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029 長期休暇の大冒険⑤ 帰宅
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頬をむにっと押される感覚がした。
気のせいかと思い、無視を決め込む。
しかし、顔面に走るむにむに感が消えることはない。
それどころか、次第にむにむに度が高まっていく。
「なんなんだ、一体……」
おもむろに瞼を開く。
そこには、ニヤリと笑うネネイが居た。
「おはよーなの、おとーさん!」
「ネネイが起こしたのか」
「はいなの♪」
ネネイはにこやかに、俺の頬を触り続ける。
寝袋に入っているせいで、抵抗出来ない。
されるがままに、俺はむにむに攻撃を受けた。
「起きたから、やめるんだ」
「あと少しなのー♪」
それから一分して、ネネイの攻撃が収まる。
やれやれ、朝から悪戯好きの五歳児だ。
「ほら、寝袋から出るんだ」
「分かったなの」
ネネイがもぞもぞと寝袋から出る。
俺もそれに続いた。
立ち上がり、周囲を確認する。
他の寝袋は、二つとも空だ。
リーネとマリカは、既に起きているらしい。
「起きたのか、マスター」
「おはようございます、ユートさん」
骸骨戦士がテントを開く。
外から二人が挨拶をしてきた。
気怠さの溢れる声で、俺は言葉を返す。
「朝ご飯を食べたら出発するぞ、マスター」
「ユートさんの分も作っておきましたよ」
「ありがとう、リーネ」
「いえ、作ったのはネネイさんです」
「むぅーなの!」
「あいたっ」
背後からネネイにケツを叩かれた。
今のは紛らわしい言い方をしたリーネが悪い。
ええい、朝から謀が捗ってやがる。
俺とネネイも丸太に腰を下ろす。
ミルクの入ったマグボトルを片手に、朝食をとった。
今日の朝食は、昨夜に続いて焼き鳥だ。
さすがの俺でも、連続の焼き鳥は辛かった。
それに、朝から焼き鳥は重過ぎる。
俺達が食事をしている間、骸骨達は働いていた。
一体が食事に関する雑務の全般を行う。
タレや串を運ぶ係だ。
残りの五体は、出発準備に入っていた。
寝袋とテントをたたみ、リュックにまとめる。
「本当に有能だな、マリカの骸骨は」
「マリカお姉ちゃんはすごいなの」
「とても快適です」
マリカは満足気に「うむ」と頷いた。
骸骨の優秀な点は、何より手先の器用さだ。
俺よりも遥かに細かい作業をこなすことができる。
マリカによると、料理も作れるらしい。
凄すぎだぜ、骸骨戦士。
もはや戦士というより、家政婦だ。
「さーて、行くかぁ!」
「出発なのー♪」
食事を終えると、早々に歩を進めた。
昨日と同じ隊列で、山頂を目指していく。
道中に現れたモンスターは、あっさり撃破する。
歩き始めてから二時間ほどで、山頂に着いた。
「うーん、見渡す限り森ばっかり!」
山頂からの光景は、概ね森が占めていた。
森の次は、草原が目につく。
どちらも綺麗な緑色だ。
青色要素である海は殆ど見えない。
進行方向に薄っすらと見える程度。
「キェェェェ!」
「アッハァン!」
「ホワッチャ!」
山頂でもモンスターが現れる。
やれやれ、軽く蹴散らした。
その後、東へ下っていく。
ちなみに、俺達は西から来ている。
「少し危険だが、快適に山を下る手がある」
山頂から下り始めてすぐに、マリカが言う。
俺達は「おお?」と好奇心の目を向けた。
「しばし待て」
マリカが骸骨戦士に命令を下す。
それに応じて、骸骨達が動き出した。
瞬きも許さぬ速さで作業を進める。
またしても取り出される謎の丸太。
骸骨達は、それを巧みに加工していく。
あっという間に、木のソリが完成した。
六人まで座れる大型サイズだ。
「これに座ればいい」
「骸骨に引かせるのか?」
「そうだ」
「たまげたなぁ」
犬ぞりならぬ骸骨ぞりだ。
しかも、骸骨が作ったそりである。
改めて考えると、酷使されすぎだろ、骸骨戦士。
これが人間なら、過労死は免れない。
「大丈夫なのか、これ」
「おそらく大丈夫だ」
「不安だなぁ」
そうは言いつつも、ソリに座る俺。
席順は前からネネイ、俺、リーネ、マリカだ。
マリカの後ろには、リュックが三つある。
リーネが背負っていた物と、テントと寝袋だ。
「ワクワクなの! ワクワクなの!」
「落ちたら危ないからはしゃぐなよー!」
「はーいなの」
ネネイは俺の膝の上に座っている。
念の為、俺はネネイの身体を両手で押さえておくことにした。
「いいぞ、発進させろ」
マリカが合図を送ると、骸骨達がソリを引き出した。
重い腰をあげるように、ゆっくりとソリが進みだす。
と思いきや、急激に加速しだした。
ジェットコースターより遥かに速い。
なのに、シートベルトがないときた。
怖い、怖すぎる!
