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029 長期休暇の大冒険⑤ 帰宅

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 頬をむにっと押される感覚がした。
 気のせいかと思い、無視を決め込む。
 しかし、顔面に走るむにむに感が消えることはない。
 それどころか、次第にむにむに度が高まっていく。

「なんなんだ、一体……」

 おもむろに瞼を開く。
 そこには、ニヤリと笑うネネイが居た。

「おはよーなの、おとーさん!」
「ネネイが起こしたのか」
「はいなの♪」

 ネネイはにこやかに、俺の頬を触り続ける。
 寝袋に入っているせいで、抵抗出来ない。
 されるがままに、俺はむにむに攻撃を受けた。

「起きたから、やめるんだ」
「あと少しなのー♪」

 それから一分して、ネネイの攻撃が収まる。
 やれやれ、朝から悪戯好きの五歳児だ。

「ほら、寝袋から出るんだ」
「分かったなの」

 ネネイがもぞもぞと寝袋から出る。
 俺もそれに続いた。
 立ち上がり、周囲を確認する。
 他の寝袋は、二つとも空だ。
 リーネとマリカは、既に起きているらしい。

「起きたのか、マスター」
「おはようございます、ユートさん」

 骸骨戦士がテントを開く。
 外から二人が挨拶をしてきた。
 気怠さの溢れる声で、俺は言葉を返す。

「朝ご飯を食べたら出発するぞ、マスター」
「ユートさんの分も作っておきましたよ」
「ありがとう、リーネ」
「いえ、作ったのはネネイさんです」
「むぅーなの!」
「あいたっ」

 背後からネネイにケツを叩かれた。
 今のは紛らわしい言い方をしたリーネが悪い。
 ええい、朝からはかりごとが捗ってやがる。

 俺とネネイも丸太に腰を下ろす。
 ミルクの入ったマグボトルを片手に、朝食をとった。
 今日の朝食は、昨夜に続いて焼き鳥だ。
 さすがの俺でも、連続の焼き鳥は辛かった。
 それに、朝から焼き鳥は重過ぎる。

 俺達が食事をしている間、骸骨達は働いていた。
 一体が食事に関する雑務の全般を行う。
 タレや串を運ぶ係だ。
 残りの五体は、出発準備に入っていた。
 寝袋とテントをたたみ、リュックにまとめる。

「本当に有能だな、マリカの骸骨は」
「マリカお姉ちゃんはすごいなの」
「とても快適です」

 マリカは満足気に「うむ」と頷いた。
 骸骨の優秀な点は、何より手先の器用さだ。
 俺よりも遥かに細かい作業をこなすことができる。
 マリカによると、料理も作れるらしい。
 凄すぎだぜ、骸骨戦士。
 もはや戦士というより、家政婦だ。

「さーて、行くかぁ!」
「出発なのー♪」

 食事を終えると、早々に歩を進めた。
 昨日と同じ隊列で、山頂を目指していく。
 道中に現れたモンスターは、あっさり撃破する。
 歩き始めてから二時間ほどで、山頂に着いた。

「うーん、見渡す限り森ばっかり!」

 山頂からの光景は、概ね森が占めていた。
 森の次は、草原が目につく。
 どちらも綺麗な緑色だ。
 青色要素である海は殆ど見えない。
 進行方向に薄っすらと見える程度。

「キェェェェ!」
「アッハァン!」
「ホワッチャ!」

 山頂でもモンスターが現れる。
 やれやれ、軽く蹴散らした。
 その後、東へ下っていく。
 ちなみに、俺達は西から来ている。

「少し危険だが、快適に山を下る手がある」

 山頂から下り始めてすぐに、マリカが言う。
 俺達は「おお?」と好奇心の目を向けた。

「しばし待て」

 マリカが骸骨戦士に命令を下す。
 それに応じて、骸骨達が動き出した。
 まばたきも許さぬ速さで作業を進める。

 またしても取り出される謎の丸太。
 骸骨達は、それを巧みに加工していく。
 あっという間に、木のソリが完成した。
 六人まで座れる大型サイズだ。

「これに座ればいい」
「骸骨に引かせるのか?」
「そうだ」
「たまげたなぁ」

 犬ぞりならぬ骸骨ぞりだ。
 しかも、骸骨が作ったそりである。
 改めて考えると、酷使されすぎだろ、骸骨戦士。
 これが人間なら、過労死は免れない。

「大丈夫なのか、これ」
「おそらく大丈夫だ」
「不安だなぁ」

 そうは言いつつも、ソリに座る俺。
 席順は前からネネイ、俺、リーネ、マリカだ。
 マリカの後ろには、リュックが三つある。
 リーネが背負っていた物と、テントと寝袋だ。

