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第008話 家庭菜園について

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 現れたモンスターはゴブリンだ。
 園児のような体型に緑色の肌、それになにより「ゴブゥ」という鳴き声。
 あらゆる特徴がゴブリンの情報と一致していた。

「ゴッブゥ! ゴブゥ! ゴッブ!」
「あら?」「ワゥ?」

 ゴブリンはコチラを一瞥するも襲ってこない。
 再び生い茂る薬草に身を伏せてしまったのだ。
 好奇心に駆られて、私は何をしているのか覗き込んだ。

「ゴッブゴブ! ゴッブゴブ!」

 思わず「わお!」と驚く。
 ゴブリンは薬草をムシャクシャと食べていたのだ。
 一心不乱に薬草を食べている。

「ど、どうしよう……」

 私は対応に困った。
 ゴブリンは弱いモンスターで、子供でも倒せるらしい。
 見た目からして弱そうだし、その情報は間違っていないだろう。

「やっつけたほうがいいのかな……?」

 右手に持っている鎌を見る。
 これで攻撃を仕掛ければ簡単に倒せそうだ。
 幸いにもゴブリンは私達のことを忘れているようだし。

「どう思う? レオン」

 私はレオンに尋ねた。
 するとレオンは。

「ワゥー」

 首をブンブンと横に振る。
 やめておけ、と言いたいようだ。
 私は「そうだよね」と頷いた。

「そーっと撤退しよっか」
「ワンッ」

 私達は静かに薬草畑を離れることにした。
 しかし、しばらく進んだ所で。

「ゴブゥ!」

 別のゴブリンが薬草畑から顔を出した。

「もー! どれだけいるのよ、ゴブリン!」

 そうは言いつつも冷静な私。
 どうせこのゴブも薬草を食べるのだろう。
 ――などと勝手に思っていたからだ。
 もちろん、勝手な思い込みは外れていた。

「ゴッブゥー!」

 ゴブリンが追いかけてきたのだ。

「ヒィィィィ! 逃げるよレオン!」
「ワンッ!」

 私とレオンは全速力で逃げるのであった。

 ◇

 ゴブリンの足は想像以上に遅かった。
 おかげで特に危なげなく街に到着する。
 ゴブリンから逃げ帰る私達を、門番は笑った。

「ゴブリンなんざ素手でも倒せるだろうに」
「いやぁ、戦闘は苦手なものでして」

 頭を掻きながら苦笑いを浮かべる私。
 門番は「これだから乙女は困る」と笑った。
 言葉の内容はともかく、言い方に悪意は感じられない。
 おそらく戦闘を苦手とする女性はそれなりにいるのだろう。

 街に戻った私達は、冒険者ギルドに向かった。
 竹の籠と鎌を返し、クエスト達成の報告をする。

「お疲れ様でした、シオリ様」
「こちらこそありがとうございました」

 周囲の冒険者が「なんで姉さんが礼を言うんだよ」と笑う。
 そうは言われても半ば癖みたいなもので、自分でもよく分からない。
 私は「アハハ」と笑って受け流し、冒険者カードを確認する。
 報酬の2,500ゴールドがキッチリと振り込まれていた。

「このお金を使って酒場でたらふく食べよー!」
「ワゥーン♪」

 私達は上機嫌で酒場に向かうのであった。
 薬草採取でここまでご機嫌になる人間は他にいまい。

 ◇

 翌日も薬草採取……と思いきや。
 昨日とは打って変わり、今日はお買い物に出ていた。
 面白い情報を仕入れたからだ。

「えっ! 農作業ってそんなに楽なんですか!?」
「そうだよー! シオリさん、知らなかったんだ?」

 いつもの酒場で、マリーから畑について教わった。
 それによると、この世界の畑は小難しい栽培が不要なのだ。

 種を植えた後、複数の魔法球を畑にセットするだけでいい。
 あとは放置していると作物が完成する。
 気候の影響などは受けず、毎日の水やりも必要ない。

 作物の質は、セットする魔法球によって異なる。
 高い魔法球がすなわち高品質な作物かといえば違うらしい。
 あえて言うならば、魔法球の組み合わせが腕の見せ所だ。

「そんなわけで! 私達も家庭菜園に挑戦だー!」
「ワォーン♪」

 家の両隣に畑がある。
 今では片方が浴場になったので、片方しかないけれど。

「どれがいいのかなぁ」

 種屋で様々な種を眺める。
 種には品質等級が5段階あって、5が最上級だ。
 最上級の種でも1万ゴールドしかしない。
 その上、1度買えば永遠に使える優れものだ。

「ワン! ワン!」

 悩む私にレオンが言った。
 どうやらレオンはオレンジが良いそうだ。
 私はその判断に戸惑いを感じた。

「オレンジは味の幅が広いからねぇ……」

 日本には様々なオレンジがあった。
 バレンシア、ネーブル、ブラッド、ノバ。
 私は甘味の強いネーブルオレンジが大好きだ。

「完成品の試食してみますか?」

 悩む私に店員の女性が近づいてきた。

「試食出来るんですか?」
「はい。当店ではいくつかの魔法球を組み合わせにより作ったサンプルをご用意しております。ですから、魔法球とセットでお買いになる方も多いですよ」

 上手い販売だ。
 レンタルビデオ店に置かれている空データディスクを思い出す。

「こちらの魔法球の価格は相場よりも少しお高かったりは……」

 店員が「もちろんしますよ」と断言する。
 日本だと「そんなことありませんよ!」と笑顔で嘘をこく。

「正確には申し上げますと、魔法球の価格自体は国の定めた方法で算定した価格なので変わりありません。ただ、情報料が加算されますので、当店で魔法球も買うとなれば相場よりも高い価格になります」

 情報料……物は言い様だ。
 しかし、堂々と言ってくれると悪気はしない。
 むしろ安心して利用できるというもので、私は嬉しくなった。

「試食させてください!」

 こうして、私はいくつかのオレンジを試食した。
 種は全て同じで、魔法球の組み合わせが異なっている。

「こんなにも味が変わるんだ!?」

 店員が「はい!」と声を弾ませる。
 私の目が輝いているから商機を見いだしたのだろう。

 実際、私はとても感動していたのだ。
 同じ種とは思えない程に味が違っていたから。
 酸味の強い物から甘味の強い物まで実に幅広い。
 魔法球の組み合わせだけでここまで変わるものか。

「いかがですか?」
「これが気に入りました!」

 私のお気に入りは甘いオレンジだ。
 高品質のネーブルオレンジに近い感じがして良い。

「このオレンジが作りたいので、魔法球とセットで種を買います!」

 こうして、私は14,500ゴールドで一式を買った。

「自宅の畑で手間いらずのオレンジ菜園かぁ」
「ワゥゥー♪」

 収穫したオレンジをレオンと食べる。
 想像するだけで、幸せな笑みがこみ上げるのであった。
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