だ。
 中には、いくつかC級も入っていた。
 もちろん、E級のガラクタも。

「これは……どうなのでしょうか?」

 エルザが訊いてくる。
 俺は「うーん」と唸ってから答えた。

「プラスだけど、労力には見合わなかったな」

 使ったアイテムを考慮すると、内容は悪くない。
 C級アイテム『スイスイルカの笛』があるからだ。
 効果は、海のモンスター『スイスイルカ』の召喚である。
 スイスイルカは、戦闘能力皆無の移動用モンスターだ。

「この笛は、前からほしいと思っていたんだ」

 そもそも俺は、従者召喚系の笛アイテムを好んでいる。
 召喚したモンスターが死なない限り、何度でも使えるからだ。
 それに、モンスターの大半は、人の言葉を話すことが出来る。
 人と話す機会の少ない俺には、丁度よい話し相手なのだ。

「なにはともあれ、クエストクリアだ!」
「やったぁ! なのです!」

 三人で「ふぅ」と安堵の息を吐く。

「なんだか、ドッと疲れてきました」
「エルザは特に頑張ったからな」
「ありがとうございます、リュート様」
「おう。それで、ご褒美は決めたか?」

 エルザが「えっ?」と驚いた。

「船に乗り込む時に言っただろ」
「たしかに言っていましたが……」
「まだ考えていないのだな?」
「は、はい、すみません」

 俺なら、迷わずS級アイテムをねだっている。
 そうしない辺り、女というのはよくわからん。

「じゃあ、数日中に決めておくのだぞ」
「分かりました、ありがとうございます――あっ、あの!」
「なんだ?」
「ご褒美は、物じゃないといけませんか?」

 今度は俺が「えっ?」と驚いた。
 一方のエルザは、もじもじしている。

「物じゃないなら、何が欲しいんだ?」
「その、行為……とか」
「行為ってなんだ?」
「た、例えば、肩もみをしてほしい、とか」
「ああ、そういうのね。いいよ」

 要するに、俺に何かしろっておねだりだ。
 よほどの重労働でもない限り、何の問題もない。

「ありがとうございます。じゃあ、考えておきます」
「おう、決まったら言ってくれ」
「は、はい!」

 エルザがニッコリと微笑む。
 その横に立っているキュウは、なんだか不機嫌そうだ。
 頬を膨らませ、唇を尖がらせている。
 九本の尻尾は、いつもより激しく動いていた。

「どうした? キュウ」
「キュウも、キュウも、ご褒美が欲しいなのです」
「不機嫌の理由はご褒美がないことか」
「不機嫌じゃないなのです。羨ましいだけなのです」

 そう言うキュウの表情は、やはり不機嫌そうだ。
 ご褒美は、命を張ったエルザの為に考えたのだが……。
 やれやれ、仕方がないな。

「じゃあ、キュウにもご褒美の権利を一回あげよう」
「本当なのですか? 嬉しいなのです!」
「おう、だから機嫌をなおせ」
「はいなのです! ニコニコなのです!」

 言葉通り、キュウはニコニコになった。
 嬉しそうに抱き着いてきて、俺の身体を登っていく。
 四肢を使い、カサカサ、カサカサと。
 その姿は、やっぱり、ヤモリだった。

「ありがとうございますなのです、リュート様!」

 俺の右肩に立ち、キュウがお辞儀する。
 その後、ちょこんと座った。
 それを見た俺が、冗談を飛ばす。

「俺を馬車代わりに使うのがご褒美の内容かな?」
「ち、違うなのです! 違うなのです!」

 キュウは大慌てで、俺の肩から降りた。
 顔を下に向け、カサカサ、カサカサと。
 その姿も、やっぱり、ヤモリだった。

「馬車で思い出したけど、帰りの馬車を待たないとな」

 約束通りなら、馬車が着くまであと一時間ある。
 しかし、ここから馬車の到着地点までは遠くない。
 徒歩で数分といったところだ。

「こりゃ、しばらく待つことになるな」

 なんて言いながら、舗装された道に戻る。
 すると、馬車は既に到着していた。

「爺さん、もらった代金の仕事をしにきたぜ」
「一時間も早く来るとは、感心する働きぶりだな」
「今日は客が居なくてなぁ。さぁ、乗った乗った!」

 俺達が馬車に乗ると、商人は直ちに発車した。
 方向をクルリと反転させ、アクアテラに戻っていく。

「二人とも酔ったら言えよ。復調の実はまだあるからな」

 ニヤリと笑いながら、二人に言う。
 しかし、二人からの返事はなかった。
 どうしたのだ、と確認してみると――。

「くぅーなのです、くぅーなのです」
「Zzz……Zzz……」

 二人は寝ていた。
 キュウは俺の膝の上で、エルザは俺にもたれて眠っている。
 ガタゴト揺れる馬車の上で、こうも易々と快眠できるとは。

「お疲れ様、二人とも」

 眠っている二人の頭を撫で、俺も目を瞑った。
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