「ワクワクなの! ワクワクなの!」
「落ちたら危ないからはしゃぐなよー!」
「はーいなの」

 ネネイは俺の膝の上に座っている。
 念の為、俺はネネイの身体を両手で押さえておくことにした。

「いいぞ、発進させろ」

 マリカが合図を送ると、骸骨達がソリを引き出した。
 重い腰をあげるように、ゆっくりとソリが進みだす。
 と思いきや、急激に加速しだした。
 ジェットコースターより遥かに速い。
 なのに、シートベルトがないときた。
 怖い、怖すぎる!

「風が気持ちいいなのー!」
「死ぬ! 死ぬってこれ! 死ぬぅ!」
「楽しそうですね。流石です、ユートさん」
「楽しいわけあるか! 怖い! 怖いんだぁ!」
「落ち着けマスター、死にはしない。……たぶん」
「たぶんってなんだよぉお!」

 俺の絶叫を轟かせながら、骸骨ぞりが突き進む。
 道すがらでは、当然のようにモンスターが湧いた。

「キェェェ!」
「……」
「ウギャッ」

 しかし、骸骨は遠慮せず突っ込む。
 瞬く間に蹴散らされるモンスター達。
 ブレーキ知らずの暴走列車だ。
 止めることが出来るのはマリカのみ。

「ぎゃあああああ! 死ぬぅううう!」
「あはは! おとーさん、面白いなのー!」

 ネネイが笑いながらバンザイする。
 この状況の何が面白いというのだ。
 俺はひたすらに無事を祈って発狂した。

「到着なのー♪」
「もういいぞ、ご苦労だった」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「お疲れ様です、ユートさん」

 一時間で下山が完了する。
 まるで生きた心地のしない一時間だった。
 俺以外の三人は、どういうわけか平然としている。
 これでは、いかにも俺だけがチキン野郎じゃないか。

 三人をしばらく待たせて、俺は呼吸を整えた。
 落ち着いたところで、いざ出発。
 そう思った時、「あっ」とマリカが声をあげた。

「どうかしたのか?」
「マスターとネネイ、レベルはいくつだ?」
「ちょっと待てよ」

 俺とネネイが冒険者カードを確認する。
 いつの間にか、俺のレベルは十一になっていた。

「十一になっているな」
「ネネイもなの!」

 おそらく、昨日の内に上がっていたのだろう。
 セーフゾーンを目指す道中で、結構な数を狩った。

「やっぱり低いな、せめて十五は欲しい」
「十五もいるのか、次のダンジョン」
「うむ。ソリを作ったのは失敗だった」

 ソリで下山したので、経験値を稼げなかった。
 敵を狩りながら進んでいたら、あと数レベルは上がっていただろう。
 ……というのが、マリカの考えだ。

「まぁ、いいんじゃないか」

 表情を曇らせるマリカに、俺は笑いながら言った。
 マリカは「いいとは?」と首を傾げている。

「ダンジョンに行かなくても、今回はいいんじゃないか。目的はダンジョンの攻略じゃなくて、日をまたいで冒険をすることだからな。で、その目的は既に達成している。だから問題はなかろう」

 次のダンジョンに興味がないといえば嘘になる。
 しかし、そう慌てて行く必要がないとは思った。
 俺の説明に、マリカは「なるほど」と納得する。

「ネネイはおとーさんに賛成なの」
「私は皆様の判断にお任せします」
「マスターがそれでいいなら、そうしよう」

 ということで、次のダンジョンには行かないことになった。

「それで、次のダンジョンはどこにあるんだ? 目の前の森か?」

 俺達の前方には、ごく普通の森がそびえている。
 白狼の森とは違い、木の葉が綺麗な深緑だ。
 それがダンジョンかなと思ったが、マリカは「違う」と答えた。

「次のダンジョン『リザード海岸』は、あの森を抜けた先にある」
「森や山のみならず、海岸にモンスターが湧くこともあるのか」
「うむ。リザード海岸はスポーンの激しさで有名だぞ」
「二〇レベルくらいまで上げたら、また挑みに来よう」
「賢明な判断だ」

