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017 大量の串焼きから舞い降りる天啓

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 株取引の結果は思惑通りだった。
 勝手に株価が高騰し、勝手に売りが執行される。
 俺のする作業は、購入と結果の確認だけだ。
 手に汗握る途中経過など必要ない。

 剃刀セットの販売も好調だ。
 仕入れる数をどれだけ増やしても追いつかない。
 購入客が日に日に増えるからだ。
 中には「別の大陸から買いに来た」と言う者も居た。

 怒涛の需要に応えようとはしている。
 それでも間に合わないのだ。
 販売メーカーの生産能力が、限界に達していた。

 メーカーの担当者曰く「これ以上はどうやっても無理」とのことだ。
 相手は「大量の剃刀セットをどうするのだ」と思っているに違いない。
 そう思われるのが普通なくらいに、俺は剃刀とクリームを仕入れていた。
 もはや、一個人の俺が、この商品に関しては一番のお得意様である。

 ……そんな状態に変化が起きたのは、三か月後のことだ。
 リアルでは、世間がクリスマスに浮かれ始める少し前。
 読書の秋が過ぎようかという、そんな季節。

「今日も残ったな」
「これで二日連続ですね」

 二日連続で、商品が売れ残ったのだ。
 商品が売れ残ること自体、今回が初めてである。

 最近では、毎日二五〇〇セットを販売していた。
 それを四日続け、五日目は届いた箱の運搬に費やす。
 これまで、そのサイクルでやってきた。

「マスター、新しい作戦を考えるべきではないか?」
「うーむ」

 売れ足が鈍り出したのは、ここ二・三週間のことだ。
 原因は不明だが、急激に売れるペースが落ちた。
 緩やかな右肩下がりではなく、ストンと急降下した感じ。

 供給が需要を上回った可能性は考えられる。
 つまり、需給の逆転というやつだ。
 しかし、もしそうなら、鈍化速度はもっとマイルドだろう。
 何かがおかしい。
 きっと、他に理由があるはずだ。

「仕入れ数を調整した後、調査に出よう」

 まずはリアルに戻り、剃刀メーカーに電話する。
 五日で一万セットのところを、七〇〇〇に落とした。
 ただ、この調子で鈍化していけば、いずれそれすらも捌けなくなる。

 さらに数日が経過する。
 仕入れた七〇〇〇セットが、販売三日目で完売した。
 これで、四日目はまるまる一日自由に過ごせるぞ。

 ――ということで、やってきた四日目。
 俺達は街の中をぶらぶらと歩いていた。

「久々の休日なのー!」
「なんだか解放された気分ですね」

 マリカが「うむ、最近は働き過ぎた」と肩をゴリゴリ回す。

「マリカは俺達三人よりも働いていたもんな」

 四人揃って大きく伸びをする。
 いつもの三割増しで、空気が美味しく感じられた。
 伸びを終えて、ふぅと息をつくなり、ネネイが前方やや右を指す。

「おとーさん、あそこに酒場があるなの!」

 チラリと見えた酒場を見逃さなかったのだ。
 ネネイが酒場の存在を知らせる時には、秘められた意味がある。
 決して、「酒場を見つけたよー!」という意味ではない。
 正解は、「酒場に入るぞー!」という意味である。

 その目的は一つ。
 大好きな『イカの串焼き』を買う為だ。
 だから、途中のやり取りをカットして答える

「いいよ、お小遣いで買っておいで」
「はいなのー♪ マリカお姉ちゃん、ついてきてなの!」
「承知した」

 ネネイはマリカの手を引っ張り、ニコニコで走っていった。
 俺は「先に進んでいるから追いつけよ」と言い残す。
 その声が聞こえていたかは分からないが、問題なかろう。