「風が気持ちいいなのー!」
「死ぬ! 死ぬってこれ! 死ぬぅ!」
「楽しそうですね。流石です、ユートさん」
「楽しいわけあるか! 怖い! 怖いんだぁ!」
「落ち着けマスター、死にはしない。……たぶん」
「たぶんってなんだよぉお!」
俺の絶叫を轟かせながら、骸骨ぞりが突き進む。
道すがらでは、当然のようにモンスターが湧いた。
「キェェェ!」
「……」
「ウギャッ」
しかし、骸骨は遠慮せず突っ込む。
瞬く間に蹴散らされるモンスター達。
ブレーキ知らずの暴走列車だ。
止めることが出来るのはマリカのみ。
「ぎゃあああああ! 死ぬぅううう!」
「あはは! おとーさん、面白いなのー!」
ネネイが笑いながらバンザイする。
この状況の何が面白いというのだ。
俺はひたすらに無事を祈って発狂した。
「到着なのー♪」
「もういいぞ、ご苦労だった」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「お疲れ様です、ユートさん」
一時間で下山が完了する。
まるで生きた心地のしない一時間だった。
俺以外の三人は、どういうわけか平然としている。
これでは、いかにも俺だけがチキン野郎じゃないか。
三人をしばらく待たせて、俺は呼吸を整えた。
落ち着いたところで、いざ出発。
そう思った時、「あっ」とマリカが声をあげた。
「どうかしたのか?」
「マスターとネネイ、レベルはいくつだ?」
「ちょっと待てよ」
俺とネネイが冒険者カードを確認する。
いつの間にか、俺のレベルは十一になっていた。
「十一になっているな」
「ネネイもなの!」
おそらく、昨日の内に上がっていたのだろう。
セーフゾーンを目指す道中で、結構な数を狩った。
「やっぱり低いな、せめて十五は欲しい」
「十五もいるのか、次のダンジョン」
「うむ。ソリを作ったのは失敗だった」
ソリで下山したので、経験値を稼げなかった。
敵を狩りながら進んでいたら、あと数レベルは上がっていただろう。
……というのが、マリカの考えだ。
「まぁ、いいんじゃないか」
表情を曇らせるマリカに、俺は笑いながら言った。
マリカは「いいとは?」と首を傾げている。
「ダンジョンに行かなくても、今回はいいんじゃないか。目的はダンジョンの攻略じゃなくて、日をまたいで冒険をすることだからな。で、その目的は既に達成している。だから問題はなかろう」
次のダンジョンに興味がないといえば嘘になる。
しかし、そう慌てて行く必要がないとは思った。
俺の説明に、マリカは「なるほど」と納得する。
「ネネイはおとーさんに賛成なの」
「私は皆様の判断にお任せします」
「マスターがそれでいいなら、そうしよう」
ということで、次のダンジョンには行かないことになった。
「それで、次のダンジョンはどこにあるんだ? 目の前の森か?」
俺達の前方には、ごく普通の森がそびえている。
白狼の森とは違い、木の葉が綺麗な深緑だ。
それがダンジョンかなと思ったが、マリカは「違う」と答えた。
「次のダンジョン『リザード海岸』は、あの森を抜けた先にある」
「森や山のみならず、海岸にモンスターが湧くこともあるのか」
「うむ。リザード海岸はスポーンの激しさで有名だぞ」
「二〇レベルくらいまで上げたら、また挑みに来よう」
「賢明な判断だ」
俺達は森の中へ足を踏み入れた。
「この森に名前はあるの?」
マリカは「ない」と即答する。
俺は「やっぱりな」と思った。
エストラでは、ただの森や草原に名前がついていないのだ。
街とダンジョン以外に、固有の名前がついていた記憶がない。
打ち上げ漁法を見た漁場にしたって同様だ。ただの漁場である。
この点は、何かと名前をつけるリアルとは大違いだ。
「さて、大自然を満喫するぞー」
「するぞーなの!」
モンスターが居ないからか、空気が美味い。
深呼吸をするだけで、若返る気がした。