 俺達は森の中へ足を踏み入れた。

「この森に名前はあるの?」

 マリカは「ない」と即答する。
 俺は「やっぱりな」と思った。

 エストラでは、ただの森や草原に名前がついていないのだ。
 街とダンジョン以外に、固有の名前がついていた記憶がない。
 打ち上げ漁法を見た漁場にしたって同様だ。ただの漁場である。
 この点は、何かと名前をつけるリアルとは大違いだ。

「さて、大自然を満喫するぞー」
「するぞーなの!」

 モンスターが居ないからか、空気が美味い。
 深呼吸をするだけで、若返る気がした。
 もちろん、気がするだけで、実際に若返りはしない。

「おとーさん、見てなの!」
「お猿さんじゃないか」

 ネネイがぴょんぴょん跳ねながら樹上を指す。
 そこには、可愛らしい子猿が二匹いた。
 二匹の子猿は、右手にドングリを持っている。

「お猿さん、おいでなの」

 ネネイが笑顔で手招きする。
 しかし、猿は樹上から見つめるだけだ。
 怯えている様子はないが、近づく気配もない。

「ネネイさん、ミルクをあげてみてはいかがですか?」

 リーネがマグボトルを渡す。
 ネネイは礼を言って受け取り、掌にミルクを溜めた。
 野兎の時と同じように、猿に向けて伸ばす。

「あげるなの、おいでなの」

 二匹の子猿は上半身を前のめりにして覗き込む。
 興味を示しているみたいが、あとひと押しが足りていない。
 ネネイの表情が曇っていく。
 しかし、すぐにニパッと明るくなった。
 最後のひと押しとなる作戦を閃いたようだ。

「ミルクは美味しいなの♪」

 ネネイは掌に溜めたミルクを舐めて見せた。
 ペロペロと舐めては、チラリと猿を窺う。
 猿と目が合うと、ニッコリと微笑んだ。
 それを何度か繰り返すと、ついに猿が動いた。

「ウキキッ」

 二匹の子猿は木から飛び降り、ネネイの両肩に着地した。
 その時の衝撃で、ネネイの掌からミルクが僅かにこぼれる。
 猿はネネイの身体を伝い、地面に降りた。
 それに合わせて、ネネイも腰を下ろす。
 そして、猿に向けて手を伸ばした。

「ミルクは美味しいなの、あげるなの」
「ウキィ」

 猿達はペロペロとミルクを舐めだした。
 左手でネネイの手を支え、豪快にミルクを喉へ流し込む。
 舐めるというより、飲んでいる。
 あっという間に、ネネイの掌が空になった。

「美味しかったなの?」
「ウキィ!」
「おかわりがほしいなの?」
「ウキッ!」
「ならあげるなのー♪」

 そう言って、ネネイはとんでもない行動に出た。
 なんと、蓋の開いたマグボトルを猿に渡したのだ。
 掌に溜めるのではなく、マグボトルを直接プレゼント。

「ウキィ!」

 受け取った猿は、お礼とばかりに、ドングリをネネイに渡した。
 それに続き、もう一匹の猿も、ネネイにドングリを渡す。

「ネネイにくれるなの?」
「ウキィー!」
「やったぁ! ありがとーなの!」
「ウキキッ!」

 猿は両手でマグボトルを持ち、ミルクをがぶがぶ飲み始める。
 しばらく飲むと、もう一匹の猿にマグボトルを渡した。
 受け取った猿も、同じようにミルクをがぶ飲みする。
 十分に飲んだ後、ネネイにマグボトルを向けた。
 もう満足した、ということらしい。

 ネネイは「ありがとーなの」とマグボトルを受け取る。
 代わりにドングリを返そうとするも、猿達は受け取らなかった。
 ネネイの手の甲をペロペロした後、木に登っていったのだ。

「バイバイなの、お猿さん!」
「ウキィー♪」

 ネネイが手を振ると、猿達も手を振り返した。
 そして、長い両手を使って巧みに木々を渡り、離れていく。

「嬉しいなの! お猿さんが来てくれたなの!」
「ドングリも貰えてよかったな」
「ネネイは幸せ者なのー♪」

 それからのネネイは、この上なく絶好調だった。
 森に棲息するその他の動物にも、ミルクをあげていく。
 フクロモモンガ、ウサギ、スズメ、ハリネズミ、果てにはモグラまで。
 ありとあらゆる動物が、ネネイのミルクを堪能した。
 そんな調子であげれば、当然ながら、ミルクが底を尽く。
 二時間程したところで、全てのマグボトルが空になった。