「それで、どうやって調査するのですか?」

 二人を見送った後、リーネが訊いてきた。
 今日の目的は、あくまで売上不振の原因究明だ。

「ま、無難に聞き込みだろう」
「聞き込みですか?」
「俺から仕入れている商人に訊けば、すぐに分かると思うよ」

 売上の鈍化は、俺だけの問題ではない。
 仕入れている商人達の売上も、著しく鈍化しているのだ。
 そうでなければ、変わらずガンガン仕入れているのが普通である。

「話をすれば、早速いたな」

 剃刀セットを売っている商人を見つける。
 一セット一五〇万ゴールドで売っているようだ。

「どうも」
「おお、ユートさんじゃねぇか!」

 商人は、俺を見て歓喜の声を上げる。
 俺は相手のことを知らないが、相手は俺を知っていた。
 こういった瞬間に、自身の知名度が高まっていると実感する。

「少し尋ねたいのだけど、いいかな?」
「なんでも訊いてくれ。あんたには儲けさせてもらっているからな」

 商人は、ウキウキの表情で剃刀セットを触る。
 どう質問するか悩んだ後、直球でいくことにした。

「最近、剃刀セットの売れるペースが鈍っていないか?」
「あぁ……」

 その反応を見て「やっぱり鈍っているな」と確信。
 商人は眉間に皺を寄せ、右手で顎を撫でた。
 傷一つないツルツルの顎だ。
 きっちりと髭を剃っている。

「何があった? 理由がわかるなら聞かせてくれ」
「かまわないとも。ここ数週間のことだが――」

 苦悶の表情で、長々と話す商人。
 俺はそれを、適当な相槌を打ちながら聞いた。

「――とまぁ、こんな感じだ」
「なるほどな。ありがとう、助かったよ」
「いいさ、これからもよろしく頼むぜ」

 俺は商人との会話を終えた。

「ネネイ達が遅いな、酒場に行こう」
「分かりました」

 くるりと向きを変え、酒場へ向かう。
 その道すがらで、俺はため息をついた。

「模造品とはやってくれるぜ」

 売上不振の原因は、模造品の出現だった。
 剃刀に加え、クリームまで模造してやがるのだ。
 その上、価格は二〇万程度。
 商人達が売る俺の剃刀セットは、少し前まで二〇〇万だった。
 つまり、桁を一つ減らした価格で売られているのだ。

 もちろん、安いだけあり、品質は優れていない。
 もっと云えば、見た目が似ているだけのクソだ。
 安全剃刀のように、ゴシゴシ剃ることは出来ない。
 そんなことをすれば、あっさり皮膚が切れるのだ。
 クリームだって、俺のとは比較にならないレベル。
 にゅるっとするけど、滑りはそれほど良くならない。

 それでも、桁が一つ違えば飛ぶように売れる。
 一般人にとって、二〇〇万は決して安くないのだ。

「どうやって対処しますか?」

 リーネの問いに、「うーん」と考え込む。
 少しして、おもむろに口を開いた。

「考えられる対応策はあるにはあるけど……」
「そうなんですか?」
「ああ、たとえば価格競争だ」

 模造品の魅力がなくなる価格まで、こちらも値下げする方法だ。
 相手と違い、こちらは実質無料で商品を準備できる。
 つまり、一万ゴールドで売ろうが、利益は出るのだ。
 だから、相手が販売を止めるまで低価格で提供するという考え。
 品質の差を考えると、店頭価格で五〇万前後なら駆逐できるだろう。
 商人達に卸す価格で云えば、大体三〇万前後。今の三分の一だ。
 その程度の価格差しかなければ、消費者は高品質な方を選ぶはず。

「凄い名案ですね。流石です、ユートさん」
「いや、これは名案なんかじゃないよ」
「どうしてですか?」
「勝った後のダメージがきつすぎる」

 一度値下げすると、値上げするのは至難の業だ。
 なぜなら、客は値下げ後の価格を適正だと思い込む。
 それに、値上げすれば、また模造品が出回る。
 つまり、一度価格競争に持ち込めば、後戻りできないのだ。

「じゃあ、価格競争はパスですか?」
「そうだな、この作戦は望ましくない」
「他にも、何か考えがあるのですよね」
「価格競争以上にふざけたものだけどな」
「どんな内容ですか?」
「単純に、競合相手をぶっ殺す」