もちろん、気がするだけで、実際に若返りはしない。
「おとーさん、見てなの!」
「お猿さんじゃないか」
ネネイがぴょんぴょん跳ねながら樹上を指す。
そこには、可愛らしい子猿が二匹いた。
二匹の子猿は、右手にドングリを持っている。
「お猿さん、おいでなの」
ネネイが笑顔で手招きする。
しかし、猿は樹上から見つめるだけだ。
怯えている様子はないが、近づく気配もない。
「ネネイさん、ミルクをあげてみてはいかがですか?」
リーネがマグボトルを渡す。
ネネイは礼を言って受け取り、掌にミルクを溜めた。
野兎の時と同じように、猿に向けて伸ばす。
「あげるなの、おいでなの」
二匹の子猿は上半身を前のめりにして覗き込む。
興味を示しているみたいが、あとひと押しが足りていない。
ネネイの表情が曇っていく。
しかし、すぐにニパッと明るくなった。
最後のひと押しとなる作戦を閃いたようだ。
「ミルクは美味しいなの♪」
ネネイは掌に溜めたミルクを舐めて見せた。
ペロペロと舐めては、チラリと猿を窺う。
猿と目が合うと、ニッコリと微笑んだ。
それを何度か繰り返すと、ついに猿が動いた。
「ウキキッ」
二匹の子猿は木から飛び降り、ネネイの両肩に着地した。
その時の衝撃で、ネネイの掌からミルクが僅かにこぼれる。
猿はネネイの身体を伝い、地面に降りた。
それに合わせて、ネネイも腰を下ろす。
そして、猿に向けて手を伸ばした。
「ミルクは美味しいなの、あげるなの」
「ウキィ」
猿達はペロペロとミルクを舐めだした。
左手でネネイの手を支え、豪快にミルクを喉へ流し込む。
舐めるというより、飲んでいる。
あっという間に、ネネイの掌が空になった。
「美味しかったなの?」
「ウキィ!」
「おかわりがほしいなの?」
「ウキッ!」
「ならあげるなのー♪」
そう言って、ネネイはとんでもない行動に出た。
なんと、蓋の開いたマグボトルを猿に渡したのだ。
掌に溜めるのではなく、マグボトルを直接プレゼント。
「ウキィ!」
受け取った猿は、お礼とばかりに、ドングリをネネイに渡した。
それに続き、もう一匹の猿も、ネネイにドングリを渡す。
「ネネイにくれるなの?」
「ウキィー!」
「やったぁ! ありがとーなの!」
「ウキキッ!」
猿は両手でマグボトルを持ち、ミルクをがぶがぶ飲み始める。
しばらく飲むと、もう一匹の猿にマグボトルを渡した。
受け取った猿も、同じようにミルクをがぶ飲みする。
十分に飲んだ後、ネネイにマグボトルを向けた。
もう満足した、ということらしい。
ネネイは「ありがとーなの」とマグボトルを受け取る。
代わりにドングリを返そうとするも、猿達は受け取らなかった。
ネネイの手の甲をペロペロした後、木に登っていったのだ。
「バイバイなの、お猿さん!」
「ウキィー♪」
ネネイが手を振ると、猿達も手を振り返した。
そして、長い両手を使って巧みに木々を渡り、離れていく。
「嬉しいなの! お猿さんが来てくれたなの!」
「ドングリも貰えてよかったな」
「ネネイは幸せ者なのー♪」
それからのネネイは、この上なく絶好調だった。
森に棲息するその他の動物にも、ミルクをあげていく。
フクロモモンガ、ウサギ、スズメ、ハリネズミ、果てにはモグラまで。
ありとあらゆる動物が、ネネイのミルクを堪能した。
そんな調子であげれば、当然ながら、ミルクが底を尽く。
二時間程したところで、全てのマグボトルが空になった。
「空になっちゃったなの……」
ネネイが最後のマグボトルを逆さまにして、空をアピールする。
その周りには、ミルクをねだる多くの動物が居た。
中には、体にしがみついている奴もいる。
「ごめんなさいなの、もうないなの」
自身を取り囲む動物にペコリと謝るネネイ。
しばらくすると、動物達はあちこちへ散っていった。
言葉が通じたというより、諦めた感じだ。
もうミルクはくれないのか、と。