「空になっちゃったなの……」

 ネネイが最後のマグボトルを逆さまにして、からをアピールする。
 その周りには、ミルクをねだる多くの動物が居た。
 中には、体にしがみついている奴もいる。

「ごめんなさいなの、もうないなの」

 自身を取り囲む動物にペコリと謝るネネイ。
 しばらくすると、動物達はあちこちへ散っていった。
 言葉が通じたというより、諦めた感じだ。
 もうミルクはくれないのか、と。

 俺達はというと、その様子を眺めていた。
 適当な場所に腰を下ろし、まったりとしている。
 楽しそうにミルクをあげるネネイは、見ていて飽きなかった。

「満足したかー?」
「満足したなの!」

 動物達が消えると、ネネイは笑顔で駆け寄ってきた。
 そして、樹木にもたれる俺に飛びついてくる。

「たくさんの動物さんと仲良くなったなの♪」
「ちゃんと見ていたぞー、動物さんも喜んでいたな」
「そーなの! 皆、美味しそうにミルクを飲んでいたなの!」

 ネネイは鼻息を荒くして、動物のことを話し始める。
 俺達はそれを、和やかな表情で聞き続けた。
 話は二転三転し、時には同じ内容になる。
 山なしオチなしの話でも、話し手がネネイなら楽しめた。
 嬉々とした表情と言葉で、こちらの心も弾むからだ。

「それでなの! お猿さんがドングリをくれたなの!」
「おうおう、それはすごいじゃないか」
「そーなの! すごいなの! それでなの!」

 俺に抱き着き、顔をあげて話し続けるネネイ。
 それに対し、優しく微笑み、頭を撫でながら聞き続ける俺。
 傍から見ると、仲睦まじい家族にしか見えないだろう。

「ユートさん、そろそろ」

 リーネが合図する。
 いつのまにか日が暮れていた。

 ネネイの話は、かれこれ五時間以上も続いている。
 それでもまだ、口が止まる兆しはない。
 話の内容は、もはや既知のものばかりだ。
 このままでは、夜になっても話が終わらないだろう。
 それでもかまわないが、そろそろ帰りたい。

「それでなの!」
「待った」

 俺はネネイの唇に人差し指を当てた。
 暴れ狂っていたお口のマシンガンが静まる。

「もう夜になるから、そろそろ帰ろう」
「ネネイはもっとお話したいなの!」
「続きは家で聞かせてくれ」
「分かったなのー!」

 俺は「準備はいいか?」と確認する。
 リーネは「問題ありません」と答えた。
 一方、マリカはリュックを枕代わりに眠っている。
 しっかりしていて言葉遣いも立派だが、寝顔は可愛い十歳児だ。
 眠っているが、マリカも問題ないだろう。

「骸骨、リュックを持ってくれ」
「……」

 眠っているマリカを抱え、骸骨に命令する。
 従うか不安だったが、骸骨は静かに従った。

「では戻ろうか」
「分かりました」
「帰るなのー!」

 俺は頷き、『エスケープタウン』を発動させた。
 一日以上かけて辿り着いた森から一転、ラングローザに到着だ。

「いやぁ楽しかったなー!」
「ですね。新鮮な体験になりました」
「ネネイは動物さんとまた遊びたいなの♪」
「動物もいいけど、残りのスキルも見たいものだな」
「私は、ユートさんの覚えた汎用スキルが知りたいです」
「大したものじゃないよ。タウンワープと――」

 俺達は夕日に背中を照らしながら、家に向かった。
 初めての長期冒険は大成功だ。
 それに、商売的にもプラスになった。
 今回の一泊二日により、新商品のアイデアを閃いたのだ。

【最新ステータス】
 名前:ユート
 レベル:11
 攻撃力:14
 防御力:20
 魔法攻撃力:1
 魔法防御力:20
 スキルポイント:5

 名前:ネネイ
 レベル:11
 攻撃力:11
 防御力:11
 魔法攻撃力:11
 魔法防御力:11
 スキルポイント:11

 名前:マリカ
 レベル:21
 攻撃力:2
 防御力:25
 魔法攻撃力:38
 魔法防御力:25
 スキルポイント:35
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