 同業者を殺せば、争いは終結する。
 商売で売られた喧嘩を、戦闘で買う考えだ。
 ただ、そんな乱暴な手段に出ることは出来ない。
 理由は色々あるが、最たるものは、戦闘が得意ではないからだ。
 素振りも狩りもしていないせいで、いまだにレベルは五である。
 こんな雑魚が殴り込みなんて、ただの自殺志願でしかない。

「困りましたね」
「まぁ、問題ないさ」
「そうなんですか?」
「模造品がなくても、売上は鈍化していたからね」

 需要には二つの波がある。
 第一波は、未所持者の購入だ。
 未所持者に品が行き届くと、最初の波は終了だ。
 その後は、継続購入者の買い替えが需要となる。
 これが第二波だ。
 第一波と比べ、第二波はどうしても弱い。
 毎日新品の剃刀を使うような人間は少ないからだ。
 そうなると、今のようには売れないだろう。

「では、どうしますか?」
「今より上を目指すなら、新商品の開拓だろうな」

 剃刀セットに続く、第二のブーム。
 それを見つけることが、今の最重要課題だ。
 人気の証だと思って、模造品業者は無視しよう。

 剃刀セットの価格をいじるのはまだ早い。
 商人に聞いた話だと、一五〇万で売れるからだ。
 一三〇でも厳しくなったら、少し値下げしよう。
 その時までに、新たな収益の柱を見つけておかないと。

「しばらくは順位の低下を覚悟するか」

 俺は懐から冒険者カードを取り出した。
 まずはステータスを見る。

 名前:ユート
 年齢:29
 レベル:5
 所持金:1850億ゴールド
 攻撃力:6
 防御力:9
 魔法攻撃力:1
 魔法防御力:9
 スキルポイント:5

 この世界へ来た頃には考えられなかった、圧倒的な資金力。
 本当は、これにプラスで一〇億程あった。
 その約一〇億は、ネネイの財布に入っている。
 カードの見栄えをよくするため、億未満の額を押し付けているのだ。
 その合計が、おおよそ一〇億ゴールド。

「はぁ、やっぱり下がってやがる」

 冒険者カードを裏返して、ため息をついた。
 裏にはランキングが記載されている。

 総合:圏外
 戦闘力:圏外
 資金力:8791位
 知名度:1021位

 知名度ランキングに入ったのは、しばらく前だ。
 正確な時期は不明だが、二カ月前は九〇〇〇位台だった。
 その後は加速度的に駆け上がり、今に至る。
 ただ、最近は売上同様、ペースが鈍化気味だ。
 おそらく、剃刀を求める大半の者に、名が広まったのだろう。

 下がっているのは資金力ランキングだ。
 知名度と違い、こちらの動きは極めて激しい。
 今日みたいに稼ぎのない日があると、あっという間に落ちる。
 それも一つ二つではなく、一日で七〇〇位くらい下がるのだ。
 その為、最近は、七〇〇〇から九〇〇〇位の間で推移している。

「やっぱり、新商品が必要だな」

 資金力の最高順位は七一二〇位だ。
 いまだ、六〇〇〇位台に入ったことはない。
 このことが、収益効率向上の必要性を如実に表していた。

「おとーさん、見つけたなの!」
「ネネイ、遅かったじゃないか」

 前方から、ネネイとマリカが歩いてきた。
 二人は、両手にイカの串焼きを持っている。
 その後ろには、マリカの召喚した一〇体の骸骨戦士。
 そいつらも、両手に串焼きを持っていた。

「すごい量の串焼きだな。こんなにも買ってどうするんだ?」
「ネネイが食べるなのー! でもその前に、これどうぞなの♪」

 ネネイは、両手に持っていた串焼きを渡してきた。
 右手の串焼きを俺に、左手の串焼きをリーネに渡す。
 俺達は「ありがとう」と礼を言って受け取る。
 両手がフリーになったネネイは、マリカから串焼きを一本受け取った。