俺達はというと、その様子を眺めていた。
適当な場所に腰を下ろし、まったりとしている。
楽しそうにミルクをあげるネネイは、見ていて飽きなかった。
「満足したかー?」
「満足したなの!」
動物達が消えると、ネネイは笑顔で駆け寄ってきた。
そして、樹木にもたれる俺に飛びついてくる。
「たくさんの動物さんと仲良くなったなの♪」
「ちゃんと見ていたぞー、動物さんも喜んでいたな」
「そーなの! 皆、美味しそうにミルクを飲んでいたなの!」
ネネイは鼻息を荒くして、動物のことを話し始める。
俺達はそれを、和やかな表情で聞き続けた。
話は二転三転し、時には同じ内容になる。
山なしオチなしの話でも、話し手がネネイなら楽しめた。
嬉々とした表情と言葉で、こちらの心も弾むからだ。
「それでなの! お猿さんがドングリをくれたなの!」
「おうおう、それはすごいじゃないか」
「そーなの! すごいなの! それでなの!」
俺に抱き着き、顔をあげて話し続けるネネイ。
それに対し、優しく微笑み、頭を撫でながら聞き続ける俺。
傍から見ると、仲睦まじい家族にしか見えないだろう。
「ユートさん、そろそろ」
リーネが合図する。
いつのまにか日が暮れていた。
ネネイの話は、かれこれ五時間以上も続いている。
それでもまだ、口が止まる兆しはない。
話の内容は、もはや既知のものばかりだ。
このままでは、夜になっても話が終わらないだろう。
それでもかまわないが、そろそろ帰りたい。
「それでなの!」
「待った」
俺はネネイの唇に人差し指を当てた。
暴れ狂っていたお口のマシンガンが静まる。
「もう夜になるから、そろそろ帰ろう」
「ネネイはもっとお話したいなの!」
「続きは家で聞かせてくれ」
「分かったなのー!」
俺は「準備はいいか?」と確認する。
リーネは「問題ありません」と答えた。
一方、マリカはリュックを枕代わりに眠っている。
しっかりしていて言葉遣いも立派だが、寝顔は可愛い十歳児だ。
眠っているが、マリカも問題ないだろう。
「骸骨、リュックを持ってくれ」
「……」
眠っているマリカを抱え、骸骨に命令する。
従うか不安だったが、骸骨は静かに従った。
「では戻ろうか」
「分かりました」
「帰るなのー!」
俺は頷き、『エスケープタウン』を発動させた。
一日以上かけて辿り着いた森から一転、ラングローザに到着だ。
「いやぁ楽しかったなー!」
「ですね。新鮮な体験になりました」
「ネネイは動物さんとまた遊びたいなの♪」
「動物もいいけど、残りのスキルも見たいものだな」
「私は、ユートさんの覚えた汎用スキルが知りたいです」
「大したものじゃないよ。タウンワープと――」
俺達は夕日に背中を照らしながら、家に向かった。
初めての長期冒険は大成功だ。
それに、商売的にもプラスになった。
今回の一泊二日により、新商品のアイデアを閃いたのだ。
【最新ステータス】
名前:ユート
レベル:11
攻撃力:14
防御力:20
魔法攻撃力:1
魔法防御力:20
スキルポイント:5
名前:ネネイ
レベル:11
攻撃力:11
防御力:11
魔法攻撃力:11
魔法防御力:11
スキルポイント:11
名前:マリカ
レベル:21
攻撃力:2
防御力:25
魔法攻撃力:38
魔法防御力:25
スキルポイント:35
気のせいかと思い、無視を決め込む。
しかし、顔面に走るむにむに感が消えることはない。
それどころか、次第にむにむに度が高まっていく。
「なんなんだ、一体……」
おもむろに瞼を開く。
そこには、ニヤリと笑うネネイが居た。
「おはよーなの、おとーさん!」
「ネネイが起こしたのか」
「はいなの♪」
ネネイはにこやかに、俺の頬を触り続ける。
寝袋に入っているせいで、抵抗出来ない。
されるがままに、俺はむにむに攻撃を受けた。
「起きたから、やめるんだ」
「あと少しなのー♪」
それから一分して、ネネイの攻撃が収まる。
やれやれ、朝から悪戯好きの五歳児だ。
「ほら、寝袋から出るんだ」
「分かったなの」
ネネイがもぞもぞと寝袋から出る。
俺もそれに続いた。
立ち上がり、周囲を確認する。
他の寝袋は、二つとも空だ。
リーネとマリカは、既に起きているらしい。
「起きたのか、マスター」
「おはようございます、ユートさん」
骸骨戦士がテントを開く。
外から二人が挨拶をしてきた。
気怠さの溢れる声で、俺は言葉を返す。
「朝ご飯を食べたら出発するぞ、マスター」
「ユートさんの分も作っておきましたよ」
「ありがとう、リーネ」
「いえ、作ったのはネネイさんです」
「むぅーなの!」
「あいたっ」
背後からネネイにケツを叩かれた。
今のは紛らわしい言い方をしたリーネが悪い。
ええい、朝から謀が捗ってやがる。
俺とネネイも丸太に腰を下ろす。
ミルクの入ったマグボトルを片手に、朝食をとった。
今日の朝食は、昨夜に続いて焼き鳥だ。
さすがの俺でも、連続の焼き鳥は辛かった。
それに、朝から焼き鳥は重過ぎる。
俺達が食事をしている間、骸骨達は働いていた。
一体が食事に関する雑務の全般を行う。
タレや串を運ぶ係だ。
残りの五体は、出発準備に入っていた。
寝袋とテントをたたみ、リュックにまとめる。
「本当に有能だな、マリカの骸骨は」
「マリカお姉ちゃんはすごいなの」
「とても快適です」
マリカは満足気に「うむ」と頷いた。
骸骨の優秀な点は、何より手先の器用さだ。
俺よりも遥かに細かい作業をこなすことができる。
マリカによると、料理も作れるらしい。
凄すぎだぜ、骸骨戦士。
もはや戦士というより、家政婦だ。
「さーて、行くかぁ!」
「出発なのー♪」
食事を終えると、早々に歩を進めた。
昨日と同じ隊列で、山頂を目指していく。
道中に現れたモンスターは、あっさり撃破する。
歩き始めてから二時間ほどで、山頂に着いた。
「うーん、見渡す限り森ばっかり!」
山頂からの光景は、概ね森が占めていた。
森の次は、草原が目につく。
どちらも綺麗な緑色だ。
青色要素である海は殆ど見えない。
進行方向に薄っすらと見える程度。
「キェェェェ!」
「アッハァン!」
「ホワッチャ!」
山頂でもモンスターが現れる。
やれやれ、軽く蹴散らした。
その後、東へ下っていく。
ちなみに、俺達は西から来ている。
「少し危険だが、快適に山を下る手がある」
山頂から下り始めてすぐに、マリカが言う。
俺達は「おお?」と好奇心の目を向けた。
「しばし待て」
マリカが骸骨戦士に命令を下す。
それに応じて、骸骨達が動き出した。
瞬きも許さぬ速さで作業を進める。
またしても取り出される謎の丸太。
骸骨達は、それを巧みに加工していく。
あっという間に、木のソリが完成した。
六人まで座れる大型サイズだ。
「これに座ればいい」
「骸骨に引かせるのか?」
「そうだ」
「たまげたなぁ」
犬ぞりならぬ骸骨ぞりだ。
しかも、骸骨が作ったそりである。
改めて考えると、酷使されすぎだろ、骸骨戦士。
これが人間なら、過労死は免れない。
「大丈夫なのか、これ」
「おそらく大丈夫だ」
「不安だなぁ」
そうは言いつつも、ソリに座る俺。
席順は前からネネイ、俺、リーネ、マリカだ。
マリカの後ろには、リュックが三つある。
リーネが背負っていた物と、テントと寝袋だ。
「ワクワクなの! ワクワクなの!」
「落ちたら危ないからはしゃぐなよー!」
「はーいなの」
ネネイは俺の膝の上に座っている。
念の為、俺はネネイの身体を両手で押さえておくことにした。
「いいぞ、発進させろ」
マリカが合図を送ると、骸骨達がソリを引き出した。
重い腰をあげるように、ゆっくりとソリが進みだす。
と思いきや、急激に加速しだした。
ジェットコースターより遥かに速い。
なのに、シートベルトがないときた。
怖い、怖すぎる!