「俺達の分も買ってくれたんだ?」
「そうなの、皆で食べるなの」
「優しいなぁネネイは」
「えへへなの♪」

 ネネイ達と合流したので、再び身体を翻す。
 目的無く街をぶらつきながら、串焼きを頬張った。
 嗅覚を刺激する香ばしさに違わぬ美味しさだ。

「ごちそうさま、美味しかったよ」
「たまにはいつもと違う食べ物もいいですね」
「感謝する、ネネイ」
「はいなのー♪」

 ネネイ以外の三人が、串焼きを食べ終わる。

 ネネイだけは、いまだ串焼きを食べていた。
 といっても、食べる速度は俺達の三倍だ。
 あっという間に、三本目の串焼きを食べ終わる。
 その瞬間、骸骨が次の串焼きを渡す。
 ペースを一切落とすことなく、ネネイは四本目を頬張った。
 小さな両手で丁寧に持ち、モグモグ食べている。
 まるでシマリスの食事みたいだ。
 眺めているだけで、皆の心が癒された。

「イカさん美味しいなの♪」
「喉に詰まらせるなよー」
「はいなのー」

 気が付けば、ネネイは一〇本目に突入していた。
 既に残りは半分だ。
 ことイカの串焼きになると、ネネイはいくらでも食べられる。
 俺の知る限り、最高記録は三〇本だ。
 だから、今の本数にはさして驚かない。
 ただ、気になることがあった。

「それだけ食べて、喉は乾かないのか?」

 俺が同じ立場なら、飲み物が欲しく仕方ないはずだ。
 この類の食べ物は、どうしても喉が渇く。
 一本しか食べていない俺でさえ、水を飲みたい気分だ。

「喉は乾くなの。でも、まだイカさんが残っているなの」
「食べ終わったら、近くの酒場でお水をもらいましょうか」

 ネネイは「ありがとーなの」とリーネに微笑んだ。
 対するリーネも「いえいえ」と微笑み返す。

「水が欲しいなら、私がスキルで出してやろうか?」

 提案したのはマリカだ。
 俺は笑いながら「マリカのは水じゃなくて氷だろ」と突っ込む。
 氷の津波『ブリザードウェーブ』は、到底飲むことなんてできない。
 おそらく、マリカなりのボケなのだろう。

「はぅぅぅ、美味しいなの! でも、喉がカラカラなの……」

 十五本目を過ぎたあたりで、ネネイのペースが鈍り出した。
 次の串を食べるまでの間に、結構な時間が空く。
 その間、必死に唾を飲み込んでいるのだ。

「そんなことをしても喉は潤わな――ハッ!」

 話している途中、俺に電流が走った。
 突如として舞い降りる天啓。
 衝撃的な閃きが浮かんだ。

「それだ!」

 思わず声を荒げる。
 ネネイは「ふぇ?」と驚いた様子。
 他の二人も、きょとんとして俺を見ている。

「でかしたぞ、ネネイ!」

 俺は骸骨から串焼きを奪い、一気に食べた。
 一瞬で残りの五本を食べ終わる。
 そして、声高に言った。

「更なる高みを目指す為の名案を閃いた!」
「すごいなの、おとーさん!」
「やはりマスターは伊達じゃないな」
「流石です、ユートさん」

 俺は、前方に見える酒場をビシッと指した。

「急いで水分補給を行い、調査を始めるぞ!」
「おーなの♪」

 駆け足で酒場へ入り、水分補給を済ませる。
 ついでだから、店内でアンケート調査を行った。
 上々の反応に満足し、店を後にする。

「次は冒険者ギルドだー!」
「だー、なの!」

 急ぎ足で冒険者ギルドに向かった。
 到着するなり、酒場の時と同じ調査を行う。

「そいつはいいな!」
「そんなのがあれば最高だよ!」
「すごいけど、そんなのありえないよ!」

 肯定的な回答ばかりが並ぶ。
 これまた上々な反応だ。

「じゃあ、仮にそういう商品があったら、いくらまで出す?」

 この問いに関しては、こちらの想定以上の答えが並んだ。
 俺の想定では『一〇〇~二〇〇』だった。
 しかし現実は――。

「安ければ安いにこしたことはないけど、一〇〇〇は付ける」
「俺もそれくらいだなー。期間限定の安売りなら七〇〇くらい?」
「七〇〇だったら即完売だろうよ、ガッハッハ!」

 最高だ。
 これなら、一個五〇〇万でも爆売れ間違いなし。

 ――見つけたぜ、第二の商品!
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