「風が気持ちいいなのー!」
「死ぬ! 死ぬってこれ! 死ぬぅ!」
「楽しそうですね。流石です、ユートさん」
「楽しいわけあるか! 怖い! 怖いんだぁ!」
「落ち着けマスター、死にはしない。……たぶん」
「たぶんってなんだよぉお!」
俺の絶叫を轟かせながら、骸骨ぞりが突き進む。
道すがらでは、当然のようにモンスターが湧いた。
「キェェェ!」
「……」
「ウギャッ」
しかし、骸骨は遠慮せず突っ込む。
瞬く間に蹴散らされるモンスター達。
ブレーキ知らずの暴走列車だ。
止めることが出来るのはマリカのみ。
「ぎゃあああああ! 死ぬぅううう!」
「あはは! おとーさん、面白いなのー!」
ネネイが笑いながらバンザイする。
この状況の何が面白いというのだ。
俺はひたすらに無事を祈って発狂した。
「到着なのー♪」
「もういいぞ、ご苦労だった」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「お疲れ様です、ユートさん」
一時間で下山が完了する。
まるで生きた心地のしない一時間だった。
俺以外の三人は、どういうわけか平然としている。
これでは、いかにも俺だけがチキン野郎じゃないか。
三人をしばらく待たせて、俺は呼吸を整えた。
落ち着いたところで、いざ出発。
そう思った時、「あっ」とマリカが声をあげた。
「どうかしたのか?」
「マスターとネネイ、レベルはいくつだ?」
「ちょっと待てよ」
俺とネネイが冒険者カードを確認する。
いつの間にか、俺のレベルは十一になっていた。
「十一になっているな」
「ネネイもなの!」
おそらく、昨日の内に上がっていたのだろう。
セーフゾーンを目指す道中で、結構な数を狩った。
「やっぱり低いな、せめて十五は欲しい」
「十五もいるのか、次のダンジョン」
「うむ。ソリを作ったのは失敗だった」
ソリで下山したので、経験値を稼げなかった。
敵を狩りながら進んでいたら、あと数レベルは上がっていただろう。
……というのが、マリカの考えだ。
「まぁ、いいんじゃないか」
表情を曇らせるマリカに、俺は笑いながら言った。
マリカは「いいとは?」と首を傾げている。
「ダンジョンに行かなくても、今回はいいんじゃないか。目的はダンジョンの攻略じゃなくて、日をまたいで冒険をすることだからな。で、その目的は既に達成している。だから問題はなかろう」
次のダンジョンに興味がないといえば嘘になる。
しかし、そう慌てて行く必要がないとは思った。
俺の説明に、マリカは「なるほど」と納得する。
「ネネイはおとーさんに賛成なの」
「私は皆様の判断にお任せします」
「マスターがそれでいいなら、そうしよう」
ということで、次のダンジョンには行かないことになった。
「それで、次のダンジョンはどこにあるんだ? 目の前の森か?」
俺達の前方には、ごく普通の森がそびえている。
白狼の森とは違い、木の葉が綺麗な深緑だ。
それがダンジョンかなと思ったが、マリカは「違う」と答えた。
「次のダンジョン『リザード海岸』は、あの森を抜けた先にある」
「森や山のみならず、海岸にモンスターが湧くこともあるのか」
「うむ。リザード海岸はスポーンの激しさで有名だぞ」
「二〇レベルくらいまで上げたら、また挑みに来よう」
「賢明な判断だ」
俺達は森の中へ足を踏み入れた。
「この森に名前はあるの?」
マリカは「ない」と即答する。
俺は「やっぱりな」と思った。
エストラでは、ただの森や草原に名前がついていないのだ。
街とダンジョン以外に、固有の名前がついていた記憶がない。
打ち上げ漁法を見た漁場にしたって同様だ。ただの漁場である。
この点は、何かと名前をつけるリアルとは大違いだ。
「さて、大自然を満喫するぞー」
「するぞーなの!」
モンスターが居ないからか、空気が美味い。
深呼吸をするだけで、若返る気がした。
もちろん、気がするだけで、実際に若返りはしない。
「おとーさん、見てなの!」
「お猿さんじゃないか」
ネネイがぴょんぴょん跳ねながら樹上を指す。
そこには、可愛らしい子猿が二匹いた。
二匹の子猿は、右手にドングリを持っている。
「お猿さん、おいでなの」
ネネイが笑顔で手招きする。
しかし、猿は樹上から見つめるだけだ。
怯えている様子はないが、近づく気配もない。
「ネネイさん、ミルクをあげてみてはいかがですか?」
リーネがマグボトルを渡す。
ネネイは礼を言って受け取り、掌にミルクを溜めた。
野兎の時と同じように、猿に向けて伸ばす。
「あげるなの、おいでなの」
二匹の子猿は上半身を前のめりにして覗き込む。
興味を示しているみたいが、あとひと押しが足りていない。
ネネイの表情が曇っていく。
しかし、すぐにニパッと明るくなった。
最後のひと押しとなる作戦を閃いたようだ。
「ミルクは美味しいなの♪」
ネネイは掌に溜めたミルクを舐めて見せた。
ペロペロと舐めては、チラリと猿を窺う。
猿と目が合うと、ニッコリと微笑んだ。
それを何度か繰り返すと、ついに猿が動いた。
「ウキキッ」
二匹の子猿は木から飛び降り、ネネイの両肩に着地した。
その時の衝撃で、ネネイの掌からミルクが僅かにこぼれる。
猿はネネイの身体を伝い、地面に降りた。
それに合わせて、ネネイも腰を下ろす。
そして、猿に向けて手を伸ばした。
「ミルクは美味しいなの、あげるなの」
「ウキィ」
猿達はペロペロとミルクを舐めだした。
左手でネネイの手を支え、豪快にミルクを喉へ流し込む。
舐めるというより、飲んでいる。
あっという間に、ネネイの掌が空になった。
「美味しかったなの?」
「ウキィ!」
「おかわりがほしいなの?」
「ウキッ!」
「ならあげるなのー♪」
そう言って、ネネイはとんでもない行動に出た。
なんと、蓋の開いたマグボトルを猿に渡したのだ。
掌に溜めるのではなく、マグボトルを直接プレゼント。
「ウキィ!」
受け取った猿は、お礼とばかりに、ドングリをネネイに渡した。
それに続き、もう一匹の猿も、ネネイにドングリを渡す。
「ネネイにくれるなの?」
「ウキィー!」
「やったぁ! ありがとーなの!」
「ウキキッ!」
猿は両手でマグボトルを持ち、ミルクをがぶがぶ飲み始める。
しばらく飲むと、もう一匹の猿にマグボトルを渡した。
受け取った猿も、同じようにミルクをがぶ飲みする。
十分に飲んだ後、ネネイにマグボトルを向けた。
もう満足した、ということらしい。
ネネイは「ありがとーなの」とマグボトルを受け取る。
代わりにドングリを返そうとするも、猿達は受け取らなかった。
ネネイの手の甲をペロペロした後、木に登っていったのだ。
「バイバイなの、お猿さん!」
「ウキィー♪」
ネネイが手を振ると、猿達も手を振り返した。
そして、長い両手を使って巧みに木々を渡り、離れていく。
「嬉しいなの! お猿さんが来てくれたなの!」
「ドングリも貰えてよかったな」
「ネネイは幸せ者なのー♪」
それからのネネイは、この上なく絶好調だった。
森に棲息するその他の動物にも、ミルクをあげていく。
フクロモモンガ、ウサギ、スズメ、ハリネズミ、果てにはモグラまで。
ありとあらゆる動物が、ネネイのミルクを堪能した。
そんな調子であげれば、当然ながら、ミルクが底を尽く。
二時間程したところで、全てのマグボトルが空になった。
「空になっちゃったなの……」
ネネイが最後のマグボトルを逆さまにして、空をアピールする。
その周りには、ミルクをねだる多くの動物が居た。
中には、体にしがみついている奴もいる。
「ごめんなさいなの、もうないなの」
自身を取り囲む動物にペコリと謝るネネイ。
しばらくすると、動物達はあちこちへ散っていった。
言葉が通じたというより、諦めた感じだ。
もうミルクはくれないのか、と。
俺達はというと、その様子を眺めていた。
適当な場所に腰を下ろし、まったりとしている。
楽しそうにミルクをあげるネネイは、見ていて飽きなかった。
「満足したかー?」
「満足したなの!」
動物達が消えると、ネネイは笑顔で駆け寄ってきた。
そして、樹木にもたれる俺に飛びついてくる。
「たくさんの動物さんと仲良くなったなの♪」
「ちゃんと見ていたぞー、動物さんも喜んでいたな」
「そーなの! 皆、美味しそうにミルクを飲んでいたなの!」
ネネイは鼻息を荒くして、動物のことを話し始める。
俺達はそれを、和やかな表情で聞き続けた。
話は二転三転し、時には同じ内容になる。
山なしオチなしの話でも、話し手がネネイなら楽しめた。
嬉々とした表情と言葉で、こちらの心も弾むからだ。
「それでなの! お猿さんがドングリをくれたなの!」
「おうおう、それはすごいじゃないか」
「そーなの! すごいなの! それでなの!」
俺に抱き着き、顔をあげて話し続けるネネイ。
それに対し、優しく微笑み、頭を撫でながら聞き続ける俺。
傍から見ると、仲睦まじい家族にしか見えないだろう。
「ユートさん、そろそろ」
リーネが合図する。
いつのまにか日が暮れていた。
ネネイの話は、かれこれ五時間以上も続いている。
それでもまだ、口が止まる兆しはない。
話の内容は、もはや既知のものばかりだ。
このままでは、夜になっても話が終わらないだろう。
それでもかまわないが、そろそろ帰りたい。
「それでなの!」
「待った」
俺はネネイの唇に人差し指を当てた。
暴れ狂っていたお口のマシンガンが静まる。
「もう夜になるから、そろそろ帰ろう」
「ネネイはもっとお話したいなの!」
「続きは家で聞かせてくれ」
「分かったなのー!」
俺は「準備はいいか?」と確認する。
リーネは「問題ありません」と答えた。
一方、マリカはリュックを枕代わりに眠っている。
しっかりしていて言葉遣いも立派だが、寝顔は可愛い十歳児だ。
眠っているが、マリカも問題ないだろう。
「骸骨、リュックを持ってくれ」
「……」
眠っているマリカを抱え、骸骨に命令する。
従うか不安だったが、骸骨は静かに従った。
「では戻ろうか」
「分かりました」
「帰るなのー!」
俺は頷き、『エスケープタウン』を発動させた。
一日以上かけて辿り着いた森から一転、ラングローザに到着だ。
「いやぁ楽しかったなー!」
「ですね。新鮮な体験になりました」
「ネネイは動物さんとまた遊びたいなの♪」
「動物もいいけど、残りのスキルも見たいものだな」
「私は、ユートさんの覚えた汎用スキルが知りたいです」
「大したものじゃないよ。タウンワープと――」
俺達は夕日に背中を照らしながら、家に向かった。
初めての長期冒険は大成功だ。
それに、商売的にもプラスになった。
今回の一泊二日により、新商品のアイデアを閃いたのだ。
【最新ステータス】
名前:ユート
レベル:11
攻撃力:14
防御力:20
魔法攻撃力:1
魔法防御力:20
スキルポイント:5
名前:ネネイ
レベル:11
攻撃力:11
防御力:11
魔法攻撃力:11
魔法防御力:11
スキルポイント:11
名前:マリカ
レベル:21
攻撃力:2
防御力:25
魔法攻撃力:38
魔法防御力:25
スキルポイント:35
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